◆第三章⑰ 帰還
「ハーディーさん、ハーディーさん!」
テオがハーディーに声をかけた。
「もしかして、ハーディーさんは、グライフさんと同じ、元聖騎士なんですか?」
「…………。あぁ、まぁな……。もう、ずっと昔の話さ……」
ハーディーはあまり語りたがらなかった。
(そうなんだ‼ スッゲー! かっこいい‼ さすが『俺のハーディー』だぜ……)
俺は『聖騎士』という響きに興奮していた。
(いや、ちょっと待てちょっと待て……。何が『俺のハーディー』なん⁉ ヤバいヤバい……俺、今、マジでちょっとキモ過ぎだろ……自己嫌悪に陥るわ……)
俺は独りで勝手に目を輝かせて興奮した後、「ズーン……」と沈み込んだ。
「ちょっと! テオ君、テオ君!」
ブラダがテオを引っ張り戻し、小声で話しかけた。
「ハーディーにその事を聞くのはタブーなの‼ 辛い過去があったんだから……」
「えっ! そうなの⁉」
(そ、そうなのか……気を付けよう……)
俺は心の中で呟いた。逆に今度は俺がテオに質問する。
「それなら、テオのボスだったグライフって人は、どうして聖騎士から盗賊に……?」
「あぁ、それこそグライフさんにとって、タブーだったのかも……? オイラも聞いた事がないや……」
「元聖騎士の方々って、色々あるのねぇ……」
ブラダがしみじみ言った。
「む~ん……」
俺達は3人して唸った。
「おい、もうすぐ到着じゃ! ハイマー村が見えてきたぞ‼」
ビトが叫んだ。
立体的な断崖の村が見え始めた。本当に、断崖絶壁に建物が建てられ、明かりが灯されている。地震が来ても大丈夫なのか心配するような建てられ方だ。
断崖絶壁の建物は、夜中に遠目から見たら、田舎の村ではなく、都会のビル群に見えなくもない。夜景が美しい。建物と建物の間に、滝が流れている。何という素敵な光景だ。
「テオ君。その服は、疑いを持たれる可能性がある。柄の部分は裏返しておけ」
ハーディーが入村する前にテオに忠告した。「わかった」とテオは素直に従った。
「これが、ハイマー村……‼」
俺はハイマー村のその全貌にワクワクして、テンションが上がった。
「やったー‼ ハイマー村に、遂に到着ゥーッ‼」
バァーンッ‼
「わぁ~いっ!」
俺とテオはテンションが爆上がりして、2人で駆け出した。
「これこれ、夜道の下り坂でそう走ると……」
ビトがお爺ちゃんのように呟いた。
ガッ! ズコォオォーッ‼
俺は思いっ切り岩に引っかかって転んで、おでこを擦りむいて、鼻血を出した。
「い、いだぁい……」
「もう……あんなに強いのに、何でこういう時はこうなの……? エレメ・ピセラ! アンド、モーイ・モーイ・スクーン‼」
ブラダは回復魔法と浄化魔法を使って、すっ転んだ俺の怪我を治して、汚れも綺麗にしてくれた。まるでお母さんだな。俺はブラダに甘えっぱなしで、ちょっと情けなくなって、反省した。
「ごめん、ありがと……」
何故か、不機嫌な顔をしてしまった。恥ずかしくて素直になれない。子供か!
