第三章 レイラ・エレーム
1
スティングの言う通り楽しい旅だった。当事者以外にとっては――。
「正直疲れたよ」
操舵補佐席で体を伸ばしたマックスが、隣でビッグマックを運行しているウォレンへと愚痴る。
ウォレンは同情するような表情を浮かべながら、困ったように頷いた。
「モテる男が、なーに贅沢言ってんだか」
スティングが茶化しながらブリッジへと入ってきた。
「あーあ。一人ぐらい分けて欲しい、っていうのはモテない男の僻みかな」
「まったく、誰のせいだと思ってるんです?」
マックスがぼやく。
「あれっ、もしかしてオイラのせい? 違うよね、もちろん」
スティングはマックスの座る椅子の背もたれに手をかけて、彼の顔を覗き込んだ。
「ええ、その通り。同行を認めたのは私です。責任は私にあります」
「責任なんてオーバーな話じゃないんだけど――」
明らかにスティングはマックスをからかって楽しんでいた。
「こうなるって分かっていたら誰が同行など認めるものか」
ぶつぶつとマックスがぼやくのを聞いてスティングは一層楽しそうに笑った。
「ですから何度も言っているじゃありませんか。このギャロップは私の所有物です。この中で不純な行為は一切認めません!」
マックスはレイラの怒鳴り声を初めて聞いた。
「なによ、二人の愛を邪魔しようっていうの、お・ば・さ・ん!」
キャラが負けじと反発する。
「お、おばさんですって!」
レイラがキレた――。
「すげー、個室ブロックからここまで聞こえるんだもんな」
スティングが妙な感心の仕方をする。
「あんたもさ、キャラとヤッちゃったら? あんないい女に誘われるなんて一生に一度だぜ。オイラは守備範囲外だったけどさ、処女ってわけじゃないだろうし――」
スティングの言葉に今度はマックスがキレた。
「不快です! 女性をそのような眼で見るとは!」
「はぁ? 他にどんな眼で女を見るのさ」
「――尊敬です」
目を輝かせながら真面目に語るマックスに対して、今度はスティングが溜め息を吐いた。
「まあ、キャラじゃ無理だな、この手合いは」
個室ではまだ女性二人の騒ぎが続いている。
『何にしてもレイラ嬢に元気が戻って良かった』
マックスはにっこりと微笑むと、目を瞑って仮眠を取るために暫しの眠りへと落ちて行った。
『だいたいマックスは、どうしてこう次から次へと問題を抱えて来るのかしら』
やっとキャラを部屋に押し込めたレイラが自室のベッドで横になって呟いた。
『あの人だったら絶対にあんな人達とは関わり合いにならないのに――』
そこがマックスなんだわ、とそう思う。
不思議な魅力のある人。だからキャラもマックスが好きなんだわ。
そして私も。
――私も?
