第四章 ランド・フォームズ

 1


盲目な従属ほど愚かなものはない――それが父の口癖だった。良識人であり誠実な父は農場主の鑑であり、私の最も尊敬する人物だった。この辺境の国は様々な思惑から、頻繁に領主が代わり、代わるたびに税率も変わった。父は納税の必要性を知っていたが、法外な徴税には断固として立ち向かった。農場主組合も父が作った。領主に対してだけでなく、使用人にも安定した保証を与えるための組合。誠に父は素晴らしい人物だった。

その血を引く私が、かの新しい領主シュラ・ヘイミッシュ・シューマンの横暴な治世を見逃す事ができるはずもなかった。高額な徴税に反発した組合を武力で解散させ、若い娘を滞納した税の代価として連れてゆく。もう忍耐の限界だった。私は大口の取り引き先であり、友人でもあるエレームから三体のレプリカガイナックル・アッジを購入した。建て前は作業用だが、エレームは強力な武器をつけてくれた。そして、あの舞踏会の夜、我々は決起した! 屋敷の制圧は完璧だった。――あのガイナックルが出てくるまでは。アッジは次々に破壊され、仲間は捕まりあるいは殺された。

私もまもなく処刑されるだろう。それは怖くない。ただ、妻と娘――そう私の娘にもう会えないことだけが悲しい。


ハッピーB――彼女はそう呼ばれていた。Bがなんの略かも知らないし、これが本名なのかもわからなかった。彼女に家族はいなかった――これまでは。

『絶対に救け出すからね』

農場から少し離れた空き地に立った少女は『自分の家』を振り返りながら、そう誓った。

それは彼女自身が生きていく上での絶対の誓いであった。わずか十歳程度にしか見えない少女だったが、この誓いを果たすためなら命すら惜しいと思っていない。

空腹に絶えかね、農園の果実を拝借したところを使用人に見つかり、農場主の家に連れて行かれた。官憲に引き渡される覚悟だったが、農場主夫妻は夕飯のテーブルを共にさせてくれ、しかも彼女の為に部屋まで用意してくれた。更に行くあてがないことを知ると、気が済むまでいるように、と優しい言葉をかけてくれた。実際、夫人は母のように優しく、農場主は父のように逞しかった。それはハッピーBにとってありえない、だがあって欲しかった安らぎの生活だった。

『だから私が――お父さんを助けるんだ!』


「美しい」

シュラ・ヘイミッシュ・シューマンは二階のテラスから階下のホールを見つめて呟いた。そこには白銀色に輝くガイナックルがまるで展示されるかのように飾り立てられていた。グラスを傾けながら、その芸術を鑑賞する、これが最近の彼のお気に入りの日課であった。

「ギャザム――名前さえも美しい」

彼は自身がつけた名前を自賛した。ガイナックルの本当の名前はギャレ・レプリカ、白銀色のボディは金に任せたカスタムメイドだった。

シュラは先日の舞踏会の夜の『ちょっとした』事件を思った。

『あれだけの名士たちの前で私に恥をかかせおって』

怒りがふつふつと沸き起こる。

『なにより許せないのは――』

光の角度が変わる位置へと移動し、ギャザムを観る。

『作業用ガイナックルなんかで、このギャザムに立ち向かったことだ』

その中の一体の抵抗は激しく、その際に刻まれた傷痕はこの角度からはっきりと見える。

『あの男、ただでは殺すまい』

シュラの心はすでに、近日中の公開処刑へと飛んでいた――。



 2


「――どんな女もオイラに惚れる、モテモテ男のブルースゥ」

ブリッジでビッグマックを運行しながらスティングが気持ち良く歌っているところへ、マックスがやってきた。

「おっ、モテモテさん、いらっしゃい!」

スティングの軽口にマックスは憂鬱そうに答える。

「構ってやれる気分じゃないですよ」

ウォレンはオリジンの修理に立ち合うためにビッグマックを降りた。先の工場からジェイコブが合流し、オリジンの新装備を実験する予定なのだ。同時にガイルの手下たちも下船したが、自称『一の子分』であるジェムだけはビッグマックに残ることになった。ギャロップの運行はスティングとレイラが交替で行っており、マックスは折を見て二人をサポートしていた。キャラはケイに懇願され、ガイナックルシミュレーターに入りっぱなしで、ガイルとジェムも彼らと共にいた。

