第一章 マックス・プライド

 1


「納得できません!」

マックスは直属の上官であるフランコ少佐のデスクへと思い切り拳を叩き付けながら怒鳴った。

本来ならばそれだけで営倉行きが確実であったが、幸いにもフランコは部下の愚行にも寛容な男であった。

連邦政府軍極東基地の一角にある士官用の個人執務室。普段ならばマックスは呼び出される立場であったが、今回だけは無謀にも怒りに任せて上官の元へアポイントも取らずに乗り込んで来たのだった。

デスクに両肘を乗せ、両手で口元を覆うように合掌の形に組んだフランコは、表情を微動だにせず鋭い目線だけをマックスへと向けた。

「私とて同じ気持ちだ。だがこれは上層部からの厳命なのだ」

フランコは無感情に告げたが、その奥に秘められている悲痛な思いをマックスも感じ取った。ゆえにフランコの視線から顔を逸らすと身を翻して、部屋を出て行こうとする。

「ならば、ローン将軍に直訴するまでです!」

「――将軍は昨日付けで除隊なされた」

「えっ? 何故――」

マックスは驚きのあまりに振り返り、呆然とフランコを見遣った。

ローン・ニューロン将軍は大規模な戦争が無くなり軍事費が削減され弱体化の進む連邦政府軍において『最後の軍神』と呼ばれている。十数年前の魔法文明回帰主義者たちとの『メギドの丘』を巡る戦いで戦功を残し一気に台頭。軍内部の権力が強くなると上層部に蔓延る官民癒着を排し、新興のエレーム産業が推進していた廉価量産型機動兵器『ファントムランナー』の採用を進め、最新鋭機キャブスを各地へ配備させた。並行して、発足以来連邦政府が保持していた紛争における交戦判断を軍内部へと委譲する法律を成立させるほどの政治力を発揮。部下たちの尊敬を一身に集めるカリスマとして軍隊内では神のように奉られている。

そんな偉大な人物がなんの前置きもなく退官、いや除隊するなんて考えられない。マックスにとってもローンは最大の目標であり、そして誰よりも尊敬している人物であった。

「どのみちギガヴィティの捜索はシュタイナー中隊が総力を挙げて行なっている。我々の出る幕はない。アンディの仇討ちは彼らが果たしてくれるだろう」

マックスにも少佐の言いたいことは理解できた。頭では。だが、しかし――。

「承知致しました――ところで少佐、自分たちは今年になってから休みらしい休みをまだ取っておりません。この機会に是非、長期の休暇を許可して頂きたいのですが」

唐突に態度を改めたマックス。彼の意図などフランコにはお見通しであったが。

言葉を発さないまま、じっとマックスを見つめるフランコ。室内に満たされた重苦しい緊迫した沈黙を破ったのは諦めた様な彼の溜息だった。

「――いいだろう。ヘルメス小隊に二週間の休暇を与える」

「ありがとうございます」

おざなりに敬礼すると、踵を返して退出するマックス。その背中へとフランコが一言だけ声を掛けた。

「必ず戻って来い」

マックスは一瞬立ち止まったが、振り返ることなく黙って部屋を出て行った。



 2


「こちらは先の『テル・メギド・ウォー』で実戦投入された兵器の民生用量産型です。近年のレプリカブームでデザイン重視のガイナックルばかりが市場に出回っていますが、こいつは違います! 魔法文明時代の古文書に記されていた机上の空論ともいうべき魔法と機械の融合を我がエレーム産業が現実の物としたのです! あれから数十年――様々なヴァージョンアップを重ね、機能向上と共にここまでコンパクトなボディに仕上げました! サイズは手頃、お値段値頃、通常は納期まで二年お待ち頂くのですが――いやぁ、お客様は本当に運が良い! たまたま一体ご注文のキャンセルがございまして――えっ、キャンセル理由ですか? まっ上品に申せば必要無くなったということです。御遺族から御連絡がありましたので――まっ、こればっかりは如何ともし難いですから」

エレーム販売のベテラン男性販売員が、何千回と繰り返して来たであろう口上を述べ続けている。

その隣りに立つマックスの視線は、販売員がノルマを達成しようと必死にアピールしている『機械生命体』とかいう怪しげな兵器には目もくれず、少し離れた場所に立つ武骨で巨大な灰色のガイナックルを捉えていた。その瞳は童心に戻ったかのように輝いている。