いえ、私はあの人だけ。
だってそうでなければ、あの人の還る場所が無くなってしまう――。
2
ゾンム――ガイル・ゴーバンはそのギガヴィティをそう呼んでいた。本来は、かのザンブロッタ戦争においてヴァンダイン工業が開発したというギガヴィティ『ビッグフット』の簡易量産型のレプリカなのだが、ガイルはこれを噂のファントムランナーなのだと騙されて手に入れた。
ガイルは単純な男なのだ。単純だからこそ、粗暴だった――。
「見えやすか、親分」
ジェムは自分が発見した獲物の価値に、躍る心を押さえきれなかった。岩山の上に伏せながら様子を窺う二人の男。スキンヘッドの巨漢が山賊団の頭領ガイル・ゴーバンだった。もう一人は下っ端の『小心者のジェム』である。
今、ガイルが覗く双眼鏡にはビッグマックが映っていた。
しばらく黙ってじっと見つめていたガイルが、突然ジェムに双眼鏡を投げつけた。
「――おう、ジェム! この望遠鏡、壊れてるぜ!」
双眼鏡をぶつけられ頭を打ったジェムが、頭部をさすりながら双眼鏡を覗く。
いきなりガイルの憤怒の顔がアップになり、のけ反るジェム。
「そんな事ないですぜ。おいらにはちゃんと見えますよ」
「貸してみろ」
と言いつつ、分捕るガイル。再び覗き込むが、その姿を見て笑いを堪えるジェム。
「俺には遠くに見える、こんなもの、ねえ方がいい」
ついに笑いを爆発させるジェム。
「親分、そりゃ逆さですぜ。そりゃ遠くに見えますって」
「逆さ……? フン、なるほどな」
反対から覗き込み納得するガイル。笑い続けるジェムをギロリと睨みつけるとジェムの笑いがピタッと止んだ。
「――反対じゃあ見えるわきゃねえわな!」
豪快に笑いだすガイル。つられて笑うジェム。
ガイルは単純な男なのだ。単純だからこそ、痛快でもあった――。
3
「じゃあ頼んだわよ、スティング」
ビッグマックの通路でスティングと打ち合わせたキャラは念を押した。
「ハイハイ、恋のキューピッド・スティング様に抜かりはござらん」
スティングは半ば投げやりに答えた。
『あの女を追い出してビッグマックとガイナックルを手に入れる』と言うのがキャラの明快な作戦だった。
「――おまけにマックスもね」
『やれやれ、どっちがおまけなんだか』
スティングは溜め息をつく。
キャラは情熱的な女だが、今までは男性的な戦いに対する情熱しかスティングは見たことがなかった。だが、一人の女として男に情熱を傾けるとまさに容赦がなく、それこそ生死を賭けて戦っているかのようであった。
『レイラも気の毒に』
別にスティングはレイラもマックスも嫌いではない。だがキャラは腐れ縁とでもいうのか、兄妹のような親近感を持っているため頼まれれば嫌とは言えなかった。
『まあ、そんなにうまくいくとは思えないけどね。でもオイラ的には今よりも面白くなればいいわけよ』
「マックス、大変だ! キャラが!」
夜分、自室で寝ていたところを叩き起こされたマックス。スティングによればキャラが突然の発熱にうなされてマックスの名前を呼び続けているという。
「伝染病かも知れない。近づかない方がいい」
スティングは深刻な表情を浮かべて警告する。
「放っておけるわけがないでしょう! 何か薬があるはずです、持ってすぐ行きます!」
「OK、先に行ってくれ。オイラはみんなに警告しておく。伝染させないために」
「頼みます!」
「気をつけろ!」
こう叫んでからスティングは心の中で付け加える。
『――赤頭巾ちゃんにならないように』
「レイラ、キャラが呼んでるぜ」
スティングはレイラの個室のインターフォンに呼びかけた。
「私には話すことなどありません!」
刺のある言葉が返ってくる。まさに『あなたも彼女のシンパでしょ』という感じだ。
「キャラもさ、ああ見えて結構根は優しいんだ。ずっと『レイラに謝りたい』って反省してるんだけど、素直じゃないからつい憎まれ口を利いちまう。あんたからも歩み寄ってやってくれないか?」
