第42話 乂阿戦記1 終章 これは始まりの物語の終わりの闘い-6

一方その頃、羅漢と羅刹の激闘は決着を迎えようとしていた。


目立った傷こそ無いが両者の気力体力は限界に来ていた。


双方次の一撃で決着をつけようと構える。


「……この戦い羅刹ちゃんが勝ちそうだな」


羅漢達の戦いを観戦していたジャムガが阿烈に話しかける。


「ほう、何故そう思う?」


「いや、双方の実力はまったくの互角だが羅漢は羅刹の顔を一切攻撃しようとしないじゃねーか?…まったく乂家の男は女に甘くていけねぇ!」


「はあ?筋金入りのフェミニストのお前がそれを言うか?それにあれはわざとやってるんだよ」


「あん、どういうことだい?」


「あいつなりに考えがあるんだろうさ、ま、見てればわかる」


そう言って阿烈は戦いに視線を戻した。


そしていよいよ最後の一撃が放たれようとした瞬間だった!


最後の一撃を放つ前に羅刹は心の中で羅漢に語りかける。


(なあ羅漢よ知ってるか?私はお前が思ってる以上に今必死なんだ……だってお前は私に勝った後で我が兄…いや我が父乂阿烈に戦いを挑むつもりだろう?私はそれをなんとしても引き留めたい……あの武の頂が相手ではお前とて死ぬかもしれない。どうも前世と違って私はすっかり弱くなった。もうこのザマじゃ最強は名乗れないな……認めたくないが今の私は身も心も小娘になってしまってる…家族を…お前を失うのがこんなにも恐ろしい…だから何があっても勝たせて貰う!!)


そうして渾身の一撃を放ったのである!


『奥義爆極発勁!!』


対する羅漢は……避けなかった!それどころか真正面から受け止めているではないか! そのまま両者はぶつかり合い拮抗していたが徐々に押されていく!


