ガイナックル ─追跡者たち─

南野洋二

序 / プロローグ

 序


新暦0190――栄華を極めた魔法文明の崩壊からおよそ二世紀。

急激な発展を遂げた機械文明の歴史は、まさに戦いとともにあった。

時代の最先端を行く技術を独占して混迷する世界を制圧し権力を拡大した連邦政府は、その強大な軍事力を誇示すべく、魔法文明時代の魔導装甲『ガイナックル』を模倣した人型機械を生み出した。新たなるガイナックルたちは巨大な鉄の体と機械の手足を手に入れ、圧倒的な武力を以て争いの火種を次々と消して行った。

そして魔法文明を滅ぼした『終末戦争』から一世紀が過ぎる頃には、初期の機械式ガイナックルはすでに伝説的存在となっており、仮初めの平和の元、より小型で優れた機械兵器が世界各地で続々と生み出されていた。

この物語は、そんな激動の時代の片隅に刻まれたささやかな戦いの記録である――。




 プロローグ


「三時の方向に標的捕捉。トレノフライト、オフ。クローズドトライアングルフォーメーションセット!」

三機のファントムランナー・キャブスが鮮やかな軌跡を大地に残しながら荒野を散開する。

周囲を岩山に囲まれた赤い大地。その谷間に拓けた一条の空間を、重々しい雰囲気を醸し出しながら進んで行く巨大な物体。それをキャブスの編隊が追いかけていた。

僚機を両脇のマルチスクリーンに捕らえながらアンディ・パーカー中尉は思う。

『ギガヴィティなど造る時代ではあるまい』

任務は極めて簡潔であった。

『実験中に暴走したギガヴィティを捕獲せよ』

肉眼で捉えたギガヴィティはまるで正方形の箱のように見えた。

ギガヴィティ――それは人型の魔導兵器であったガイナックルとは全く別の存在。巨大建造物を強大な魔力によって起動させた究極破壊兵器であり、終末戦争を象徴する悪夢そのものであった。勿論、機械文明において生産されたギガヴィティは全て模造であり、パイロットからは『棺桶』と呼ばれるほど機動力に致命的な欠陥があった。それが故にギガヴィティは過去の遺物として捉えられているのだ。

地上から僅かに浮かび上がり、音も立てずに移動しているその姿は一種異様ではあったが、それ程の攻撃力を有しているようには思えない。そしてこれまでの追跡行から、パイロットは戦闘に関しては素人だと推察された。

故に、この任務が簡単に片付くと見込んでいたのはアンディだけではなかった。

「中尉! 標的がこちらに気づいたようです。自分が引きつけます!」

右方に展開しているキャブスがギガヴィティを牽制しながら近づいて行く。

『カイル伍長は優秀なパイロットだ。小隊を持つ日も近いだろう。そう、彼はマックスに似ている。若さと無鉄砲さが売りであったあの青年に。いつか一皮剥けた時、カイルも彼のように大きく成長するだろう――』

唐突に、集束された花火のような閃光がアンディの視界を覆い、次の瞬間、赤と黒の入り混じった爆炎と共に地面を揺らすような轟音が響き渡った。

「カイル? まさか――」

とっさにアンディはカイル機の生命反応を確認する。そして、その結果に失望の呻き声を漏らした。

「中尉! 奴は単なるデカブツじゃありません! 無挙動で荷電粒子砲を放ちました。こちらからでは砲門すら確認できません。くそったれ! 何てバケモノだ!」

アンディの左方を先行するアーノルドが毒づく。彼の動揺が逆にアンディの冷静さを呼び覚ました。

「アーノルド! トレノバリアを張れ。前後から標的の底面を集中攻撃。奴の機動力を奪う!」

「ラジャー!」

キャブスの機動力を活かして、ギガヴィティの左方をすり抜けるように前方へと回り込むアンディ。機体を振り向かせ、正面から標的と対峙する。その体勢のままフロントバーニアスラスタを使って、ギガヴィティを先導するように先行する。

彼と入れ替わるように後方へ回り込んだアーノルドが照準を外したままトレノガンへ光弾をチャージした。

等距離を保ったまま移動を続ける三体の機動兵器。コクピット内に満ちる緊迫した沈黙はアンディの喉を乾かした。ゴクリと唾を呑み込むと、ギガヴィティの巨体が発する威圧感と戦いながらタイミングを計る。

「いまだ!」

二機のファントムランナーは一斉にトレノガンを構え、標的の底部へ向けて照射する。そのまま二機のキャブスは時計回りに機体を移動しながらギガヴィティから放たれた荷電粒子報を巧みに避けて行く。浮遊ユニットを破壊されたギガヴィティは空中でバランスを崩すと、轟音とともに大地へと落下した。

「やったか?」

バリアを展開させたまま、ギガヴィティへと近づいて行く二機のキャブス。

すると、突然ギガヴィティは複数の機械音を発しながら、その姿を変えて行った。

「まさか――こいつは」

アンディの脳裏に、軍隊内で怪談話のように語り継がれている可変式魔導兵器の噂が甦った。

「アーノルド、緊急離脱だ!」

二機のキャブスがギガヴィティに背を向けて退避行動へと入る。

それを追いかけるかのように広がってゆく閃光。それは人型に姿を変えたギガヴィティの全身から放たれた荷電粒子砲であった。

アーノルド機のトレノドライブが破壊されバリアが消滅する。同時に彼のキャブスは膨れ上がる光に呑み込まれて姿を消した。

アンディはトレノドライブの動力をトレノバリアからトレノフライトへと切り替え、機体を空中へと飛び立たせた。

だが、膨らみ続ける狂光は彼のキャブスも逃がすことなく確実に捉え、呑み込んだ。

「レイラ――」

ギガヴィティのパイロットはアンディの最期の思念を肌に感じて、少し震えた。

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