『根が優しいのは本当だが、反省してるのは嘘だよーん』
スティングは心の中で呟いた。
「――本当ね?」
「ああ、ベートーベンに誓ったっていい」
「判ったわ。着替えてから行くから」
「有り難う。これで二人の関係も変わると思うぜ」
『――修復不能にね。ちなみにオイラはベートーベンを尊敬したことは一度もないぜ』
スティングは心の中で舌を出した。
「暑いわ」
キャラは全身汗だくだった。マックスが用意した解熱剤も効果がない。正直マックスにはお手上げだった。ウォレンに近くの街へ寄るように指示したが、山岳地帯のために村すら無いと言う。
「お願い、マックス。服を脱がせて」
「えっ。でも、もう着替えが――」
「暑いの」
部屋に来てすぐにマックスはキャラを着替えさせ、汗を拭ったばかりだった。それさえもキャラの下着姿を見ないように苦労したというのに。
「わかりました」
着せた逆の要領で脱がしてゆくマックス。その目線はキャラの体を避け、天井の端っこにあった。だから部屋に入ってきた人影にも、キャラが体をずらしたことにも気づかなかった。上着のボタンを外そうとしたマックスの指は彼女のブラジャーのフロントホックを外す羽目になった。一方で体をずらすことでベッドから足を伸ばしたキャラはマックスの足を払って自身の体の上に倒れ込ませた。露になったキャラの豊満な胸の上に覆い被さるマックスの両手。
「ああん」
色っぽい声を上げるキャラ。
「な、何を――」
戸惑うマックス。同時に足早に部屋から立ち去って行く人影に気づく。
「レイラ?」
反射的に体を起こして。素早く追いかけてゆくマックス。
それを見て起き上がったキャラは着衣を正してから、口の中の発熱機を取り出す。そしてしばらく見つめてから無言でそれを握り潰す。
「さすがに良心が痛んだかな」
いつの間にか部屋の入口に立っていたスティングが茶化してきた。
「何言ってんのよ、うまくいったのに。二人ともいなくなったら万万歳じゃない」
スティングはキャラの目に浮かんだ微かな涙を見て、黙って部屋を後にした。
『君は悪女になるのは無理だよ――だって、いい女だからさ!』
4
「親分、動きがありやした!」
深夜、『小心者のジェム』が駆け込んで来る。夕刻からガイルは岩場で他の子分たちと酒盛りをし、そのまま倒れるように寝込んでいた。
「まったく、『夜になったら襲撃だ』って言って三日も酒盛りして寝過ごしちまうんだもんなあ。その間おいらは寝ずの監視。やってらんねえや!」
ジェムはそう毒づくと近くの酒瓶を蹴ろうとして中が入ってることに気づき、キョロキョロ辺りを見回してから一気に飲み干した。
「うーい」
ふらふらになるジェム。勢い余ってガイルを蹴り飛ばしてしまう。目覚めるガイル。
「おい! 見張りはどうした!」
いきなりの怒声に電流が走ったかのようにピンとなるジェム。
「へい! 獲物に動きがあったことを報告に来たのでありやす!」
「なにぃ、動きだぁ」
起き上がるガイル。近くの酒瓶を手に取ると一挙に飲み干す。
「そいつはめでてえ! おめえも飲め!」
「へい! ありがたく!」
つくづくガイルは豪快な男であった。
『なによ、キャラの恥知らず! わざわざ見せつけなくてもいいじゃない! だいたいマックスもマックスよ! キャラがいいならいいでハッキリすればいいじゃない! 男らしくないわ!』
ショックのあまりビッグマックを飛び出したレイラは、アーティレリィをひたすら遠くへと走らせていた。怒りと悲しみで思考が混乱していたレイラは、自分が山岳地帯の谷間に入り込んでいたことに気づかなかった。
『行き止まり――私の人生みたい』
独りごち、機体を回頭させると、そこには巨大なギガヴィティが立っていた。
「へへっ、お袋ねずみだぜ」
