第3話 乂阿戦記1 第一章- 赤の勇者雷音と炎の魔剣クトゥグァ-3

邪神の体は今や阿烈の3倍以上の背丈となってる。


阿烈が右手を突き出せば邪神の左手がそれを払いのける。


邪神が拳を振り上げれば阿烈がその拳を掴む。


阿烈が蹴りを放つと邪神が身を屈めて避ける。


阿烈が頭突きをすれば邪神が鼻先で避けた。


「くくくくくく」阿烈は笑った。


その瞬間、阿烈の右拳が邪神の顔を打った。


「むうっ!」邪神はたたらを踏むがすぐに踏みとどまる。


阿烈がさらに左拳を振るえば、邪神がそれを避ける。


阿烈が前蹴を放ち、邪神が両手で受け止めた。


阿烈が右足を跳ね上げると、邪神が膝で受けた。


阿烈が左足で回し蹴りを繰り出せば、邪神が両腕で受ける。


阿烈が右の正拳を打てば、邪神が掌で受け止める。


阿烈が左の肘打ちを放てば、邪神が右肘で受ける。


「ぐううううっ!?」


ただの人間の拳にいかなる武器でも傷つかぬ邪神の体がみるみる内にボロボロになっていく。


阿烈はニヤリと笑う。


「クカカ……! 我が一撃はウヌを封じた魔剣をも上回る! この一撃に耐えたければ魔王アザトースクラスの魔力で全身を覆うがいい! もっとも、そんな事をしても無駄だがのう!!」


「ぐおおおっ!! 小賢しいぞ!! 下等な人間があああっ!!?」


阿烈は邪神が放った炎の槍を片手で掴み取る。


「その言葉そっくりそのまま返すわ! ワシを舐めるなよ!! この阿烈の家族をたばかろうとしたこと後悔させてやろう!!!」


邪神が呪文をつぶやく。


阿烈の手の中で炎の槍が燃え上がる。


その炎は阿烈をも焼き尽くさんばかりだ。


阿烈はかまわず炎の槍を握りつぶした。


その炎は阿烈を焼くどころか逆に怒りをそそぎ、阿烈の力を増していくではないかとさえ思えた。


阿烈が邪神を殴りつける。


阿烈が拳を繰り出すたびに邪神はダメージを受けているようだ。


邪神が放つ攻撃は全て阿烈の拳によって相殺されている。


それはまさに一方的だった。


邪神が反撃しようにも、阿烈の拳は邪神が攻撃を繰り出すまえにヒットする。


その拳は邪神にダメージを与え続けていた。


「つまらぬ、邪神の力とはこの程度か?」


阿烈は邪神を挑発した。


邪神はそれに乗らず冷静に距離を取った。


そして呪文を唱える。


にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!


刹那雷音が絶叫を上げ膝から崩れ落ちた。


邪神の体の一部が千切れて、ナイアと名乗った少女の形に変形する。


本体はかまわず阿烈と殴り合いを続け、分離した少女体ナイアは倒れた雷音の胸ぐらを掴み持ち上げた。


「ふっふっふっ。あなたはなかなか可愛いわね。どう? あなた私のものにならない?」


ナイアの誘惑に雷音は首を振った。


「断る!! 俺はお前なんか大嫌いだ!! お前みたいな奴のものになるくらいなら死んだほうがマシだ!! だいたいなあ、こんな事して恥ずかしくないのかよ!! 女の子が男を力でねじ伏せようなんて最低じゃないか!! この変態野郎が!! 女だからって弱い者いじめするような卑怯者は絶対に許さないんだ!! ふざけんな!! このバカ女!! いいから早く俺を解放しろ!!」


「…雷音めっちゃかっこ悪いよ?」


神羅が弟の醜態にツッコミを入れる。


「ハーッ!」


沈黙を保っていた次兄羅漢が素早く雷音とナイアの間に潜り込み、合気の要領でナイアを投げ飛ばし抑えつけた。


「ち!」


体を変形、分裂させ逃げようとしたナイアだったが体がピクリとも動かなかった。


「な、何!? 変化できない?!!」


「無駄だ。私の捕縛術は、幽霊だろうとスライムだろうとひとたび捉えれば一切の動きを封じる!」


「な、何と言う恐ろしい技の冴え! 自然法則の理を完全に無視している! 兄のみならず弟もまた化け物か!?」


ドカンと爆発音が轟き、見やれば阿烈の放ったパンチで巨獣のナイアルラトホテップが足首だけを残して消滅していた。


こっちを向いた阿烈の顔は狂気の形相をのぞかしていた。


「貴様ぁぁあ、今ワシの弟を化け物と言ったなぁああ? ワシのかわいい雷音も呪文で傷つけおったろぉぉお? 殺す! 殺してくれる! じわじわじわじわじわじわと縊り殺してくれるわあぁ!!」


