◆第三章⑯ 想定外(前編)
ザハールは三日月遺跡のトロールを一掃し、ダンケルが戻って行ったキャンプ地に戻って来た。幾つか直径4~10メートル以上の中型~大型のテントがあり、奥の崖の手前に、他より豪華なテントがある。これらのテントは、圧縮魔法技師によって極限まで小さくされて運ばれて来た物だ。
豪華なテントの奥のベッドで、グレースは眠っている。ザハールがテントに入った。
「ひぇっひぇっ……ダンケル様。三日月遺跡の魔物の駆除を完了しました。……グレース様の容態はどうですかな?」
ザハールがダンケルに問いかけた。
「しばらく目を覚ましそうにないが、明日には回復するだろう。グレースには高級な霊薬を与えた……」
「そうでございますか……ひぇっひぇっ……魔物にやられたコールソンには、蛇の霊薬を飲ませてもよろしいですかな?」
「構わん。好きにしろ」
「御意……」
ザハールは不気味かつ、不敵な笑みを浮かべた。
「ひぇっひぇっ……そうそう、それと、『伝説の魔剣』はどうされましたかな?」
「あぁ……、『ダーイン・スレイヴ』は、かなり錆び付いていた。ドワーフのブロックルに修復を任せている」
その時、テントの前に黒装束の男が馳せ参じた。ダンケル直属の黒蛇隊の男だ。
「お頭! 矢文鳥が届きました」
テント外から、黒蛇隊の男がダンケルに呼びかけた。
「入れ」
黒蛇隊の男は腕に烏の矢文鳥を乗せて入って来た。男は矢文鳥を止まり木に乗せる。
「よし、話せ」
ダンケルが矢文鳥に命令すると、矢文鳥から人間の男の声が発せられる。
「あ、あっしは、洞窟アジトにいたデイロスです! い、今は、麓の洞穴に退避しています。 お、おお、恐ろしい事件が起きて……、じ、じじ……、10人以上殺されました‼ デヴィアンも! エッケンも! トリコスも殺された……‼ ……し、少女の……、か、かかか……髪が白い少女の魔物の仕業だ……‼ だ、だだっ……誰なんだ⁉ あ、あ、あんな悪魔を連れて来たのは……? ……あ、あぁ、あぁ! そ、そうだ‼ ま、魔狼が、魔狼が1頭逃げて……、グ、グライフさん達は、ま、魔狼を追って、出て行っちまった……‼ チクショウ‼ グライフさんが居れ――」
矢文鳥には使役者以外の声は記録できず、会話の相手の声までは入らない。また、記憶できる時間には限度があり、ここで途切れた。
「……な、何じゃと……⁉ 白い髪の少女にそれほどの力があったというのか……⁉」
「……おい、ザハール……‼ これは、お前の責任だなァ……?」
ダンケルは怒りを滲ませ、矢文鳥を掴んでグシャッと握り殺してしまった。
ザハールは後ずさりして、平伏す。
「は……ははぁ~……も、申し訳ございません! で、ですが、それに対処すべく送り返したのに、グライフの奴めが、誤った判断をしたようでございます……」
「……ふん。まぁ良い。たかだか雑魚が10人程度……」
ダンケルは握り潰した矢文鳥を床に投げ捨てた。
「それより、洞窟アジトの奥には、まだ魔狼が数体残っているはずだ。それは連れ出す必要がある。貴様の部下の魔物使いに指示しろ。それと、魔法技師を集めろ。今後は三日月遺跡を改築して拠点とする。北東のアジトに残した連中も全員呼べ」
「ははぁ……」
ザハールは後ずさりして、テントから出た。
「……おのれグライフめ……恥をかかせおって……」
ザハールは遠くを睨みつけるような目をして、「ギリッ」と歯軋りをした。
◇ ◇ ◇
ガイウスを肩に乗せたグライフと、セボを肩に乗せたブレン、遺体袋を肩に乗せたフォルカーとロルフが、
外傷があったガイウスは、最低限の応急処置を受けている。フォルカーが回復魔法を使って止血はしたが、まだ完全に治ってはおらず、意識を失ったままの状態だ。
入口の外にも異臭が流れ始め、鼻が利くフォルカーとロルフは鼻をつまんだ。
「う……何という血生臭さ……」
圧縮魔法をかけ、魔布で包んだ遺体からはこのような異臭は発生していない。遺体袋は洞窟の入口の外に置き、後できちんと埋葬する予定だ。
異様な雰囲気を感じながら、グライフ達は洞窟内に入って行った。洞窟内は鍾乳洞のような広さがあり、数十メートル奥に進んで行く。
異臭は奥にある人工的な通路から臭っていて、蝿の数が増えてきた。全員が使用できる低級火炎魔法『ヴラム』で邪魔な蝿は焼き殺す。
グライフとブレンは、手前の広い空間に置いてあった救護用のベッドにガイウスとセボを寝かせた。ブレンがグライフに話しかける。
「回復師がいないから、まともに治療もできませんね……」
「回復薬と解毒薬なら、その辺の木箱の中にあったはずだ。フォルカー、ロルフ、お前らは薬を探してその2人に使ってくれ。フォルカーは回復魔法も頼む」
グライフが指示を出した。フォルカーは回復魔法を使えるが、得意とは言えない。しっかり治すには、長時間かけ続ける必要がある。回復薬との併用が最適だ。
グライフとブレンはさらに奥に進み、惨劇を目の当たりにして、蒼褪めた。
「こ……、これは……‼」
10~15人程度だろうか。正確な人数が判別不能なほどに団員の死骸がそこら中に散らばり、血の海状態である。時間が経ったからか、蝿が集り、数多の蟲が蠢いている。
「フォルカー! ロルフ‼ 下に来い!」
グライフは2人を呼び出した。フォルカーは惨状を見て、思わず口を押さえた。
「うっ……! こ……これは……⁉」
「い、一体、何が起きたんだ……」
2人は魔物の解体を得意としているため、死体を見慣れてはいるが、それにしても吐き気を催す惨状だ。ロルフがグライフに聞く。
「グライフさん……これ、どないします?」
「……一度、奥まで調べて、誰もいないか確認する。この遺体の処理は俺達だけではどうにもならんな……。蟲も湧いているし、全て焼き払う事も考えるか……。ブレン、お前にならできるな?」
「全部灰にしちゃいますかぁ~」
ブレンはあっけらかんと応えた。
フォルカーが腰のポーチをごそごそと見始め、圧縮して小さくした〈アイゼン〉と呼ばれる雪山用の〈スパイク付きのかんじき〉を取り出し、元の大きさに戻した。
「燃やす前に中を調べるなら、血塗れの床を歩くのに、これを使いましょう」
「そうしよう。しかし、フォルカー。お前は、ガイウス達の治療に戻ってくれ」
「アイアイサー」
グライフとブレンとロルフは、足にアイゼンを取り付けて、奥に進んだ。
「……確か、この部屋にはあのハーフドワーフの〈右腕の『魔動装具』の義手〉を置いていたはずだが……」
「やっぱり既に持って行かれてますねぇ~」
「グライフさん。〈牢屋の間〉を焼き尽くす前に、使えそうな地図や道具は、片っ端から圧縮して持ち出しましょうや。こっちまで延焼する可能性がありまっせ」
3人の中で唯一圧縮魔法が使えるロルフが提案した。
「そうだな。そうしよう」
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