第14話 乂阿戦記1 第三章- 黄金の太陽神セオスアポロと金猪戦車アトラスタイタン-3

ユキルと絵里洲が目を覚ますとそこは見たこともない場所だった。


床に魔法陣が描かれたどこかの祭壇のような場所だ。


「ここは一体……私たち確か学校近くの空き地でいきなり現れたトラックに引かれて……」


「どうやらまだ天国じゃなさそうね」


二人が周囲を見渡すと少し離れた場所に倒れている少年の姿を見つけた。


少年は気を失っているようだが命に別状はないようだった。


二人はほっと胸をなで下ろすと、少年に近づき声をかけた。


「ちょっと君大丈夫!?」


すると少年がゆっくりと目を開けた。


その顔を見て思わず息を飲んだ。


褐色の肌に金色の髪、切長の目にスッと整った鼻


息を飲む美形だった。


「ああよかった。どうやら無事召喚魔法は成功したようだ…」


その言葉に今度は絵里洲が驚いた。「え!? ちょっと待って、今なんて言いました??」


「すまないが君たち二人には僕達の部族を救う為の協力者になってもらいます。ああ、紹介が遅れました。僕の名はオーム、ここタタリ族の長を勤めている」


「はい???」


突然そんな事を言われても意味が分からない二人だったが、それでも何か大変な事態に巻き込まれているのは理解できたので必死に問いかけた。


「あのぉーこれってもしかして誘拐ですかぁ~?」


「それとも私達殺されるんですか~?」


二人の不安そうな様子を察したのか彼は安心させるように優しく微笑んだ。


「安心して下さい、決してあなた達の命を奪うような真似はしませんから」


それを聞いて少し安心した二人だったが、やはり状況が呑み込めないので恐る恐る質問を続けた。


「それであなたはいったい誰なんですかぁ?」


「僕達はさっき言ったとおりタタリ族、女神エキドナ様のご加護を受けて暮らしているこの世界スラルの民族です」


オームはそう言うと懐から地図を取り出した。


それは精巧に作られた世界地図であった。


そこには大陸が一つ描かれていた。


そしてその大陸の中央には大きな城のようなものが描かれていて、そこに巨大な赤い星が輝いていた。


それを見た絵里洲は思わず呟いた。


「何これ……星型の島……?」


そんな疑問を口にする彼女に向かってオームは微笑みながら答えた。


「ここスラルは貴方達の住む球体の惑星ではなく平面の世界なのですよ」


「平面??そんな馬鹿な事があるわけないでしょ!」


それを聞いた絵里洲が大声を上げて反論する。


しかしそんな彼に対して彼女はさらに畳みかけるように言った。


「だいたいこんな大きな星の形をした陸地なんてありえないじゃない! もしそうだとしたら赤道はどこなのよ! 北極はどうすんのよ!!」


その言葉を聞いて彼はにっこりとほほ笑んだ。


そして次の瞬間信じられない事を言い始めたのである。


「目に見えるもの全てが真実だと思わないほうがいいです。あなたは魔法少女になる前まで魔法の存在を信じましたか? 地球の物理法則がそのまま、他の宇宙でそのまま通用すると思わないことです。」


