05.

 そう思い、背筋を正してメルレインに視線を向ける。


 アルティングルが出来る限り凛とした座り方を心がけていれば、目の前のメルレインはふっと口元を緩めていた。


「緊張することはない。この部屋には、俺とお前しかいないのだから」


 彼はそう言いつつも頬杖をついて、脚を組み直した。彼は背丈がとても高く、なおかつ脚も長い。


 ……本当に、極上の男性だ。


(しかし、そうおっしゃってくださっても、余計に緊張するのだけれど……)


 目の前の男が醸し出す王の風格は、アルティングルの父とは比べものにならないものだ。きっと、父なんて彼の足元にも及ばないだろう。


 心の中だけでそう呟いて、アルティングルは口を開く。


「本日は、お時間を作っていただき、誠にありがとうございます」

「……あぁ」


 アルティングルがそう言えば、メルレインは淡々と返事をくれた。


 その声は冷たい。興味がないと、声音だけで伝えてくるかのようにも聞こえてしまう。


「陛下のお耳にも入っていらっしゃるかと思いますが、本年、多くの国が食糧難に陥っております」


 それは、真実だ。


 もちろん、ナウファルだけの問題ではない。その周辺国も、圧倒的な水不足による食糧難に陥っていた。


 砂漠において、雨が降らないというのはそれほどまでに死活問題なのだ。


「我がナウファルも、例外ではありません。……無礼だということは、承知のうえでございます。……ですが、どうか、援助をいただきたく」


 視線を下げてしまいそうになる。けど、彼を見つめていなければ。


 自分自身にそう強く言い聞かせ、アルティングルははっきりと言葉を伝えることが出来た。


 ……メルレインの視線が、アルティングルを射貫く。かと思えば、その口元が楽しそうに歪んでいることに気が付いた。


「そういうことは、お前が頼むことではないだろうに」

「……は」


 彼の発したその言葉の意味が、いまいちよくわからない。その所為で、アルティングルの口からは間抜けな声が漏れる。


 だが、メルレインは気にするような素振りもない。


「援助が欲しい。それはわかる。が、ならば王が来るべきであろう。……第七皇女のような末端の皇族が来るものではない」

「……そ、れは」

「まるで、我が国を舐めてかかっているかのようだ」


 メルレインの言葉に、アルティングルはぎゅっと手を握りしめた。


 だって、彼の言っていることは正論なのだから。


「格上の相手に、物事を頼む態度ではないだろう」


 ……間違いない。ナウファルは頼む側であり、かつ弱小国だ。普通ならばアルティングルの父である王が来なければならない。


 でも、それが出来ないわけがある。


「お、お父さま、は……」

「病で床に臥せっている、とでも言いたいのか? 残念だが、俺の耳には入っていないな」


 言い訳を素早く潰された。まるで、退路を断たれたかのようだ。そう、思ってしまう。


「そもそも、我が国がナウファルなどに支援をし、メリットがあると思うのか?」

「……いえ」

「ならば、その頼みは図々しいと言えるだろう。……お前も皇族の末端ならば、それくらい理解しているはずだ」


 本当に、彼は正論で畳みかけてくる相手だ。


 彼は確実に道を潰していく。気が付けば目の前にある、一本の道しか残されていないかのようだ。


 そして、その一本道は――帰り道だ。


「わざわざ遠いところを出向いてもらって悪いが、お前の頼みは聞けないな。……これで、話は終わりだ」


 メルレインが立ちあがり、そんな言葉で締めくくった。


 ……だけど、アルティングルにもここで引けないわけがある。なにがなんでも、援助をもぎ取らねばならないのだ。


「そこを、なんとかお願いできませんでしょうか……?」


 窺うようにそう尋ねてみれば、メルレインの視線がアルティングルを射貫く。


 ……「バカなことを言うな」、彼の目はそう物語っていた。


「お前は先ほどの話を聞いていなかったのか? ……無理なものは無理だ」


 突き放すような、冷たい声。心臓がぎゅっと縮こまるのがわかる。


 ……だけど。


「私にできることは、なんでもします。……この命を捧げたって、構いません」

「……なにを」


 アルティングルを見つめるメルレインの目に、驚きが混じった。


 それに目ざとく気が付いて、アルティングルは深々と頭を下げる。


「国のためならば、私は命を捨てる覚悟でございます。……それが、皇族としての務めでございます」


 母は言っていた。皇族ならば、民のために命を捨てる覚悟を持ちなさいと。


「民たちは、飢えております。……私一人の力では、なにも出来ないのでございます」

「……だったら、なんだ」

「あなたさまも王。……民たちが苦しむ姿を、見過ごせないという気持ちはわかるはずでございます」


 必死に訴えて、訴えて、訴えて。


 なのに、メルレインはなにも言わない。時折「ふぅん」というような声を漏らすだけだ。


「ならば、一つ聞こう。……その民たちが飢えているのは、一体誰の所為だ?」

「……っ」


 問いかけに、アルティングルは答えられなかった。


 唇を引き結ぶ。背中に嫌な汗が伝う。


「食糧難だから、水がないから。……それは、確かに一理あるだろう。……が」


 頭を下げるアルティングルの前に、メルレインが立つ。彼は、アルティングルの髪の毛を掴んで顔を強引に上げさせた。


「――その根本の原因は、お前ら皇族であろう?」

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