第21話 乂阿戦記1 第四章- 白の神子リーン・アシュレイと神鼠の鎧にして白神の槍ナインテイル-5

ひとしきり騒いだ次の日、オーム、エドナ、リーン、水晶、ジャムガ、鵺の6人は非公式の会談の席をアシュレイ城で設けていた。


おそらくメギド族とアシュレイ族の領地の境目で頻繁に発生している戦闘行為問題について議論するのだろう。


だが、今のミリムにそんな難しい大人の問題はどうでもよかった。


それより気になることがミリルにはあるのだった。


それは他でもない赤の勇者のことだ。


今彼女は雷音が寝ている部屋の前にいた。


(うおおお……どうしよう……ノックできないよ……なんて言えば……そうだ!『遊びましょう』とか?いや、ダメだ……この台詞なんか違う意味っぽいぞ!ええいままよ!!当たって砕けろだあ!)


コンコン、と遠慮がちにノックをする。


(んあ……?もう朝か……?ふわあああ〜〜……よく寝たなあ〜)


眠そうにあくびをしながら自分の横を見ると、そこには一糸纏わぬ姿の絵里洲が添い寝していた。


(なっ、な、ななな何!?何これ?!どういう状況!?)思わず目を隠すように手で顔を覆いながらも指の間からチラ見してしまうのは健全な男子として仕方がないことだ。


そうしていると絵里洲も目を覚まし起き上がる。


「おはよーございましゅ、らいしゃん♪」と、まだ眠い目をこすりながら朝の挨拶をする。


(かわいいいいいーーっ!!萌え死ぬーーー!!てかなんで絵里洲がここに!?)


雷音があたふたしてると中々返事がこないことに苛立ちを感じたミリルがドアを開け部屋に入ってきた。


「こらあっ!雷音ったらまだ寝てるでしょお!!起きろー!起きるのだあー!」


「ひいいいいいいいっ!!」驚きで素っ頓狂な声をあげる雷音をよそに絵里洲は自分の胸に抱きついて甘えてきた。


(ちょっ……やめ……やめてえええええ!俺の理性が崩壊するううううう!!ていうかマジで絵里洲さん、昨日とはキャラ違くない!?もしかして二重人格!?それともあれって演技だったのか!?とにかく今は絵里洲さんをどうにかしないとやばいって!!色々まずいって!だってほら……おっぱい当たっちゃってるからさああああ!!!!)


「おはようなのだ!雷音!」


と元気に挨拶するミリル


「ん?どうしたのだ?」


雷音が挙動不審になってるのに気づいたミリルが言った。


雷音が被っていたシーツがハラリと落ち、ミリルは裸の絵里洲に抱きつかれてる雷音を目撃してしまった。


そして一瞬の間があり、ミリルは雷音のベッドに駆け上がり、雷音の股間目掛けて蹴りを繰り出した!


「ごふっ!」っと声にならない悲鳴を上げる雷音。


そんな様子に絵里洲は不思議そうな顔をしていたがすぐに笑顔で言った。


「あら?雷音、朝から随分元気ですね♪これは私がスッキリさせてあげないといけませんね♡」


そういうなり絵里洲は自分の胸を雷音に押し当てる。


「う、うわーん!雷音の馬鹿!浮気者〜〜!変態〜〜!」


泣きじゃくり部屋を飛び出して行くミリル。


(誤解だーーっ!!誰か説明してくれーーーーっ!!!)


心の中で叫ぶもそれを聞く者はいない。


するとそこへ騒ぎを聞きつけたユキルがやってきた。


「顕現せよ!封獣ユグドラシル!!モードチェンジ! エレメンタルフォーム!」


一瞬で魔法少女に変身し、封獣ユグドラシルの聖弓を構える。


「そこまでよナイアルラトホテップ!


本物のエリリンを何処にやった!?」


「神羅姉様!助太刀する!!」


神羅のすぐ後に続き雷華も魔剣クトゥグァを構え部屋に飛び込んで来る。


「おっと!えらく早く気付かれちゃったな…」


偽絵里洲が本性を表し邪悪な笑みを浮かべ、ベットから飛び起き雷音達と距離をとる。


「私を散々な目に合わせたお前の嫌な気配を忘れるもんですか!!」


怒りの表情を浮かべ矢を引き絞る神羅


「ナイスフォローだぞ雷音!ミーちゃんが部屋を飛び出して安全なところに行くまで騙されたフリをして機を伺っていたんだな!?」


雷華が兄を褒める。


「フ、あったり前じゃねぇか!こちとら全てお見通しよ!!」


嘘である。


雷音は見事にナイアの色仕掛けに騙されていたがそれは黙っていることにした。


ナイアはもう一度雷音に洗脳魔法をかけ利用してやろうと考えていたのだがあてが外れてしまった。


あまりここに長居していると、黒天ジャムガや覇星の魔王が駆けつけてくるかもしれない。


(まあここはひとまず退散しておくか……)


ナイアが空間転移の魔法を詠唱しようとした時だった!


