奴隷と女と女たち

つるよしの

《1》

 長く鈍い痛みが身体中を貫いていた。朧げな意識のなか、どこまでも続く苦痛が俺の脳を支配していた。ようやくそれから解き離れたとき、俺の前には、憎しみに燃えた眼があった。

 それも一つで無く、憎悪に燃える双眼が、いくつも、いくつも。


「気がついたようだね」

「ははっ、死ななかったとは、憐れなことだ」

「死んでいたほうが、だいぶん楽かも知れぬのに」


 粗末な小屋のなかに、嘲りの声が木霊する。俺はボロ切れのように痛めつけられた身体を丸く屈めたまま、その視線と声の方を恐る恐る見やる。次第に目の焦点がはっきりとしてきて、頭の片隅を占めていたその場の違和感の正体に気がつく。


 そこにいたのは、すべて、女だった。

 ぼさぼさの髪、汚れた顔、擦り切れた衣服から見え隠れする乳房。そんな数十人の老いた、または若い女たちが、嘲りの目を向けて、俺を取り囲んでいる。

 不意にその女のひとりが、何かを俺に投げつけてきた。土団子だった。それは起き上がりかけた俺の頬にドサリと当たり、粉々に砕ける。それを見て、今度はその隣の女が奇声を上げながら、足元の枯れ枝を放ってきた。俺はたまらず掠れた声で問うた。


「お前たちは、何者だ? なぜ俺をこんな目に遭わせる?」


 すると女たちはこいつは可笑しくてたまらない、とでもいうように、声を合わせて嗤った。


「ほお、こいつ、何もかも忘れてるらしいよ」

「まったく、忌々しいね。自分のしたことも忘れて」

「しかしまぁ、それは愉快なことだ、ざまあみろ! 帝国の犬めが!」

「帝国の犬……?」


 その罵声から、俺は自分の正体を記憶から引っ張りだす。そうだ、俺は、この大陸を統べる帝国軍の一兵士として、この村にやってきたのだ。そして未だ帝国に屈しないでいた辺境の国のこの寒村を、夜討ちと称して火をつけた。

 そうだ、上官の命に従い、新月の夜を狙って、仲間とともに松明を片手に村に近づいたのは、覚えている。

 だが、俺の記憶はそこまでだ。そのあと、何が起こって、そして何事の末、俺がここでこの女たちに囚われているのかは、まったく思い出せない。


「思い出せないようだね、なら教えてやろうか」


 女のひとりが俺に唾を吐きかけながら語を放った。


「あんたたち、帝国の犬は、見事に私たちの村を焼き払ったよ。それだけでなく、完膚なきまでに、応戦した男どもを殺し、子どもたちを八つ裂きにし、そして女たちを辱めた。そりゃあ、見事なほどにね」


 その言に、俺を囲んだ女たちは一斉に泣き出した。それが、自らが受けた恥辱を思い出してのことだと、俺が理解するまでには、数瞬の間が必要だった。


「だがな、我々の国とてお前たちの襲撃に対して無策ではなかったのだよ。お前たちの動きを察知して王都から派遣されていた我が軍は、お前たちの狼藉には数時間遅れてはしまったが、村に辿り着いた。そして、お前さんたち帝国の犬どもを返り討ちにしたのさ、それこそ、それもまた完膚なきまでにな」


 俺は呻いた。


「では、俺の仲間たちは……」

「明朝、すぐに我が軍の手によって処刑されたよ。今も村外れのツリバナの樹に、全員、首を括られて吊るされているさ。風にゆらり、ゆらり、揺られて、それはそれは愉快な光景だよ」


 女たちはそこで泣き止むと、一転して、腹を抱えて笑い転げる。俺はその嬌声のなか、乾ききった唇を噛んだ。まさか、俺が意識を失っている間に、仲間たちがそんなことになっていたとは。そして同時に俺の胸に疑問が激しく湧き上がる。


「……なら、なぜ、なぜ、俺は生きている?! なぜ、生きてお前たちにこうして囚われているんだ?!」

「それが間抜けな話でな」


 ひとしきり笑い転げた様子の女のひとりが、表情をまたも厳しくして俺に向き直る。


「処刑を終えて軍が引き上げたあとのことだ。お前さんが村境の森のなかで倒れているのを、我らのひとりが見つけてな。それで、まだ息があったお前さんを、拾ってきたのだよ」

「なんだと……」

「おそらく、お前は我らの村を襲ってる途中に我が軍の襲来に気づき、手負いながらも森の中に逃げ込んで、そこで意識を失い、生きながらえたのだろうよ。どこまでも運が良く、また卑怯な奴だて」


 なんてことだ。俺はあまりのことに目眩を覚え、再び土くれにうずくまりそうになった。軽蔑したように女どもがざわめき、嘲りの言葉を俺に放る気配がする。


「我々はお前を見て話し合った。仲間たちと同じく、すぐに殺すべきとの意見が大半だった。だがな、考えてみれば、我々の村にはいま、男がまったくいない。皆、殺されたからな。これでは村の日常にも差し障る。ならば、折角生き残ったお前さんを最大限に使わせてもらおうか、と最後には意見が一致したのだよ」


 その言葉に、俺はようやく自分が生かされて、ここにいることに合点がいった。


「……俺を奴隷にするつもりか……」

「もちろんだよ。いいや、奴隷などというな立場に甘んじられると思わない方が、身のためだな。さて、お前の名は何という」

「……マルクだ」


 自らの名を答える俺の胸を、ひたひたと絶望の暗い波が浸していく。

 最後に女どもは口々に俺に叫んで、小屋を出て行った。


「マルク、これは我々の復讐だ、覚悟するといい」

「せいぜい死ぬまでこき使ってやる」

「その足輪を外してやる日が来るなど、期待するなよ」


 女たちの罵りが、鎖に繋がれた俺の耳に残響となってこびりつく。やがて、扉は乱暴に閉じられ、小屋の中には俺ひとりが残された。

 俺は獣のような言葉にならぬ咆哮を、耐えきれずに口から漏らした。

 それが聞こえたのか、小屋の外から、どっと女たちが嗤い声を上げたのが、微かに、俺の耳にまで届いた。

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