ギガヴィティが外部スピーカーを使って語りかける。
「親分、もしかして『袋のねずみ』って言いたいんですか?」
ゾンムの足元に並んで立っている山賊風の男たちに混じっているジェムがすかさず問いかける。
「おう、それよ! 俺はなぁ、知ってるんだが、おめえらを試したわけよ。そんなわけで、ジェム! この獲物はおめえにくれてやる!」
「へっ! おいらに?」
ジェムは突然訪れた幸運のような不幸に戸惑った。
『生身の体でどうやってガイナックルを倒すんだよぉ』
半べそをかきながら無言でガイルに訴えるジェム。
「しょうがねえなぁ――こうやんだよ!」
ゾンムから荷電粒子砲が放たれ、アーティレリィを掠め、岩場に巨大な穴を開けた。
「ガイナックルのパイロット、命が惜しかったら投降しろ」
一同しばらくあっけに取られていたが、アーティレリィのコクピットが開くと山賊たちは一斉にガイルを褒め讃えた。だが、それもレイラが姿を現した途端に静寂に変わった。
レイラは異様な沈黙の中、アーティレリィから地面へと降り立った。
「――女だ」「女だ」「女だ!」
一斉に騒ぎ立てる山賊たち。その馬鹿騒ぎをガイルが止める。
「俺の獲物だ!」
一喝で鎮まる手下たち。そこへおずおずとジェムが声をかける。
「あのー、親分。あの獲物はおいらにくれたんでは?」
「馬鹿野郎!」
ガイルの怒鳴り声がスピーカーを通してより拡散され、谷間に響き渡った。
「おめえにくれてやったのはガイナックルの方よ。中身は俺のもんだ!」
ジェムはそこでガイルが自分の事を睨んでいる視線を感じ、すかさず同意した。
「そうですよねぇ、おいらもそうだろうと思ってました」
「お祭り騒ぎはそこまでよ!」
レイラが銃を構えて山賊たちを見据える。
「馬鹿か、おめえは。この人数相手にどうやって戦うつもりだ!」
笑う山賊たち。だが、それもアーティレリィが動き出した途端に一斉に止んだ。
「自動操縦プログラムをセットしたの。あなたたちを殲滅するまで動きは停めないわ。私を黙って見逃すならプログラムを解除して差し上げます」
一斉に道を開く山賊団。満足げに微笑み歩き出すレイラ。
「待ちな、姉ちゃん」
それを遮り、立ちはだかるゾンム。
「こいつの事忘れちゃいないか?」
「量産型ビッグフット・レプリカ。その荷電粒子砲は強力な反面、チャージに時間がかかるため、一発必中が戦術の基本です」
レイラは全く動じることなく答えた。
「――なっ、何者だ! おめえ」
的確に指摘されて、さすがのガイルも動揺を見せた。
「エレーム産業の関係者、ってところですね」
悠然と歩き去るレイラ。その後を追って行くアーティレリィ。ガイルたちは悔しそうにその後ろ姿をただ見送っていた。
5
「わかってんな、おめえら」
翌朝、山間の開けた場所でゾンムの目前に手下を一列に並べ、得意気に説教するガイル。
「女一人にナメられて、このまま引き下がったら山賊団の名がすたる! 今日中に奴らに思い知らせてやるぞ!」
「オウ!」
勢いよく返事をする手下たち。その中でジェムは思った――『また思い知らされたりして』。
「なんか言ったか、ジェム!」
ガイルが怒鳴る。
「いいえ! あの女に思い知らせましょう!」
「よく言った! なら、おめえが先鋒だ!」
「ゲッ!」
『あの女――とは?』
山岳地帯を徒歩で歩いていた男が、眼下の谷間で行われている山賊の集会に聞き耳を立てた。
『もしや、キャラ殿の身に何か! 今、拙者が参りますぞ!』
素早く走り出し、動き出した山賊団を先回りし始めた。
オリジンのレーダーはアーティレリィを捕らえていた、始めは。だが、山岳地帯の谷間に入り込んだらしく電波が乱反射を起こし、正確な地点を計測できず、幾度となく行き止まりに突き当たっていた。
「またか――」
