第15話 乂阿戦記1 第三章- 黄金の太陽神セオスアポロと金猪戦車アトラスタイタン-4

そう、彼は怒っていた。


「よくも神羅を……我が婚約者をこんな目に遭わせてくれたな……」


エドナはオームを見た。


彼女は知っているのだ。


オームの本当の実力を。


「おいオーム。まさかあの力を使うつもりやないやろな?」


心配するエドナを他所にオームは禁断の呪文を唱えていた。


「いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたああああ!!」


「わああー!?あの阿呆!ホンマ神羅ちゃんの事になると我を忘れる!!」


エドナは慌ててオームを止めようとした。


だが遅かった。


オームは懐から牛の角がついた黄色い仮面を取り出し顔に付ける。


「顕現しろ! 名状しがたいものハスター! 這い寄る混沌よ。このカスが! 神羅に手を出した事を後悔させてやる! 」


その瞬間、オームの足元の影が広がりそこから無数の触手が伸びナイアルラトホテップの残滓を絡め取り動きを封じていく。


「うぎゃぁああああ!! ば、ばかな!! ハスターの力だと!?」


悲鳴をあげるナイアルラトホテップの残滓。


ナイアルラトホテップの残滓は必死に抵抗するが、絡みつく触手から逃れられないでいた。


「ま、待つんやオーム! アレはナイアルラトホテップの残滓に過ぎんのや!お前のその力を使うのは大袈裟過ぎるで!?」


「? 何を言ってるのですか姉上? いい機会だからこの邪神の末端を媒介に本体にも攻撃を喰らわすんじゃないですか?」


「あ、あ、あ、阿呆!それってつまりドアダ7将軍に直接宣戦布告するっちゅーことやで!?タタリ族とドアダとで戦争になるで!?」


「ははは!現在我らと小競り合いしてるタイラント族を影から操ってるのはドアダですよ?姉上もそれはご承知でしょう?いい機会だ。ドアダごと潰しましょう。連中には私の婚約者に手を出した事を後悔してもらう!!」


「調子に乗るな小僧〜〜っ!!」


ナイアルラトホテップの残滓が触手を引きちぎりオームに鉤爪を振るう。


だが鉤爪が身体に触れるより早くオームは準備を済ましていた。


「封獣ベリアルハスターよ、盟約に従い我が力と成せ! 魔王の仮面よ! 我に黄衣の魔王の力を!! 変!神!」


オームの身体を金色の光が包む。


黄色い禍々しい魔力の風が彼の体から吹き出す。


風圧に耐えきれずナイアルラトホテップが後ろに吹き飛ぶ。


オームの身体は黄衣を纏った姿に変化していた。


頭は牛の角を持つ封獣の仮面をつけている。


その姿は変身ヒーローと言うよりは魔王と言ったほうがしっくりくる。


オームがトドメの呪文詠唱を唱える。


「いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!」


狙いは目の前の邪神の末端ではなくドアダ本拠地にいるであろう本体のナイアルラトホテップ。


「う、嘘やん……」


ああ、これはもうタタリ族とタイラント族、いやドアダ帝国と『覇星の使徒』との激突は避けられない。


エドナはふと疑問を抱く。


師匠がみすみす邪神に神羅を奪われたのは、実は秘密結社ドアダと我ら『覇星の使徒』との戦争誘発を狙ったからじゃないだろうか?


禍々しい黄色い風がナイアルラトホテップを切り刻んでいく。


一気に殺さずジワジワと痛ぶるかの様に少しずつ少しずつ…


ナイアルラトホテップの残滓は絶叫を上げ消滅した。



「ヌウゥゥウ?、がああああ!!」


ドアダ帝国幹部会の席、邪神ナイアルラトホテップは自らの右眼を引きちぎり絶叫した。


ナイアの手の中で眼球がグツグツと煮えたぎり弾け飛ぶ。


「ナイア!どうしたのだ!?」


「一体何があった?」


「大丈夫ですかナイア様」


「ううぅうううう」


「おお、なんとナイア様の目が治っていく」


幹部会にはユキル以外の全幹部が揃っていた。


盲目の剣闘王スパルタクス、狂乱道化ヨクラートル、戦闘アンドロイド-イブ・バーストエラー、蛇王ナイトホテップ、サイボーグレスラー-キャプテン・ダイナマイトボマー、邪神ナイアルラトホテップ、そしてドアダ首領ガープ


