第4話 日陰
わたしが翔ちゃんに教わったことはいっぱいある。
翔ちゃんは頭のいい、自慢のお兄ちゃんだった。
たくさんの賞を取り、体育館の壇上で何度も表彰され、翔ちゃんを知らない子はいなかった。
時には仲を取り持ってほしいと上級生の女の子に頼まれることもあった。
そう、翔ちゃんは人目も引いた。
元々、叔母が美しい人だったこともあるが、翔ちゃんにはそこに他の人にはない陰が幾重にも重なり、複雑な明暗を作り出していた。それが彼を魅力的な人だと周りに思わせた。
思うに、少年の頃の消えない傷が陰になったんだろう。周りの人はもうその事件は忘れ、翔ちゃんも笑った。晴れやかに、秋の晴天のように。
わたしは翔ちゃんがお兄ちゃんであることが自慢だった。
見た目も良く、賢く、他人にはないものを持っている。――そんな人が兄だなんて、なんという幸福だろう?
しかし大きくなるにつれてわたしと翔ちゃんの外部からの評価は大きく隔たり、この世にわたしはいないもののように扱われた。実の両親さえ、将来有望な兄に心酔し、与えられる物をすべて与えた。
翔ちゃんが欲しがったのはおもちゃやゲームなどではなかった。パソコン、それからたくさんの本。電子書籍を読むためのタブレット。
およそ、小学生の欲しがるものとは思えないようなものだった。
父が「流行りのゲームの方がいいんじゃないか?」と訊くと「みかげに買ってやってよ。友達はみんな持ってるらしいよ」と言った。
なんとも複雑な心境。しかし、翔ちゃんを通してしか親も先生もわたしを見てくれなかったのだから――。
◇
中学生になると翔ちゃんの纏う陰はいっそう深いものになり、女生徒たちの目を一段と引いた。
わたしは戸惑い、そんな兄が少し怖かった。兄は幾つになっても花冠を被ってくれた時と同じように、わたしに笑った。暗い微笑みだった。
ある日、テストで酷い点を取って泣いていると、兄はわたしをなだめて、まるで小さい子供にするように「みかげ」と膝の上に座らせた。
朱のついた答案用紙と真新しいコピー用紙を数枚持ってくると、間違った問題を丁寧に教えてくれた。わたしは安心して、いつも通り、いや、それ以上にリラックスしてあれこれ質問した。翔ちゃんはとても親切だった。いつも以上に饒舌で、それでいて大人びて見えた。
「わかった! この手の問題、ずっとわからなかったの。xとyって、こういうことだったんだね」
「そう、そうだよ」
にやり、と彼はその時笑ったかもしれない。わたしの背中で。
わたしからは見えなかったけれど――。
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