第6話 乂阿戦記1 第ニ章- 青のHERO狗鬼漢児と戦神ベルト アーレスタロス-2

部屋の前に来ると彼女は今目覚めたばかりなのか寝巻のままベットの上に腰掛けていた。


その顔はどこか夢心地のようでぼんやりとしているように見える。


「おはようユキル、気分はどうかね?」


その問いかけにやっと気がついたのか慌ててこちらに向き直り挨拶を返す。


「おはようございます、おかげさまでとてもよく眠れました。」


その言葉に偽りは無いようで彼女の顔からは疲労の色が消え去りスッキリとした顔をしている。


それを見て安心したのか首領の表情が緩む。


「そうかそれは良かった。」


ところでお前に会わせたい人物がいるのだが会ってくれるか?」


その言葉を聞いた瞬間彼女の表情は曇ったように見えた。


しかしすぐに笑顔になり、はいと答えたのだった。


それから少ししてドアが開くとそこに7将軍が一人狂乱道化ヨクラートルが入って来た。


彼の姿を見たとたん先ほどまでの笑顔が嘘のように表情がこわばる。


ヨクラートルの顔面ペイントがいかにも殺人ピエロという風体なので強張るのは仕方ない。


それに気づいてヨクラートルは慌てて顔のペイントをおとす。


ペイントを落とした顔は平凡な何処にでもいるおじさんだった。


「久しぶりだなユキル! 会いたかったぞ!!」


神羅は道化師の言葉に一瞬驚いたような顔をしたものの次の瞬間にはまた元の無表情に戻っていた。


その様子を見て道化師はやれやれといった風に肩をすくめると自己紹介を始めた。


「俺はヨドゥグだ、お前の兄貴だよ。い、いや、厳密には前世で兄妹だったってわけだが…」


それを聞いた途端彼女の表情が変わった。


まるで信じられないものを見るような目で彼を見つめると絞り出すような声でつぶやいた。


「……兄さん? あなたが本当に?……だって……」


そこまで言うと後は言葉にならないようだった。


そんな様子を見て道化師は優しく彼女を抱きしめた。


すると堰を切ったかのように大粒の涙を流しながら泣き始めた。


「すまない、お前をこんなに待たせてしまって。もう大丈夫だ、これからは俺が守ってやるからな。」


そう言いながら背中をポンポンと叩いてやる。


ひとしきり泣いた後落ち着いたのか彼女はぽつりぽつりと話し始めた。


「ごめんなさい。実は私何も思い出せないんです。過去の事はおろか自分の名前さえも思い出せないんです。」


ナイアの洗脳魔法の影響だろう。


かの邪神の魔法は対象者に深刻な後遺症を刻み込む。


「まあ過去の事など無理に思い出す必要は無い。今日からはワシ等が家族じゃ。私はガープ。ユキルや、お前のお祖父ちゃんじゃ」


そう言って頭を撫でてやると神羅=ユキルは嬉しそうに微笑んだ。




その日の夜、彼女が寝た後ドアダ首領ガープは7将軍を集め、緊急会議を開いた。


議題はもちろん今後の方針についてである。


まず最初に口を開いたのは包帯男のような風体の男だ。


その男は暗い紫の仮面とマントを羽織り魔王の如し威圧感を放っている。


彼は七将軍の筆頭格にして参謀でもあるナイトホテップであった。


「ガープ首領閣下、あの小娘どうするおつもりで?」


その問いに答えようと口を開きかけたとき、今度は盲目の長身の男が発言した。


七将軍が一人盲目の剣闘王スパルタクスである。


「まずは記憶を取り戻させるべきでは?あの娘のいまの素性も調べねばなりません。」


それを聞いていたナイアが割って入った。


「記憶喪失なら私の魔法で治るわ! 神羅じゃなくユキルだった時の記憶を呼び覚ましてあげる。任せてちょうだい!」


それに反論したのは他ならぬ狂乱道化ヨクラートルだった。


「やめろ! せっかく忘れているものをわざわざ思い出さなくても良いいんじゃないかぁ!? やっと家族が帰ってきたんだ! このままが良い! いいからそっとしておけ! 女神時代のユキルの辛い記憶を思い出させるんじゃねぇ!」


必死の形相で訴える彼の様子に一同顔を見合わせた。


その言葉に全員が驚いたような顔をした。


今までこんな事は無かったからだ。


結局ヨクラートルの案には誰も反対しなかった。


その後各自持ち場に戻る。


だが一人だけその場を動かない者がいた。


そう、ナイアだ。


「ちぃ、なんか面倒臭いことになってきたわね」


ドアダに帰還した彼女だが大きな誤算があった。


ドアダの首領がガープがまさか女神ユキルの祖父だったとは!


