04.

 兵士の目を見て、はっきりとそう告げる。すると、兵士の顔が見る見るうちに赤く染まっていくのがわかった。


 本気の怒りを孕んだ目を向けられて、アルティングルは一瞬だけ怯んだ。……でも。


(陛下に断られるのならば、仕方のないことだと思える。かといって、謁見する前からあきらめるなんて……絶対に無理よ!)


 その気持ちだけで、兵士を見つめ続ける。先ほどまで好意的な笑みを浮かべていた兵士の顔は、完全に敵意を帯びていた。


 それを見ていると、胸がずきんと痛む。


 けれど、それを誤魔化すようにまっすぐに見つめ続けた。


「……だとしても、ナウファルの皇族など――」


 兵士が口を開こうとしたとき。不意に、すぐ近くから「そこまでだ」という声が聞こえてきた。


 地を這うような、低い声。なのに、聞いていてとても心地いい。確かな威厳を宿した声が、宮殿の廊下に響き渡る。


 自然と、アルティングルの背筋がピンと伸びた。


「その女は俺の客だ。……一般兵士ごときが、手を出すな」


 誰かの足音が聞こえてくる。大理石と靴がぶつかるような微かな音。それだけなのに、途方もない威厳を放っている。


 自然と首を垂れてしまいそうなほどに、強い声だった。


「は、はっ! ですが、陛下。……わた、しはっ!」


 兵士が冷や汗をたらたらと垂らしながら、深々と頭を下げている。


 だが、近づいてくる人物はなにも言わない。


「……お前がナウファルの第七皇女、アルティングルだな」


 その人物が、アルティングルの目の前に立つ。そして、ただでさえ鋭いその目を細め、吟味するような視線で見下ろしてきた。


 ごくりと喉が鳴ってしまった。


 背筋がゾクゾクとする。圧倒的な強者を前にすると、生き物とは逃げることさえままならないらしい。


 それを実感しつつ、アルティングルは必死に声の震えを抑え込み、首を垂れた。


「はい。私が、アルティングル・ナウファルでございます」


 抑え込んだ震えが、あっという間に表に出てきてしまいそうだった。


 強者の風格。絶対的な支配者。


 そんな言葉が似合いそうな男は、視線をアルティングルから先ほどの兵士に向ける。


「お前が俺のためにやったことであろうとも、俺にとっては邪魔でしかない。……失せろ」


 強い口調でそう命じられ、兵士は「はっ!」と大きな声で返事をし、逃げていく。


 ……アルティングルは、顔どころか頭を上げることさえできなかった。それほどまでに、圧倒的な存在感だったからだ。


「国の者が悪かったな。……謝罪する」

「い、いえ、そんなことは……!」


 兵士の気持ちも、わからなくはない。だって、自分は『あの』ナウファルの皇女なのだ。


 嫌悪感を持つどころか、憎んだっておかしくはない。


「……と、早速で悪いが、会談の場を設けている。……ついてきてくれ」


 男が踵を返して、歩き出す。なので、アルティングルも彼に続いた。


「あ、あの……」

「あぁ」


 アルティングルがおずおずと声をかければ、男は振り返ることなく返事をする。でも、咎めようとは思わない。


 そもそも、アルティングルには彼を咎める権利なんてない。


「お尋ねさせていただきます。……あなたさまは、メルレイン陛下……でございましょうか?」


 恐る恐る、そう問いかけた。


 この風格。あの態度。すべてにおいての、絶対的な君臨者。


 そんなオーラを醸し出す彼は、間違いなくこの大国の王だ。


「あぁ、そうだ。……自己紹介が遅れて悪かったな。俺がメルレイン・イルハムだ」

「い、いえ……」


 謝罪されると、逆に困ってしまう。


 アルティングルのその気持ちを読み取ったらしく、メルレインは口元を緩めていた。後ろからついて歩くアルティングルにも、それだけはわかる。


「俺はこの国の王ではあるが、あんたも国を治めている皇族だろう。……外交的な問題で、謝罪を惜しむことはない」


 彼がなんてことない風にそう言ってくる。


 ……その言葉に、アルティングルの胸はぎゅっと締め付けられた。


(けど、ダメよ。……弱みなんて、見せてはいけない)


 国同士の会談は、いわば腹の探り合いだ。たとえ相手が格上だったとしても、易々と弱みなど見せてはならない。


 その一心で、アルティングルはぎゅっと唇を引き結ぶ。


 そうしていれば、メルレインが立ち止まった。そして、側にあった扉を開ける。


「……入ってくれ」

「あ……はい」


 促されるがままに、アルティングルはその部屋に入る。


 瞬間、アルティングルの視線は奪われた。


(な、に、なんて、美しいの……)


 装飾をふんだんに使った室内は、煌びやかどころの騒ぎではない。しかも、センスよく配置されているためなのか、ごてごてとした印象は与えてこない。


「そこに座ってくれ」


 室内に見惚れるアルティングルの隣を通り抜け、メルレインが部屋の中央を陣取るソファーに腰掛ける。


 ……ハッとして、アルティングルも指定された席に腰を下ろした。


(ソファーもふかふかだわ。……なんだか、別世界に来たみたい……)


 この国に来てからずっと思っていたことを、また思う。


 しかし、その気持ちは必死にねじ伏せた。今はとにかく、目の前の支配者との会談が先決だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る