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仲津麻子

第1話トラック事故で異世界へ

 それは突然のことだった。

 スピードを出して走って来たトラックがカーブのところでバランスを崩した。

 逃げる暇などない。鉄の巨体が目の前に迫り、もうダメだと目を閉じた。


 頭が砕けるか、内臓が破裂するか、きっと痛みは一瞬だ。すぐに死ねるだろう。

 覚悟した瞬間、ふわっと体が浮き上がった。


 なにか大きな手にすくい取られるような、強く吸い上げられるような、なんとも言えない不思議な感覚がして、急に睡魔が襲ってきた。


 今死のうとしているこの時に、眠いだなんて。我ながら大胆なことだと考えつつ意識が消え、何もわからなくなった。


※ ※ ※ ※


「よく来たな坊主」


 乱暴に体を揺すられて目が覚めた。


 ここはどこだ?


 丸太を並べただけの壁に囲まれた部屋のなか。床はなく茶色い土の上に横たわっていた。


 朦朧としたまま、ゆっくり目をあけると、モジャモジャ髭のガチムチ筋肉の男が、体を屈めて見下ろしていた。


「誰?」


 いやにかすれた声が出た。のどがカラカラに乾いていて声が出なかった。


「ここは冒険者ギルド直属の異世界人保護所だ」

「異世界人? 保護?」


「そうだ。外から来たやつは、自動で最寄りの保護所に飛ばされることになってる」


 男はヒョイと僕の体を担ぎ上げて、傍らに置かれていた木のベンチの上へ放り投げた。


「いてて。痛いですよ」

「やわな体だな、異世界人は」


 男は肩をすくめて、テーブルをはさんだ向かい側にすわった。


「まあ、茶を飲め」


 男がテーブルの端に置かれていたポットから、湯気の出ている茶色くにごった液体をカップに注いでさしだした。


 僕が不審そうに男を見上げたため、男は安心させるように、自分の分のお茶を口に含み飲み干した。


「薬草茶だ。薬師が調合した茶だから安全だぞ」


 男は空になったカップを僕の前に示した。


「いただきます」


 おおそるおそる飲んだお茶は、見た目には不味そうだったが、うっすらと甘く、意外にも味は良かった。乾いていた喉が潤い、ぼんやりしていた意識もはっきりしてきた。


「僕はどうしてここにいるのでしょうか」


 確か、学校からの帰り道、事故にあったはずなのに。なぜケガもなく、生きてこんな場所にいるのか、どうしてしまったのか、色々な疑問が湧き上がってきた。


「二十年くれぇ前からかな。こことは違う場所で生きた記憶がある子供や、どこからから飛ばされて来たというヤツが増えて来てな」


 男の説明によると、異世界人と呼ぶようになった奇妙な人間が多く現れるようになったという。


 地球という星のニホンという国で生きた記憶がある者、そこにいて気づいたら突然ここへ来ていた者などがほとんどらしかった。


「あんまり多いんでな。この国だけでも、年に100人以上が来るんで、色々やっかいごとも多くなったんだ。で、上が異世界人を保護するための組織を作ったというわけよ」


「そんなにたくさん、日本人が来ているんですか?」

「そうよ。なんでだかわからねえがな」


「ラノベみたいだな」

 僕が愛読していた小説を思い出してつぶやくと、それを聞いた男が首をかしげた。


「おめぇみたいな若いヤツはみんなそう言うな。ラノベって有名なのか?」

「そうですね。特に学生は知ってる人多いかな。今では大人もたぶん知ってると思う。気がついたら異世界に転生したとか、転移したとか」


「ふうん」

「作り話なんですけど。娯楽用の本なんかががあって、人気だったんですよ」


「貴重な本を娯楽にするのか?」

 男は驚いて目を剥いた。


 僕はここでは本は貴重なのかもしれないと思い当たった。

 書物はもちろん、汚れを拭き取ったり、鼻水をぬぐったりするために紙を使うような贅沢は想像できないかもしれない。


「本はたくさん売っていて、誰でも書いた話を発表できる場所もあって、いろんな話がいつでも読めたので」


「なるほどな」

 男は感心したように腕を組んだ。


 男が言うには、ラノベを知っている年若い者ほど、ここに順応するのが早いのだという。来てしまった以上、戻ることはできない。


 そんな状況で、生活レベルも習慣も、何もかも違う場所で生きて行かなくてはならないのだ。すべての異世界人が順応して生活できるとは限らず、時には悲劇も起こるとのことだった。


「まあ、とりあえず。部屋へ案内する。今日は休め。後のことは明日話そう」

 男は行って、僕を部屋へ案内してくれた。

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