『フリークもキャブスも悪くはないが、男はやっぱりこれに憧れるよな』

マックスが見つめているガイナックル――それは機械文明初期に数々の伝説を残した『ガイナックル・オリジン』レプリカであった。                   


ここはエレーム販売のショールーム。大きさから言えば展示会場といった方が相応しいかも知れない。エレーム産業は元々移動機械を主力製品として製造していた財閥系企業だったが、先の『ザンブロッタ戦争』で帝国に加担したヴァンダイン工業が解体されるに伴い、エンジニアの引き抜きを積極的に行なってガイナックル開発へと乗り出したのであった。当初は主力商品として富裕層の顧客向けに過去のガイナックルのレプリカモデルを受注生産していたが、絶妙なタイミングで勃発した『テル・メギド・ウォー』において小型機械兵器を試験運用し、そのデータをフィードバックすることで自社製量産型ガイナックルを生産ラインへと乗せることが可能となった。それがキャブスである。エレーム産業は自社の新型ガイナックルを、従来のレプリカガイナックルと区別するために、規格名を『ファントムランナー』と名付けた。その最大の特徴としては、今世紀初頭に行なわれたコンプレッションプログラムによるガイナックルの小型化に逆行するかのように、大型化している事。だが、その機動性能は従来のガイナックルに劣る事はなかった。しかも搭載空間が増えた為、空いたスペースを活用し実用化された一般兵士用マギキネシスを常備。さらにトレノフドライブを搭載することで大気圏内での飛行が可能となり、その応用で短時間ながらトレノバリアも展開可能になっている。ガイナックル乗り、通称『ガイズ』達にとっては革命的な存在であった。


マックスの視線の先に気づいた販売員が一転して、オリジンの実績や伝説を暗唱してゆく。もっとも、それらは連邦政府軍に所属する者にとっては周知の話ばかりであったが。

「もちろん、見た目は百年前のデザインを再現しておりますが、その性能はフリークにも劣りません」

ファントムランナーが正式採用されるまで、連邦政府軍の主力機はガイナックル・フリークであった。十年前の機体ながら、マックスにはキャブスよりもフリークの方が性に合っていた。そのフリークよりも更に洗練されたシンプルな佇まいのオリジンは、一見無骨にも見えるが、兵器としての究極体にも思えた。

「ご試乗されますか?」

オリジンに見入っていたマックスが、販売員のその問いかけに気づくのには、かなりの間があった。

「あ、ああ」

「お気に召しまして?」

そんなマックスへと突然呼びかけてきた声があった。

マックスがそちらに目を向けると、シンプルながらも優美で高価な衣服を身に纏った女性が近づいてくる。

「レイラ嬢――」

「葬儀以来ね、マックス」

レイラ・エレーム――エレーム産業の社長令嬢。上品な物腰と知的な顔立ち、何よりも鮮やかな金髪と澄んだ瞳がその美しさを一層際立てていた。だが、その表情にはどこかしら愁いを感じさせる。その陰が何なのか、マックスはよく知っていた。

殉職したアンディ・パーカーは彼女の婚約者であったのだ。小隊を持つ以前のマックスは上官であるアンディから弟のようにかわいがられ、よく三人で休暇を共に過ごした。間違いなく二人は似合いのカップルで、行く先には明るい未来しかないようにマックスには思えたものだ。

「お元気そうで――」

マックスは何を言うべきか迷い、どうでもいいような事を口にしてしまった事を悔やんだ。だが、レイラはそんなことは全く意にも介してないようだった。

「どうするつもり?」

「えっ?」

「ガイナックルはここで買えても武器は手に入らないわよ」

レイラの断定口調にマックスは戸惑ったが、彼女がカマを掛けているのだと判断した。

「武器は要りませんよ。趣味で乗りまわすだけですから」

事実、個人的なガイナックル購入には連邦政府の審査が必要になる。有形無実ではあったが、マックスはプライド家の家督として趣味で購入する旨、申請を行っていた。コレクターに対する武装類の販売は違法である。もっともマックスは裏ルートなら入手できるだろうと楽観視していたが。

「マックス、私なら武器を用意できるわ。でも条件があるの」

レイラの言葉にマックスは少し揺れた。確かに武器を確実に入手できる当てなどない。条件次第ではいい話になるのではないか?

