第34話 乂阿戦記1 第六章- 灰燼の覇者阿烈とケルビムべロスの虎-8

阿烈は防寒具もつけず普段着で大きいトランクを片手に担ぎ、マイナス20度の険しい狂気山脈を難なく越えこのドアダ基地にやってきた。


恐ろしいことに疲労の色が何一つ見えない。


ドアダ幹部及びその配下はたった1人で乗り込んで来た乂阿烈の来訪に混乱していた。


しかしそんな中でも最も落ち着いていたのはやはりと言うべきかこの男であった。


「お初にお目にかかります。修羅の覇王乂阿烈殿、私はドアダ7将軍スパルタクスと申します」


「ほう!ウヌがあのオリンポス主神デウスカエサルと五分に渡り合った盲目の剣闘王か…なるほど噂にたがわぬオーラだ!!」


そう言うやいなや阿烈はその身に宿す莫大なオーラを解放した。


それだけで並みの人間なら失神する程の威圧感があった。


実際一般戦闘員がそのオーラに当たられバタバタと気絶していく。


だがさすがは歴戦の猛者である。


スパルタクスは涼しい顔でそれを受け止めた。


すると阿烈はニヤリと笑って言った。


「クククククク、弟たちがずいぶんと世話になったようだ。電報でえらく貴公を褒めちぎっていたぞ?腕が立ち武術の教え方が非常にうまいとな…」


「今日はいかようなご用件で?」


「なに自分の身内を他所様の家に預けっぱなしにするのも常識がないのでな、母者も心配しておるし弟達を一度連れ帰ることにしたまでのこと……手ぶらで来ては無作法と言うものだ。つまらぬものだが手土産も持ってきた」


そう言って阿烈はトランクを差し出した。


受け取った黒服戦闘員が中を開ける。


そして絶叫した


「う、あわあああああああ!!」


そこには毛むくじゃらの恐ろしい形相をした雪男の生首が入っていたのだ。


その戦闘員はそのまま泡を吹いて卒倒した。


スパルタクスは生首の雪男の顔に覚えがあった。


「これは……まさか!?」


「うむ、ウェンディゴ族族長スノースの首だ。聞けばこのスノース近年狂気山脈の麓を根城に構え、ドアダの縄張りをえらく荒らしまわってたそうではないか?弟達に対するささやかな礼として貴公等を煩わすウェンディゴ族の長の首を持参した。なに、寄り道ついでにもぎ取ってきたまでの事よ」


それを聞いてたまらずナイトホテップは笑いだした。


「ククク、カーカカカカ!!ヤベェ!なんてイカレ野郎だよ乂阿烈!コイツぁ脅迫と紙一重の最高の手土産だ!!だが気に入ったぜ!!ますますテメェを配下に欲しくなった!!俺は強い奴は好きだ!」


それを聞いた阿烈もまた豪快に笑った。


「ガハハハハ!!そうかそれはよかった!!ワシとしても優秀な部下が増えればそれだけ我が組織の勢力が増すからな!どうだ!?ワシの部下にならんか?」


「ハハハハハ!面白いジョークだ!!」


ナイトホテップはそう言うとまた高らかに笑い出した。


(乂阿烈もイカレとるがワシの息子もそれに劣らずイカレておるわ!ええい!さっさと本題に入るとしよう!!」


ガープは本題を切り出す。


「乂家の頭目よ、ヌシが我がドアダ基地に参ったのはいかような理由だ?まさか本当に弟達を迎えに来ただけとは言うまい?わしはヌシはてっきりティタント攻略の指揮を取ってるとばかり思っていたぞ?」


阿烈はそれを豪快に笑いとばす。


「グルァーッア"ッア"ッア"ッア"ッア"!御老公、何か勘違いなされている様ですな?ティタント攻略?いやいや、我が軍がティタント周辺に兵を派遣したのは此度の蜂起で難民が溢れ出た場合に備えた人道支援ですぞ?ドアダとタイラント族の軍事協定は承知してまする。ご安心めされよ。我が軍にティタントに攻めいる意思はない」