「姫はいまだに貝のごとし、ってか?」

あれからレイラは一言もマックスと口をきかなかった。

『そんなに怒るようなことか?』――マックスは自分に問う。

『……怒るよなぁ、やっぱり』――思わず納得してしまう。

『キャラの奴め!』――キャラの顔を思い出した瞬間、不意に唇の感触が蘇り、マックスは頬を赤く染めた。

「どんな感じだった?」

「柔らかかった――」

マックスの想像していることを表情から勝手に推測したスティングが茶々を入れると、マックスは無意識のうちに素直に返答してしまった。

「――なんてことを!」

怒りかけたマックスを手振りでさえぎるスティング。

「国境が見えてきた。当地の領主の許可を取らなくちゃ安全には通れないぜ。レイラ姫を起こしてきてはいただけませんか?」

おどけて言うスティングに言い返したかったマックスだが、黙ってこれに従った。

その背中に語りかけるスティング。

「そんなに焦って結論を出そうとするなよ。くっついたり、離れたりしているうちに何が必要かは自然にわかってくるってもんだ。人生は長いんだぜ」

マックスはもう居なかった。

「――人生は長い。いつか『スティング様ぁ』って言う、美女が現れるだろうよ」

自分に語りかけたスティングは『モテない男のブルース』を口ずさみ始めた。

「オイラにホレる女はいねえ――」


「レイラ嬢、もうすぐ国境です」

個室扉前のインターフォンを通じて呼びかけるが反応がない。

「レイラ嬢――」

呼びかけるマックスの目の前で扉が開いた。一瞬驚いたマックスだが、扉の向こうに誰もいないことを確認すると、壁を二回叩いて部屋に入った。

「失礼します」

真っ暗な室内に返事はない。寝室に目をやるが、誰も眠っている気配がなかった。

「いったい、どこに――」

言いかけたマックスが振り返ると、シャワールームの前にバスタオルを纏ったレイラが立っていた。シャワールームから漏れる明かりで純白のタオルが透け、レイラの美しい体の線を浮かび上がらせていた。

「し、失礼しました!」

とっさに目を逸らし、出ていこうとするマックス。その背にレイラは無言で抱きついた。勢いでバスタオルは床に落ちる。

静かな室内に二人の心臓の音だけが響いた。

堪えるように拳が白くなるまで握りしめるマックス。レイラはその両拳を優しく包み込んだ。振り向かせ、くちびるを奪う。

動揺するマックス。その耳元に囁くレイラ。

「あなたに……捧げたい――」

どこかで理性の切れる音を聞いたマックスはレイラを抱き締めた。

マックスの腕の中でレイラの肩は小刻みに震えている。

それが、マックスの理性を引き戻した。

「そんなに思い詰めなくても……私の想いは――あなただけです」



 3


『女性の胸は柔らかいのだな』――マックスは感触を味わいながら思った。花びらのようなくちびる。なだらかなうなじ。掌に収まりきれない、はちきれんばかりの乳房。次々と愛撫してゆく。美しく、くびれた腰。芸術作品のようにしなやかな手足。そして、まだ見ぬ、その足の付け根の――それら全てが愛おしかった。

女性の一番敏感な場所に顔をうずめると、レイラが微かな吐息を漏らした。舌がまるで別の生き物のように自然に動いた。細く、ときに深く。初めての行為であったが遺伝子のどこかに刻まれているのか、とマックスは思った。愛撫は再び、唇へと昇ってゆく。重なりあう唇。どちらからともなく、舌を絡め合う。マックスは爆発しそうな自分自身がレイラに触れているのを恥じた。だがレイラは優しく彼自身を掌で包み込んだ。マックスは限界を感じ、導かれるに任せた。花びらに触れた――。そう感じた時、もはやマックスに自制は効かなかった。柔らかい温もりを貫く。レイラは一瞬、痛みに顔を歪めたが、マックスを強く抱き締めることで、それを隠した。

