◆第三章⑯ 想定外(後編)
グライフ達は『魔布の袋』に大量に圧縮した道具を詰め、洞窟アジトのエントランスとなる広い空間に戻って来た。
「……よし。……ブレン、下に戻って、一気に焼却してくれ。お前は、自分の火炎魔法で火傷しないはずだよな?」
「もっちろんスよ~。俺に任せて下さい」
ブレンが得意なのは火属性の火炎魔法だが、水属性の防火魔法『エルド・ヴォルン』も体得していた。さらに、レイリアが感じたような〈焼かれる痛み〉も防ぐ事ができた。
「いいか。〈牢屋の間〉に通じる通路には、扉がないから、火の手がここまで来る可能性がある。防火魔法をかけた魔布と板で、簡易的に〈防火扉〉を作って、外れないように俺が拘束魔法をかける。縦に伸びる換気孔があるから、膨張した空気は上に抜けるはずだ」
グライフ達は、〈魔法の効果が染み渡る魔布〉と板を使って、〈簡易的な防火扉〉を作った。惨状があった〈牢屋の間〉に、ブレンがただ1人で入って行く。〈簡易防火扉〉を設置し、火の勢いで外れないように、グライフが拘束魔法をかけた。
「よし、良いぞ。俺達は離れて、様子を見る事にする」
グライフがロルフに指示した。
ブレンは1人で〈牢屋の間〉の中を歩き進む。前方はグロテスクな死骸だらけだ。
「それにしてもグッロいなぁ~。俺じゃなかったら発狂しちまうぜ……」
ブレンは魔布を口元に巻いて、焼却後の灰を吸い込まないようにした。
「さぁ~て、やるか……」
ブレンの全身から橙色の魔霊気が静かに燃え上がり始めた。
ブレンは5メートル程距離を取り、最も死骸が集中した場所に両掌を向け、左右の人差し指と親指で三角形を作り、目標を三角形の中心に据えた。両手で作った三角形の中心の前方に、火の気=
「あんたらの冥福を祈り奉るぜ。成仏してくれ! エルド・ヴラム……フローガ‼」
ブレンは上級火炎魔法『エルド・ヴラム・フローガ』を詠唱破棄で放った。
ボボボボボッ……と、焔の塊は激しい炎の渦となり、「ドゥッ‼」と、凄まじく激しい強さで前方に放出された。燃え盛る火炎が、ブレンの目の前の全てを巻き込み、燃やし尽くしていく。
ボンッ!
グライフ達が設置した簡易防火扉が、圧力で弧を描くように膨れ上がった。何とか拘束魔法の力で耐え、炎はわずかに漏れ出す程度で済んだ。
洞窟アジトの換気孔は岩山の上部の縦穴に繋がっている。取り付けられていた傘を吹き飛ばし、「ボォオオォォォォ……‼」と、岩山の上部から炎と煙が噴き上がった。
閉じた空間での爆発的燃焼。グライフとロルフは、ブレンの心配をした。
ロルフがグライフを見る。
「……ブレン、大丈夫ですかねぇ?」
「確認するぞ」
グライフとロルフも魔布を口元に巻き、簡易防火扉の拘束魔法を解いて中に入る。
グライフが中に入ると、燈火は全て吹き飛び、床で燃えていた。本物の火が消え、ブレンの魔法の炎で燃えているため、いずれ消えそうだ。『魔霊石ライト』も全て床に吹き飛ばされたが、落ちた床面で光を放っている。しかし燈火やライトがあるべき位置にないため、全体的に薄暗くなっている。牢屋の間の中は、「プスプスプス……」と至る所で火が燃えていたが、魔法の炎は鎮火が早く、徐々に消えていった。
光属性の魔法を得意とするグライフが光魔法『ヴァロルクス』で周囲を照らす。
すぐ手前までブレンが吹き飛び、倒れていた。全身、煤汚れで真っ黒だ。
「ブレン、大丈夫か⁉」
目が開き、真っ黒な中に白い目が現れた。ブレンは上半身を起こす。
「……ぶはっ‼ ……い、いてててて……。あ~、ちょっと強過ぎたかな……」
ガスが発生していたのか、火力が強過ぎたのか、理由は定かではないが、爆発的燃焼が起きた。死体が1体増えてもおかしくなかったが、ブレンは防火魔法で防火しつつ、魔霊気も全開にしたため、無傷だ。しかしその後、大量の煤を被ったようだ。
「ピュリフィカトル!」
グライフはブレンの煤汚れを、浄化魔法で一気に吹き飛ばした。浄化魔法は〈新しい汚れ〉であれば、どんな汚れも時間をかければ綺麗に消し飛ばす事ができる。
重要なのは、〈汚れの強さ〉ではなく、こびり付いていた〈時間〉によるためだ。半日以内の汚れであれば、かなり綺麗にする事ができる。しかし時間が経過した汚れは、浄化が難しくなる。遺跡のように長時間経過して積み重なった汚れには、効果が薄い。