もう何度目の行き止まりだろう。衛星がこの地点を正確に捕らえてくれれば、こんな苦労はしなくてすむのに――と考えてから、いや、私がもっと毅然としていればレイラ嬢が愛想を尽かす事もなかったろう、と思い直した。そうだ、帰ったらハッキリ、キャラに告げよう――『私の想いは一人の女性のためにある』と。
機体を回頭させ、谷間を抜けようとしたマックスの前にアイアが立っていた。
「キャラ?」
「一緒に捜すよ、マックス」
キャラはそれだけ言うと、お互いに黙りこくって機体を並走させる。
しばらくの沈黙ののち、マックスは意を決してキャラに語りかけた。
「キャラ」
「マックス」
同時に相手の名前を呼び合い、マックスはとっさにキャラに譲った。
「――本当に悪かったわ。ごめんなさい。レイラには、ちゃんとあたしから説明するから」
「――そうしていただければ、助かります」
正直、マックスは、レイラに何て説明しても言い訳っぽくなるだろうと思っていたのでキャラの申し出は有り難かった。
「でもわかって欲しい。単なる嫌がらせでこんな事をしたんじゃないよ」
そう言い捨てるとアイアはオリジンとは別方向へと捜索に向かった。
「キャラ」
マックスはハッキリ言えなかった自分を自己嫌悪した。
そのとき――。
オリジンの足元を荷電粒子砲の光が通りすぎた。
バランスを失って倒れ込むガイナックル。
そこへ一斉に襲いかかる山賊団。外部カメラが壊され、武器を封じられ、コクピットを開け放たれた。信じられないほどの手際の良さでマックスは捕虜となった。
6
「どうだ、女だと思って油断してなきゃ、これぐらいは昼飯前よ」
ゾンムに乗りながら、オリジンを捕らえた仲間の元へと近づいてくるガイル。
「親分、そりゃ朝飯前って言うんですぜ」
自慢げに訂正するジェム。
「馬鹿野郎! 朝飯はとっくに食べただろうが! 今は昼飯前だ!」
ゾンムから降り、ジェムを小突くガイル。
『そんな言葉勝手に作らんで下さいよぉ』
不満顔のジェムをガイルはギロリと睨む。
反射的にヨイショを口にするジェム。
「さすが、親分! 博識ですね!」
「おう! 白騎士は知ってるぞ! ガイナックルだ!」
馬鹿笑いするガイル。投げやりに笑うジェム。
『さすが、親分。薄識だぁ』――心の中で呟く。
「――手を上げて!」
ジェムが顔を上げるとアーティレリィの銃口がガイルたちへ向けられていた。ガイルはその女の声に驚く事なく、手下に指で合図を送る。すかさず、ガイルのもとへ連れて来られるマックス。殴られボロボロのまま意識を失っている。
「マックス!」
心配のあまり悲鳴に近い叫び声を上げるレイラ。山賊たちが面白そうにその声を次々に真似る。
「彼を離しなさい!」
近くの岩場を威嚇射撃しながら命令するレイラ。
「離してください、の間違いだろ。姉ちゃん」
ガイルはマックスを引き寄せ、ナイフを突き付けた。
「さあ、姉ちゃん二択だ。こいつごと俺を撃つか、さっさとガイナックルを降りるか、だ。おっと、その際には自動操縦は切ってもらうぜ」
レイラは悩んだ――『もしここでアーティレリィを降りたら二人とも助からないわ』。
そのとき、アーティレリィの通信回線が開かれた。
「レイラ、マックスの安全を確保して。援護するわ」
「キャラ? 了解!」
一瞬だけ躊躇するが、キャラを信じようと心に決めて素早くガイナックルを降りるレイラ。手には銃を握っている。
「銃も捨ててもらおうか?」
ガイルが怒鳴る。
「マックスを離して!」
ガイルは周りを見回した――『相手は女一人。まあ、いざとなればどうにでもなるか』。
「いいだろう――ジェム! そっちへ連れてけ!」
ガイルはレイラの居場所とは真逆を示した。
「いいえ! こっちよ! ガイナックルに乗せて!」
レイラが毅然と言い放つ。
迷うジェムがガイルを窺う。
「親分?」
「いいだろう! ただし、同時におめえもガイナックルから離れるんだ!」
それからジェムにマックスの手足を縛るよう、指示する。
