血濡れの愛

鈴音

食話

「人間ってさ、豚肉っぽい味がするらしいよ」

 絡んだ舌を解きながら、彼女は語った。

 幼稚園の時に出会った幼なじみは、勉強はできるけどちょっとバカで、優しくて、いつも私と一緒にいてくれた。

 よくあるような、私が虐められた。とか、彼女が学校で王子様みたいな扱いを受けている。なんてことの無い、普通の関係。だったけど、だんだんと変な関係にこじれてきたのが、つい最近。

 文化祭でやった、クラスの演劇で、私と彼女が主役に選ばれた時にやったキスシーンが、なんでかずっと忘れられなくて。

 手を繋いで帰った夕焼けと、昔は気にならなかったお風呂の光景が、いつまでも頭にこびりついていた。

 それから少し、時間は流れて大学生になった私たちは、同じアパートに住んで、同じ大学に通うようになった。

 やりたいことが同じで、シェアハウスの方が安くなるから、それだけの理由。でも、ずっとずっと一緒にいられることが嬉しくて、狭い布団の中で、節約って言いながら、抱き合って眠った。

 そして今日。とうとう、一線を超えた。暗い部屋の中、闇に慣れた目には、上気した頬と、蕩けた目の彼女が映っていた。

 微笑みながら、人間の味について語る彼女は続けた。

「昔、お兄ちゃんの漫画を勝手に借りて読んで、ずっと思っていたことがあったの。

 大好きな人のお肉って、きっと美味しいんだろうなぁって。その漫画は、兄妹のお話でね、妹が病気になっちゃって、お兄ちゃんのお肉を食べちゃうの。その姿が、本当に綺麗で、私、忘れられなくて」

 一呼吸して、私の頬をつまむ彼女。口の端には、よだれが垂れていた。

「お願いがあるの。私、あなたを食べたい。ずっとずっと、一緒になるために。それで、あなたも私を食べてほしいの。二人で、幸せになろ?」

 小さく開けられた口の中から、鋭い犬歯が見える。興奮なのか、恐怖なのかわからないけれど、喉が干上がって、息が浅くなる。でも、私は無意識に手を伸ばして、彼女に全てを委ねることにした。

 かぷりと優しく首筋を噛まれる。ゆっくり、ゆっくり力をいれて、私の肉を喰いちぎろうとしてくる。痛い、痛い、でも、気持ちがいい。

 瞬間、これまでの人生の中で、一番の痛みが全身を貫いた。ぞくぞくと寒気が走り、肩から胸にかけて、熱いなにかが流れでるのを感じた。

 彼女の顔が離れていって、部屋の中に咀嚼音が響き渡る。真っ赤に濡れた顔で、美味しそうに、私を食べていた。

 じっくり味わいながら、彼女は何度も何度も頷いた。ぺろりと口周りの血を舐めとって、ごくりと喉が動く。

「やっぱり、すごく美味しいね」

 笑みを浮かべる彼女は、はたから見れば狂っているのだろう。でも、私の目には、何よりも美しく、無邪気で、可愛く見えた。

「じゃ、次はあなたの番」

 立ち上がって、キッチンから包丁を持ってきた彼女は、躊躇無く自分のお腹に包丁を突き立てた。苦悶の表情と、ぐちぐちとお腹を掻き回す音のたびに漏れる嗚咽の声。

 ごぽりという音と共に溢れる内臓を切り離して、肉を切り取って、私の口に運んでくれる。

 血なまぐさくて、生ぬるいそれは、噛む度に胃液をせり上げさせてきた。けど、よだれが止まらなくて、噛み続けていくと、だんだんと美味しく感じてきた。

 あぁ、これが彼女の味。今までで一番美味しくて、素敵な味。

 口の中に残った最後の一欠片まで大事に飲み込んで、彼女におかわりを求める。でも、その前に、私も彼女におかわりをあげることにした。

 包丁を受け取って、彼女の求める部位を切り取って、食べさせてあげる。私は、自分の欲しい部位を切り取って、口に運ぶ。

 お互いの体は、次第に冷えて、血も固まり始めてきた。目も見えなくなってきて、あぁ、死ぬんだなって、直感でわかった。

「ねぇ、しあわせ?」

 掠れた声で聞いてくる彼女は、深く刺しすぎたのか、お腹の中から糞尿が垂れていた。この光景だけ見れば、悲惨な殺人現場に見えるだろう。

 でも、私は答えた。しあわせだって。もう、痛くない。苦しくない。心の奥底から幸せが溢れてきて、この時間がいつまでも続いてほしいって思えた。

「んぇ、てをつぁご?」

 呂律も回らない、投げ出されたまんまの手を出してくる彼女に、私は倒れ込むようにして抱きついた。お互いの体から、色々なものが噴き出して、混ざっていく。

 彼女が、小さく口を開けようとして、息も出せなくなった時、私も、そっとまぶたを閉じた。

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血濡れの愛 鈴音 @mesolem

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