「な、なんじゃと!?」


「だがまぁ、ティタントの蜂起はじき蜂起軍の勝利で落ち着くことになるでしょうな……」


阿烈の発言にナイトホテップが眉をひそめる。


「そいつは見込みが甘くねぇか乂阿烈?蜂起を起こした乂族の兵は少数だ。奴らは数に勝るタイラントの軍にじきに踏み潰される」


だが阿烈は口のはしをつりあげ話を続ける。


「ククククク、まだご存じないようだ?此度の反乱ではタイラント族の半数以上の兵が我が乂族の同胞に同調し反乱を起こしておりますぞ?」


「っ!?なん…だと…?」


「いやはや、現タイラント族族長アングはえらく評判の悪い圧政者のようだ。我が乂族の民のみならず同族の配下からも激しく恨みを買っている。妖魔皇帝ヨーや狂王エンザと同じ轍を踏むとは笑える話だ。ああ、打倒アングの旗を上げた大司教カルマストラ三世なのですがアング打倒後ドアダから経済的支援は続けてもらえるか非常に気にしておりましたぞ?」


「アングの圧政じゃと?そんな報告は……」


「ドアダはタイラントに観察官を送り込んで政情を見据えていたそうですな。どうもその監察官はアングから莫大な賄賂を貰ってたようだ。おかげでアングはやりたい放題の悪政を敷き、結果として民心が離れたというわけだ……」


カルマストラ3世の名が上がったときナイトホテップは此度を反乱の裏側を瞬時に読み解いた。


(カルマストラ3世!あの蝙蝠野郎!!寝返りやがったな!!!)


カルマストラの一族は灰色の女神ラスヴェードを崇める大司教の一族で彼らは代々乂家の侍従長をつとめる役割を担ってきた。


カルマストラ3世の祖父カルマストラ一世は乂家のじいやで、アングが乂族の民を引き抜き阿烈ら一家を荒野に置き去りにしようとした時は真っ先にそれを止めようとして殺された忠臣であった。


だがカルマストラ3世はそんな祖父と違い早々に阿烈達を見限りアングについた俗物である。


大司教の肩書きも己の栄達のための手段にすぎない。


彼は宗教で洗脳した乂族の民を奴隷としてアングに売り渡し、名誉タイラント人としての地位を得てタイラント族内でのしあがってきた。


そんな彼が何故今になって寝返ったのか……それはおそらく自分が一番得をするタイミングを待っていたのだと思われる。


そう、彼の欲望を満たす最高のタイミングで……


阿烈は呆れ顔で説明を続ける。


「近年我が陣営が勢力を伸ばしてきたらカルマストラ3世のほうから接触がありましてな…どうやら寄生先をアングからワシに乗り換えたいようだ……全く小賢しい鼠だ!」


「それでお主はどう答えた?」


ドアダ首領の問いに阿烈は


「ああ、貴公がティタントの領主になったら乂族だろうとタイラント族だろうと民を大事にしろと伝えてやりましたわ。ドアダともこれまで通り仲良く交流し良き政治に勤めろと説教をくれました」


と答えた。


(読めたぜ!阿烈の狙いが!)


勘のいいナイトホテップは一早く阿烈の戦略を看破する。


(つまりコイツはドアダを内側から貪り喰らうつもりだ。カルマストラ3世と手を組んでティタントに流れるドアダの潤沢な資金を自分の組織にまわす腹づもりだ!)


ナイトホテップは内心ほくそ笑む。


(ふん、甘いんだよ!カルマストラなんざ殺し屋を差し向け消せばそれで済む!……がここでこの怪物と手切れになるのは惜しいな)


