第二章 キャラ・ヨーク

 1


ママは娼婦だった。だから父親は誰か判らないし、知る必要もなかった。ママは兄貴と私に出来る限りの愛情を注いでくれていたんだから。

兄貴は優秀だったから奨学金で大学を出て科学技術庁に入局したわ。あたしは兄貴ほど出来が良くなかったけど、ママに楽をさせたかったから軍隊へ入ったの。

でも最低だったね、あそこは。鬼将軍が軍隊を再編したって言ってたけど、もしかして悪い方に変えたんじゃないかな――ハン! 冗談だよ。軍隊なんて規律規則で縛ろうとするところなんて何処も腐っていくのさ、たぶん。

煮えきらない同僚、権力を笠に関係を迫る上司、女同士の確執――。

何もかもがうんざりだった。そんなときだった、ママが死んだのは。

訃報を聞いても実感が湧かなかった。家に帰ればママがいる、そんな気がしてたから。でも夜ベッドに入ったとき、初めて「寂しい」と感じた。涙がとめどなく溢れた。一晩中眠れずに泣き続けたわ。

そして翌朝、決意したの。ママの口癖は『思うように生きなさい』。だからあたしは思うように生きることにしたわ。当時はレプリカガイナックルを使ったパイロット養成施設に在籍してたから、退職金がわりにコイツを頂く事に決めた。出て行く時は模擬訓練中だったし、みんなあたしを温かく見送ってはくれなかったけど、同僚四機とスケベな教官を軽くあしらってやったら誰も追って来なかったわ。

まあ、なぜかあたしの首には賞金が掛かってるみたいだけど――。


「なるほどねぇ」

焚き火が夜の森を赤く照らしていた。それを間に挟んで、黒人の男は対面に座る白人女性の話を聞き終え、我が事のように同情しながら頷いた。

「それでどうするんだい。あたしは負けたんだ、煮るなり焼くなり好きにしな!」

女――キャラ・ヨークは投げやりに言い放つと焚き火に枯れ枝を放りこんだ。男はしばらく悩んだような顔をしていたが、不意に立ち上がり、ラップのリズムを刻みながら踊り始めた。

「オイラの名前はスティング・キー、陽気な陽気な賞金稼ぎ、悪い奴等は許せねえ、金と女は大好きさ! でも白いお肌に興味はねえ。それよりあんたのガイナックル。そいつを裸にしてみたい。あんたもなかなか見込みがあるし、ようよう姉ちゃん? 二人でコンビの賞金稼ぎ。オイラもたまには熟睡したいし、背中を任せてみようと思うが。取り分等分、これならどうだい? 悪い話じゃないだろう?」

スティングの唐突な行動に呆れて目が点になっていたキャラだったが、どうやら先程の戦闘を通じて彼に認めて貰ったのだと気づき、立ち上がると調子外れのリズムを刻み始めた。

「オッケーオッケースティング・キー。あたしの名前はキャラ・ヨーク。一緒に金を稼ごうぜ。ところでホントに白人嫌い?」

スティングはキャラの不規則なリズムに乗れずにいた為、動きを止めたまま彼女の表情を窺い、その質問の意図を探ってから歌い出した。

「警戒すんなよ、おい姉ちゃん。オイラの好みの順番は、黒人女で黒人男、ガイナックルを挟んだ後で白人男で白人女。白い女に興味はねえ!」

動きを止めたスティングをキャラは無言のまま軽蔑の眼差しで見つめていた。

「あっ……ちょっと極端に言い過ぎたかなぁ」

かなり引いた空気になっているのに気付いたスティングがおどける。

すると、キャラは突然笑いを爆発させた。

「アハハッ! 今日から宜しくスティング・キー! あんたの事を信じてみるよ」

笑顔を浮かべて手を差し伸べるキャラ。

スティングも照れ臭そうにその手を握り返す。

ここに伝説となる賞金稼ぎコンビが誕生したのだった。



 2


「で、そいつらはそんなに強いのか?」

荒野を臨む岩場に転がるガイナックルの残骸。その近場で武骨な容姿な男が足元に組み敷いている男へと問いかけていた。抑えられている男にはもはや抵抗する気力すら残っておらず、完全に武骨な男の言いなりであった。

