第2話 謎を解く鍵はすべて物語の中に
原点に戻る、と言われて僕はあることを思い出した。
「そういえば、船のデータをもらってたよね」
『ええ。船外カメラと船内カメラの映像、船員同士の船内通信の記録、外部から受信した映像、本社への報告内容、あとは船の設計図もね』
一度ざっと目を通してはいるが、改めて見たら何か気付くかもしれない。
まずは船外のカメラの記録映像に目を通す。だが、外部の何者かが乗り込んできて人やロボットをさらっていった様子はなかった。
つまり一連の出来事は宇宙船シエロンフラメという密室の中で起きたことになる。
次に本社への報告内容をチェックすることにした。
どうやらあまり小まめに報告が行われていなかったらしく、報告書の日付にはブランクが多い。報告内容によると航海は途中までおおむね順調だったようだ。
最後の報告は「ロボットたちが動かなくなった」という内容で、これは話に聞いていたものと一致する。
外部から受信した映像も覗いてみたが、こちらは誰かの家族らしき男性が「気をつけて行っておいで」と語りかけている一件のみで、解決の糸口にはならなそうだ。
次に船内カメラの映像をチェックする。
もしかしたらエイリアンや幽霊が映っているかもと身構えたが、再生された映像は船員たちが仕事をしているごく普通の光景だった。
もちろん、僕が見た真っ暗な船内ではなく、きちんと明かりがついている。
ここまで目立った手掛かりはない。
最後に船内の通信映像にも目を通すことにしたが、ほとんどが業務連絡ばかりだ。
最新データには二人の船員が通信している映像があった。
『予定よりずいぶん早く目が覚めちまった。退屈だからシフトを替わってやるよ』
『それは助かる。実はコーヒーを飲んでも眠くてまいってたんだ。今すぐコールドスリープ装置に飛び込みたい気分だよ』
二人はそんな会話をしていた。
資料によると、この調査宇宙船は少し遠い惑星まで行く予定らしい。数年単位での航海になるため船員たちは交替で
船内カメラには一人の船員が個室に入ってゆく様子が映っていた。コーヒーを飲んでも眠いと話していた人物だ。
僕は奇妙な点に気付いた。
シフトを替わってやると言っていた船員の姿が見当たらない。すべての監視カメラの映像を見ても、彼の姿はどこにも映っていなかった。
コールドスリープ装置は各個室に設置されているが、サユリさんの話が本当なら、個室の中には誰もいないはずだ。
それにもうひとつ不思議なことがある。
監視カメラに、通路の奥へ進んでゆくロボットの姿が映っていた。だけど、その先の映像を見てもそのロボットは戻ってきていないのだ。
一台だけではない。
ロボットたちは次々と通路の奥へ消えてゆく。
その先は監視カメラの死角になっている。まさに今、僕がいる場所だ。
通路の奥で、彼らは中身を抜かれて動かなくなっていた。
この船では、確実に
背中を冷たい汗が伝った。
『ところで、コースケさんは【ノックスの十戒】って知ってるかしら』
ふいにサユリさんが尋ねる。
「ノックスの十戒?」
『推理小説において守られるべきルールのことよ。その中のひとつに【探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない】というものがあるの』
「要するに、謎を解く鍵はすべて物語の中に書かれているということ?」
『簡単に言うと、そうね』
サユリさんはときどき難しいことを言う。
つまり彼女が言いたいのは、この事件の鍵はすでにそろっていて、渡された資料や船で見た光景のどこかにヒントがあるということだ。
「鍵って言ってもなあ……」
すぐに答えがわかるなら苦労はしない。
頭を抱えていると、タブレットの画面が突然暗くなった。
「えっ、サユリさん? ちょっと、悪い冗談はやめてよ」
どうせまた彼女のしわざだ。怖がる僕をからかっているのだろう。