先代の首領は妖魔族の大帝国ズーイの暴君として悪名高かった妖魔皇帝ヨーだった。


今の首領はヨーの影武者だった武芸者ガープである。


ガープはヨーの影武者ではあったが皇帝として様々な偉業を成し遂げた実績も持っていた。


ヨーが死んだ後ズーイ帝国は魔法少女の国女神国に滅ぼされたが、影武者である彼は、ヨーの名前を騙りズーイの敗残兵をかき集め、悪の秘密結社ドアダを結成した。


妖魔帝国を滅ぼした女神国、その女神国を滅ぼした龍麗国の建国王ゾディグ。


そのゾディグの第二婦人カンキルこそはガープの隠された娘でユキルの母。


当時ガープは妖魔帝国皇帝の影武者と言う立場から龍麗国の第二王女である娘カンキルと孫娘ユキルに会えず、ずっと苦しんでいた。


「ああ、すっごく嫌な予感がするわ…」


ナイアの予感は当たった。


一人死んで空席のままの7将軍の椅子、翌日の会議でガープはユキルをドアダ7将軍に大抜擢した。


文句を言うやつがいたら殴り殺す剣幕でユキルを大抜擢した。


完全に身内びいきな理不尽極まりない大抜擢である。


つまりそれは組織内においてユキルがナイアと同格の地位になると言う事。


ユキルを恥辱にまみれた調教で辱める楽しみがなくなってしまったと言う事である。


「なんでこうなるのよ!!」


ナイアは会議の後すぐに自室にこもり悪態をつくのだった。


「ねぇ、本当にマジどうしてこうなった!?」


「くっくっく、荒れてんなぁナイア?」


「やあナイトホテップ」


七将軍筆頭にして自身の相棒であるナイトホテップが部屋に入ってきた。


彼は首領ガープの実子でヨクラートルとユキルの叔父にあたる。


年老いたガープに代わって、組織の実務を取り仕切っている影の実力者でもある。


15年七将軍の座から離れていた彼女が組織に戻って来れたのは彼の口利きが大きい。


挿絵(By みてみん)


彼女は元々外なる神々のトップだった。


だが100年前ある事変がきっかけで外なる神々は旧神達に封印されてしまった。


それを拾ってスカウトしたのが彼である。


「まあ仕方あるめぇ、それよりあのユキルとやらもなかなか可愛い顔をしているじゃないか? お前の好みだろう? 同じ七将軍に好みの同僚ができて万々歳じゃねぇか?」


「そうだけどそうじゃないのよ! あの子は私の獲物なのよ! 圧倒的立場でそれはもう嫌らしく厭らしい卑らしくグチョグチョの調教を施したかったのに、まさか首領の孫娘だなんて! 私の知らない間にいつの間にか私と同格のポジションに着くだなんて!」


「お前は自分の欲望の為なら何でもやるくせに変なところでシチュエーションに固執するからな。だがこれはチャンスだぞ。あの娘を手籠めにして言いなりにさせればお前がこの組織の支配者になれるかもしれんぞ?」


「そうかもしれないけどもう私はあの子に手を出す気はないわ。だってもし私が手を出せばきっと首領は私を殺すでしょうしね……」


「そうだな、親父殿には俺も逆らえん」


「はぁ……、仕方ないわね。こうなったらしばらくはおとなしくしておきましょうか。そうすればいずれ機会はやってくるはずよ。それまでは我慢しましょう。」


「そうか、ではとりあえずお前が連れてきた銀の勇者の様子でも見に行くとしよう。」


こうして二人はそれぞれの仕事に取り掛かることにした。




一方その頃ユキルは、彼女の祖父であり、この帝国の現帝王であるガープ・ドアーダの前で跪いていた。


着ている服は普通のピンクの可愛い服だか、悪の組織の女幹部にふさわしい黒のマントと赤いアイマスクをつけている。


意味はない。


ただの雰囲気作りだ。


「この度は私のような若輩者をドアダ7将軍に任命していただきありがとうございます」


「よい、ワシの孫じゃ、実力さえあれば地位など後からついてくる」


「はっ! ご期待に沿えるよう精進いたします!」


「うむ、さて早速本題に入るがお前にはまずやってもらいたい事がある」


「何なりと命じて下さいませ」


「地球という星にアーレスタロスという変身ヒーローがいる。そのヒーローは我がドアダの地球征服作戦を悉く邪魔をしてくる! ユキルよ、地球に行きアーレスタロスの首級を上げよ! それが我が命令じゃ!!」


「承知いたしました! 必ずやその首級を上げて参ります!」


「お供には七将ヨクラートルことヨドゥグをつける。地球のことちゃんと調べてから任務に当たるんじゃぞ。年は離れてしまったがヨドゥグ兄さんとは仲良くするんだぞ。まあ年が離れ過ぎてて周りから疑われるかもしれんからお前の叔父さんという設定にしとこう。お前が通う学校についてもヨドゥグと話し合ってちゃんと手配してしておいた。お友達ができるといいな。一日一回寝る前にお祖父ちゃんにちゃんとテレビ電話入れること!お祖父ちゃん土日はちゃんと地球に立ち寄って様子を見にいくからな。それからそれから……」


「お、お祖父ちゃん落ち着いて…」


今の首領閣下は11歳の孫娘を溺愛するただの老人に過ぎなかった。


「……わかった、お祖父ちゃんがそこまで言うなら私も頑張るけど、その代わりお祖父ちゃんも無理しないでよね? もしお祖父ちゃんが早死にしちゃったら私さびしくて泣いちゃうわ」


「わかっておるわい、心配せんでもワシはまだまだ死ぬようなタマではないわ、それよりそろそろ時間じゃないのか?」


「あ、そうだった、じゃあ行ってくるねお祖父ちゃん!」


「うむ、気をつけてな!」


そうして孫を送り出したあと彼は玉座に座り、これからの事を考えていた。


(ふうむ、やはりユキルはまだ子供じゃのう、一人で行かせるのは不安じゃあ、かといって誰か護衛をつけてもどうせ振り切って行ってしまうじゃろうしな、困ったもんじゃ……ああ、そうじゃ地球にもう一人七将軍を派遣しておったな。キャプテン・ダイナマイトボマーあやつにもユキルの面倒を見るよう命じておこう…)


かくして七将軍ユキルは地球征服作戦実行のため地球に降り立つことになった。


そして地球を守る変身ヒーロー<アーレスタロス>こと狗鬼漢児と出会うことになるのである。




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