第七章 ナーヴ
1
友軍防衛機能を内蔵されているナーヴは、無条件で侵入者にボディの制御を明け渡した訳では無かった。侵入したプログラムが有害だと判断すると同時に、自らのボディとメガヴィティとの接続を切断、ガイナックルの機能停止を図った。だがノーネームのプログラムウイルスは全身に感染を広げ、メガヴィティのメインコンピューターにも侵入。ナーヴはメガヴィティの制御を放棄し、まずは己のボディの支配を取り戻すべくニューロチップ内により強度の高い抗体システムを構築し始めた。そして全身の主導権を取り戻した今、暴走するメガヴィティにも抗体を送り込んだ。
そしてローンという指揮官を失ったナーヴは、メガヴィティを待機モードに設定し、敵からの攻撃を受けている現在は応戦モードで対処していた。
メガヴィティの微妙な動きの違いをマイは感じ取っていた。さっきまでは機械的ではあるが明らかな攻撃性をもって戦っていたのだが、今はより柔軟に回避行動をメインに応戦しているように思える。
「ハッピーB! 攻撃を止めて、下がって!」
マイから命令されることに慣れているかのようにハッピーは従順に従う。それを見ていたランドも照準にメガヴィティを捉えたまま、攻撃を止めた。
「もう、無意味な殺し合いは止めましょう」
マイはタイプⅢの動きを止め、メガヴィティと一定の距離を保つ。すると、ほぼ同時にメガヴィティも兵器を収納し、動きを止めた。
コクピット内で軽く一息ついたマイはハッピーへと語りかける。
「ハッピーB、私は――」
そのとき、四体のガイナックルが現れた――。
2
『ついに来たわ』――レイラは自分の心の中から高ぶる何かを感じ取った。
『あの人を奪ったギガヴィティ――許せない!』
その瞬間、レイラはマックスの事を忘れ、アンディを愛した一人の女へと戻っていた。
その憎しみをマイは感じていた。そしてその近くの優しさ、そして愛も。
『でも私は今果てるわけにはいかない!』
マイは近づいてくるガイナックルと対峙する。
マックスは並走していたはずのレイラのガーディが瞬時にスピードを上げて先行して行くのに驚いた。兄同然に慕っていたアンディの仇が憎くないわけがない。だがマックス自身は憎しみをエネルギーとして行動できるような人間ではなかった。だからレイラの行動は理解できたが、同時に一抹の寂しさも覚えた。
『私では中尉に勝てないのですか――』
マックスはギーガーのタイヤ走行を停止し、ブースターへと切り替えてレイラを追った。
『なんなんだろうね』
先行するレイラを見ながら自分が何をしているのか、ガジャのコクピット内でキャラは自問した。
『あのデカいのを倒したところで金にもならない。手を貸したところであいつが振り向くとも思えない。あーあ、あたしは一体何してるんだろ』
その時、隣を走行していたケイのドワーヴから通信が入った。
「キャラ殿、気をつけて下さい! あれは只者ではありませぬ。相手にとって不足なし。ガイル、おぬしの分まで戦ってみせるぞ!」
そう言い放ち、バーニアを吹かしてレイラたちを追った。
「単純馬鹿――」
一人残されたキャラは呆れたように呟いた。そして、不敵に笑う。
「そーいや最近、馬鹿やってないなぁ!」
ガジャのホバーに加速をつけて、「仲間たち」の後を追う。
待機中だったナーヴのニューロチップは、以前感じたのと同じ異常信号を認識した。それは決してバグレベルの強い信号ではないが、メンテナンスの必要性を警告してくる。この信号によって、記憶中枢がブラックボックスとして封印しているデータにアクセスしようとしたためだった。
ナーヴのベースである人間の記憶は戦闘に関する物以外はすべて除去されている。記憶の消去は決して非人間的な行為では無く、むしろサイボーグに人間の記憶を残す方が残酷だという観念からだった。
そう――ナーヴに組み込まれた者の、人間としての人生はすでに終わってしまっているのだから。
膨れ上がる憎しみはハッピーBの心を引き裂いた。
『嫌だよ。なんでマイとレイラが殺し合わなきゃならないの!』
その想いは行動となって現れる。
近づいてくるガーディの前に立ちはだかるキーロ。
「どきなさい! ハッピー!」
厳しい表情で叱りつけるレイラ。
