03.

 宮殿につき、アルティングルは見張りであろう兵士に声をかけた。


「本日、陛下に謁見をお願いしております。ナウファルのアルティングルと申します」


 軽く頭を下げてそう言えば、兵士はなんのためらいもなく深々と頭を下げる。


「お待ちしておりました」


 彼がすぐにそう言ったことに、アルティングルは驚く。


 だってまさか。兵士にまで自分の訪問を知られているなんて、思わないじゃないか。


「陛下が応接間にてお待ちになっております。……ご案内、させていただきます」


 兵士にそう声をかけられて、アルティングルは控えめに頷いた。すると、その兵士は別の見張りの兵士に声をかけ、宮殿の豪華な門を開ける。


「では、行きましょうか」

「は、はい……」


 彼に言われるがまま、アルティングルは宮殿の中へと足を踏み入れる。


(……わぁ、なんて、美しいのかしら……!)


 宮殿の中は、まさに豪華絢爛という言葉が似合う空間だった。


 むしろ、この空間以上にその言葉が似合う空間など、アルティングルには想像もできない。


 きょろきょろと宮殿の中を見渡していれば、兵士に「アルティングル殿下」と名前を呼ばれた。


 そのため、ハッとしてアルティングルは視線を彼に向ける。


「あ、あの、申し訳ございません。なんというか、素晴らしい空間だと思ってしまいまして……」


 肩をすくめてそう言えば、兵士は「いえいえ」と言いながら手を横に振る。


「いらっしゃったばかりですと、皆さまそんな反応でございますよ。……ただ、陛下の前では、あまりそういう風な態度は取られないほうがいいかと」

「そ、そうですよね……」


 どうやら彼はかなりフレンドリーな性格らしい。


 それを察しつつ、アルティングルは彼に連れられるがままに宮殿内を移動していく。


「ところで、アルティングル殿下の母国はナウファルだそうですね」


 彼が前を向いたまま、そう言う。……ほんの少しの躊躇い。その後、頷いた。


「ナウファルは、とても小さな国でございます」


 アルティングルは目を伏せてそう告げる。


 この砂漠には無数の国がある。ナウファルはその中でも弱小国に位置づけられる、こじんまりとした国だ。


 三大国にも、新進気鋭の二国にも属さない。本当に小さな小さな国。


「イルハム国の足元にも、及びません」


 実際、それは間違いない。


「ですが、私にとってはとても大切な母国なのです。……ですので、無礼を承知のうえで、陛下にお願いを」

「……さようでございますか」


 兵士の声が、ほんの少し冷たいような気がした。


 その所為で、アルティングルはごくりと息を呑む。


「ですが、ナウファルの皇族は、とても傲慢だと聞いております」


 ……彼が、振り返ってアルティングルを見つめた。


 自然と眉間にしわが寄ってしまう。


「民たちから搾取し、虐げていると聞き及んでおります。……そんな皇族のお一人であるあなたさまが、本当に国を大切に思われているのですか?」


 ぎゅっと心臓が締め付けられるような感覚だった。


 喉がカラカラに渇いていく。……あぁ、ダメだ。弱気になってしまったら。


「うちから支援を受けたいという国は、無数におります。……が、陛下はどの国に対しても平等にお断りをしております」

「そ、うですか」

「合わせ、ナウファルを支援するなど、このイルハムの民が許さないでしょう」


 唇をぎゅっと噛んだ。兵士の目が、怪しい色を宿す。……いたたまれなくなって、足を止めた。


 胸の前で手を握りしめた。


「このまま陛下の御前で恥をさらすくらいならば、お帰りになったほうがよろしいかと思いますよ」


 兵士がそっと扉を指さしてそう告げる。……彼は、初めからこのつもりだったのだろう。


 それに今更気が付いて、アルティングルは恐ろしくなる。この国は、ナウファルとは全然違うのだと思い知らされた。


「だ、としても……」

「はい?」

「だとしても、私は陛下にお会いせねばなりません」


 だけど、ここまで言われたとしても。ここで引くだなんて、ありえない。


(だって、そうじゃない。恨まれようが、嫌われようが。私はナウファルの皇族なのよ)


 亡き母は言っていた。民たちとはいわば家族であり、守るべき存在なのだと。


 たとえ父が、異母兄や異母姉が、民たちから搾取しようとも。……アルティングルだけは、凛とした皇女でいたかった。


 民たちのために、動きたかった。


(それが、私とお母さまとの約束だもの)


 握った手に、自然と力がこもる。兵士をまっすぐに見つめるその桃色の目は確かな強い意思。


「私は、ナウファルの皇女でございます。……民たちを守るのが、私の義務でございます」


 凛とした声で、そう言う。瞬間、開いた窓から吹いてきた風が、アルティングルの金色の髪の毛を揺らした。


 じっと兵士を見つめて、アルティングルは言葉を続ける。


「そのためならば、私は矢面に立っても構わない。……そう、思っております」


 脚ががくがくと震えている。干からびてしまいそうなほどに、喉が渇いている。


 身体中の水分が抜けていくような感覚。


 でも、いや、だとしても。


「私は、なにがなんでも国を守るのです。それが、私の誇りであり、生き方ですから」


 アルティングルには矜持がある。生き方がある。


 ……そのためならば、自分がどうなろうが構わない。そう、確かに思っている。

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