『私はいま、愛する人の中にいる』――そう意識した瞬間、優しく、時に激しく律動していたマックスは彼の思いをレイラの中へと放出した――。


目覚めたとき、マックスは現実を認識できなかった。室内を見回す。自室のベッドの上だった。素早く全身を見下ろす。いつもの軍服を着ていた。

『夢か』――ホッとしたような、残念なような複雑な気分が襲う。だが徐々に恥ずかしさがこみ上げてきた。

『なんて私は淫らな事を考えていたのだ、レイラ嬢に対して!』

羞恥心が自分自身への怒りに変わる。

『私の高潔はうわべだけなのか?』――自問する。と同時に後悔が襲ってきた。

『高潔――本当か? 意気地がないだけではないのか? レイラ嬢はああまではっきりと気持ちを伝えてくれたのに、私は答えられなかった――』

そのとき不意にスティングの言葉を思い出した。

『焦るな』――その通りだ。焦る必要はない。これから時間はいくらでもあるはずだ。

ただ――ただ当分の間、レイラの顔をまともに見れそうもなかった。


ブリッジに来たときからレイラは一言も言わずに外を見続けていた。スティングは何とか気を引こうとひたすら喋り続けたが、まったく耳に入っていないようだった。

『ああ、マックス! 優しいマックス、素敵なマックス』

彼女の頭の中はマックスで一杯だった。肌に触れたマックスの手の温もりが蘇る。レイラは恥じらいに頬を赤く染めた。

『あなたの崇高な愛はわかっていたわ。それを確認できた――でもマックス、本当は抱いて欲しかった。もっと強い絆がないと私は不安なの。あなたの愛ではなく、私のあなたに対する愛が。そうでもしなきゃ、私はあの人を忘れられないわ――』

レイラが自分の世界に入っているのに気づいて、ついにスティングは会話を諦めた。

「まったくどいつもこいつも、恋・恋・恋。今は発情期かい!」

呆れたスティングは『発情期』の歌を投げやりに歌い始めた。

「もういくつ寝ると、発情期――」


『こいつらには付き合ってられないよ!』――その結論は十数時間後に出た。

ガイナックルシミュレーターから離れようとしないケイとガイルに付き合って、キャラは八十三戦も戦わされたのだ。もちろん全勝だった。ちなみにケイは四十一勝四十二敗、ガイルが十二勝八十敗、ジェムは十四連敗を記録して早々に戦列を離れ、眠りについた。

『ジャンケンみたいなもんだね』――疲れ切ったキャラは自分の発想に笑った。

『ケイはガイルに、ガイルはジェムに強いんだわ。――じゃあ、あたしはジョーカーってとこね』

疲れ切って、ボーッとした頭でつまらない事を考える。

『ジョーカー――ババか』

婆と言えば、とレイラの事を思い出した。

『キツい事言っちゃったかなぁ』――あれから幾度か同じことを自問した。

『あたしにはあんな事、言う権利ないんだよなぁ』

と、反省していた時に不意に閃いた。

「まさか! あの女、思い詰めたりしないだろうね!」

追い込まれた鼠がどんな行動に出るか、キャラは思い出したのだ。

「マックスは譲らないよ!」

急いでブリッジへと駆け出した。

そのときシミュレーターからケイとガイルが出てきた。

「見ていて下さいましたか、キャラ殿! あの鮮やかな切り返し!」

と、呼びかけてキャラがいないことに気づく。

「キャラ殿!」

ケイは大声で叫びながら、キャラを捜しに行った。

しばらく悶々としていたガイルは大声でジェムを呼んだ。

「ジェム!」

「ハイ! お手合わせ願います!」

部屋の隅で熟睡していたジェムだが、ガイルの怒声を聞くと目覚めるように習慣づけられていた。

『――あーぁ、また負けてやらなくちゃならないのか。子分も楽じゃないね』

三度目の怒声が響く。

「ハイハイ! すぐ行きますです、親分!」



 4

 

領主の歓迎はいささか度を越している、それがマックスの感想だった。だが、贅沢が当たり前の習慣になっているレイラは特に気にしていないし、他のメンバーは金持ちなら毎日がこんなものだと思っているらしい。ここまでの道すがら見た農家や市民たちは明らかに貧困と戦いながら暮らしていた。いくら大物の賓客とはいえ、これはやりすぎだ。マックスはこの領主には心を許さないことを胸に刻みつけた。