「嫌だ! 復讐なんて――死んだ人は帰って来ないじゃないか!」
必死に訴えるハッピー。そんなハッピーにレイラは表情を緩めて優しく語りかける。
「分かっているわ、ハッピー。でもこれは乗り越えなければならない戦いなの――私にとって」
キーロの後方からタイプⅢが近づいてくる。
「そうよ、ハッピーB。私は私の犯した罪に対して贖罪をしなくてはならない。でもあれは生き残るために必要だったこと。そして今の私にはすべきことがある。ここで朽ちるわけにはいかない――」
次の瞬間、ギガヴィティ形態に戻ったタイプⅢは一斉に拡散ビームを放つ。予想もしなかった攻撃に、反射的に回避したメガヴィティと標的から外されていたガーディとギーガー以外のガイナックルは正確な一撃で機動力を奪われた。
「マイ!」
ハッピーはマイの意図を悟って叫んだ。
「さあ、これで誰にも迷惑をかけずに決着がつけられる。そうでしょ? あなたたちの想いが強いか、私の想いが強いか。答えを出しましょう」
マイは再びタイプⅢをガイナックル形態へと戻して二人に対峙した。
3
タイプⅢの拡散ビームが放たれた瞬間、ナーヴのニューロチップ内に先程よりも大きな波動で異常信号パルスが襲った。その波動は原因不明の高熱を帯びながら全身を駆け巡り、精巧なニューロチップを焼き焦がしてゆく。体中から煙を発しながら、ナーヴは初めて『自分』の存在を認識した。
それは奇妙な戦いだった。
どちらも決して手を抜いてるわけではないのに、この戦場に『殺意』という物は存在していなかった。しかし、ガーディから発せられる怒りは本物だし、タイプⅢの破壊衝動も感じることができる。言うならば、ガイナックル同士の喧嘩のようなものであった。マックスもレイラのサポートに徹し、積極的に攻撃はしていない。
ハッピーもそれに気づき、大人しく戦況を見守っている。
その間にランドがジュールを降りて、キーロの修理にやって来た。
そんな不思議な空気を破ったのは、再び起動し始めたメガヴィティであった――。
そのメッセージが何を意味するものか、戦闘中のマックスは理解するのに時間を要した。
『マックス、Bトリックデイクゾ!』
突如ディスプレイに表示されたメッセージはマックスにある記憶を蘇らせた。
「まさか――」
疑問を感じつつもマックスはレイラのサポートから外れ、タイプⅢを誘導する旋回行動を取った。
「マックス?」
突然のマックスの行動に戸惑うレイラ。
マイもギーガーを無視する訳にはいかず、彼を追って反転する。
その背中をスクィーズ兵器が襲う!
とっさの回避行動で致命傷は逃れたものの、スクィーズに内蔵されたヒートホークがタイプⅢの右肩を切り裂いた。
「やはり――」
マックスはギーガーのコクピットで一人ごちた。
その時、レイラのコクピットにもメッセージが表示される。
『君ニハ戦闘ヨリ料理ノ方ガ似合ッテル』
「えっ!――誰?」
動揺したレイラは瞬間周囲の状況を忘れた。彼女の心はアンディとシミュレーターで対戦した時に戻っていた。アンディは自分が勝利を収めると決めゼリフのようにこの言葉を繰り返したものだった。
「――アンディ?」
心ここにあらずのレイラはタイプⅢとメガヴィティの戦闘から完全に目を離していた。そのため、自分の正面から光が向かってくるのを目の端に捉えても微動だにできなかった。衝撃を覚悟して目を閉じるレイラ。
ビームが機体を貫く音が轟いた!
体の何処にも痛みが無いことを認識したレイラは、ゆっくりと瞼を開く。
次の瞬間、モニターに広がる状況の認識を脳内で把握できなかった――いや、把握することを拒否しようとした。
「マックス!」
キャラの悲痛な叫びがコクピット内に響く。
そこからの一連の状況は思考が停止したレイラにとって、セピア色のスローモーションのように感じられた。
ガーディの前方へと飛び込んで流れ弾を被弾し、腹部より全体へ火花を拡げているギーガー。
ガジャから飛び降りて、ギーガーへ駆け寄ろうとするキャラに追いついて必死に食い止めるケイ。
茫然とギーガーを見つめるランド。
戦闘中の二体のガイナックルすら動きを止めたように思えた。
火花を飛ばすギーガーから飛び降り、よろめく影。
「マックス!」
その姿を見た途端、レイラの視界に色と現実の時間が戻る。
そして――大爆発!