「それは勿論――いえ、そりゃあ旦那ほどではありませんよ。素手でガイナックルを破壊するなんて旦那以外の誰にできましょう」

「世辞はいい。その二人について聞きたい」

「はい、一人はスティングって言う古株の賞金稼ぎです。通称『赤い悪魔』。貧民街出身で市長から奪い取ったレプリカガイナックル・ゾークを駆っているって話です。もう一人が、何でもスティングが見い出したって噂の美女だそうで、賞金稼ぎの間では『美しき戦乙女』と呼ばれてます。賞金が掛かっている上に美人ですから皆標的として狙ってたんですが、そのガイナックルの強いのなんのって。大抵の同業者たちはみんなガイナックルの不法所持者ですからね。ミイラ取りがミイラにならないよう、今じゃ避けるようになってますよ」

ガイズである男が喋り終えると、上に立つ男はもう彼に興味が無くなったかのように足を放した。

「おぬしを殺しても一文の得にもならん。ガイナックルをおいて、何処へでも行け」

それを聞いたガイズは素早く立ち上がると、男の気が変わらぬうちに、とばかりにそそくさと逃げ出した。

「女か――だが悪を見逃す訳にはいかん。世の中毒をもって毒を制すのは間違っている。拙者がそれを諭してやろう!」

その言葉と同時に、傍に横たわっているガイナックルの残骸へと拳を叩き付けた。

そこからヒビが入り、轟音を立てながら崩れ去るガイナックル。

「楽しみに待っておれ、美しき戦乙女よ!」



 3


絶対こいつは阿呆だ――スティングは本気で思った。

ケイ・ダンディ、男はそう名乗った。『美しき戦乙女とお手合わせ願いたい』と。

ここまでは良くある話だし、出逢った頃よりも遥かに成長したキャラにもはや敵はいないだろうという自信もあった。キャラ自身もガイナックルが一機、楽に手に入ると喜んでいたのだが――。