いや、そうなんだ。もはや俺は、子供になっていた。大人の記憶を持って、子供に戻りつつ、しかも女の子になってしまったのだ。ややこしい。精神的に一番近いのが10歳児のテオの可能性すらある。マズいぞ……これは……‼
でもこんな光景見たら、目が星になっちゃう。少年の心を思い出させてくれる光景だ。
俺は振り向いて、改めてみんなにお礼を言う事にした。
「ブラダ、ビト、ハーディー、ランバート君、テオ、そしてアルル~?」
アルルをむにむに。「ン~!」とアルルは鳴いた。
「みーんな、ありがとう‼ ボクが帰って来れたのは、みんなのおかげだよっ!」
「良かったねぇ……レイリアぁ~‼」
ブラダが腕を広げて、ハグをした。ブラダは涙目だ。
「ブラダも一緒でしょ?」
「そ、そうだね~。私もだぁ~。ひーん……」
ブラダも泣いて喜んだ。しっかりしてるけど、ブラダだってまだ10代の子供なんだ……。俺がもっと大人にならなきゃ……‼ ……なれるのか? いや、なるんだ。
「オイラは初上陸だ~! ここって温泉が有名なんでしょ⁉ 入りたいなーっ!」
「え~、ボクも入りたい! テオ、アルル、あそこの門の所まで駆けっこしよっか? よーい、ドンッ!」
俺はアルルを降ろして、テオと関所の門の所まで駆けっこした。
「おいおい、またか……困ったもんじゃのぉ……」
ビトとハーディー、大人組は苦笑いしつつ、優しく微笑んで見守っていた。
「はい、一着~!」
続いてアルルが到着して、遅れてテオが到着した。
「ちょっとー、レイリア姉ちゃん速過ぎるよ! 勝てるわけないじゃん……」
ブラダとランバートもゆっくり笑顔で駆けて来た。
俺達は遂に、ハイマー村に無事、帰還した‼
俺の人生で最も長く過酷な『1日』がようやく終わる。
◇ ◇ ◇
その日の夜、テオは師と仰ぐ〈ビトの仮住まいの洞窟〉で一晩を過ごし、悪夢を見た。
山岳地帯の崖の上。おそらく強力な敵を倒したのだろう。テオとレイリアは勝利に沸き、談笑していた。しかし、テオは何かに見られているような重苦しさを感じた。
ふと空を見上げると、少し渦巻いた窪んだ眼のような雲があり、凝視されているような不快感を覚えた。
近くの崖の上では、吟遊詩人が『リュート』に似た弦楽器の弾き語りをしていた。
テオが渦巻く雲を指差し、レイリアと共に空を見上げた。
その時、眩い星のような閃光が〈複数〉見えた。テオの背筋に悪寒が走る。
刹那、テオはレイリアの衝撃魔法で吹っ飛ばされ、気付くと地面に転がっていた。
右手で衝撃魔法を発動したレイリアは、ほぼ同時に左手で多重の魔法防壁を展開していた。
幾重にも重なった魔法防壁の厚みは1メートル程の分厚さで、非常に強力だ。
全てが一瞬の出来事だった。吟遊詩人の胴体が、首を残して四散した。空に見えた複数の閃光は、コンマ数秒で次々と着弾した。それは火竜や火蜥蜴のような〈何か〉だった。
土煙が舞い、視界が遮られる。耳鳴りがして何も聴こえない。
静寂の中、スローモーションのようにゆっくりと、様々な物体が空中を舞っている。
いや、正確には吹き飛ばされている。
岩石や木片、破壊された剣や鎧、馬や人の一部とわかる肉片、手足や頭部……。
立ち尽くすレイリアの口から、泡立った血が溢れ出した。
テオは数メートル先で倒れていた。
テオは薄れゆく意識の中でレイリアの腹部に空いた大きな風穴を目の当たりにした。
彼女の腹部は、大きく抉られている。肋骨が露出し、千切れた肉片が垂れ下がっている。装具ごと吹き飛び、肋骨どころか背骨が見えている状態で、今にも心臓が落ちそうな状況に見えた。傷口は焼かれ、出血は少なく見える。
テオは倒れたままレイリアを見つめ続ける。
次第に視界がぼやけ、プツンと意識を失った。
そこで目が覚めた。テオは汗だくで、ガバッと上半身を起こした。
「……はっ⁉ ハァ、ハァ……。い、今の……、ゆ、夢? ……夢……だよな?」
〈ビトの仮住まいの洞窟〉の中には、朝日がわずかに差し込んでいる。
一緒に寝ていたはずのビトは先に起きたのか、その場にいなかった。
「……そ、それにしても、あ、あまりにも
テオは蒼褪めた顔で呟いた。
テオの悪夢は予知夢なのか、彼の不安は的中する事が多かった。
彼には予知能力に近い不思議な力があるようだ。
第三章 終
第一部 完
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ここまでお読み頂き、ありがとうございました!!
以上で第一部は『完結』のステータスに変更する予定ですが、
物語全体としては、以後、下記のように続きます。
外伝
・聖騎士編(ハーディーとグライフの過去編)
第二部
・日常編→修行編→戦争編
第三部
・魔竜編→魔人編→エピローグ
ある程度書き上げてから一気にアップしていきますので、お楽しみに!!
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