阿烈がナイアルラトホテプを見やる。


阿烈の怒りに呼応して闘気の炎が燃え上がる。


ナイアルラトホテップは恐怖し少女の姿のまま、めそめそと泣き出す。


「うわああん! 待って! 私が悪かった! もう二度とこの世界に干渉しない! 約束する! だから見逃して! 私は死にたくない!お願いします! 何でも言うことを聞きますから!!」


「ふん!その言葉信じろと言うのか? 奸智の邪神ナイアルラトホテプよ? ウヌのタチの悪さは母者からよく聞いておる。油断はせん! 貴様は我らの災いとなる。殺せるうちに確実に殺す!」


阿烈の体から発せられる殺気の勢いが増す。


「ひいぃっ!? ほんとに厄介だなお前らは!!」


ナイアの判断は早かった。もっと先の切り札に使う予定だったが、今は逃げることが優先だ。


羅漢に抑えつけられ動けない。


だから手刀で自分の生首を切り落とし、首を雷音の方に投げ飛ばす。


飛んできた生首がそのまま彼に口づけを交わした。


そして洗脳の呪文を施す。


「にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! さあさあ! 赤の勇者様! ヒロイン魔法少女の口づけで覚醒しておくれ! 悪い敵からヒロインを守っておくれ!!」


呪文詠唱がおわり、雷音は光に包まれ、その姿が変わっていく。


「うおおお!……力がみなぎる!……これ…は?……あ…え……あ…い…意……識……が!?」


雷音は赤い鳳凰イメージの特撮ヒーローみたいな姿になった。


驚くべきは阿烈と同じ2メートル越えの筋骨隆々の大男になっていた。


阿烈が嬉しいような困ったような微妙な面持ちになる。


「おお~! これが赤い勇者の力か! 面白い! 雷音の潜在能力の高さは知っていたがこれほどとは!! さて弟の潜在能力の高さが嬉しい反面困ったことになったなぁ~。雷音め、正気をうしなっておる! いや~困った困った…」


「ああ、雷音! なんてこと! 不甲斐ないぞ! 雷音! 目を覚ませ!! 雷音!! 雷音!!!」


神羅が必死に呼びかけるが雷音には届かない。


雷音の左手に担がれた生首だけのナイアが嘲るように喋る。


「無駄だ。こ奴は我が精神支配で我を忘れている。もう戻らんよ。だが好都合だ。貴様も我が傀儡として貰い受けるぞ。雷音よ、その女を連れてこい!そして連れ去るのだ!!」


雷音は神羅の肩を掴んで引き寄せる。


神羅は抵抗するがびくともしない。


「雷音! 正気に戻って!お願い! 私達は家族じゃないの!! 雷音!! ねえ!! 雷音!! 聞いてるの!! 雷音!! 雷音!! 雷音!! 雷音!! 雷音!! 雷音!!!」


「変!神!」


羅漢が首にかけた銀のペンダントを握り掛け声をあげる。


すると 羅漢が身に着けていた服が消え銀の白虎を思わずヒーロースーツ姿にかわる。


「な!? 今のは封獣ケルビムべロスの首飾り!? くっ、貴様”銀の勇者”だったか!!!」


ケルビムベロスの首飾りは魔剣クトゥグァと並ぶ12の神器が一つ!