荒野の比較的開けた平地。そこで一機のガイナックルが一人の人間と対戦の間合いを取って向き合っている。

「ちょっとスティング! どうすりゃいいのよ、こんなの!」

ガイナックルのコクピットを開け放ちキャラが抗議の声を上げた。彼女の目の前ではケイが素手で構えている。

「真面目にやったら死んじゃうし、ふざけてても決着がつかないわよ」

「わかったわかった、オイラが何とかしてやるよ」

そう言うと、スティングは指をポキポキと鳴らしながらケイへと近づいて行った。

「おい、あんた! まずあんたの実力の程を見せて貰おうか! どっからでもかかってきなさい。こう見えてもオイラはプロのストリートファイターで――」

言い終わるよりも早く、スティングは気絶していた。

「スティング!」

「空気拳。周囲の空間を圧縮し己の拳とする。大丈夫、死にはしない」

クールに淡々と技の説明をするケイに対して、キャラの怒りは頂点に達した。

ハッチを閉じると、愛機アイア・レプリカの鞭のような腕を振るった。

「短気な」

間髪入れず襲いかかってくる四本の鞭を、まるであざ笑うかのように余裕で避ける。ケイはその勢いを利用し、アイアの左手の鞭の付け根の上へと立った。

「そんな邪念だらけの攻撃では敵を倒すどころか、ハエを取る事すらできないぞ」

キャラは腕を振り回し、落としに掛かる。だがケイはすでに姿を消していた。

「ここだ、頭でっかち」

ケイはアイアの左肩に座っていた。

「なんて奴!」

キャラは毒づいたが、焦ってはいなかった。勝てる自信は当然ある。だが、怪我をさせずに降伏させるには――。

アイアが動きを止めた一瞬を狙ってケイは攻勢に転じた。

アイアの外部カメラを破壊し、コクピットの前へと降り立つ。そして拳の一撃でハッチを破壊した。だが――。

コクピットは裳抜けの殻だった。

「馬鹿な! 脱出する時間など無かったはず!」

「正解」

次の瞬間、ハッチの陰から忍び出たキャラがケイの首筋へと拳銃を突きつけていた。

「ハナからガイナックルを破壊させるつもりだったとは――」

ケイが無念そうに呟いた。

「結果的に勝てばいい。それが私の座右の銘なの」

キャラは笑いながら告げ、ケイをコクピットから降りるように促す。

「――終わったかい」

地上へと降りると、スティングがケイの一撃を喰らった腹部を擦りながら近づいて来た。

「ええ、完勝よ」

と、うなだれるケイを顎で示す。

「失礼ながら貴女のお名前を伺いたい」

ケイが観念したような声音で問いかけた。

「キャラ・ヨーク。今度挑戦するときはガイナックルにでも乗ってくるんだね」

そう言いながらキャラは銃を退いた。慌ててスティングが問う。

「ちょっと待てよ! アイアの修理代くらい踏んだくらなくちゃ赤字だぜ!」

「無駄よ、どうせ金なんて持ってないわよ。それにアイアはあなたが直してくれるでしょう?」

そう言い残してキャラは仮設テントへと向かって行った。

「やれやれ、オイラもすっかり便利屋になっちまったなぁ」

スティングが一人ごちる傍で、ケイはキャラが入って行ったテントを見つめながら呟いた。

「素敵だ――」

「はぁっ?」

驚いたスティングが間抜けな声を発した。

「強く優しく美しく、まさに三拍子揃った女神のような女性じゃないか。貴殿、彼女の恋人か何かか?」

「いや、オイラは白人女には懲りてるから――」

「よし! では拙者のこの想いをそれとなく伝えて下され。拙者は今からキャラ殿に相応しい男になるべく更なる修行に励むでござる。では、近い将来にまたお会いしよう」

拳を振り上げながら独り勝手に力説し終わると、ケイはスティングの返答も待たずに走り去った。

ぽつんと取り残されたスティングが愚痴る。

「便利屋に恋のキューピッド。全く! どいつもこいつも『赤い悪魔』と恐れられている賞金稼ぎ様を何だと思ってるんだい!」

スティングはそう毒づきながらも、アイアの修理へと取り掛かった。



 4


「あれは無謀だ、やめた方がいい」

「あら、赤い悪魔も臆病風に吹かれる事があるのね」

岩陰に隠れたアイアのコクピットからキャラが通信を介して茶化すように言った。一方、同じく岩陰に潜んでいるゾークに乗ったスティングはいつになくシリアスな口調で答えた。

「よく見るんだ。あのビッグマックにはエレーム産業のエンブレムが刻まれている。てことは仲介の奴等は買い取らない可能性が高い。それにビッグマックには旧式のガイナックルやファントムランナーで八体、現行のガイナックルレプリカならその倍近く収容できる。もしあの中が満杯だったらと思うとゾッとするね」

スティングはおどけながら震えてみせた。

「って事は、あなたは宝の山をみすみす見逃せ、と言うわけね」

「はぁーぁ」

スティングは大きく溜め息をついた。こういう時のキャラはとにかく頑固だった。選択肢は二つ。彼女を見捨てるか、協力するか。答えは決まっている。

「りょーかい。でも一撃離脱戦法でいくぜ。まず敵を燻り出して戦力を見る。オッケー?」

「了解! 愛してるわよ、スティング」

キャラは喜び勇んで上機嫌に返答した。

「――よしてくれ。白人女は懲り懲りだ」

スティングが小声で呟く。

「なんか言った?」

本気で聞こえなかったのか、キャラが天真爛漫に問い返した。

「いや、何でもない――オイラのビートに遅れるなよ、ロックで決めるぜ!」

「ラジャー!」


敵性ガイナックル接近の報を受け、マックスは自室からブリッジへと急行した。

そこにはすでにウォレンとジェイコブ、そして――ノーネームがいた。

「賞金稼ぎですね」

ノーネームは振り向くことなくマックスへと呼びかけた。

「このサイズの輸送艇にたった二機で襲撃を掛けるなんて、よほどの愚か者か自信家でしょう。どちらにせよ、彼らがブラッディをより素敵な赤に染めてくれる事でしょうね」

ノーネームは不気味に笑いながら、格納庫へと向かって行く。

マックスは真横を通り過ぎるノーネームに怖気を感じて、急いで後を追った。

「ウォレン、ジェイコブ、援護してくれ!」

「了解!」



 5


先を行くブラッディを追うように、マックスたちは隊列を組んで出撃した。

四機のガイナックルを見て敵が撤退してくれたのは、双方にとって幸いだった――と、マックスは思った。

「全機撤収!」

命令を下してビッグマックへと戻り掛かったが、ノーネーム機からの返答が無かった為、ヘルメス小隊は反転、ブラッディを追撃する事となった。

賞金稼ぎたちの腕前はたいしたものであった。『怪物』としか思えないカスタメイドガイナックル・ブラッディは撤収する敵機を追走しながらも、正確な射撃で疾走するガイナックルを正確に捕らえて行く。それが命中しないのは優れた旋回技術を有するが故だった。