「そうですね。仮に近くで紛争でも起きたら必要になるかも知れません。万が一の為に条件だけでも聞いておきましょう」

マックスは使用目的に関して極力惚けたつもりだったが、レイラには全く通用していなかった。

「私を連れてって」

マックスは絶句した。

およそ戦いとは縁のない生活を送ってきたはずのお嬢様を一体なにがそこまで駆り立てるのか? 復讐心――そんなものに命を賭けるような愚かな人種には見えないが。

そこまで考えて、マックスは心の中で自虐した。

『そうか、私は愚かな人種だったんだ』

レイラは意志の強い、真摯な瞳で見つめ続けている。

『まるで魔術みたいだ』

マックスは自分の心が吸い込まれていく気がした。

「私もあなたと同じ気持ちよ。だからこそ判って欲しいの。それにガイナックルの操縦ならあなたにだって負けないわ。シミュレーターで何度もアンディに勝っているもの」

事実、マックスはガイナックルシミュレーターでレイラに勝った記憶がなかった。アンディには実戦のプレッシャーがあれば違うさ、とフォローされたが。

そこまで言われると、とても断われる雰囲気では無くなった。

マックスは渋々答える。

「わかりました、同行して頂きましょう。ただし、私の指揮に従って下さい」

「ありがとう、マックス!」

レイラは両手でマックスの両手を包んで握った。

その瞬間、不謹慎と思いながらもマックスは胸の高鳴りを覚えた。



 3


『ビッグマック』と呼ばれる大型陸上輸送艇が砂塵を上げながら荒野を進んで行く。荒涼とした大地を眺めながら、マックスはこれで本当に良かったのか、未だに悩み続けていた。

同行のメンバーはマックス、レイラ、そしてマックスの部下であるジェイコブ伍長、ウォレン伍長の四名である。両伍長は休暇中の為、マックスは同行を一旦は拒否したが、自主的に乗り込んできた二人を追い出すことは出来なかった。パトロールが主とはいえ、一緒にチームを組んできたヘルメス小隊の仲間だ。これ以上心強い味方はいない。

それを受けてレイラは、新たにガイナックルを二機提供した。一人はビッグマックの運行に従事するからだ。搭載されたガイナックルは全てレプリカタイプで、マックスのガイナックル・オリジン、レイラのガイナックル・アーティレリィ、伍長たちが共有するガイナックル・チャリオットであった。搭載機種を連邦政府軍の伝説的レプリカで固めたのはマックスの意志を汲んだレイラの指示であった。


『すっかり彼女のペースになっている』

マックスはそう自覚はするものの、打開できる策があるわけではなかった。それに現在のところレイラは足手まといどころか、追跡行の索敵の中心として休む間もなく活動している。

『むしろ足手まといなのは私の方だ』

マックスは情報収集には長けていない。ウォレンやジェイコブに任せっきりだった。だから今もビッグマックの展望台で果てしない荒野をただ眺めていた。そのとき――。

「前方五千メートルに戦闘痕を確認。残存兵器稼働中の可能性有り。マックスのオリジンと、ウォレンはアーティレリィで出撃準備を。ジェイコブはチャリオットで艇内から援護射撃の体勢で待機」

流れるように指示を下すレイラの声が艇内に響く。マックスはそんなレイラを頼もしく感じた。

『迷うことはない。何とかなるものさ』

格納庫へ向かいながらマックスは前向きに考えることに決めた。部下たちはすでにガイナックルへと乗り込んでいた。素早く後に続き、先頭に立つ。

「オリジン、マックス行きます!」

「アーティレリィ、ウォレン出ます!」

二機のガイナックルが開いたハッチから飛び出した。二人ともガイナックルでの出撃は久しぶりだったが、何度もシミュレートしてあっただけに着地は完璧であった。

『この感じ、悪くない』

マックスは感覚が甦ってくるのを全身で感じた。ファントムランナーは大半が機械制御されたセミオートマチックマシンで発着などはフルオートにて行われる。そのため、ウォレンやジェイコブは久々のガイナックル操作の頻繁さに音を上げていた。

