《2》

 数日後、傷が癒えたと見るや、俺は足輪はそのままに、小屋の外に引っ張り出された。

 それから始まったのは、文字通り地獄のような日々であった。俺は、昼夜を問わず、あらゆる労働に奴隷として女たちの意のままに使われた。


 薪割り、水汲み、畑仕事……ひとつひとつの作業は、俺が故郷の村でこなしていたような、単純で、ありきたりの動作だった。だが、それが一刻の休みもなく続くのだから、たまらない。


 一息吐こうと立ち止まりでもすれば、容赦なく、見張りの女の鞭が唸りをあげる。それに身を捩って地面に身体を転がせば、殴打が飛ぶ。冷水をかけられる。熱した薪を押し付けられる。


 ときには、その拷問に身悶えする俺が見たいばかりに、女たちはこぞって俺を小突き、男根を蹴飛ばし、わざと仕事から手を離させた。そして、仕事を怠けた罰と称して、俺を嬲りものにし、嘲笑った。


 いったい、人間とは、ここまで残酷になれるのかと、おぼつかぬ意識のなか、俺は何度も思ったものだ。だが、彼女らを突き動かしているものも、親しいものを殺され、生活を破壊され、そして自らを嬲られた哀しみと怒りほかならない。


 女たちは、自らの当然の怒りを発露しているに過ぎないのだ。

 ただ、それが俺というひとりの人間に、集中している、それだけのことなのである。



 そのうち、季節が巡り、一年が経った。

 俺の日々の生活にほぼ変わりはなかった。

 変化があったとすれば、ある日、それまではとっかえひっかえ、その時手の空いた女に任されていた俺の世話を、ヘレナという乳飲み子を抱えた女が担うようになったことだろうか。


 ヘレナは、その俺が接したどの女よりも、気性が荒かった。俺が寸分許された夜明け前の微睡みから目覚めぬと見れば、誰よりも鋭く鞭を打ち付けて来るし、食事を運んできても、俺がそれにすぐに手をつけなければ、怒り狂って俺の手からスープ皿を取り上げ、投げつけて来る。それは世話というより監視人であり、それも誰よりも獰猛な監視役だった。

 俺はたまらず、ある夜、彼女に乞うた。


「頼む、俺を殺してくれ。もうこんな日々には耐えられぬ」


 すると、ヘレナは冷たい焔をその琥珀色の瞳に揺らして俺を睨み、鞭を一閃させた。


「なに言ってるの、甘ったれるんじゃないわよ!」

「ぐっ……!」


 そして、彼女は俺の粗末な服に包まれた首を締め上げると、憎々しげに俺の耳元で囁いた。


「マルク、あんたは、覚えてないだろうけどね、その手で私の夫を殺したのよ……そして、そして……!」

「……そして……?」


 だが、その俺の問いに対する彼女の答えは無かった。代わりにヘレナは鞭をもう一振りして、俺の言を封じた。俺は力無く、すえた臭いの漂う地べたに這いつくばる。耳に、ヘレナの背中の赤子の泣き声が響き渡る。


「おお、よしよし、何も怖いことは、ないのよ、アレン……」


 ヘレナは赤子をあやしながら呟いた。そして慈母の微笑みを唇に浮かばせて、我が子を抱きしめる。そしてその幼い瞳に向かって語りかけた。


「アレン、よく見ておきなさい。この男があなたの仇よ……! そう、お前が大きくなったら、その手でこの男をお前は殺すのよ……!」


 そこで語を区切ると、ヘレナは再び俺を見やって、吐き捨てるように言葉を放った。


「そう、その時のために、私はあんたの世話に志願したのだからね、マルク」

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