指示通り縛り終えると、ジェムはもう一人の山賊と一緒にマックスの体を左右から支えながらアーティレリィへと近づいていく。と同時に、山賊たちへと向かって歩みを進めるレイラ。
マックスがアーティレリィに乗せられるのを確認すると、レイラは山賊団から少し距離を置いたところで立ち止まり、銃を地面に投げ捨てた。
「女だ」「女だ」「女だ!」
一斉に騒ぎ立てる山賊たち。その馬鹿騒ぎをガイルが一喝して止めた。
「俺の獲物だ!」
一瞬で鎮まる山賊たち。その静寂を破って男の叫び声が谷間に轟いた。
「キャラ殿に指一本触れる事はゆるさん!」
突然、崖の上から飛び降りてくる一人の男。
「あの、バカ――」
岩陰に隠れ、急襲態勢だったアイアのコクピットの中でキャラが毒づく。
六十メートル近い岩壁から地面へと着地するケイ。
「誰だ! おめえは!」
「フッ、貴様ら外道に名乗る名などない!」
カッコ良く決めて拳法の構えを取る。その人間離れした行動にビビる山賊団。
ケイは構えたまま、微動だにしない。
「やるなっ」
唸るガイル。それに対して進言するジェム。
「親分! あいつあんな上から飛び降りたもんで足が痺れて動けないんですよ!」
「馬鹿野郎! 見ろ! あの隙のない構え! うかつに動いたらやられちまうぜ!」
そういうもんですか、と納得するジェム。
「バカばっかり――」
呆れるキャラ。
「さあ、キャラ殿! 今のうちに!」
レイラを振り返り、そう叫んでから気づく。
「……」
レイラも反応に困って、ケイへと微笑みかける。
「オホン――天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ。正義の使徒ケイ・ダンディ、ただいま参上!」
改めて名乗り直す。シラける場。
「レイラ、乗って!」
腕に付いた鞭を振り回し牽制しつつ、岩陰から飛び出すアイア。
山賊たちが動揺している隙にアーティレリィへと駆け出すレイラ。
「キャラ殿!」
すべてを忘れてアイアに見とれるケイ。
「野郎ども! やっちまえ!」
ゾンムへと乗り込むガイル。その怒号を受け、目が覚めたかのようにケイへと襲いかかる山賊たち。
交差するような軌道をとって撤退するアーティレリィとアイア。ガイルはその交差点を狙って荷電粒子砲を放つ。が、二人はこれを素早く回避した。
「当たらんなぁ」
モニターの横にあるチャージ計とにらめっこを始めるガイル。
荷電粒子砲に度肝を抜かれたのはケイだった。山賊たちに間合いを詰められつつもキャラが心配で気が気でなかった。そこへあの光線を見て、いても立ってもいられなくなった。
「キャラ殿! 今お助けしますぞ!」
空気拳の構えをとる。その行動に危険を感じて散り散りに逃げ出すジェム以下山賊団。
「ハァァーッ!」
拳から荷電粒子砲クラスの閃光が放たれた。咄嗟に脱出スイッチを引くガイル。次の瞬間、ゾンムは轟音を立てて爆発、鉄屑と化した。
「――すげぇ」
回避行動をやめ、爆発に見とれるキャラとレイラ。
「すごい――お友達がいらっしゃるのね」
半ば、放心状態で問いかけるレイラ。
「――おいおい。誰か嫌われずに好かれない方法を教えてくれい」
同じく放心状態で呟くキャラ。
7
「キャラ殿~!」
駆け寄ってくるケイ。逃走不可能と見てとったキャラはおとなしくガイナックルを降りた。
「見ていただけましたか?」
息も切らさず問いかける。
『バケモンか? こいつ!』――キャラは毒づく。
「ええ、おかげで助かったわ」
できるだけ、ブリッ子っぽく答えるキャラ。
「いえ、愛の為せる技です!」
自分で言って照れるケイ。
『どうしよう』――必死になって頭を働かすキャラ。
そのとき、レイラに介抱されながらマックスがやってきた。
「おかげで助かりました」
手を差し出すマックス。がっしりと握手をかわすケイ。