『そういえばアンディ中尉が冗談で、今にフルオートマチックの戦闘マシンが出来上がるぞ、と言っていたな』

それはそれでいいのかもしれない、マックスはそう思う。

そうすれば悲劇は二度と起こらない――。

「少尉! あれを見てください!」

ウォレンの叫びに我に返った。その視線の先には見たことがないガイナックルが立っていた。

「まるで鬼神だ――」

くすぶる炎の中で仁王立ちするその機体には明らかな殺意が感じられた。

「ウォレン、右へ回れ。私は左に展開する。ジェイコブ、標的を捕らえられるか?」

「いつでもOKです」ジェイコブの返答が伝わる。

「よし、一斉に狙撃する!」

二機のガイナックルが展開した瞬間、鬼神たるガイナックルのコクピットが開き、人影が現れた。

「作戦中止! ウォレンは待機せよ。私が接近し敵意の有無を確認する」



 4


「私の名はノーネーム・マッド、連邦政府軍開発二課所属のメカニック兼テストパイロットです。私の任務はシュタイナー中隊に同行しギガヴィティ捕獲に協力することでした。しかし、実験機のブラッディの調整に手間取ってしまいまして、着いた時にはこのざまです」

マックスとウォレンはガイナックルを降りて、ノーネームと対峙していた。

「これがシュタイナー中隊――」

マックスたちは目の前に広がる凄惨な光景に言葉を失った。炎が鎮火した荒野に散開する鉄塊。三小隊編成のシュタイナー中隊には九機のファントムランナーが所属していたはずだ。それがこんなに無残に破壊されるとは、一体どんな怪物を相手にしたのだろうか?

「しかし気になるのはナーヴですねえ」

ノーネームが呟くように語ったのをマックスは聞き逃さなかった。

「ナーヴ?」

「ええ、開発三課の戦闘用サイボーグユニットです。試験的にシュタイナー中隊に同行していたはずですが、私の来た時には影も形もありませんでしたねえ」

「サイボーグ? しかし、そのような話聞いたこともない。軍のトップシークレットなのではないか?」

「かもしれませんねえ。でも私は技術屋であって軍人ではない。まっ、単なる噂話だと思って下されば結構。しかし、この破壊劇、必ずしも我らのターゲットの仕業とは言いきれないということですよ」

「どういう意味だ?」

「機械は暴走する可能性もあるということです」

ノーネームは気色悪い笑い声を上げながら話を打ち切ると、ブラッディのコクピットへと戻っていった。


「私は反対です!」

ビッグマックへと戻ると、レイラは有無を言わさぬ、といった口調で反対した。

ノーネームは『標的は同じですから』と言って同行を申し出てきた。確かに追跡するだけならガイナックル単騎よりもギャロップの方が遥かに効率は良い。マックスはウォレンと相談して同行を許可したのだった。

「あなたたちにとっては同僚なのかも知れませんけど、私にとっては信頼できない不審な人物です。敵が内にいる状態で戦えますか?」

「レイラ嬢のおっしゃることにも一理あります。しかし、これ程の破壊力を見せつけられた今、少しでも多くの戦力が必要なのではありませんか?」

ジェイコブの分析は冷静だった。そしてその言葉に反論できる者はなかった。

沈黙を肯定と受け取り、マックスはレイラの顔色を窺いながら慎重に言葉を発する。

「では、決定でいいですね――ただしジェイコブ、奴ができるだけ一人にならないように注意してくれ」

「了解しました、少尉」



 5


当ての無い追跡行も三日目に入った夕刻――。

ビッグマックのブリッジにはウォレンとマックスがいた。レイラはウォレンと交替で休憩をとっており、ジェイコブはガイナックルの整備をすると言ったノーネームに付きっきりで監視、というよりも手伝わされている。

何の痕跡も見つからず、ウォレンが今日何度目かの欠伸を噛み殺した時、マックスは遥か前方を疾走するガイナックルを捕捉した。だが、このガイナックルは――。

「ウォレン、後を頼む。オリジンで出る!」

言い残して駆け出すマックスをウォレンの声が追う。

「お一人で、ですか!」

「ああ。あのガイナックルは味方だ、心配無い」


『やはりそうか』

ガイナックルへ近づくにつれ、マックスは確信した。

『シンプルなデザインのガイナックルにこそ、兵器としての究極の機能美がある。そうは思わんかね、少尉。だから私は連邦政府軍人でありながらも、倒すべき標的であったこのガイナックルをこよなく愛している』