『まるで血に飢えた獣だ』

マックスはそんなノーネームを嫌悪した。まもなく射程距離圏内に入る。だが、味方であるノーネームを撃つのか?――否、その必要はない。

「ウォレン、ジェイコブ、三機でノーネームを囲んで動きを制限させるぞ! 標的はその隙を見逃さないで逃走するだろう」

「賞金稼ぎを助けるのですか?」

ウォレンから不服そうな声が漏れた。

「奴は危険だ――証拠は無いが、もしかしたらシュタイナー中隊も――」

「了解! 充分に警戒します」

マックスの勘にジェイコブが同意する。

「わかりました。自分が最初に牽制しながら近づきます」

ウォレンはそう答えるとチャリオットをホバーさせながらマックス達から先行した。

ブラッディへと接近して行くチャリオット。

すると、ノーネームからの通信が各機の回線へと強制的に開かれた。

「この世で最も美しいもの、それは何だと思います?」

「ノーネーム!――追撃中止だ、ビッグマックへ戻るぞ!」

ウォレンの命令には何の反応もせず、ノーネームの言葉は続いた。

「破壊! それこそが究極の美! それこそがガイナックルの存在意義なのです!」

次の瞬間、爆発音と共にチャリオットが宙に浮いた! ブラッディは予想たがわず味方機へと攻撃を始めたのだ。

大地を転がるチャリオット。そこへマックスのオリジンが追いついた。

「ウォレン、大丈夫か!」

「ええ、何とか。ただし、ホバリング機能をやられました」

続いて追いついたジェイコブのアーティレリィと協力して、チャリオットを起き上がらせる。クローラー付きのチャリオットではあるが、レプリカの走行はホバリングが基本でキャタピラはデザイン上の飾りに過ぎない。一応駆動を切り替える事で補助的に使えなくは無いが、その機構までも破壊されたらしく、自走は難しそうであった。

「わかった、ウォレンは援護にまわってくれ。ジェイコブは私とともに展開してノーネームの足を止める」

「了解。破壊ですか?」

「不本意だが――そうだ」

マックスは苦々しく答えた。本来の標的は追撃中のギガヴィティであって、ノーネームも貴重な戦力と成り得るのだ。だが残念ながら敵が内にいる状態では戦えない。

『レイラ嬢が正しかったか――』

マックスは自身の判断の甘さを悔やんだ。


「このままじゃやられちゃうわよ、スティング!」

キャラは攻撃を躱しながら不満気に怒鳴った。

スティングは迷っていた。このまま逃げ切れる自信はある。だがキャラの性格上、必ず何かを仕掛けるだろう。幸運にも標的だったガイナックルたちはどうやら仲間割れした様子だ。ならば彼らと協力してあの怪物を倒すのも悪くない。その後でも逃げる事は出来るし、あわよくば同士討ちになったところを両方のガイナックルだけ手に入れられるかも知れない――。

「よし、キャラ。左右に散って反転。後続のガイナックルとコンタクトを取って、協力してあの怪物を葬るぜ!」

「そうこなくっちゃ!」



 6


「――承知した。では今の状態で四方から間合いを詰める」

「了解、少尉殿」

外部通信でスティングとの簡単な同盟をマックスが結んだ直後、ビッグマックからレイラが軍事コードを使って無線を入れてきた。

「マックス! なんであなたはそうもお人好しなの!」

「レイラ嬢、今は言い争っている暇は有りません。後でまた」

マックスは一方的に無線を切った。

「軍事コードは傍受しちゃうんだけどねえ」

スティングがキャラへと笑いかける。

「まっ、お姉さんに叱られる優等生の弟ってとこかしら」

キャラが馬鹿にしたように鼻で笑った。

「いい家の坊ちゃんかも知れないぜ。玉の輿のチャンスじゃん」

「青臭い坊やはヤダよ」

キャラは笑いながら旋回する。だが会話をしながらの回避行動にはある一定のパターンが出来ていたのに気づかなかった。

「アイア、貰った!」

ノーネームはキャラ機を照準に捉え、間発入れず撃つ!

次の瞬間、アイアは別方向からの銃撃を足首へと受け、その衝撃でつんのめって倒れた。

ノーネームの一撃はアイアの頭上を通り過ぎる。

「チッ、オリジンですね! いいでしょう、そんな旧式ではこのブラッディには勝てないって事を教えて差し上げましょう!」

三方より迫ってくるガイナックル。だがノーネームはただ一点オリジンへと向かって突進してゆく。スティングとジェイコブの牽制も空しく、二機の距離は接近して行った。

ライフルを捨て、ビームサーベルを取り出すマックス。対抗するようにサーベルを構えるブラッディ。

戦場が一瞬の閃光に包まれる! 光が消えた後、立ち昇る煙を掻き分けて、左腕を失ったブラッディが走り去って行く。

「ジェイコブ伍長、少尉に宜しくお伝え下さい。標的は同じですからまたお会いするでしょうと。それから、もしブラッディに勝ちたいのならば、あのパーツを完成させることです。その為にわざと手加減しておいたのですから」