「おやすい御用!」
「ホントに助かったわ。ねえ、ダーリン」
そう言いながらマックスの腕を取り、寄り添うキャラ。一瞬レイラが険しい顔をするが、キャラがケイからは見えないように彼女にウインクで合図を送ったため、彼女も察してとりあえずは収まった。
収まらないのはこっちだった――。
「今、何と――」
ケイの握手に力がこもる。
「イタタタッ!」
悲鳴を上げるマックス。
「おっと、失礼」
手を放すケイ。だが、その視線は敵愾心に満ちている。
『なんなんだよ、次から次に』――マックスは自分の女運を呪った。
「ごめんなさぁい。こちらはマックス・プライド。名家の家督であたしの婚約者ですの」
マックスの腕に意図的に胸を押し付けながら、色っぽく述べるキャラ。
「拙者はケイ・ダンディ。世界をまたにかけて修行をする者。キャラ殿とは以前より、親しくさせていただいております」
『――こらこら、嘘をつくな、嘘を』――内心で毒づくキャラ。
「それはなにより――」
そう言いかけて、唇を塞がれるマックス――キャラの唇で。
言葉を失うケイとレイラ。
次の瞬間にはレイラはアーティレリィに乗り込んでビッグマックへと戻っていった。対してケイは固まったように動かなくなった。目の前の現実を認識することを拒否している。
唇が離れてから、今度はマックスが放心状態になった。
「あれっ? やっぱ、やりすぎ?」
動かない二人を見て、反省の色を見せ、舌を出すキャラ。
だが、二人とも聞いていない。
「うぉおおおおー!」
突如、吠えるケイ。
「勝負だ! どちらがキャラ殿に相応しい男か!」
今だ放心状態のマックスの前で構える。
「ちょっと待って!」
二人の間に立ちはだかるキャラ。
「あたしに相応しい男は、やっぱりガイナックル乗りよ!」
ケイに向かって宣言する。
「なんと!」
しばし逡巡するケイ。しかし、即決だった。
「よろしい! ガイナックルで勝負だ! 一流の格闘家はどんな道具も使いこなすということを教えて進ぜよう!」
「頼んだわよ、マイダーリン!」
マックスの頬にくちづけして正気に戻す。
「あのな――」
「あら、代金は前払いしたわよ。それとも後払いに体もつけましょうか?」
キャラが怒鳴りかけたマックスの耳元で囁く。真っ赤になるマックス。
「お願い! まともに断わったら殺されちゃうわ」
怒りのマックスの目がキャラの目を覗きこむ。一瞬、見つめあった後、マックスが溜め息を漏らす。
「いいでしょう。ただし、後払い代金の代わりに、ちゃんとレイラ嬢に説明してもらいます!」
「了解!」
『焼け石に水かもしれないけど』――キャラは心の中で舌を出した。
そのとき、三人のもとへビッグマックが到着した。
「よお、なんか楽しそうじゃない」
ホバーカーを駆って茶化しながらスティングがやってきた。
「ちょうど良かった、スティング! オリジンをチェックして!」
キャラの言葉を受けて、そのままオリジンの前へと向かうスティング。
その後を追うマックス。キャラは一人ビッグマックへと向かった。
「ふむ、バランサーが焼き切れてる。あとは見たまんまの被害状況だね。外部カメラ破損・武器喪失・コクピットハッチ崩壊」
「要は?」
「要は使えないってことさ」
そこへキャラとウォレンがビッグマックから二体のガイナックルに乗ってきた。
「コラコラ! なんに使う気だ!」
驚いて怒るスティング。キャラはスティングのゾークに、ウォレンは道中で寄ったエレーム産業の地方工場で修理の為に降ろしたチャリオットに代えて搭載したガイナックル・ジュール・レプリカに乗っていた。ガイナックルを停めて、降りてくるキャラへと詰め寄るスティング。
キャラは簡単に事情を説明してから耳元で囁く。
「ねえ、ゾークの機動力がないと、あいつには勝てないの。お願い、貸して!」
仕方ねえなぁ、とブツブツ言いながらマックスへと向き直るスティング。