「ぐっ……!」


遂に力負けした羅漢はそのまま弾き飛ばされてしまった!しかしなんとか倒れずに踏みとどまっている。


それを見た羅刹は思わず叫んだ。


「ば、ばかな?静水合気掤勁!?我が奥義の威力を無効化しただと!?武の頂阿烈すら会得出来なかった守護の境地にお前は至ったというのか!?」


「……お前のお陰で俺はまた一つ強くなれた!」


そういってニヤリと笑う羅漢の顔を見て羅刹の中で入ってはいけないスイッチが入ってしまった。


「くははは……!そうか、そうだったのか!!」


「さあ続きを始めようか!!」


「ああ!駄目だ駄目だ!やっぱり闘争本能が抑えられん!楽しい!楽しすぎる!!何故そんなにも強い乂羅漢!?グギャギャギャギャギャギャ!狂愛アアアアアアアア!!」


美しく可憐な小娘のメッキがはがれ最強の魔女ラスヴェードが再臨する。


狂気の哄笑をあげラスヴェードが羅漢に猛攻を仕掛ける。


無くなったと思われた気力体力が狂気で一気に全回復したかのようだ。


「あーあ、羅刹ちゃんスイッチはいっちゃったよ……」


「破壊の中和もガープ爺さんとスパルタクスだけじゃきつそうだな…」


「仕方ねーワシ等も中和を手伝うか…」


「俺攻撃特化型だから中和とか苦手なのによぉ〜」


「ワシも羅漢と違って守護系の技は苦手じゃ〜」


阿烈とジャムガはぶつくさと文句を垂れながら闘技場に近づいていく。


そうしてる間にも闘技上は羅刹の拳圧一振りで大地震でも見舞われたかの様な惨事を被る。


あまりの破壊力に雷音やナイア達が戦いを中断し闘技場の端に避難し身を守るほどだ。


「お、おい!乂家党首、黒天!ヌシらも早く中和を手伝わんか!サ、サタン…ってだめじゃ!あやつも参加選手だった!!」


自軍の基地が壊されていきガープが慌てふためく。


「まあまあ御老公、そう急かさず…」


結局ガープ、スパルタクス、阿烈、ジャムガの四人が闘技場の東西南北を守護する事により羅刹の破壊の余波はある程度落ち着く事になる。


だが依然闘技場では羅漢が1人羅刹の破界的猛攻を受け捌いていた。


その姿はまるで闘牛士の様に見えた。


羅漢は全てをいなして受け流し続けていたのだ。


「す、凄い……!」


神羅の口から思わず感嘆の声が漏れる。


試合が始まってからじっと待機したままの蛇王ナイトホテップ…


今闘技場ではナイアでさえ羅刹の破壊の余波を避け避難している中、この男だけは悠然と構え羅漢と羅刹の試合を見守っている。


ナイトホテップは今まで見た事もないような真剣な眼差しで試合を見ていた。


(…欲しい…乂羅漢…やはりあの男を我が側近にどうしても欲しい…)


羅漢と羅刹の激闘は続く。


「ああ!羅漢!羅漢!羅漢!強くて優しい我が兄よ!!大怪我を負っても恨むなよ!!なに、仮にこの戦いで半身付随になったとしても問題ない!!その時は私が一生お前の側で介護してやる!!!食事もシモの世話もずっとずっとずうぅぅと私が責任持って面倒みてやる!故に羅漢!我が愛撃の全てを受け切ってみせろおおお!!狂愛アアアアアアアア!!」


絵里洲は羅刹の試合を見てドン引きしていた。


たまらず側にいる神羅に声をかける。


「ひいいいい!ユッキーあれ本当にユッキーのお姉さん?なんかヤバイんですけど!?なんか怖いんですけど!?なんか重いんですけど!?なんかドン引きするんですけどぉおお!?」


「あう…」


(い、言えない……私の一番上のお兄ちゃんはアレに輪をかけてもっと酷いとか言えない……)


神羅は言い訳が思いつかず口をつむぐしか出来ない。


「ぐああああっ!」


遂に羅漢に限界が訪れる。左腕が完全に潰れたようだ。


それでも羅漢はまだ倒れない。右腕一本でなんとか立っている状態だ。


「まだだ!まだ、この程度で倒れるわけにはいかん!」


そう、羅漢には試したいとっておきの技があった。


それもある意味で対羅刹用に研磨してきた究極的な技である。


傷つき追い詰められた今こそその技を繰り出す事が出来る!


(この俺の全身全霊を込めた一撃を、この俺が信じる活人拳のありようを信じぬく事でのみ放つ事ができるこの技を、俺は今日この時の為に編み出したのだ……!)


そして、ついにその時が来る!


『奥義爆極発勁!!』


羅刹の必殺奥義が羅漢に迫る!


しかし、その攻撃を避ける体力はもう残っていないのか両腕をダラリと下げ無防備に立つ羅漢!そしてその体に拳がめり込む。


彼の勝敗判定のバッチも衣服も皮も肉も骨も圧倒的破壊力に晒され弾けとんでいく。


だが羅刹の拳のほとんどの威力は脱力した羅漢の体に虚しく霧散していた。


「な、なんだと!?」


羅刹の体から力が羅漢に吸い取られたかのように抜けていく。


そして一瞬の隙が生まれる。


その隙をつき羅漢の拳が羅刹の顔面を貫いた。


拳は目玉をくり抜き後頭部を貫き脳漿をぶち撒ける。


かたくなに顔面への攻撃を避けていた羅漢の拳が彼女の顔面をとらえたのだ。


(この私が顔面の防御を怠るとは何と言う迂闊か!!)


羅刹は自身の絶命を確信し意識を失った。


勝負はついたのだった。 





戦いが終わり、瓦礫の山と化した試合会場の上で男が妹を抱き起こし呼びかけている。


「おい羅刹!しっかりしろ羅刹!!」


兄に呼び起こされ目を覚ます羅刹


どうやら気絶していたらしい。


気絶?


と言うことは生きている?


「……兄上?」


「よかった……目が覚めたようだな」


安堵の表情を浮かべる兄を見て羅刹は思う。


(生きている?……顔を貫かれたのに?……い、いや傷ひとつない!?……ば、馬鹿な!確かに羅漢の拳は私を確実に貫いたはず!?)


