第六章 ノーネーム・マッド
1
幼き日、彼はミカエルという名前だった。聖教徒の一家に育った彼は虫一匹殺せない心優しい少年だった。そう、あの日までは――。
楽しいはずだった家族での海外旅行。その航空機は反連邦政府軍のテロリストによって離陸と同時に爆破された。奇跡的に一命を取り留めたミカエルは体内に幾つもの生命維持装置が埋め込まれた。その日から彼は変わった。悪夢のような凄惨な記憶を封印する代償として、内から燃え上がる破壊衝動を体現するようになったのだ。それは事故による記憶の残像を追うためか、それとも体内の人工機器の影響か、原因などどうでもよかった。ミカエルはテロリスト撲滅の為、連邦政府軍にメカニックとして入隊。進んでテストパイロットもこなした。いつしか彼の同僚たちは彼を『マッド』と呼んで敬遠するようになった。ミカエルも自分がそう呼ばれ周囲に恐怖を与えることに喜びを覚え、いつしか自ら『ノーネーム・マッド』と名乗るようになった――。
その悲しみは少なくとも二人の人間に伝わった。その一人、ハッピーBはそれを受けてキーロへと乗り込み、ビッグマックから出撃してゆく。
「おい、コラ! 勝手にハッチを開くな!」
衛星からの情報を収拾していたスティングが開け放たれたハッチから吹き込む猛風に負けじと大声で叫ぶ。
「ハッピー!」
格納庫で作業中だったランドもそんな娘の姿を追ってジュールへと乗り込み飛び出して行く。
「おやっさん、無茶だ!」
鮮やかなホバリングでビッグマックに先行して行くキーロに対し、ジュールに乗り慣れず、しかも走行中の発進などしたことがないランドは地面に足がついた瞬間、バランスを崩し転倒。なんとか大破は免れたらしく、よろよろと起き上がるとキーロを追いかけて行った。
「まったく、どいつもこいつも」
ぶつぶつ文句を言いつつもゾークに乗り込むスティング。そのコクピットにキャラから通信が入る。
「ハッピーは真っ直ぐギガヴィティへ向かっていったわ。まあ、あの子の事だからすぐにはやられないと思うけど。彼女の援護はマックスたちが向かうわ。あなたは山の上のガイナックルを燻り出して」
「気楽に言ってくれて。相手はあのマッドだろ」
「あなたなら、できるわ」
「おだてるなよ。って言うか、相棒なら俺をサポートしてくれ!」
「もちろんよ――」
キャラの言葉を受けたかのように、アーティレリィが起動し始めた。
「レイラ? ブリッジにいたんじゃないの」
スティングの問い掛けを無視し、ゆっくりと動き出すアーティレリィ。
「私はブリッジにいますわ。ビッグマックを適切な位置に停めたら出撃します」
レイラからの通信を受け、スティングはアーティレリィへと向き直る。
「じゃあ、マックスか? どんだけレイラが好きなんだよ。自分のガイナックルがあるだろ?」
そのスティングの視界に格納庫へ入ってくるマックスの姿が映った。
「あれ? じゃあ、あんた誰?」
スティングが視線をアーティレリィへと戻した途端、赤い機体の構えたトレノガンから放たれた光が彼の視界を満たした――。
2
「言い忘れましたが、以前アーティレリィを整備した際に面白いオプション機能をつけておきました。別のガイナックルが近くにいるときに、『ノーネーム』や『マッド』といったキーワードを感知すると、自動起動して近くのガイナックルを無差別に破壊するという楽しい趣向です」
アーティレリィのバックプログラム起動通知を受けると、誰に聞かせるでもなく、独り解説し始めるノーネーム。
クククッと漏らす乾いた狂気の笑い声は、まるで屍に魅入られた禿鷹の鳴き声のようであった。
格納庫へと飛び込んできたケイはガイルにスティングの救出を命じ、自身はアーティレリィと対峙する。
「おのれ、キャラ殿の相棒に――許さん!」
ケイはコクピットに人が乗っているものと思い、コアブロック部分へと取り付いた。そしてハッチを破壊して中に滑りこむが、誰もいない。
「なぬ?」
だが、全方位モニターに映しだされた文字『すべてを破壊せよ』を見た途端に理解する。
「どぉーれ、拙者も破壊に協力してやろう!」
片っ端から機械を壊してゆくケイ。やがてアーティレリィは微動だにしなくなった。
ガイルがコクピットを覗き込むと、火花を散らすコクピット内で、まだスティングは生きていた。
「まったく――こいつをいじくり過ぎてコクピットの位置がずれてたから良かったものの――普通なら死んでるぜ」
着弾の衝撃で全身を強打し、何ヶ所も骨を折っているであろうスティングは、それでも途切れ途切れながらも冗談めかしてガイルに笑いかけた。
「降りなきゃダメだ」
そんなスティングをガイルが抱えこむ。
「痛ッ!――手を離してくれ。こいつを外に出さなきゃ……こんなところで爆発させるわけにはいかない」
ガイルの腕の中で弱々しく抵抗するスティング。
確かにゾークは、いつ爆発してもおかしくないような有様だった。
「それぐらい、俺に任せろ!」
自信タップリに言い放ったガイルは、スティングを抱えたままコクピットから降り、駆け寄ってきたジェムに彼を任せた。そして自らはすぐにゾークへと乗り込んでゆく。
「親分!」
腹部に穿たれた銃創から火花を放つゾークを見上げ、心配そうに声をかけるジェム。
「任せとけって! こんな簡単な仕事、夕飯前よ!」
言いながらも制御機能が半壊状態のガイナックルのコントロールは簡単ではなかった。なんとかゾークを昇降ハッチに向けて一歩ずつ歩き出させた途端――奴が来た!
