第2話

孔雀くじゃくにしよう」


 妹付きの女官に雑用を言いつかわされ、冷たい水で食器洗いを終わらせると、紅葉は欠けた月を見ながら回廊を歩いていた。


妹の命令で紅葉付きの女官と床を同じにしていた。眠る女官を起こさないように部屋に入り、紅葉の持ち物である唐櫃からびつの中から一枚の羽を出す。


 皇帝の献上品を後回しに紅葉は朔夜へのプレゼントに気持ちが馳せていた。今日は二度ほど妹の前で失態をしてしまったが思考を止めることは出来なかった。



──朔夜は孔雀を知らないようだったからな。


 いつだったか。満月の夜に花茶を摘んでいると孔雀の羽が落ちていた。


緑の羽を拾い私が懐かしさに笑っていると、朔夜は怪訝に思ったのか、それは何だと聞いてきたことがあった。孔雀の羽だと教える。


『なぜ笑った?』


 と聞かれ、紅葉は後宮に入る前に怪我をした孔雀を看病したことがあるので、そのときのことを語った。


 金色の珍しい孔雀だった。どこぞの狩りで仕損じたのか、背には槍が刺さっていた。


満月の夜。茂みにうずくまる傷ついた孔雀を見つけ、十歳の紅葉は青い顔をしながら家族にばれないように離れの家に連れ込んだ。


矢を抜き、薬草を採ってきて塗り込み、紅葉の数少ない服を切り裂いて包帯とした。


助かるようにと泣きながら毎日看病すると、徐々に孔雀の傷は癒えていった。


『さぁ、お帰り』


 孔雀を野に還すとき何度も孔雀は振り返った。そして空を飛び立つ。金の羽が煌めいて綺麗だった。


『そうか俺も見てみたかった』

 と朔夜は言ったのだった。


──よし。あのときの孔雀を刺繍しよう。


 朔夜はどう思うだろうか。

 喜んでくれるかもしれない。紅葉の頬が自然と緩む。紅葉はが昇る早朝から刺繍を始めた。



          ✣ ✣



「お姉さま、なにを呆けてますの」


 二枚の手巾を一月の間で、それも、仕事をしながらやるのは、相当な負担ではあった。


 つい、妹の食事が終わったのに、食器を片付けるのを遅れてしまった。


「わたくしは忙しいの、こんなことも出来なんて、ああ、机も汚れていますわ」


 それは妹が食事をするときに零したものだ。


「そうだわ、これでお拭きになって」


 くすくすと妹と侍女たちが笑っている。妹の投げた布を見やると。やられた、と思った。


「それは、私の手巾」

「ええ、こんな汚い布。手巾でしたの? てっきり雑巾だと思いましたわ」


 同じ部屋の侍女がどうやら、妹にちくり、手巾を持ち出したようだ。


「ま、まさか、こんな物を皇帝に、まさかね」 


 わかっていて、満足そうに笑う妹。そして侍女たちを引き連れて、妹はどこに行くのか部屋を出て行った。


紅葉はため息をつく。しっかりと汚れのうえに手巾を置かれていて、めげそうになる。


「いちからやり直しかぁ。糸を解けば、まだ使えるわね」


 なけなしの服の糸を解き、作っていた手巾。布は汚れてしまったが糸は、なんとか無事だ。


 今度は、取り上げられないように、ずっと懐に隠しておこうと紅葉は誓った。

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