「いいか! 絶対に傷つけるなよ!」
「努力してみましょう」
コクピットへと乗り込むマックス。一般的なレプリカガイナックルとは異なる特殊なコントロールパネルに一瞬戸惑うも、すぐにそれらが使い易く配置されているのに気づく。
「オイラが直したんだ」
コクピットを覗き込みながら威張るスティング。
「さすがです」
素直に感心するマックスにスティングの機嫌も直った。
「――よし、大丈夫です」
コクピットを閉め、立ち上がるゾーク。その一方で、ジュールを自分の体の一部のように動かし始めたケイ。スティングが両者を向かい合わせて立たせる。
「レディー――ゴー!」
8
勝因はガイナックルの性能を把握しているかどうかの差であった。中距離攻撃が得意なジュールでやみくもに肉弾戦を望むケイと、距離を保ちつつブーメランカッターでダメージを与えてゆくマックスでは明らかに攻撃の質に差があった。両腕のキャノン砲を切り落とされたケイは、もはやガイナックルを降りるしかなかった。
ゾークを降りて失意のケイへと近づいてゆくマックス。
「完敗ですな」
素直に負けを認めるケイの反応に戸惑うマックス。
「ガイナックルにおける戦い方はまた違うもののようですな――そこで貴殿を男と見込んでお願いいたす!」
突然、マックスの前で地面に土下座するケイ。
「ちょ、ちょっと。そんなことしないでください」
「ならば、よろしいか?」
「ええ、私にできる範囲の事ならば、いいですよ」
思わず口走ってしまうマックス。
「有り難うでござる。決して二人の事は邪魔いたしませぬ。約束いたす」
感謝のあまり、体を起こすとマックスの手を握りしめるケイ。
しばしの間の後――。
「で、なにを?」
問いかけるマックス。
「マックス!」
ビッグマックのブリッジで、二人の女性から同時に責められるマックス。
それを遠巻きに、笑いながら見つめるスティング。
「だから、彼がガイナックルの修行をするために同行したいと言うので――」
マックスの足をかかとで踏み付けるキャラ。
「痛っ!」
「彼はいいですけど、彼らはなんですか!」
レイラからも責められるマックス。
「仕方ないでしょう。あの山賊団の頭領がケイに陶酔して、ついてゆくと言うのですから――」
「仕方ない、であなたは二十名以上も乗員を増やすのですか!」
「でも、せっかくみんな改心するって言ってますし――」
「わかりました! 修理工場へのガイナックルの引き渡しの際に、ついでに彼らにも職を探してもらうよう手配します。それでいいですね?」
「有り難うございます、レイラ嬢」
頭を下げて感謝するマックス。
『まったく。あんなに痛めつけられた相手になんでそんなに寛大に接する事ができるの? 私はとても見習えないわ』
レイラはちらりとキャラを見た。その視線にキャラが気づき、レイラへと近づいてくる。
「ちょっといい? 話があるの」
「――だから、さっきも言ったように全てはあたしの企み。マックスは巻き込まれただけよ」
ブリッジから離れ、二人きりになった通路でキャラが切りだした。
「わかっています」
「いいえ、わかってないわ。あんたは態度でマックスを追い込んでいるもの!」
「それは――それは仕方ないわ。ハッキリしないマックスが悪いのです」
「マックスがハッキリしないって? 違うわよ、ハッキリしないのはあんたじゃないか! だいたいズルイわよ。戦おうともしないで一途な愛だけ与えられるのを待ってるなんて! あたしはそんな女じゃない。これからもマックスを振り向かせる為に戦うわ!――あんたがどうしようとね」
それだけ巻くしたてるとキャラはレイラを残して立ち去った。
レイラは、ただ俯きながらキャラの言葉を噛みしめていた――。
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