自分の生存を認められずにいる羅刹の耳に兄が語りかける。


「奥義不殺破心拳……相手を殺さず敗北を認めさせる為に編み出した活人拳の技だ。まあ言うなれば殺気だけを放つ究極的な寸止めの突きだ……」


それはまさに今の羅刹の状況そのものではないか……つまり自分は負けたのだとようやく悟る。


呆然とする羅刹を尻目に兄は続ける。


「羅刹…私にはどうあってもそなたの美しい顔を傷つける事は出来そうにない……なので今日この日に備えて必死にこの技を研磨してきた。驚かせてすまなかった……」


羅漢はバツが悪そうに顔を手で覆う。


「試合は私の負けだな。胸のバッチが弾け飛んでいる。ああ、そんな事にも気づかず妹に技をかけてしまうとは……なんと自分は未熟なことか……」


羅刹の頬にツゥーと一筋の涙がこぼれ落ちる。


それを見た羅漢は慌てふためく。


「ら、羅刹どうした?どこか痛むのか?」


心配そうに自分を見つめる兄の顔を見て羅刹は確信した。


この人は本当に優しい人だということを……


その度し難い優しさで活人拳を極め、最強の魔女と言われた自分をついには傷つける事なく倒した偉大な拳聖に感動の涙を禁じ得なかった。


そして、同時に思う。


やはりこの人しかいないと。


我が真の父乂阿烈の後継者たる者は…


「いえ、大丈夫です。それよりもお兄上、私はあなた様の事を誤解しておりました。今までの数々の御無礼をどうかお許しください」


そう言って頭を下げる。


「何を言う。お前は何一つ間違ったことなどしていない。謝る必要などない!」


慌てて否定する兄の姿を見て、改めて決意する。


「いいえ、謝らせて下さい。それに、謝罪だけでなくもう一つお願いがあります」


「なんだ言ってみろ」


「私の敗北を受け入れてください」


そう言って羅刹は自分の胸のバッチを引きちぎり握り潰した。


そして雷音の方を見て謝罪する。


「許せ雷音、これが戦場ならば生き汚なく戦いの場にしがみつき勝利を望んだであろうが、これは観客の面前での試合。我ら大武神流の名を汚す訳にはいかぬ。ここは潔く負けを認め試合場を去る」


羅刹は大怪我で座り込む兄羅漢に肩を貸し抱き起こす。


「ハハ、この体たらくで私は果たして勝利者と呼べるのだろうか?…」


「兄上、胸をお張り下さい。この勝負は紛れもなく貴方の勝ちです。少なくとも観衆は皆そう思っております」


「……そうか、そうだな。ありがとう、お前のお陰で私も心置きなく去る事ができるよ」


「はい、行きましょう」


二人はお互いを支え合いながらゆっくりと闘技場を後にするのだった。


闘技場を降りる間際、羅刹はこそっと雷音に耳打ちする。


「雷音、かの蛇王とはまともに闘わなくてもかまわん。だがナイアルラトホテップは殺しとけ」


そう言うと、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべて去っていくのだった。


(やれやれ、感動が台無しだよ)と苦笑する雷音だった。


ドアダ首領ガープは羅漢の勝利に感動していた。


(おお!不殺破心拳!聖王イルス様が使った伝説の活人拳究極奥義を生きてまた見る事ができるとは!今は亡き乂舜烈殿も楚項烈殿もさぞかしあの世で自慢しておられるだろう……)


阿烈は羅漢の勝利に満足していた。


(でかしたぞ我が最高傑作よ!この阿烈が心血を注ぎ作り上げた大武神流伝承者よ!ウヌは我が父舜烈が求めてやまなかった拳聖の座に到達したのだ!父よ!貴方の子は至りましたぞ!)


ジャムガは羅漢の勝利に嫉妬していた。


(拳聖……殺人拳で戦場の汚濁にまみれた俺や阿烈では決して至れぬ活人拳の極地……羅漢め!甘ちゃんを貫きその極地に至りやがった!)


スパルタクスは羅漢の勝利を祝福していた。


(お見事!…ただお見事!)






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