第5話尺菜毛村のお嬢様

尺菜毛村は大阪市内から車で三時間のところに存在する。奈良県と和歌山県の県境の山深いところにある。

僕は一ノ瀬さんの運転する車で、その尺菜毛村に向かった。

うっそうとした木々が生える山道をぬけ、視界が開けた。そこは誰もがどこかで見たような、それでいて初めて見るような田園風景であった。

さらに畦道をぬけると映画にでてきそうな和風のお屋敷が見える。

その前に車は停まる。

一ノ瀬が言うにはこのお屋敷が尺菜毛館だということだ。

政財界の大物たちがお忍びでくることもあるという老舗温泉旅館だ。


僕はその尺菜毛館のとある大広間に通された。

長机が置かれており、その奥に一人の女性が座っている。

黒髪が美しい、白いワンピースを着た女性だ。


彼女は立ち上がり、僕の方に歩いてくる。

えっ、思ったよりもはるかに背が高い。

目測だけど身長が百九十センチはあるんじゃないかな。たわわに実ったスイカのようなおっぱいが目の前にある。

僕は見上げるように彼女の顔を見た。

あの写真で見た尺菜毛八千代さんだ。

美しい笑顔で僕に話しかける。

「こんにちわ、里中さん。わたくしは尺菜毛しゃくなげ八千代やちよと申します」

まさに鈴がなるような美声であった。


「さあさあ、お掛けください」

尺菜毛八千代さんに進められ、僕は椅子に座る。

机を挟み、尺菜毛八千代さんも腰かける。なんとその特大巨乳が机の上に乗っていた。

なんともぽよよんとしていて、触れたい欲望にかられる。さすがにそんなことはしないが。


僕が座ると和服姿の少女が目の前にお茶を置く。おかっぱ頭の猫顔のかわいらしい少女だった。何故か鈴木里江を思いだしてしまった。これはいけない。これからお見合いするのに他の女性が頭をよぎるなんて。

僕は頭の中から鈴木里江を追い出した。


「それでは私はこれで……」

一ノ瀬さんは退室する。


一ノ瀬さんが退室するのを見計るように尺菜毛八千代さんが立ち上がり、僕の隣に座った。

あれっお見合いって向かいあってするものじゃないのかな。

「あなたに会いたかったのですよ、里中さん。一ノ瀬さんから連絡を受けてからこの日を待ちわびていたのです」

そう言い、尺菜毛八千代さんは僕の手をとる。

その手は柔らかくて温かくて、気持ちよかった。

僕は耳の先まで熱がこもるのを覚えた。

吐息が頬にあたるまで彼女は顔を近づける。

その吐息は甘くて、爽やかでいい香りだった。

間近でみるその横顔は宝石のように美しい。


尺菜毛八千代さんは僕の手をとり、なんと自分の胸にあてた。柔らかい感触が皮膚に伝わる。

彼女は何をするのだ。

「ほら、わたくしの心臓はドキドキしています。それはあなたを目にしたからですよ」

むちゃくちゃ嬉しいことを初対面の彼女は言ってくれた。

その言葉を聞き、僕は瞬時に好きになってしまった。童貞なんてこんなものだ。


僕の手を離した八千代さんは頬に触れる。

触れられただけで意識が飛びそうなほど心地良い。

「あなたもドキドキしていますね」

にこりと八千代さんは微笑む。


「尺菜毛さんは旅館を経営されているのですよね」

僕はきいてみた。

頭の中はぼんやりしている。

徐々に八千代さんの綺麗な顔と豊満な体のことしか考えられなくなってきている。


「ぼっぼっぼっ……」

八千代さんは急に奇妙な単語をぶつぶつという。

「ええ、そうです。温泉旅館を営んでおります。もし里中さんと結婚したらあなたがこの旅館のオーナーになるんですよ。それにこの辺りいったいの土地や山林も尺菜毛家のものなのです」

ということは尺菜毛八千代さんは旅館の経営者だけでなく大地主ということか。

地方のお金持ちといったところか。

これはもしかして逆玉になるかもしれない。

それに巨乳の絶世の美人だし、まさに文句のつけようがない。

背が高いのも僕はいっこうに気にしない。

これほどの美人なら、むしろそれは魅力の一つだ。


「わたくし、料理が好きなんですけど里中さんの好物は何ですか?」

八千代さんがきく。

お見合いらしい質問だな。

料理上手か。こんなに美人なのに料理上手なんて嬉しい限りだ。

「唐揚げとかハンバーグとかかな」

僕は子供っぽい返答をする。

「あら、わたくしの得意料理ですわ。よろしければ今夜我が旅館に泊まっていきませんか。ぜひわたくしの手料理を食べていただきたいですわ」

うふふっと八千代さんは微笑む。


またあの山道をかえるのはうんざりだ。

僕は八千代さんのすすめで、尺菜毛館に泊まることにした。


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