「逃さないわよ!」


矢が発射され転移の魔法陣を砕きナイアの逃亡を阻止した。


「……ちっ!」


「もう一度言うわ。エリリンはどこ?」


「クックック、そんな怖い顔しないでくださいよ。同じドアダ7将軍じゃないですか?絵里洲さんならスパルタカス将軍が保護してくれてます。ユキルお嬢様、私と一緒にドアダ本部に帰りましょうよ?悪いようにはしませんから…」


「……ヨドゥグおじさんかガープお祖父ちゃん、もしくはボマーさんを連れてきて!スパルタクスさんやイブさんだっていい!けど貴方とナイトホテップは信用できない!」


「分りました。転移魔法でお二人をこちらにお呼びいたします。」


素直に言うことを聞く偽絵里洲を見て少し驚く一同だったがそれも束の間……。


「なーーんてね♪」


そう言うと後ろ髪の中から【契約の刻印】と呼ばれるカードをとりだした。


そしてそのカードに書かれた文字を読み始める。


「契約者たる私の命ずる……いでよメガルヨムルガルド!」


すると空中に召喚用の魔法陣が現れると中から一体の巨大ロボが現れた。


大きさは10メートル弱といったところだろうか……しかし見た目はロボットというよりどちらかというと巨大な蛇といったほうがしっくりくる。体の色は灰色で金属のような素材で構成されているように見える。


そして頭部に当たる部分からは禍々しい有機的な目が覗いていた……これは明らかに生物の目だっだ。


「なっ、なによあの気持ち悪いロボは!?まるで機械じゃないみたい!!」


「ええ、その通りでございます。これこそはアシュレイ族が戦争に備え、開発した機械と魔物の合成生物です。これさえあればもう人間なんか敵ではありませんわ!」


「ううっ……」と思わず神羅がたじろいだその瞬間であった!


巨大ロボが目にも止まらぬスピードで襲い掛かってきたのだ!


咄嗟に雷華は魔剣の力を発動した!


魔剣の炎に炙られメガルヨムルガルドが苦しそうに身をよじる。


それにより神羅は間一髪で敵の攻撃をかわすことに成功した!


そして今度は雷音が攻撃に移る!


『阿修羅豪打拳!』凄まじい連打の連続攻撃をお見舞いするが、横から現れた人影がなんと片腕で全て受け止めてしまったのである!


しかも傷一つ付いていないではないか!


「なんだと!?」


驚愕する雷音を尻目にそれは姿を現した!


それは銀の仮面を被った戦士で、胸元に封獣ケルベロスの首飾りをかけていた!


「やぁー紹介するよ!我々ドアダの最強の戦士で次の7将軍候補『銀仮面』君だ!」


仮面を付けててもわかった。


その銀仮面とばれた男が誰なのか。


神羅、雷音、雷華の息が詰まる。


「そ、そんなまさか?」


「ら、羅漢お兄ちゃん?なの……?」


三人は声を震わせる。


無理もない、自分の兄は死んだと思っていたのだから。


だが目の前の光景がそれが現実であることを嫌でも認識させる。


「あはっ☆」


それをみたナイアはあざ笑うかのように口元を歪めると指パッチンをした。


それと同時に羅漢と呼ばれた男は胸元のペンダントに手をかざし生気の無い声で詠唱した。


「………変神………」


(まずいっ!!あれは間違いなく…)


三人の顔色が変わった瞬間、辺り一帯が闇に覆われる。


同時に虎模様の黒の甲冑を纏った羅漢の姿が露になった! そしてその背後に浮かぶ黒き虎のような魔神像の姿!!


「これが羅漢君の新しい変身フォームだ!その名もケルビムべロス・アナザー!!この姿の彼は無敵だぜ!」


すると次の瞬間、ケルビムベロス=アナザーの背後にある黒き虎の口から光の帯が出現し三人に向かって伸びてきた!


「いけない!!バインド系の操気術だわ!!」


「アレに絡め取られたら身動き取れなくなるぞ!」


「危ない!!」


神羅が雷音と雷華を突き飛ばし二人の身代わりに光の帯に絡め取られる。


「闘気を用いた捕縛術!やっぱりあれは羅漢兄さんだ!!」


光の帯に絡めとられた神羅は上半身を拘束され弓矢を使えなくなってしまった。


「くそっ!!こうなったらやるしかない!! 雷華準備はいいか!?」


「雷音兄!羅漢兄様相手に手加減なんかしたら1秒も持たない! 最初から全開で行くぞ!!」


そう叫ぶや否や雷音は自身の力を解放し始めた!全身から赤のオーラを放ち出す!