そのケルビムベロスの首飾を持つ羅漢こそは銀の勇者その人であった。


羅漢が一瞬で雷音とナイアまでの間合いを詰め強烈な右ストレートを放った。


「ぐはぁっ!!?」


ナイアの生首が雷音の右手からサッカーボールの様に転がっていく。


「私も家族に手を出すやつは許さん!!邪神よ、容赦はせん!!覚悟!!」


羅漢の怒声と共に羅漢の体から闘気が吹き出す。


「ひっ!! ひぃいいっ!!!! 雷音、私を守って!!!!」


雷音が命令に従い生首だけのナイアを拾い上げる。


「くそう、体の回復が遅い! さっき阿烈に本体を消し飛ばされたのが効いている!!」


覚醒した雷音という強力なコマを手にしたナイアだが羅漢と阿烈という理外の化け物二人を相手にするのは分が悪すぎた。


「おのれぇ! こうなったら逃げる! あんなチート二人を相手にするとかマジで無理!」


雷音はナイアをかつぎ鳳凰の姿に変わり羽ばたきながら飛び立つ。


しかし逃げだそうとするナイアの目前に狂気の笑みを浮かべた阿烈が物凄い勢いで迫ってきた。


阿烈は一瞬で距離を詰めて拳を振りかぶる。


ナイアにではない。


雷音にである!


「え?」


事態を理解できずナイアが素っ頓狂な声を上げる。


阿烈の強烈な剛拳を雷音が魔剣クトゥグァで防いだ。


魔剣は大人になった雷音と同じくらいの大きさの斬馬刀なっていた。


剣と拳がぶつかった衝撃であたり一帯が吹き飛ぶ。


わずかに力負けし雷音の膝が一瞬だけ落ちる。


その瞬間を逃さず阿烈の頭突きが雷音の顔面をたたく!


「オオオオオオオオ!」


頭突きの痛みに怒りの咆吼を上げ雷音が右の拳を龍化させ炎をまとわせ阿烈の顔面を打った。


ジュウ~と嫌な音を上げ阿烈の肌が焼けこげる。


顔面に巨大な✕印の傷が走り初めて阿烈がダメージらしいダメージを負った。


「フ、フハ! フハハハハ! 楽しい! やはり楽しいぞ!! ああ、ああ! 雷音! 雷音!! 邪神なんか相手にしてる場合じゃねぇ!! 兄ちゃん、兄ちゃんお前と戦うのが楽しくて仕方ねえ!!!」


正気を失ったままの雷音が魔剣を振りかぶり阿烈に切りかかる。


魔剣の軌道をまわしうけで反らし正拳の連打を雷音の胸板に叩き込む。


その衝撃波でクトゥグァ火山の半分が内部から吹き飛んでいた。


「出せる! 出せるぞ!! 全力を出せるぞおおお!!! 黒天ジャムガ以外に全力で遊べる相手がよもやこんな身近にいようとわぁ!! ああ、今日はなんてついてる日なんだ!! グルァーーア”ッア”ッア”ッ!! ぐるぅぅあ”っあ”っあ”っあ”っあ”っあ”っ~~~!!」


狂気の哄笑が崩れ続ける洞窟内にこだまする。


最愛の弟相手に阿烈は闘争の喜悦に歓喜していた。


周りが見えなくなった彼は弟が元に戻らぬ限り狂戦士のように戦い続けるだろう。


「ヒ~~! 阿烈お兄ちゃんの悪い病気がまた出ちゃったよう…」


神羅が泣きべそをかく。


上半身だけ何とか体を再生させたナイアが羅漢と神羅に声をかけた。


「おい、銀の勇者、私と取引しよう? このままあの二人を戦わせ続けたら君の妹神羅ちゃんは間違いなく戦いの余波に巻き込まれ死んでしまうぞ? もちろん私も死んでしまう! 私の命を保証してくれるなら雷音の意識を元に戻そうじゃないか?」


「……やむをえまい! 取引だ邪神! 私は2人の戦いの余波を中和する。お前は何としても私の妹の命をまもれ! そしてタイミングを見て雷音の洗脳を解除しろ!」


阿烈と雷音の戦いはすでに常軌を逸したものになっていた。


二人の戦いに巻き込まれた神羅は恐怖のあまり意識を失ってしまった。


羅漢は神羅を抱きかかえると、ナイアの方に放り投げた。


ナイアは再生中の上半身のみの状態で神羅を受け止めた。


羅漢は気づかなかったがこれは致命的な失策だった。


(な、なに!? この忘れもしない忌まわしい聖なる魔力の感触は! ま、まさか女神ユキル!? ばかな! この娘、女神ユキルの生まれ代わり!?)


ナイアは神羅と直接接触し、魔力の質を感知したことで彼女の正体に気づいてしまったのだ。


(ま、間違いない! この魔力の感触は15年前に死んだはずの女神ユキルのものだ!……なるほどだからあの羅漢という男はこの娘のことをあれほどまでに大切に守っていたのか!……)


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