案の定すぐ画面が明るくなり、見慣れた姿が現れた。
『ごめんなさい。通信状態が悪いみたい』
珍しいことに、彼女は素直に謝った。
いつもなら「あら、驚かせちゃったかしら。ごめんなさいね」なんて言うのに。
「もう、びっくりさせないでよ」
『この船では不可解な現象がいくつも起きている。これ以上、
相変わらず僕を子ども扱いするような言い草だ。
だけど、妙な違和感を覚えた。
たしかにこの船は奇妙なことばかりだ。でもサユリさんは何かをつかんでいる様子だった。それなのに「もうお帰りなさい」なんて言うだろうか。
それに、彼女は危険を承知で僕を送り出した。
はじめ彼女は反対していたのだ。僕には荷が重いからと。それなのに、僕が意地を張って押し通した。
依頼者を満足させる報告ができれば、それなりの報酬がもらえる話になっている。そうすれば美味しいものだって食べられるし、着古した服だって新調できる。
最近どうも関節部分の調子が良くないとぼやくサユリさんを修理に出すことだってできるし、うまくすれば自家用宇宙船の修理費も捻出できるかもしれない。
だから、僕はどうしても自分の力で事件を解決したかった。
言い出したら聞かない僕の性格を、サユリさんはよく知っている。
もう十年以上にもなる長い付き合いなんだ。僕らはお互いのことを嫌というほどわかっている。
――今、タブレットに映し出されているのは、
「お前は誰だ!」
尋ねた瞬間、ふたたびタブレットの画面が真っ暗になった。
通路が闇に呑まれて小型ライトの光だけが取り残される。
これはサユリさんの悪ふざけなんかじゃない。通信が途切れたのは別の原因があるはずだ。
「……サユリさん! 今そっちに行くから!」
自分の船に戻るため、僕は身をひるがえす。
空虚なロボットたちに見送られながら暗い通路を戻る。壁には機械類や操作パネルが隙間なく埋め込まれていて、そこから伸びる無数のコードが僕を絡め捕ろうとしている。留まっていては闇に呑み込まれてしまう。
前に進むことだけを考え、先を急ぐ。
気付けば息が上がっていた。自分の息遣いが耳障りだ。
心なしか船内の酸素濃度が薄い。温度も下がっている気がする。
先ほどまで聞こえていたモーター音が弱々しくなっている。もしかしたらこの船の設備はまともに稼働していないのかもしれない。
ようやく、闇の中にぼんやりと光が見えてきた。
目の前に一枚の扉がある。この先は宇宙船同士を連結する通路になっていて、光は前方から漏れている。
この通路さえ越えれば、もう自分の船の中だ。
扉の開閉ボタンを叩くように押す。
音もなく扉が開き、僕はその先へ踏み出した。
だが、ふと足が止まる。
――どうも、何かが引っかかる。
心の中に落ちた小さな違和感がゆっくりと広がり、さざ波を立てる。
こういうとき僕の勘はよく当たる。
「……この扉、さっき閉めたっけ」
目の前にある扉は自動式ではない。
壁にある開閉ボタンを押さなければ動かないはずだが、僕はそのボタンを押した記憶がない。シエロンフラメは濃い闇で満ちている。その中をおそるおそる進む僕が、わざわざ自分の退路を断つように扉を閉めるはずがない。
ひとつの小さな違和感が、波紋を広げる。
人の気配を感じない不気味な船内。
低すぎる酸素濃度と温度。
照明の消えた通路。
それに、外部との行き来を断つように閉まっていた扉。
点は線となり、ひとつの仮説を生む。
――
もうひとつ気になることがある。
さっきタブレットに映っていたもの。あれはいったい何だったのだろう。
見た目はサユリさんにそっくりだったけれど、明らかに
何者かが通信をハッキングして虚偽の映像を流した?
あるいはサユリさんのAIを書き換えた?
もしそんなことができる者がいるとしたら――。
「……そうか!」
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