宴が終わると各人、領主の屋敷の豪勢な客室へと案内された。マックスはなんとなく居心地が悪くなってビッグマックへ戻って個室で休むことにした。

『静かだな』――マックスはベッドで横になって一人ごちた。

『本当なら私一人の追跡行だったはずなのに』――レイラを始め、幾人もの道連れが思い浮かんでくる。

『恵まれていると思うべきか』――マックスは微かに微笑むと襲ってくる睡魔に身を委ねようとした。

そのとき――。

格納庫の方で大きな物音がした。ハッと起き上がるマックス。銃を片手に慎重な足取りで格納庫へと向かう。

格納庫には四体のガイナックルが並んでいる。アーティレリィ・アイア・ゾーク・ジュールと視線を移していく。そのとき、ジュールの背後に何かの影が動いた。

「動くな!」

銃を構えるマックス。とはいえ、マックスは実際に人を撃ったことはなかった。微かな緊張に震える。それを見て取った影は素早くガイナックルの間を移動する。

「止まらないと撃つぞ!」

マックスの撃鉄に触れた指先に力がこもる。

「おーと、そこまで!」

マックスは背後からの声に振り向きざま銃を向ける。

「こんなところで撃ったら燃料に引火してシャレにならないぜ」

「スティング! どうしてこんなところに――」

「あんたと同じ理由さ」

スティングはマックスへと近づき、銃を手で押さえ、ゆっくりと下ろさせる。

「侵入者が!」

ハッと振り返るマックス。するとガイナックルの陰からキャラと少女が姿を現わした。

「痛いな! 離せよ、オバサン!」

キャラに押さえつけられた少女は激しく抵抗した。

「オバサン?」

キャラの顔つきが変わるのを見て、スティングが急いで間に割って入る。

「さあ、お嬢さん。こんな夜中にガイナックルの後ろで何をしてたのかな?」

優しいお兄さんを気取って問いかける。

「領主の犬に話すことはないね!」

憮然として口をつぐむ少女。

「どうしようかね。このまま領主に引き渡しちゃおうか?」

多少、怒りぎみにキャラが言い放つ。

「あの領主に? うーん、賛成しかねるね」

「私もスティングに同感です――お嬢さん、我々は旅の者です。領主とは今日初めて出会い招待されただけで、恩も好意もありません。もし私たちで力になれる事があるなら打ち明けてはもらえませんか?」

誠実なマックスの物言いに、頑なに心を閉ざしていた少女が肩を震わせた。優しく肩に手を置くマックス。

「お父さんを――お父さんを救うんだ!」


少女の名はハッピーB。彼女の養父ランド・フォームズは反逆罪でまもなく死刑になると言う。マックスたちはシュラの悪政を聞かされ、ハッピーへの協力を約束する。

ハッピーに個室を与え、休ませる。その後、三人は格納庫で相談に入った。

「協力するとは言ったものの、今の私たちは領主の客ですからね」

マックスが常識に乗っ取った意見を述べる。

「歓迎されてるのはエレーム産業のお嬢様だけだろ。あとはそのおまけ」

キャラが半ばやっかむように言う。

「それが問題ですよ。政治的圧力で、エレーム産業のバックアップが受けられなくなるかもしれません」

「まあ、色々と世話にはなってるよねぇ」

キャラはビッグマックやガイナックル、修理中のオリジンを思った。

「なんにせよ、オイラは領主をほっとく気はないね」

スティングがいつになく真剣に述べた。

「そうね――あたしも手伝うわ」

マックスも結論は初めから出ていたようで、諦めた様子で溜め息をついた。

「仲間を見捨てはしませんよ。とにかくレイラ嬢とも相談して作戦を練りましょう」

「じゃあ、あたしはあの子と村へ行って役に立ちそうな情報を集めてくるよ」

「その間に、おいらは領主側の戦力を分析するぜ」

『心強い仲間だ』――マックスは心の中で、二人がここにいることに感謝した。



 5


作戦は単純だった。

「こういうのは単純な方が成功しやすいって!」――この作戦を提案してきたスティングはそう気楽に言った。

マックスは失望に近い不安を感じていた。

『もう少し策略家だと思っていたが』――スティングの事だ。

『私もレイラ嬢も人を騙す事には向いていない。キャラも真っ直ぐな女性だし、ケイやガイルは論外に思える』

――だからこそ、スティングに期待していたのだ。

『私の勝手な思い込みだな』

マックスは、わかりやすい性格の仲間たちであることを素直に喜ぶ事にした。


ハッピーは燃料さえあればガイナックルを一機用意できると言った。パイロットもだ。その機体でビッグマックに奇襲を仕掛ける。マックスたちが迎え撃ちに出て、戦いの場をシュラの屋敷の近くへと移してゆく。その際の混乱に乗じてレイラたちが捕虜の救出へと向かうのだ。

