第2話 押してみたら
そうか・・・・・・そうだった。
スタートボタンを押すと、まるで霧がすぅーっと晴れるみたいに、私の記憶は戻っていく。長い長い私の人生。そこで感じた無数の感情。そして、なぜいま私はここにいるのか。すべてが、明らかになっていく。
私は人間ではなかった。かといって、ロボットでもなかった。私は神様だった。
神様。とある小さな神社に
年齢は多分、千才くらい。神様である私は、いつの間にか発生していた。具体的にこの日に生まれた、という存在ではなく、気がついたらこの世に存在していた。そんな感じだった。
ひっそりと、私はその小さな神社で、神様としての日々を過ごしていた。長い時間のなかで、沢山の人がここを訪れた。歴史の流れを、沢山の戦乱を見てきた。沢山の人たちの愛を、死を、日常を、町の片隅にあるこの神社から、ずっと見続けてきた。
私はただ、穏やかな心でそれらすべてを認識して、受け止めてきた。神様らしく、常に心は平常心。
だが、あるとき事件は起こった。凪のように静かな私の心が、波打ち、さざめく出来事が。
数ヶ月前から、私の神社にいつもやってくる青年が一人いた。年の頃は二十代後半くらいといったところ。
青年は、いつも金曜日に神社に参拝に来た。毎週欠かさず。そして、財布からお金を取り出し、賽銭箱へと放り込む。それが青年のいつものルーティンだった。
どういうわけか、私はその青年を他の参拝客以上に注意深く観察した。いま思えば、それがすべての間違いのもとだったのかもしれないけれど。
ある日のこと。いつも通りに青年がやってきた。
そのときの青年を見て、私は強い違和感を感じた。いつもと雰囲気が違う。いつものひっそりと慎ましやかなオーラはなく、暗く悲しみに満ちた、ほとばしるほどの負の感情が、全身から溢れだしていた。
青年は無造作に財布をポケットから取り出すと、紙幣を賽銭箱に乱暴に投げ込み始めた。一万円札が、五、六枚。それから財布を逆さまにして、残った小銭をすべて注ぎ込む。そして、怒りに満ちた足取りで、神社を去って行った。
去りゆく彼の後ろ姿を見ながら、私はすぐさま気付いた。彼はこれから――今すぐにではないが、近いうちに――自死するのだ。私は神様だ。それくらいなら、分かる。
その途端、私の心は激しい動揺に襲われた。どうして、と自分でも疑問に思うくらいに。
彼を助けなきゃ。でもどうやって?
そうだ――と私は閃く。こういうときには、この地方一帯を統括する神様の長――
私は、急いで大神様の元へと向かった。
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