彼のその発言を聞いて二人は唖然とした表情で固まっていた。


その様子を見て彼は満足そうに微笑むと二人にこう言ったのだ。


「さてそろそろ本題に入りましょうか。私は君達にお願いがあって来たのです」


すると突然今まで黙っていた絵里洲が彼に詰め寄るとまくし立てるように話し始めたのだった。


「お願いって何!? いきなり現れて私達に何をさせようと言うの!?」


そんな彼女の様子に驚きつつも冷静に対応する彼だった。


「そんなに興奮しないでください。まずは僕たちはタタリ族が信仰する女神エキドナの巫女と、同盟部族メギド族が信仰する女神シュブニアの巫女を紹介します。」


そう言って彼が指を鳴らすと二人の女性が現れた。


一人は黄緑のロングヘアーで前髪ぱっつんの清楚な雰囲気の女性で、もう一人は金髪ショートで肌の露出が多いラフな格好の女性である。


二人とも自分達より少し上くらいの年齢に見えた。そんな彼女達を見てまず口を開いたのは絵里洲だった。


「この人達もタタリ族の人なの?」


彼女が尋ねると黄緑の髪の女性が答えた。


「私はメギド族の女神シュブニアの巫女シュリ」


「ウチはタタリ族の女神エキドナの娘にして巫女でもあるエドナや。そんでもってここにいるオームもエキドナの子や。つまりオームの姉さんちゅうこっちゃな。よろしゅう頼むわ」


シュリに続いてエドナも自己紹介をする。


それを聞いた絵里洲が口を開く。


「まさかの関西弁!?…」


「久しぶりやな神羅ちゃん! 阿烈兄さんと羅漢兄さん、羅刹姉さんは元気しとるか? 雷音のアホタレは相変わらず馬鹿なことばっかりやっとるんちゃうか? 雷華ちゃん、阿乱ちゃん、紅阿ちゃんはどれくらい大きくなったんや?」


エドナに親しげに話しかけられユキルは混乱する。


神羅、そう確か自分は昔そう呼ばれてたような…


「え?……あの、神羅、え?…」


そんなユキルの様子を見たシュリがユキルに話しかけた。


「混乱するのは無理もありませんね。神羅さん、貴方がナイアルラトホテップに洗脳されてると言う情報はどうやら本当だったようですね」


彼女のその言葉にユキルはさらに困惑する。


(ナイアルラトホテップって誰だっけ?)


そんなユキルの様子を気にもせず彼女は話を続ける。


「貴方はナイアルラトホテップによって記憶を改竄され、自分が何者なのかさえ分からなくなっているのでしょう。ですが安心してください。私達は貴方の味方です」


そこまで聞いたところでユキルはようやく我に帰る。


「いや、ちょっと待って!さっきから何を言ってるのか全くわからないです!」


そうユキルが言った直後、今度は逆に彼女の方から話しかけてきた。


「ごめんなさい、ちょっと焦りすぎましたね。では落ち着いて話せる場所に移動しましょうか」


そう言うと彼女は指を鳴らした。


すると次の瞬間、彼らは別の場所に移動していた。そこは一面に広がる花畑で、周囲には大きな建物があった。そして目の前には大きな大理石の床とテーブルがあり、その上にケーキやお菓子などが沢山並んでいた。


「神羅ちゃん、ちょっと落ち着いて順を追って話し合おうや。話はそれからや」


そう言いながらエドナは席につくように促す。


それに続いて他の者も席に着く。


そんな中、一人だけ立ち尽くしている者がいた。


それはユキルであった。


それを見たシュリは彼女に声をかける。


「どうしました、早く座って下さい」


そう言われた彼女は戸惑いながらも言う通りにした。


しかしそれでも落ち着かない様子で辺りを見渡したりしていた。


その様子を見てエドナが言う。


「昔よくここでお茶会ひらいたな。神羅ちゃんやっぱりまだ思い出されへん? でもそのうちきっと思い出せるはずや…」


それを聞いてもやはり何も思い出せない様子の彼女に、今度は絵里洲が声をかけた。


「まあとにかく座ろユッキー。ここは敵地じゃなさそうなんだからさ」


その言葉を受けてようやく落ち着きを取り戻した彼女は言われるままに椅子に座った。


丸いテーブルにオーム、ユキル、絵里洲、エドナ、シュリの5人が腰かけお茶をすする。


茶菓子をたべながらエドナがオームに声をかけた。


「オームもしんどいなぁ。やっと神羅ちゃんと再会したと思ったら記憶喪失やなんて…あんまり気落ちしたらあかんでぇ」


「よして下さい姉上。今はそれを話す時ではありません。」


「え?え?オーム君とユッキーってどんな関係だったんです?」


「結婚を約束した婚約者やで」


ユキルと絵里洲は口に含んだ茶を盛大に吹き出した。


「ケホッ!ゲホッ!ゴボッ!エ゛ッホ!!」


それを見て笑うエドナと困惑するシュリをよそに、オームは少し慌てた風に続ける。


「正確には親同士が決めた婚約者です!私の亡き父ゴームと神羅の亡き父乂舜烈はそれぞれタタリ族、乂族の長でした。両部族は長年のしがらみから戦争を続けていましたが、一旦戦争を収める為私達は結婚を命じられたのです!」