問題はなかった――作戦自体には。

「納得いかん!」

ビッグマックのブリッジに集まり、作戦を詰める一行の中でケイがマックスへと詰め寄った。その後ろにはガイルが「納得いかない」という顔つきで立っている。

「なぜ、拙者をガイナックルに乗せて下さらんのか!」

マックスは困ったようにスティングを見た。スティングは必死に目を合わさないようにしている。

確かにガイナックルは陽動であり、動かせればいいだけなのだが、できるだけ被害を最少限に抑えなくてはならないし、時間も稼がなければならなかった。まして、万が一シュラがガイナックルを出してきた時には本当の戦闘になるのだ。ケイやガイルが実戦を欲していること、事実彼らを戦力にするには実戦経験が必要なのだが、作戦を成功させるためにはもっと冷静で優れたパイロットである必要があった。

「決まってんじゃない――」

救いの手を差し伸べたのはキャラだった。

「農夫を救出するのは危険な任務よ。そんな時、頼りになる二人を陽動なんかに使えるわけないじゃないの」

マックスはキャラに心の底から感謝した。

「その通りです! レイラ嬢を安心して護ってもらえるような屈強な戦士はあなたたち二人をおいて他にはいません!」

半分は本心だった。彼ら二人はガイナックルに乗っているよりも生身の方がはるかに脅威になる。

「――そこまで言われたら、男子たるもの断わるわけには参りませぬな」

ケイは誇りに満ちた顔でキャラを見た。その後ろにはガイルが「断わらない」という顔つきでふんぞりかえっていた。

キャラは二人に見えないように、マックスへ向かってウィンクを送った。マックスには「これで一つ貸しね」というキャラの意志が伝わってきた。マックスはこの利息が高くないことを心から祈った。


作戦に不満のあるのはハッピーBも同じだった。

ハッピーは皆と別れると、農場近くの空き地へと戻ってきた。

「――私がお父さんを救けるんだ」

しかし、彼女には選択の余地がないことを知っていた。この役は私にしかできない。

ハッピーは初対面の怪しげな一団を信じることに決めていた。

『信じる心が力になる――お父さんはそう言ってた。何にすがったっていい。お父さんが無事に帰ってきてくれるなら』

ハッピーの強い意志を感じて、目の前の大地を割ってガイナックル・キーロが姿を現した。

と同時に、離れた場所で二つの意識がハッピーの存在を認識した――。


「何事です!」

急に騒がしくなった領主の屋敷で、二階へと続く階段からレイラが駆け下りてくる。一階の広間にいたマックスは打ち合わせ通り、大声で報告する。

「どうやら盗賊がガイナックルでギャロップを襲ったようです! キャラとスティングがたまたま整備のために中にいたため、ガイナックルで出撃しています。今から私も応援に向かいます!」

マックスの言葉はレイラに続いて姿を現わしたシュラを意識していた。

「レディ・エレーム」

気取った口調で声をかけてくる。レイラの隣りにボディガードとして姿を見せたガイルは、こんな喋り方をするキザ野郎をブッ飛ばす映像を頭の中で繰り返し描いていた。

「私の客人を襲撃されてはホストたる私の面目が立ちません。この始末は是非、私にお任せいただきたい」

答えようとしたレイラの口元へとひとさし指をあてて塞ぐ。その瞬間、今度はマックスが殴りかかろうとする自分を制御する番だった。あまりの無礼に言葉を失くしたレイラの前で、シュラは立てた指を舌を鳴らしながら「チッチッチッ」と振る。