「 顕現せよ! 魔剣クトゥグァの力!! 変神!!!」


雷音の手足が龍化し、鳳凰を思わす翼も生え体が一回りだけ大きくなる。


そして雷華は魔剣に吸い込まれる様に姿を消し、魔剣は雷音の背丈程の大きさの斬馬刀に変形した。


ヒーローに変身した雷音の背後には、炎を纏った女神の様な格好の雷華が半透明の姿で背後霊の様に付き従った。


「ち!同属性同士の勇者と魔法少女による共鳴変身か!!15年前の戦いを思い出させる!!」


ナイアが忌々しげに毒づく。


それはナイアにとって転生前のユキル達との戦いの日々を呼び覚ます忌まわしい姿だからだ。


「銀仮面、防御に徹し3分しのげ!!未熟なガキ共があの力を使いこなせるのは3分が限界のはずだ!!それが過ぎればヤツラは動けなくなりチャンスが訪れる」


「御意」


羅漢は即座に答えると自身の体に魔力をまとわせ始めた。


(今のままでも勝てないわけではないが、魔力を使った状態で戦った方が確実に勝てるな……)


実戦経験も豊富なナイアは慎重に戦術を組み立てる。


(馬鹿なやつらめ、何故わざわざ短期決戦用の勇魔共鳴フォームに変身した?あれ程の力を誇示すればこちらの警戒度を上げる事は容易に想像がつくだろうに……奴等にとっての最善手は黒天ジャムガや覇星オームが来るまで守りと逃げに徹する事だったのだ!)


そんな考えを巡らせているうち炎の女神を背にした赤の勇者と黒虎の魔神を背にしたアナザー=ケルビムべロスが激しく激突しだした。


赤の勇者は大剣を振りかぶり、堕ちた銀の勇者は左右の小手から伸びた鉤爪を振りかぶる。


勇者の背後守護神となった雷華が炎の魔法を放ち、羅漢の分身たる黒虎の魔神が合気で炎を逸らす。


二組の力は拮抗しており一進一退を繰り返していた。


だがその均衡もやがて破られていく……クトゥグァの力を二人で開放した共鳴強化の影響か雷音はアナザー=ケルビムベスロスを次第に圧し始めるのだった……


(流石は最強の封獣クトゥグァ!やはり出力ではかなわぬのか!?このままでは押し負ける!!ならば!!)


そう考えた偽絵里洲は次の手を打つ。


「まずは本来の目的を果たすとするか!」


そう言うと再び【契約の刻印】をもった右手を大きく横に払った!その動きに合わせるように、先程同様に空間の歪みが発生した!その中から新たに6体の異形の存在が出現した。


その姿とは、メガルヨムルガントと同じように機械と骸骨が融合した機械仕掛けの骸骨兵であった。


「メガルスケルトン、まずは女神ユキルを捕縛しろ!」


「「キシャアアアッ!!」」


6体の骸骨兵は咆哮と共に各々の武器を振り上げる!


メガルヨムルガントは巨大な頭を大きく振りかぶるとそのまま力任せに叩きつける!


「きゃあ!」


神羅は魔法障壁を張り防御に徹するが長くは持たない。


上半身も捕縛で自由に動けない。


雷音と雷華は羅漢の相手で手一杯だ!


「くっそぉおお!!」


思わず叫ぶ雷音、その表情に余裕はない。


雷音の剣筋が乱れ隙がうまれる。


そしてその隙を見逃す羅漢ではなかった。


雷音は流水合気の技で投げ飛ばされ羅漢お得意の捕縛の関節技で動きを封じられてしまう。


背後霊状態で雷音の後ろに控えてる雷華が炎の魔法を放とうとするが、黒虎の魔神に雷音と同じように抑えこまれた。


そこに容赦なくメガルヨムルガントが襲い掛かった。


二人が死を覚悟し思わず目をつぶる。


「アシュレイ家ミリルの名において命ずる!メガルヨムルガントよ引け!メガルスケルトンも引くのだ!!雷音を離してやってくれ!!」


アシュレイ家の召喚獣達が動きを止めてミリルの前に跪く。


「雷音!助けに来たのだ!!大丈夫か?」


「ミリル、逃げなかったのか!?」


「浮気されたことが悔しくて、もう1発金玉を蹴り上げようと戻ってきたら何か大変なことになっていたのだ!!とにかく無事みたいで安心したぞ!それでこれはどういう状況なのだ?」


そう言いながら雷音に駆け寄って抱きつき偽絵里洲を睨みつける。


そんなミリルに対して雷音は金玉がすくみ上がる恐怖を感じる。


雷音が口を開きかけた時だった。


上空より凄まじいスピードで接近する存在を感じ彼は窓の外の空を見上げた!


そこには赤い光の帯を引く黒い巨大な馬の姿が有った!


そしてそれは自分たちが戦っている部屋の前で止まったのだった。


「……あれは、もしかして……」


雷音はミリルを抱えて窓そばから離れた。


直後轟音と共に窓側の部屋の壁が崩れ去り砂煙の中から黒い馬に乗った人影が姿を表した。


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