『覇星の使徒』に連れ去られたユキルをいかに奪還するか作戦を練るため滅多に揃わないメンバーがこの席に揃っていた。


肩で息をしながら少女の姿をしたナイアルラトホテップが報告をあげる。


「…首領閣下、たった今ユキルお嬢様の記憶の封印が解けました。私の洗脳魔法が解除されましてございます。」


「な、なんだとう!」


「そんなバカな……」


「信じられん」


「おのれ覇星の使徒めぇ!」


ナイアが苦々しく説明を続ける。


「洗脳魔法を解除したのは阿烈です。どうやら奴はあらかじめ私の洗脳魔法を打ちやぶる準備をしてたようです…」


「阿烈だとぉうううううう」


「……私に覇星の使徒の王が宣戦布告してきました。……侮ってました。乂阿烈は武術一辺倒の武芸者などではありません。奴は女神ユキルの生まれ変わりと言うコマを十全に活用し、我らドアダと『覇星の使徒』の対立を計った戦略家です。考えればあの男は神羅が女神ユキルの生まれ変わりだと言う事も、覇星の使徒の若き王が神羅を深く愛している事も全て承知している。奴は最初からドアダと覇星の使徒を潰し合わせる事を計画していた!!」


ナイアの説明に幹部全員が凍りつく。


ただ一人を除いて


「クックック、やってくれるじゃねーか!乂阿烈!!……」


愉快そうに嗤うその男はドアダ7将軍筆頭ナイトホテップだった。


ドアダ首領ガープの実子にして年老いた父に代わりドアダを実質的に指導している影の支配者


「ナイア!おまえは覇星の王と直接対峙したことはあるのか?」


「いえ、ありません」


「ならいい機会だ。覇星の王をおまえが直接見てこい!そしてその力を見極めて来い。覇星の王の実力次第では俺自ら出陣する。」


「はっ!了解しました」


ナイアは即座に姿を消した。


「さて、これからどうなるかな?面白くなりそうだぜ。なあ銀仮面?」


「御意!」


蛇王ナイトホテップは自分の後ろに控える銀の仮面を被った男をみた。


男の胸元には封獣ケルベムべロスの首飾りがある。


そう、銀仮面と呼ばれた男こそは銀の勇者羅漢。


だが今の彼は洗脳手術による処理を受け羅漢としての記憶はない。


今の彼は蛇王最強の懐刀『銀仮面』である。


銀仮面は静かに頭を下げた。


「まあいい、これで少しはこの退屈な戦争にも変化が出るだろう」


蛇王は楽しげに笑った。


*****


***


ドアダ皇帝ガープは自室に戻り、ひどく青ざめた顔をして椅子に座り込んだ。


「祖父さん、しっかりしろ。大丈夫か?」


付き添った孫が心配そうに祖父を労わる。


「ああ、あああ! ヨクラートル…、いやヨドゥグよ! ワシが一番恐れてしまった事が起きてしまった!……、ユキルの、いや神羅の記憶が戻ってしまった!……。ワシは、ワシらはあの子を失ってしまうのか!? 記憶を取り戻したあの子は騙して来たワシを憎み離れてしまうのか!?」 


数多の戦場を生き抜いたドアダの皇帝が今、これまでの生涯で初めて怯え震え取り乱していた。


神羅を孫娘として迎え地球で家族として過ごした日々は彼をただの孫思いの老人に変えていた。


「祖父さん、馬鹿な事を言うな! あのユキルが祖父さんを憎んだりするわけないだろう!! 前世も今世も関係ない! あの子はもう俺達の家族だ!! それにナイアの報告が本当なら、乂阿烈は自分の妹を戦争のコマに使ったクソ野郎だ!!! そんな奴に俺達のユキルを渡してたまるものか!! 他の誰でもない、俺達がユキルを守らなきゃいけねえんだ!!!」


孫ヨドゥグの気を吐いた言葉に叱咤されガープの目に生気が取り戻る。


「う、うむ! よくぞ言うてくれたヨドゥグ! そうじゃ! ユキルがワシらをどう思うかはわからん。だがワシは15年前の過ちを再び繰り返すわけにはいかんのじゃ! 15年の歳月を経て転生したあの子を必ず幸せにしてやらねばならんのじゃ!!」


「祖父さん、俺はユキルを追ってスラルに向う。報告した通りオリンポスの神々の協力は取り付けてある。出撃許可をくれ!」


「ヨドゥグよ、頼んだぞ! ワシは今すぐにでも飛び出そうな気持ちを抑えて待っておるからの。ワシが飛び出しても何も出来ん。ワシは待つしかないのじゃ」


「わかった、祖父さん。任せてくれ。」


かくしてドアダ首領の命を受けドアダ7将軍ヨクラートルはスラルに出撃した。


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