「何の心配も要りません。私にはあなたという女神がついている」

ニヒルに微笑むと、シュラは家来に出撃準備を命じギャザムへと向かって行った。

一様に呆れた様子でシュラを見送る一行。

「奴を見放さなかった女神がいるなら、それこそ奇跡だ!」

ガイルの後ろでジェムがボソッと呟いた。



 6


ハッピーは焦っていた。

『屋敷のどこかを壊さなきゃ』――屋敷内の警備兵をできるだけガイナックルの戦いの方へと引きつけるために。

戦いの舞台は作戦通り、ビッグマックから屋敷前へと移っていた。

陽動であることをバレないようにできるだけ自然に破壊する、ということがハッピーの足枷となっていた。

『いっそマギキネシスで破壊しちゃおうか』

だが、屋敷で働いている民間人が死傷したらランドは喜ばないだろう、とも思っていた。なのでハッピーはキーロを屋敷に対して一定の軌道を保ちながら旋回させ続けていた。

『これなら流れ弾の着弾地点が予測できるはずだ』

確かに屋敷の誰から見ても明らかだった。勿論、ギャザムに乗ったシュラにも。


「なにやってんだ!」

さっきから陽動役のパイロットが、威嚇射撃をギリギリでかわすようになっていたのにスティングは苛立っていた。実際その操縦テクニックには舌を巻くものがあるが、ほとんど同一の軌道をたどっているのが気にかかる。

光線兵器を搭載していないゾークはアーティレリィのトレノガンを借りて手に持っている。専用兵器ではないので攻撃精度は低いが、牽制が目的なのでそれほど問題はないと思われた。

「あれじゃあ、後ろから撃たれたらイチコロだぜ!」

隣に立つアイアのキャラに愚痴をこぼす。

「――焦っているんだわ」

「焦る――って何を? 屋敷からガイナックルをおびき出すのも作戦のうちだろ?」

キャラにはわかっていた。何故パイロットが焦っているのかを。

「あの子が操縦しているんだわ」

養父を救けたいがあまりに必要以上の焦燥感に駆られている。

『若いのね』――そう思った途端にハッピーに「おばさん」呼ばわりされた事を思い出した。

『いえ、子供なのよ』――心の中で訂正した。

「スティング、屋敷の前方の生命反応がなくなったわ! 思いっきりブチ込んでやって!」  

スティングはキャラの合図を受け、ゾークの照準をキーロの後方に位置する屋敷の壁面へと移した。

「下品だなぁ。スティング様は紳士だぜ」

ゾークのブーメランカッターがキーロを掠めて、屋敷へと激突する。ビーム兵器と異なり、物理攻撃なので想像以上の被害は防げるという算段だった。

壁に大きな穴が開く――と、同時に複数の実弾がキーロを貫いた。

屋敷から飛び出してくる三機のガイナックル。シュラのギャザムと、彼の護衛たちが乗る量産型ギャレ・レプリカ。キーロを襲ったのは、それらの持つシールドから放たれたミサイルだった。

スティングとキャラは一足先にキーロへと辿り着いた。幸い銃撃はコクピットを外れており、ガイナックルの背部を半壊するに留まっていた。パイロットを助けるためにハッチを開けてガイナックルを降りようとしたキャラへ、離れた場所からシュラが呼びかける。

「助ける必要などありませんよ。次の一撃で片がつきます」

キーロから距離を保ったまま大型のトレノソードを構えるギャザム。今まさに突進して来ようとした瞬間、その前にアイアが立ちはだかった。

「どういうことですかな?」

「こういうことさ!」

キーロを護りながら、ギャザムに向かって鞭を繰り出すキャラ。シュラは軽やかにこれをかわした。そこへスティングのブーメランカッターが襲いかかるが、ギャザムの左右を守るギャレが、それらをソードで一閃した。

「三対二。しかも一体は動かないガイナックルを庇って離れられない。そんなハンディを抱えながら私たちに立ち向かうとは、笑止!」

「三対三だ!」

マックスのアーティレリィから放たれた240ミリキャノン砲が一機のギャレの右腕を破壊した。ギャレは左腕のシールドミサイルで反撃を試みるが、標的の距離が遠かったためシールドを捨て、左手でトレノソードを拾い上げて構える。そして、マックスへと向かって突進してゆく!


キャラは初めてそのガイナックルを見たときから嫌悪感を感じていた。

『金色や銀色のガイナックルなんて成金趣味の変態じゃないの? 反吐がでるわ!』

だが、同時にシュラの操縦技術に感心しないわけにはいかなかった。

『止まったまま気楽に勝たせてもらえる相手じゃなさそうね』

キャラは悩んだ。ハッピーから離れて彼女を守ってやれるだろうか?――先程から動きがないことから考えて、おそらくハッピーは着弾の衝撃で気絶しているのだろう。キーロの重装備は諸刃の剣で、ちょっとしたダメージが致命傷となって爆発炎上する可能性もある。流れ弾すら当てさせるわけにはいかない。キャラはハッピーが自力で動き出すか、誰かが援護にきてくれるまで持ちこたえるしかないことを覚悟した。


