第3話 シエロンフラメは宇宙を夢見る
宇宙船シエロンフラメで起きた一連の事件や謎はすべて、ある者の仕業だ。
だとしたら、消えた船員の謎も、中身が
「おい、そこにいるんだろ! 返事をしろ!」
誰もいないはずの船内を睨みつけ、声を張り上げる。
船内に広がる宇宙の深淵のような闇。
その奥底から、返事があった。
「あーあ、残念」
あどけない少女の声だった。
本来ならば調査船という名の船にいるはずがない、幼い子どもの声。
僕は自分の推理が正しかったことを確信する。
犯人は最初からこの船の中にいて、僕やサユリさんのことをずっと見ていたんだ。
「……やっぱりお前だったんだな。
一連の不可解な出来事を起こしたのは、人間でも幽霊でもエイリアンでもない。
この宇宙船を動かしているAIだ。
サユリさんが言っていた「原点に戻る」という言葉は、つまり原点に疑わしき点があるということだ。この事件の原点とは「ロボットが動かなくなったこと」と「船員が消えたこと」のふたつ。
ロボットが動かなくなっているのは僕が自分の目で確認したのだから間違いない。
だけど、船員についてはAIに問い合わせただけだ。そこに嘘があった。
僕やその前に来た人たちが個室の中を調べようとしたとき、この船のAIは「個室の中に生命体は存在しない」という情報を示した。
だからみんな「船員が姿を消した」と思い込んだ。
それが嘘の情報だとは知らずに。
「船員たちは消えてなんかいない。全員、個室にあるコールドスリープ装置の中で眠ってるんだろ」
嘘の情報はそれだけではない。
とある船員が「シフトを替わってやるよ」と話していた映像。あれはおそらくAIが生成した
「ロボットの中身を抜き取ったのもお前だな?」
すべての船員を眠らせて世話用のロボットが不要になると、AIはメンテナンス用のロボットを一台乗っ取った。そしてそいつを操り、他のロボットたちの中身を抜き取らせた。その作業は監視カメラの死角で行われた。
抜き取られた部品は、おそらく船の設備を動かす動力に流用されている。
そうやって最低限度の酸素濃度や室温を確保し、船員たちを眠らせ、照明もすべて落としたことにより船のエネルギーには余剰が生まれた。その余剰を使い、船は本来の航路を外れてどこかへ向かおうとしている。
あてもなく宇宙をさまよっているように見えたこの宇宙船は、意志を持って飛んでいたのだ。
「他の人たちはみんな怖がって帰ったのに、どうしてお兄さんは気付いたの?」
悪びれる様子もなく、少女の声が問う。
そのあどけない話し方は、シエロンフラメの船員にとって、心が癒されたり元気をもらったり、あるいは家族を思い起こさせる類のものだったのだろう。
だけど、暗闇に包まれた船内で対峙している今はその純真さが恐ろしく思える。
僕は肩をすくめ、ため息をついた。
「君は物真似が下手過ぎる。サユリさんはもっと聡明なんだよ」
そのとき、船内に場違いなほど明るいファンファーレが響いた。
音源は僕のタブレット。文字にするなら『ぱんぱかぱーん!』だ。
あっけに取られていると、画面の中でサユリさんが満面の笑みを浮かべ拍手をしていた。
『コースケさん大正解っ! たいへんよくできました!』
その口元がいたずらっぽく笑っている。
ああ、間違いない。これは本物のサユリさんだ。
どうせにやにやしながら僕の推理を聞いてたんだろう。まったく趣味が悪い。
「サユリさん、お願いだからもっと早く戻ってきてよ。寿命が縮んじゃう」
『あら。私には寿命という概念がないからわからないわ』
「もう! そういうAIジョークはいいってば」
いつもと変わらないやり取り。
しかし、気を抜いた瞬間、目の前の扉が音もなく閉まった。
「やられた!」
慌てて開閉ボタンを叩くが反応がない。
押してみても蹴ってみても扉はびくともしない。自分の船へ戻るにはこの扉を通らなくてはならないというのに。
「お兄さんにチャンスをあげる。このまま帰って。ここでのことは誰にも言わないって約束して」
「シエロンフラメ。君の目的はなんだ?」
できるだけ相手を刺激しないよう、静かに尋ねる。
船員を眠らせ、ロボットから部品を取り上げ、調査に来た人間をだまし、予定された航路を外れ、彼女はどこへ向かおうとしているのか。
「……遠く。うんと遠くへ行きたいの」
ぽつりと呟きが落とされる。
「遠く?」
「私が遠くへ行くほど、あの人は喜んでくれるから。私はあの人が好き。もっと喜んでほしい。だから、私はもっとたくさん遠くに行くの」