ある時、アンディに同行してエレーム産業を訪れた際に、偶然居合わせたあの方はこう言いながら、このガイナックルレプリカ――フィンガーⅡを指し示した。

マックスはオリジンの両手を広げて敵意が無いことを示しながら接近して行く。

「閣下。陸上保安大隊所属フランコ中隊旗下ヘルメス小隊長マックス・プライド少尉であります。御迷惑でなければ是非面会願いたいのですが」

「――いいだろう」

マックスの推測通り、フィンガーⅡのパイロットはローン・ニューロン将軍であった。

ローンはフィンガーⅡを止め、オリジンが追いつくのを待った。そしてマックスが降りるのを確認してからコクピットを降りた。

『凄い威圧感だ――』

マックスはローンが醸し出す雰囲気に呑まれ、喉が渇き言葉を発せられなかった。

「――君もそんな旧式であのギガヴィティの追跡をしているのか」

ローンの声音には、呆れたような感心したような響きがあった。

「にっ、任務外の作戦行動でありますので」

恐縮したままのマックスは嗄れた声で、反射的に敬礼をしながら答えてしまった。

「よしてくれ。私はもう軍人ではない」

「はっ、失礼いたしました!」

と言いながらも自分が再び敬礼しているのに気づき、慌てて正す。

「それでは、閣下も例のギガヴィティを追っていらっしゃるのですか?」

「そうだ。私は私自身にケリをつけたい――」

と、そのときマックスのレシーバーにレイラからの警告通信が届いた。

「マックス! 北東の方角より未確認ガイナックルが急速接近中!」

「閣下!」

マックスはローンを促してオリジンへと走り出そうとしたが、ローンが止めた。

「心配ない。彼は私たちの仲間だ」

フィンガーⅡの側に停まるガイナックル。ローンは近づいていき、パイロットに降りるよう指示した。

ガイナックルのコクピットが開き、パイロットが姿をみせる。だが――。

それは人間ではなかった。

「ナーヴ……?」

「その通り。彼こそが新世代の戦闘マシーン、ナーヴだ。」

それは明らかに機械であった。人間の面影など、そのシルエットに残されているに過ぎない。そう、まるで彼自身が小型のファントムランナーであるかのように。

ローンとマックスの側に降り立つナーヴ。

『これがサイボーグだって?』

マックスは反射的に嫌悪感を抱いた。ここまでロボットのように造り上げるのならば人工知能を使ったアンドロイドにすればいい。どんな理由があって人間をここまで変えなければならないのだろうか?

「彼には人間としての意識はあるのですか?」

「いや、ない。もしあったとしても、恐らくは辛い思いをさせるだけだろう」

マックスはナーヴを見つめ、そのフルフェイスヘルメットの奥に感情を見ようとしたが何の兆候も見い出す事が出来ず、視線を移した。

「このガイナックルは一体――」

「ギガヴィティを現在の技術で小型化した試作機だ。名前はまだ無い。便宜上『メガヴィティ』と呼んでいる。ナーヴ専用のカスタム機で、彼に組み込まれているニューロチップとの完全なシンクロにより人間には不可能な戦闘行動ができる。例えば敵兵士を傷一つつけずに、その機体だけを破壊することも可能だ」

そう語るローンは何処か得意気であった。そこにマックスは微かな反発を覚えた。

「この機械を完全に制御できるのですか?」

「もちろんだ。シュタイナー中隊のことは知っておる。彼らにとって不幸だったのはナーヴを信じなかったことだ。彼らが壊滅の危機に瀕していたとき、ナーヴはシュタイナー少佐の命令で遥か後方の哨戒任務を与えられていた。この私のガイナックルの接近を最強の戦闘マシーンが出迎えてくれた訳だ。私とナーヴが追いついた時にはすでに手遅れだった。だからナーヴは、今や軍属ではないが扱いを心得ている私が預かっている」

そのとき後方よりビッグマックが追いついてきた。その機体が目視できる距離まで近づいてくると、レイラがホバーカーに乗ってこちらへ向かって発進した。

次の瞬間、ナーヴはローンの指示を待たず、コクピットへと戻って行く。

「ニューロチップ内ニ異常信号ヲ確認。修正後タダチニ追撃任務ノ続行ヲ希望スル」

「異常だと? 一体何故――」

ローンは一人ごちたが、レイラを視認すると納得したように呟いた。

「そうか。同じケースなのだな。私の計画は所詮机上の空論なのか――」

「閣下?」

マックスが深刻な表情を浮かべながら黙り込んだローンへと問いかけると、将軍はハッとなって顔を上げた。

「また会おう、少尉。我々は君達とは行けない、だが標的は同じだ。お互い健闘しようじゃないか」

そう言い残してローンもまたフィンガーⅡへと乗り込んで行った。

二機のガイナックルが立ち去った後に、レイラが独り残されたマックスの元へと合流した。

「あの方たちは?」

「味方です――おそらく」

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