ナイトホテップは今ドアダが敵対している組織の勢力図を頭の中で整理した。


現在スラルの事実上の盟主国として君臨している神子リーン・アシュレイ擁するアシュレイ族。


阿烈と互角の猛者ジャガ族族長ジャムガは龍麗国影の支配者ユドゥグの長男でジャガ族の影には龍麗国が控えている。


メギド族とタタリ族には女神国王家に仕えた覇星の使徒なる神域の武仙達が後ろについている。


今は息を潜めているがオリンポス主神デウスカエサルもいずれエクリプスの力を狙いスラルに対し動きを示すだろう。


エクリプスを神として崇めるナイン族の動向も不気味だ。


全面戦争で勢力が衰え隙を見せた組織は周りの他国から袋叩きにされ滅ぼされてしまう。


事実阿烈でさえも全勢力を敵に回すリスクを避け、アシュレイ族とジャガ族に入念な根回しをしてる。


どの勢力も自分から戦争を起こすタイミングというのは、自軍の損耗をもっとも少なく抑え敵を殲滅できる時と相場が決まっている。


だからできるだけ無駄な争いは控えたい。


これまでもドアダは、いやナイトホテップは様々な脅威に対して常に先手を打ち続け、勝ち続けてきたのだ。


故にナイトホテップは決断する。


こちらも乂族を利用するだけ利用してボロ雑巾のように捨ててやろうと!


「なに、タイラント族がこれまで通り変わらず上納品を納めるなら、我らはこれまでどおりタイラント族の自治を認めよう。」


「……その言葉、偽りではないな?」


「無論だ、だがそれはあくまで『今まで通りの』タイラント族に限るぞ。つまり俺達は乂族に援助はしない。代わりにお前らが奴隷になってる乂族の民をタイラントから連れ出すのに口を挟まない。また此度の内乱が落ち着けばタイラント族の新族長は我らドアダが推薦する人材が族長になるだろう…」


「よかろう、それで手を打とうではないか!」


こうしてここに、二大勢力間の平和条約が締結されたのだった!


「ところでお前の家族だが雷音と雷華の二人は今日にも帰そう……」


「だがユキルは駄目じゃ!あの子は、あの子はワシの孫じゃ!老い先短いこの老人の最後の希望なんじゃ!!!」


ナイトホテップの話を遮ってガープが叫んだ。


(ちっ、やはり孫可愛さにこのジジイが食いついてきたか……)


ナイトホテップはこの交渉のために、あえてユキルだけは人質として残しておいたのである。


これでこの老人は自分の思い通りに動かせるはずだ。


「分かり申した御老公、ただし条件がある。」


それに対して阿烈は内心ほくそ笑みながらそう言った。


「その条件は……?」


「ああ、簡単なこと。我が母にして神羅の育ての母ホエルが羅漢と神羅を心配している。特に神羅は前世での縁もあり非常に気を揉んでいる。御老公の孫を3日ほど我が母に会わせて欲しい。乂家の性にかけ約束しよう。3日したら約束通りに返すと……。」


阿烈はそう言って頭を下げた。


尊大な男に見えて彼は老人への礼節を大事にする。


「うむむ、仕方あるまい。ではさっそく今からでも連れてこさせるとしよう。」


そう言ってガープは部下を呼びつけようと立ち上がった時だった。


バターン!!と大きな音を立ててドアが開きそこから二人の男女が入ってきた。


「漢児、絵里洲、獅鳳はどこだ!?」


「オイ祖父ちゃん!この基地に俺の子供等が来ているって本当か!?」


その二人はガープの孫にしてドアダ7将軍が一人ヨクラートルと現在の蒼の魔法女神たる狗鬼ユノであった。


「おおっ、これはユノ殿!!それにヨドゥグも無事到着したか!!」


二人を見て喜び勇んで駆け寄るガープに対して、ユノも駆け寄っていくのだが、途中で急ブレーキをかけて立ち止まり、いきなり頭を下げ挨拶した。


「は、初めまして、私は今度お孫様の妻になりまする狗鬼ユノと申します。ガープ様、皆様、不束者ですがよろしくお願いいたします!」


その言葉に一瞬面食らったガープであったがすぐに気を取り直して自分も頭を下げた。


「いやいやこちらこそよろしくお願いしますぞ。ワシが現ドアダ最高司令官ガープ・ドアーダであります。」


そう自己紹介して頭をさげたガープに対し今度はヨクラートルが前に出て尋ねた。


「それより祖父ちゃん子供らはどこだ!?ここに居るんだろ?」


「ヨクラートル将軍、今は客人がいらしてます。後でまた改めてお話ししましょうぞ!」


スパルタクスに諭されヨクラートルは一旦その場を去った。


それを見て阿烈は懐かしそうに一人呟く。


「フ、相変わらずだな……」


阿烈の言葉は小さく誰にも聞こえていなかった。


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