「いやぁーぁ!」
眩いばかりの閃光は、レイラの叫びすら呑み込んでいった――。
4
マックスは自分を包み込む光の中でその声を感じていた。
それは、もう戻らない遠い日々の記憶――。
「――また撃墜か、マックス。何度言ったらわかるんだ! 自分を犠牲にして仲間を守っても守った事にはならない。自分も無事で仲間も救ける、それが小隊長になるおまえの責任だろうが」
マックスは光に向かって笑いかける。
「また、やっちゃいましたよ、中尉――」
そのまま光の中で意識を失う。光は再び語りかける。今度は現実の声で――。
「マックス・プライド少尉ハ死ンダ。コレカラハレイラノ為ニ生キテクレ。厚カマシイガ私ノ最後ノオ願イダ」
マイは全ての状況を感覚で捉えていた。それはまさしく人間には不可能な行為だった。爆発の閃光が膨れ上がる瞬間、メガヴィティはギーガーに体当たりを喰らわせ、そのままマックスの上へと覆い被さった。光が収まった時、そこには四つん這い状態で微動だにしないメガヴィティがあった。
「アンディ――?」
レイラの呼び掛けに応えるかのごとく、ゆっくりと上体を起こしてゆく半壊状態のメガヴィティ。そのボディの下には、意識を失っているマックスが横たわっていた。
「マックス!」
自分に覆い被さっていたケイを押し退けると、マックスへと駆け寄ってゆくキャラ。
「生きておったか――」
嬉しげに走って行くキャラの背中を見送りながら倒れ込むケイ。その背中には飛散したギーガーの破片が無数に突き刺さっていた。
「……」
レイラは言葉を発することもできず、ガーディのコクピットからマックスを介抱するキャラを見て、涙を流していた。
「戦ワナケレバ勝者ニハナレナイ――コレガ君ノ口癖ダッタハズダガ」
再びモニターに映し出されるメッセージ。
「そう――そうね。でも私にはあなたがいるから」
涙を拭いながら、気丈に答えるレイラ。
「それは違う」
前触れもなく、ガーディのモニターに映し出されるアンディのホログラム。
「もし、このまま私が君の元にいられたとしても君の心はマックスにある」
「そんなこと――」
優しく微笑みながら語りかけるアンディ。
「自分でわかっているはずだ。君の愛を疑った事は一度もないよ、レイラ。でも人は未来に向かって歩いて行かなければ。私はもう君と一緒に歩んで行くことはできない。愛されることはできても、愛することはできないのだよ――」
アンディの映像が消える。
「アンディ!」
モニターに刻まれるメッセージ。
「アンディ・パーカー中尉ハ死ンダ。私ノ名ハナーヴ」
「――そう。ナーヴ――アンディに『ありがとう』と伝えて。逢えてよかった、と」
レイラの目の前でメガヴィティが突如動き出した。そして、タイプⅢへ向かって突進して行く。
驚いたレイラが叫ぶ。
「やめて!」
タイプⅢから放たれた光がメガヴィティのコクピットを貫いた!
スローモーションのようにゆっくりと地面へ倒れて行くメガヴィティ。
「これも私が犯した罪の償い――」
悲しげに呟くマイ。
声を上げて泣きじゃくるレイラへと語りかけるアンディの声。
「私も逢えてよかったよ、レイラ」
土埃を巻き上げ、地響きを残しながら横たわり、そのまま動かなくなるメガヴィティ。
やがて、夕闇が静寂の大地を包み込んだ――。
5
マックスの怪我は大したことはなく、リハビリを行っていたスティングと共に順調に回復していた。一方、本来重病人であるはずのケイだったが、背中の破片を取り除いたと同時にドワーヴと共にビッグマックを下船した。キャラが熱心に「看病してやる」と言ったにも関わらず、だ。
「ガイナックルで戦える漢になるそーだ」
医務室で隣りのベッドに寝ていたスティングが、呆れ顔でマックスに語る。
「素手でガイナックルと戦える男が、なーに言ってんだか」
それが彼なりのケジメなのだろう、共に訓練したガイルに対する――マックスはそう思う。
タイプⅢはメガヴィティを倒すとすぐに飛び去った。ハッピーだけは追跡したがっていたが、ランドの手前、ハッキリとは言い出さなかった。他のメンバーには、もはやマイを追う理由がなかったからだ。ランドはそんな娘の気持ちを悟り、「家で待ってるよ」と言ってハッピーを送り出した。彼女のキーロはマイの居場所を知っているかのように一直線に飛んでいった。そんなランドは新しい領主との交渉が有利に働くようにとレイラからジュールを譲り受け、農場へと帰って行った。
マックスはみんなの前でレイラにプロポーズした。そしてそれはあっさりと受け入れられた。
しかし、ビッグマックに平穏が訪れることはないのだ――。
「あたしの目の黒いうちはこの船内で不純な行為はさせないよ!」
「不純って――マックスと私は婚約しているのよ。同じ部屋で暮らしたっていいではありませんか!」
「やだやだ、オバサンは。色気違いになっちゃって」
「色気違い――って、そんな想像をする方がどうかしてます! マックスはあなたが考えるよりも高潔です! だいたい、オバサンって――」
「だから、マックスが襲われる心配をしてるのよ、年増に!」
個室ブロックから聞こえてくる、いつもの痴話喧嘩。ブリッジでビッグマックを運行していたマックスはオートクルーズ設定にすると座席を倒し、彼女たちの声を聞きながら心地好い眠りへと落ちていった。
「よう、モテモテさん」
ブリッジに入ってきたスティングはマックスが寝ていることに気付くと、離れた席に座り歌を唄い始めた。
「モテる男は態度がデカい~、椅子に寝そべり昼間からゴロ寝~。
モテない男は心が狭い~、揉め事トラブル大歓迎~!」
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