ブレンの『エルド・ヴラム・フローガ』は、魔力を持たない遺体であれば、骨さえも灰にする威力ではあったが、全て焼き尽くせたわけではなかった。燃え残った骨が、ブレンとは逆方向に積み重なっている。
「だいぶ焼却できたようだな……さすがの火力だ。残りは弱めの火炎魔法と、俺の光熱魔法で焼き尽くして、浄化魔法で浄化すれば、惨状の痕は消し去る事ができるはずだ。残った骨は集めて、埋葬してやろう……。作業前に『魔霊石ライト』は元の位置に戻そう。ロルフ。矢文鳥で麓に逃げた奴等に、『もう安全だから、戻るように』伝えてくれ」
グライフがロルフに指示し、ロルフは「アイアイサー」と応えた。
フォルカーは意識を失っているセボに解毒薬を飲ませる事ができず、外側から胃に目掛けて〈注射針を差し込んで流し込む〉という〈荒業〉をやってのけた。開けた穴は回復魔法で治せるからだ。ガイウスには地道に回復魔法をかけ続けていた。回復魔法は便利なもので、複雑骨折した骨も、本来あるべき位置に戻す事ができるのだが、深い傷を治すのは時間がかかる。
「う……うぐ……。こ、ここは……洞窟アジトか……」
フォルカーが回復魔法をかけ続け、だいぶ回復が進んだガイウスが目を覚ました。
「お、目覚めましたね。うちの回復魔力は弱いから、まだ動かない方がええですよ」
「……グライフ隊のフォルカーか……。クソッ……お前らに助けられるとはな……」
「グライフさんの命令ですから……感謝して下さいね」
「チッ。……だが、礼を言う……。しかし何故、他に誰もいないんだ?」
「それはうちらもよ~わかりませんわ」
ロルフは矢文鳥を飛ばして戻って来た。
「お、ガイウス。目ぇ覚ましたんか」
「……ガイウス〈さん〉だろうが……三下が……」
「な、なんやと~⁉」
「まぁまぁ、ロルフ。まだグライフさんとブレンが処理中だから、手伝ってきな」
その時、「ヴォウォアゥオァアァァ‼」と獣の雄叫びが轟いた。
「……そうか。まだ魔狼は地下に残っているのか……」
ガイウスはニヤリとした。魔狼は、〈牢屋の間〉に通じる通路の手前で分岐した〈自然の洞穴のような通路〉の奥で繋がれている。
◇ ◇ ◇
既にザハールの指示を受けていた魔導師が、『蛇の霊薬』をコールソンに飲ませた。
「んぐっ……ぐうぅううううう」
突然、コールソンは苦しみ始め、上半身が反り返った。
「コ、コールソン⁉ ど、どうしたっ⁉」
トーマスが慌てて駆け寄る。しかしコールソンの顔色は見る見る蒼褪めていき、中空の一点を見つめるように目が虚ろになって、口から泡を吹き、ぐったりと倒れた。
「お、おいっ⁉ コールソン⁉ コールソン‼」
トーマスがコールソンを揺さぶるも、全く反応が無くなった。
コールソンは絶命した。
「……どうやら、蛇の霊薬が身体に合わなかったようだ……」
魔導師達はこの状況においても、無感情に冷たく分析をし始めた。
「此奴に蛇の霊薬を使うのは初めてではないはずだが……魔物の毒素と思わぬ反応があったのかも知れんな……仕方なかろう……。ザハール様に報告するぞ」
「お、お前ら……、仲間が……、仲間が死んだんだぞ……⁉」
トーマスは涙目になり、魔導師達と魔導師を率いるザハールに憤りを覚えた。
◇ ◇ ◇
ダンケルの下に、〈コールソン死亡〉の知らせが届いた。傍らにはザハールがいる。
ダンケルは酒を飲みながら、ソファーに腕を広げて深く座っている。目の前にあるローテーブルの上には、酒の他に『蛇の霊薬』が置かれている。
「ぎゃはっ! ぎゃははははははっ‼ コールソンの野郎、くたばっちまったって? やわな野郎だなぁ……」
「ひぇっひぇっひぇっ。蛇の霊薬が身体に合わなかったようですな……。もしくは、魔物の毒素と思わぬ反応があったのかも知れませぬ……」
「ぎゃはははははは! 俺はこんなに調子良いのになぁ……。かかっ、感覚も研ぎ澄まされてぇえぇ、誰にも負ける気がしねぇぜぇ~……。『蛇の霊薬』(こいつ)は、最高の薬だぁ~‼ ……おめぇには感謝してるよ……ザハール」
「お気に召していただき、光栄でございます……」
ザハールはニヤリとほくそ笑む。
数刻後。ザハールは再びこのキャンプ地で禁呪を発動した。
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