『まずいなあ』――スティングは苦戦していた。単なる雑魚だと思っていたが、スティングが対峙したシュラの部下は賞金稼ぎでも食べていけそうなくらいの腕前だった。しかも、さっきからキャラが不利な状況下で戦っているのが視界の隅に入っていた。

『速攻しかないか!』

ソードを構えて突進してくるギャレに向かって、命中率の低かったトレノガンを投げつける。ギャレはシールドでその物体を弾き飛ばした。その瞬間、シールドと機体の間に僅かな隙間が生じた。

「今だ!」

突然、ゾークの右手が伸びた。その拳は接近してくるギャレの勢いも借りて、相手のボディを貫く!

ギャレが構えたトレノソードは、その先端をゾークの眼前に突きつけていたが、届くことはなかった。ゾークがその拳を引き抜くと同時に、ギャレは内部から爆発した。


マックスの相対する相手は、アーティレリィからの砲撃を左右にかわしながら、徐々に接近してきていた。懐に入れば勝機があると踏んでいるようだ。接近戦が得意なマックスはスティングにトレノガンを渡し、オリジンのトレノソードを手にしていた。それでも機動力の低いアーティレリィで白兵戦を行うことには多少の不安があった。

しかもキャラが追い込まれているのがモニターに映っている。戦いに時間をかける訳にはいかない。

『間に合ってくれ!』

マックスは砲撃を止め、トレノソードを構えて目前へと迫るギャレを出迎えた。


その攻撃はかわしきれなかった。いや、かわすわけにはいかなかった。トレノソードの攻撃を手先の鞭で弾いた途端にキャラはそれがフェイントだと気づいた。ギャザムの反対の手に握られたシールドミサイルがアイアへと突き出される! キャラはそれを余裕でかわすことができたが、背後を意識して避けられなかった。近距離から打ち込まれる実弾。鞭を機体の正面で高速に振り回して、物理的なバリアを構築する。大半はそれで防いだが、防ぎきれなかったミサイルがアイアを次々と直撃した!

コクピットへの直撃はなかったが、巨大な一眼モニターが仇となって、被弾した外部カメラが映像を捉えることができなくなった。盲目的に鞭を振り回すキャラ。それを冷静に回り込んで、次々に切り落としてゆくギャザム。武器を失い丸腰になったアイアの腹部をギャザムが蹴り飛ばした。大地に倒れたアイアのコクピット部分を踏みつけてトレノソードを構えるギャザム。

「これで、終わりだ!」

ソードを振りかぶったギャザムが、予想外の風圧を受けてバランスを崩す。

「何だ?」

気勢をそがれたシュラは、ゾークと対峙していた部下のギャレが爆発するのを捉えた。爆風はそのギャレの物だった、そしてギャザムへと突進して来たゾークは、明らかな射程範囲外からブーメランカッターを放ってきた。