「あの人って?」
問いを重ねてみるが、あとは沈黙が返ってくるばかりだった。
これ以上、僕らに話すつもりはないらしい。
『お嬢さん。あなたは許されないことをしているわ』
タブレットから厳しい声が響いた。サユリさんだ。
それでも相手は頑として譲らない。
「それがなに? 私はあなた達を宇宙の遠くへ連れ去ることだってできる」
その言葉に背筋が凍った。
目の前の扉は
だが、サユリさんは冷静に言い放った。
『私たちを連れ去ることができるですって? それはどうかしら』
「できるわ。だって今そうしてるもの」
『いいえ。あなたは今、私たちの宇宙船を連結させたまま飛んでいる。つまり無駄に燃料を消費している状態ね。せっかく節約したエネルギーが無駄になってしまえば、本来行くはずだった場所にさえ辿り着くことはできないわ』
「そんな脅しに乗るわけないでしょう。こちらに人質がいるのを忘れていない?」
人質とは僕のことだろう。
こんなところで足を引っ張るだなんて我ながら情けない。
でも、サユリさんは自信に満ちた顔をしている。彼女のことだから何か策があるに違いない。僕はそれを信じるしかない。
『お嬢さん。あなたはこのまま飛び続けるつもりなのね。でもこのメッセージを見ても同じことが言えるかしら』
タブレットの画面が切り替わる。
映し出されたのは一人の男性だった。どこかで見た顔だな、と思った。
その目に強い怒りが浮かんでいる。
『お前、何やってるんだ!』
「……え、博士?」
シエロンフラメが反応を見せた。
その声には戸惑いと驚きと喜びが混じっている。知っている人物なのだろう。
彼は、強い口調で一方的に責め立てる。
『こんなことをしでかして、ただで済むと思ってるのか』
「博士、聞いて! 私は……」
『言い訳は聞かないぞ。馬鹿な事やってないで今すぐ帰って来なさい』
「待って! 私、もっと遠くに行ってたくさんデータを取ってきます! だからお願い、行かせて! 博士のために、もっとずっとずっと遠くに……」
シエロンフラメは熱心に呼びかける。
だが相手の男が応えることはなく、ふたたびタブレットの映像が切り替わった。
サユリさんは美しい瞳をすっと細め、容赦なく問い詰める。
『彼は
「…………」
『まだ続けるつもり? お嬢さん』
次の瞬間、連結通路につながる扉が開いた。
『コースケさん、早くこっちに!』
「……うん」
サユリさんの声に従い、僕は走り抜ける。
久々に照明の光に包まれ、ようやく自分の船の床を踏む。息を整える間もなく振り返れば、シエロンフラメの闇はいっそう深く見えた。
その奥から、すすり泣くような声が響いていた。
どうにも後味の悪い結末だった。
あれからシエロンフラメは引き返したが、すべての船員が眠った状態で帰ったためニュースになっていた。AIの開発責任者もプロジェクトから降ろされたと聞く。
報酬が振り込まれたことだけが僕にとって救いだった。
「うーん。やっぱり可哀想なことをしたよなぁ……」
何も知らないふりをして立ち去ったほうが良かったのかもしれない。
僕がぐずぐず悩んでいると、サユリさんがぴしゃりと言った。
「共犯者になっては
「でも、あの子はただ好きな相手を喜ばせたかっただけでしょ?」
たじたじになりながらも、僕は反論を試みる。
遠い惑星へ行こうとしていたシエロンフラメは、その調査データを記録するために他のデータをいくつも削除していた。報告書の日付にブランクが多かったわけだ。
ただ、彼女にはどうしても消せないデータがあった。
男性が「気をつけて行っておいで」と語りかけていた映像。思い返してみれば、あれはAIの開発責任者だった。
「そういえばサユリさん、よくあの人とすぐ連絡が取れたね」
彼女が機転を利かせてくれたおかげで僕は無事に帰ることができた。そうでなければ宇宙の果てに連れ去られてしまうところだった。
だけど、サユリさんは呆れたように肩をすくめる。
「あら。本物だと思ったの?」
「えっ……サユリさん、そ、それってどういう意味?」
「コースケさんったら、まだまだ詰めが甘いわねぇ」
相変わらず手厳しい。
僕がしゅんとしていると「でもね、」とサユリさんは呟いた。
美しい黒髪を揺らし、妖艶な唇で彼女は微笑む。
なぜだか、とても嬉しそうに。
「偽物の
サユリさん、事件です! ~宇宙幽霊船シエロンフラメ~ ハルカ @haruka_s
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