「いわゆる政略結婚ですね。戦国時代のスラルにはよくある事です。」


少しまくし立て気味に話すオームの後をシュリがフォローをいれるように落ち着いて話した。


「何言うてんねん!オームは神羅ちゃんにガチ惚れしとるやん!神羅ちゃんが行方不明になってから族長権限駆使してスラル中を気が狂った様に探し回っとったやん!捜索反対してた反族長派の重鎮4名をサクッと粛正した時はウチ思わずドン引きしたで?」


「あ、姉上え〜〜っ!!んぐっ!?う、ゲフ!、ゲホ!」


姉の無体な暴露に堪らずオームは口に含んでいた茶を気管に詰まらせ咳こんだ。


弟の動揺する様を見て、エドナは愉快そうに笑い茶菓子を頬張った。


「エドナ、異世界転生トラックを使い神羅様を強制召喚したのはくだらぬ恋話をするためではありませんよ?」


シュリがエドナをたしなめる。


「はあ?何言うてんの?実の叔父にガチ恋してるシュリさんにそんな事言われたくありませーん。ウチここ連日シュリの恋の相談話ばかり聞かされて寝不足やねん。」


「エ、エドナ〜〜!」


シュリの顔が真っ赤に染まる。


「まあまあ、皆さん落ち着いてください。話が進まないので。シュリさんの恋バナも気になりますが、やはりここはユッキーとオームさんの馴れ初めを詳しく!!!」


恋バナに目がない絵里洲が目をぎらつかせながら二人に迫る。


「神羅ちゃんには雷音って言う血の繋がらない弟がおるんやけど、その子も神羅ちゃんの事が好きでウチの弟と神羅ちゃんを巡ってしょっちゅう喧嘩しとったんや!戦績は今のところオームが30勝25敗45引き分けで勝ち越しとる。」


それを聞いてますます絵里洲の目が輝く。


「なにそれなにそれなにそれ!?いやーん! 三角関係とか最高じゃないですかぁ!!モテる女は辛いねえユッキー!さあさあエドナさん、もっと詳しく教えてください!! それでそれで!?」


「ひいい!? エリリン落ち着いて!!」


「だってこんなおいしいネタ興奮しない方が無理よぉ! さあ! 続きを!」


「なんと雷音には二つ歳下の親が決めた婚約者がおって、その子ミリル・アシュレイって言うんやけど、その子は雷音に婚約関係なしで惚れてて、神羅ちゃんの事をめっちゃライバル視してるんや!!」


「きゃああああ!? 三角関係ならぬ四角関係!?素敵ですぅ!! そして雷音君と神羅ちゃんはお互い意識しているのになかなか進展せず、それをヤキモキしながら見ているシュリさんとエドナさん……うん、完璧ですね!! ありがとうございます!!」


「ウエェエ!? 私が血の繋がらない弟を意識!? イヤイヤイヤ! そんなラブコメみたいな事あるはずが!?……」


「ええいうるさい黙りなさあい!! 私の妄想の邪魔をするんじゃないのおお!!」


「は、はいぃい! ごめんなさい!」


「ふーむ、ウチとしては確かに雷音の事は嫌いじゃ無いけど、ウチは弟のオームと結ばれて欲しいんや。気取り屋の弟が本気なって接するのは神羅ちゃんだけやしなあ。あ、神羅ちゃんの記憶喪失直そうと昔のアルバム持って来てるんやけど見る?」