アイアから離れたギャザムはゾークへと向き直り、シールドミサイルでゾークの武器を次々と撃ち落としてゆく。

「到着した頃には丸腰にしてやろう!」

仲間を守る為に、身を削ってギャザムの注意を惹こうとしているゾークの行動をあざ笑うシュラ。


ギャレのパイロットは冷静に戦況を分析しているようだった。

片手のソードだけでマックスの攻撃を受け流し、反撃はして来ない。時間を稼いでいれば、ギャザムが応援に駆けつけてくるという算段なのだろう。

そうなるということは、キャラとスティングがやられた状況だということ。

『そうはさせるか!』

マックスはソードを大上段から構えて振りかぶった。

太刀筋の読みやすいその攻撃から、ギャレは悠々と軌道を外した。

ソードが空を切る。

その瞬間、肩のキャノンから発射された砲弾が大地を抉った。

周囲にもうもうと砂煙が立ち込める。

煙が晴れた時、アーティレリィのソードがギャレのボディを真っ二つに切り裂いていた。


「愚かな! 仲間と同じ轍を踏むつもりか!」

武器を失いながらもギャザムに対峙したゾークをシュラが嘲笑った。

「オイラも愚か者だと思うよ」

スティングは他人事のように呟いた。

「一撃で葬ってやろう――」

ギャザムがトレノソードを構えた、そのとき――。

屋敷の中から巨大な火の玉が天空へと放たれた。

「何ぃ!」

驚きの声を上げるシュラ。

「ケイのあんちゃん、相変わらず派手だねえ」

スティングは感心したような呆れたような口調で呟く。と同時に今の衝撃で目が覚めたのか、キーロが微かに動いているのを目の端で捉えた。

『そうだ! 早く起動してキャラを救け出してくれ』

だがスティングの願いも空しく、キーロは僅かに向きを変えると動きを止めた。

屋敷を壊され、すでにシュラの怒りは頂点に達していた。

ゾークへと悠然と近づいてゆくギャザム。スティングは最期の瞬間を意識した――。

だが、突然、ギャザムは何者かの攻撃を受け、体勢を崩した。咄嗟にシールドを掲げて身を守るも、今度は別方向からの攻撃を受ける。闇雲にシールドミサイルを撃ち出すシュラ。するとそれらを悠々と躱しながら、キーロの両腕が目の前を交差しながら通過してゆく。

「有線式の疑似魔導兵器とは舐めおって!」

ギャザムはキーロの腕本体は無視して、伸びているワイヤーを断ち切ろうとソードを振り下ろす。

だが、特殊合金で作られたワイヤーは簡単には断ち切られることはなかった。

ギャザムがそちらに気を取られている間に、マックスのアーティレリィがゾークの横に並んだ。

キーロも起き上がり、今度はアイアを守るように立ちはだかる。

有線のマギキネシスはキーロへと戻り、三機のガイナックルに囲まれたシュラ。

追い詰められた彼の目の端には、屋敷から出てくるレイラたちが捉えられていた。

ギャザムは突如、そちらへ向かって動き出した。

シュラはレイラたちの頭上に位置すると、シールドを彼女たちへ向けた。

「仲間の命が惜しかったら、ガイナックルから降りろ!」

スティング機とマックス機はお互いの顔を見合わせた。肩をすくめて微動だせずにギャザムを見ている。

「早くしないか!」

そんなギャザムの足元で動きがあった。ガイナックルの正面に立つケイ。シュラはその存在に気づき、踏み潰そうと足を上げる。その瞬間、ギャザムから走って離れてゆくレイラたち。シュラはそれを捉えてシールドミサイルの引き金に手をかけた。足元の虫けらなど踏み潰すのはたやすいと考えていたからだ。だが、微塵も注意を払っていなかったその足元でケイが怪しげなポーズを決めると、ギャザムの下方から光が湧き出してきた。

光――それが、シュラ・ヘイミッシュ・シューマンの最期の認識となった。

   


 7


領主の屋敷の前に立ち並ぶ三体のガイナックル。ゾーク・キーロ・アーティレリィ。

マックスたちはガイナックルを降りて半壊しているアイアからキャラを救出した。

「お姉さま!」

ハッピーが感謝を込めてキャラへと抱き着く。

「ちょ、ちょっと!」

キャラは戸惑いながらも温かい笑みを浮かべた。

そんな二人を優しく見守るスティングとマックス。

「キャラ殿ぉ!」

そこへ捕虜救出組が合流した。真っ先に駆けつけてきたのはケイだった。

「ご無事でしたか!」

人が増えたのに気づき照れたハッピーが離れたのを見て、ケイは勢いに任せてキャラに抱き着こうとする――が、あっさりと躱され両腕が空を切った。

「さすがキャラ殿! 防御も完璧ですなぁ」

勢い余った両腕で自身の体を抱きしめながら、ケイは陶酔した表情で感激していた。

キャラたちはそんなケイを一人残して皆の元へと向かった。


ランドはエレームの友人だった。だからその娘レイラとも面識があった。レイラは捕らわれた農場主がランドだと知って驚いたが、再会を素直に喜んた。そして、彼女たちの旅の目的を聞いたランドは頑固に言い放った。

「わしは救われた恩返しをしなくちゃならん! なんとしてでもついて行くぞ!」

義父と再会し、明るい笑顔を浮かべていたハッピーだったが、レイラの話を耳にすると表情が変わった。

「巨大な――ギガヴィティ?」

二人から同行の許可を求められたレイラは、親子の説得をマックスに任せた。

『ガイナックルを補充しなくちゃ』

レイラはビッグマックのブリッジへと赴き、近くのエレーム産業の工場を検索し始めた。

『マックスは優れたガイズで頼りになる軍人だけど、優柔不断で嫌とは言えない人だから――』。

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