3
「残っているガイナックルは6体。6つの花火を打ち上げて見せましょう!」
ブラッディが走行中のビッグマックの開いている昇降ハッチに姿を現し、格納庫へ向かって銃弾を撃ち込んだ。その弾は手前にあったゾーク、アーティレリィに当たり、流れ弾がガイナックルへと向かっていたマックス達の目の前で天井を崩し、進路を塞ぐ。
「なっ――ノーネームか!」
前方をガレキで塞がれ、急いで来た道を戻り、別の通路へと向かうマックス達。
「まあ、楽しみは一つずつ。もっとも、核融合炉の爆発に耐えて生き残れたらの話ですがね」
「なんかムカつくぜ、おまえ」
ブラッディの正面に対峙したゾークの中でガイルが言い放つ。
「ほら、早くそのガイナックルを捨てないと爆発しますよ」
言いながらもゾークへと銃弾を撃ち込むノーネーム。引火させないために火薬弾ではなく、散弾のような細かい鉄の弾を使用している。特殊合金であるボディの表面に当たった弾は弾き返されるが、内部の剥き出しになった箇所への銃撃は小さな爆破、融爆を起こす。ちょうど人間でいうところの、傷口に塩を塗るような状態だ。
「さあ、そこにガイナックルを置いて逃げなさい。自分がかわいくないのですか!」
「ガイル、脱出するんだ!」
アーティレリィから飛び降り、その足元でケイが叫ぶ。
「親分!」
スティングを庇いながら、ジェムも声を嗄らして呼びかけ続けた。
「生まれてこの方、俺は人の役に立ったことなどねえ。きっとこれからもそうだろう。ただ、そんな俺にもできることがある――それはおめえみてーなダニを始末する事だ!」
ゾークのワイドカッターをブラッディ目掛けて一斉に放つ。これを余裕で躱したノーネームに向かってガイルは全出力を上げて一気に体当たりをかました。間一髪、反応しガイナックルを半身にしたノーネームだったが、ブラッディの右腕にゾークが直撃し、そのまま引き千切られる。衝撃で角度の変わったゾークはハッチから落ち、地面に激突――そして、大爆発を起こした。
「うおおおおおー!」
ゾークに気を取られていたノーネームはその物体に気づかなかった。ケイが気合一閃、ブラッディに向かってアーティレリィを蹴飛ばしたのだ。アーティレリィと縺れながらハッチから転げ落ちるブラッディに向かって、ケイが空気拳を打ち込んだ――。
4
その爆発をマイは感覚的に捉えていた。ただ不思議な事に多くの悲しみの中、最も大きな満足感のようなものが瞬間的に膨れ上がって、消えていくのも感じ取った。
『どれだけ多くの悲しみを知ったら人は変わって行けるの? あなたはその答えを私に出せと言うの? 私一人を残して。残されて生きて行く者の辛さなどこれっぽっちも考えず――最後まであなたは独善的だったわ、お父様』
悲しみを通り越した空しさの中、ひたすら繰り出されるメガヴィティからの攻撃をマイは本能だけでかわしていた。その思考はもはや現実にはあらず、幼き頃の家族の思い出や幸せだった過去へと逃避していた。
「マイ」
そんなマイを現実に引き戻したのは、よく知った少女の声だった。
「ハッピーB? 無事だったのね!」
初めてマイの声音に人間らしい感情が宿る。
「加勢するわ!」
タイプⅢとメガヴィティの争いにキーロが参戦する。遅れてやって来たランドのジュールは、一瞬ギガヴィティとハッピーの共闘に戸惑いを見せたものの、すぐ娘の援護を始める。
「お父さん?」
「娘の友達はわしの友達だ。きっとレイラもわかってくれるさ」
ハッピーは熱く込み上げてくる想いに喉が詰まって何も言えなかった。
ビッグマックは戦場から距離を置いた、開けた荒野に停まっていた。
ノーネームの攻撃と、ケイの空気拳によって起きた爆発で格納庫内と昇降ハッチが激しく損壊してしまったのだ。ケイはその責任感から、一人で変形した壁と格闘していた。キャラはスティングの看病をするため医務室へ、ジェムはガイルを弔いたいと言って下船している。マックスはケイを手伝いたかったが、ガイナックルに乗り込めない以上、彼にできることはなかった。
今、ブリッジにはマックスとレイラが、少し離れた座席に横並びで座っていた。
目前のモニターにはギガヴィティとハッピーたちが、ナーヴと戦っているのが映っている。
音のない映像が二人に焦燥感とともに息苦しさをもたらした。
そんな重い空気に満ちた沈黙を、レイラが破った。
「――私はあの人の為に復讐を誓ったつもりだった」
彼女の口調に、言葉にすることで彼女自身も確認しているような響きを感じたマックスは黙って耳を傾けた。
「でもきっと本当は違う。仇を追う事であの人を愛していた自分を守って行けると信じていたのよ。今こうやってあのギガヴィティを目の前にしてどうしたいのか、私自身本当の思いがわからない。仇を討ったってあの人は帰ってこない・――ただ、これだけは言える。復讐を遂げることで何かが変わる気がする。そう、自分の本心を何の抵抗もなく受け入れられそうな気が――」
「レイラ――」
見つめ合う二人。そこへ割り込むように内線が鳴り響く。
「お待たせしたでござる! ガイナックルの発進ができる程度の穴が開きましたぞ!」
自動受信でブリッジ内にケイの弾んだ声が響いた。
「――行きましょう。迷いを捨てて目的を果たすのです。その先にきっと答えがあります」
マックスが晴れた表情でレイラを促す。そしてそれはマックス自身にとっての決意表明だった。
『どんな答えでもいい――私はただ、あなたを守るだけです』
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