「はい! 是非お願いします!! あとでオーム様の事も聞かせてください!!」


「オッケー任せといて! ほら、これがウチと雷音と弟と神羅ちゃんとでアシュレイ迷宮攻略向かった時の写真や! 前衛戦士のウチ、盗賊探究スキルを持つ雷音、後衛魔法使いオーム、回復役のユキル。4人で色んなダンジョンに潜ったんや!」


「あ、あれ? な、なんか私これ覚えがあるかも?……」


「そらそうや、神羅ちゃん関係のアルバム写真やから当然やん!…………って、あら?……うーん……これはどういうことやろか?……」


「ど、どうしました? 何かありましたか?」


「いやな、このアルバムの写真にはアシュレイ迷宮で撮ったもん以外にも別のダンジョン行ったときの写真があるんやけど、そのどれにもお師匠様が写っとらんのや。」


「お師匠様?」


「それにウチらのパーティにはもう一人お師匠様がお守り役におったんや。そらそうや、修行とはいえ危険なダンジョンに子供らだけ潜らす訳にはいかんもんな。」


「お師匠は乂族の人間でタタリ族とは敵対関係にあったんやけど、度を越した人材育成マニアでな。ウチとオームがえらい強くなる才能があるからと武術の修行を積んでくれはったんや!」


「へぇ~」


「あ、丁度一枚だけ写真があった。コレやコレ! この人がウチらの師匠で雷音、神羅のお兄さんの乂阿烈や!!」


「うわ!?なんか凄い貫禄!!なんて言うか戦国覇王って感じだわ!!」


阿烈の写真と名前を聞いた途端ユキルが頭を抱えて呻き出した。


「え?ユッキー!?」


「か、神羅!?どうした!!」


突然苦しみ出すユキルにオームとエドナは慌てる。


「あ、ああぁっ、う、うぅっ、うううううう」


ユキルの頭から紫色の禍々しい魔力がふきだし、それより遥かに禍々しい灰色の闘気がユキルの頭から紫色の魔力を追い出すように吹だした。


灰色の闘気で出来た乂阿烈の像が紫色の魔力で出来たナイアルラトホテップの像をユキルの頭の中から首根っこ引っ掴み追い出す!


頭を抱え床に倒れそうになるユキルをオームが素早く抱き止める。


そこにいた全員がこのあり得ない光景を(ほぼ一般人と変わらない絵里洲さえも)ハッキリと知覚した。


「ギエェェエエ!? ば、ばかな!? ユキルが名前と顔を少し思いだしただけで乂阿烈の力が発動しただと!? ただの記憶の断片がここまで我が洗脳魔法に干渉を及ぼすだとおぉ!?」


「グルゥア"ッア"ッア"ッア"ッア"ッ!! 邪神よ。そろそろワシの家族を返してもらおうか? たあっぷりノシを付けてなああ?」


「があああああ!! こ、この化け物がああああ!!!」


ユキルの頭に巣食っていた紫の魔力の塊が、強制的に引き剥がされ床に叩きつけられる。


床が爆弾でも落とされたみたいに爆発する。


ナイアルラトホテップの洗脳魔法を追い出した阿烈の闘気はオームとエドナを見るとこう言った。


「我が愛弟子達よ。お前達の成長のほどを知りたい。久しぶりの試験だ。邪神ナイアルラトホテップの残り滓を見事倒してみせよ!」


それだけ伝えると灰色の闘気は消滅した。


まるで自分の役目はもう終わったかとでも言うように


一方地面に叩きつけられた邪神の魔力の残り滓は最後の力を振り絞り自分の存在を実体化させ巨大な化け物へと変化した。


「イヤイヤイヤ!お師匠様!?相変わらず無茶ぶりが過ぎますよ?」


師の出鱈目ぶりに呆れ返るエドナ


気を失っているユキル


現実ばなれした光景に口をパクパクする絵里洲とシュリ


そしてオームは気絶したユキルをそっと床に寝かせ、怒りの瞳をナイアルラトホテップの残滓に向けた。


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