奇怪な笑い声を残し、ノーネームは一方的に無線を切った。

そして立ち込める煙が晴れた時、そこには頭部を失ったガイナックル・オリジンが微動だすら出来ぬまま、仁王立ちしていた――。



 7


「完敗だな」

医務室のベッドに横たわるマックスが誰に言うでもなく、呟くように漏らした。

「いいえ、あなたはよくやったわ。誰一人犠牲者も出さないで無事に帰って来れたのだから――」

マックスを看病しながら、レイラが慰めるように言う。

「残念ながらレイラ嬢、それは違います。ノーネームには我々に対する殺意がなかった。ただそれだけのことです。殺さなくても勝てる、そう見くびられたのです――」

誰もマックスに反論できず、室内に沈黙が立ち込めた。

「でも、あたしは生きてここにいる――」

沈黙を破ったのは部屋の片隅で遠慮深げに壁に寄り掛かっていたキャラであった。

「あんたのおかげで、あたしはここにいられるんだよ」

キャラは誰に言うのでもなく、床の一点を見つめながら呟いた。

「――そうですね。それで上出来かな」

マックスは晴れた声で述べると、大きく背伸びをしながら起き上がった。

「マックス!」

レイラが心配そうに彼の背中を支える。だがその重さによろめき、逆にマックスに支えられた。目と目が合って慌てて身を離すレイラ。

「あのー、それでオイラたちはどうなるんでしょうね」

スティングがおどけた口調で問いかけた。

「どうもこうも、あなたがたは自由です。ガイナックルが直り次第、出て行って貰って構いません」

「そりゃ、どうも」

マックスの答えを聞いて、スティングは早速ガイナックルの修理に取り掛かるため医務室を出ようとする。だが、そんな彼をキャラが引き止めた。

「スティング、あたしは――」

「少尉、これを見てください」

立ち上がったマックスの前に、意を決したようにジェイコブが図面を広げる。

「これは?」

「ガイナックルの強化装甲システムです。設計者はノーネーム・マッド」

「ノーネームですって!」

レイラは驚きの声を上げたが、マックスはただじっと図面を見つめていた。

「さすがだ――これは凄い」

「自分も欠陥を捜そうとずっとトレースしてみましたが、完璧でした。そこで、この近くにエレーム産業の地方工場がありますので、レイラ嬢に口を利いて頂き、自分が監督してこれを完成させてから合流したいのですが」

「それはいい。頼めますか、レイラ嬢」

とマックスが振り返った瞬間、レイラは部屋を飛び出していた。

「レイラ嬢!」

彼女を追ってマックスも部屋を出て行った。


レイラは展望台にいた。

「――あの人がいなくなってから、ただ復讐のことしか頭になかったわ」

レイラは追いついてきたマックスを振り返りもせずに言葉を紡いだ。

「いえ、死ぬことしかと言った方が正しいかしら。でも、あなたが傷だらけで帰って来たとき、初めて『怖い』と思ったの。私を一人にしないでって。おかしいわよね、あの人を失った私はずっと一人だったはずなのに――」

マックスは背後から優しくレイラを抱き締めた。

「レイラ――」

二人の間を沈黙と安らぎと温もりが優しく包み込んだ――が、突然、

「だめよマックス! 私はあなたには答えられない。今の私を女だと思わないで!」

マックスの手を振りほどいて、レイラは駆け去った。

残されたマックスはただ呆然と流れゆく風景を見つめるばかりだったが、そこへ唐突にスティングが声を掛けた。

「モテる男はつらいねえ」

「――見てたのですか」

気まずいマックスの声音は低かった。

「怒らないでくれよ。悪いとは思ったが、あんたに用があったんだ」

「何ですか、用って」

マックスは出来るだけ平静に問いかけたつもりだったが、まだ動揺と憤りは隠し切れていなかった。

「オイラたちも同行させてくれ。そのギガヴィティとやらを拝んでみたい」

「ダメです、危険過ぎる」

「オイラたちの腕前は知ってんだろ? それに前線で戦えるガイナックルは多い方がいいと思うけどなあ」

マックスの脳裏にレイラの乗るアーティレリィの姿がよぎった。

「――わかりました。同行願います」

やっと動揺の収まったマックスをスティングは面白そうに見つめながら、手を差し伸べた。

その手をマックスが握り返す。

固く握手をしながらスティングがにやける。

「きっと楽しい旅になるぜ」

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