◆第三章⑪ レイリアの記憶
(何だろう? この光景……)
豪華な料理が並べられたテーブル。俺は子供用の椅子に座っているようだ。
誕生日ケーキか? この世界の文字は初めて見たはずなのに、何故か読める。
「5歳の誕生日おめでとう!」
スマートで髭を生やした優しそうな青年の顔が見える。
「ジョナスさん、いつも助かるわ」
他に女性が2人いる。顔がぼやけてハッキリと見えない。髪色はわかる。プラチナブロンドと黒髪だ。みんな笑顔で談笑している。
「あ、パパぁ……お帰り」
黒髪の女性が言った。そこに1人の男性が入って来た。この男性の顔も何故かぼやけてハッキリと見えないが、黒髪で、髭が生えていて、肌は浅黒く見える。
大人にばかり注目していたが、隣に男の子がいる事に気付いた。まだ3~4歳ってところか。しかし俺よりは大きかった。お兄ちゃんくらいの感じだ。後から来た男と同じような肌の色をしている。この子が息子なのだろう。
突然、場面が移り変わった。俺は転んで、泣いていたようだ。さっきの男の子が少し成長した姿だろうか? 転んだ俺を起こしてくれて、頭を撫でられた。慰めてくれたようだ。
さらに場面が移り変わり、男の子は中学生くらいに成長して、少年と呼べる年頃になっている。俺の目線はその子の腰くらいの高さしかない。どうやら俺の……いや、おそらくレイリアの成長は随分遅かったようだ。ここでは、如何にも魔法使いが好みそうな鍔付きのとんがり帽子を被った銀髪のお婆さんから、魔法を教わっているようだ。
杖を持った少年が、聞き覚えのある呪文の詠唱をして、「ヴラム!」と唱えた。しかし、弱々しい火の粉が飛び散っただけだった。
一方で、小さな俺は、同じように杖を前に出し、詠唱破棄して「ヴラム!」とだけ唱えた。すると、杖の先から真っすぐに火が噴き出した。それほどの大きさではなかったが、成功したようだ。少年は杖を投げ捨てて、怒ってその場を立ち去った。
俺は追いかけて、また転んだ。俺が泣いていると、しばらくして少年が戻って来て、起こしてくれた。そして、また頭を撫でられた。「ごめんな」と言った。
またも時間が飛んだ。少年は青年になっていた。相変わらず俺は小さくて、少年の腹部くらいの背の高さだ。青年はまた頭を撫でてくれた。余りにも成長速度に違いがある。
外に出て、剣の稽古を始めるようだ。何か身体を動かしながら説明をしているようだが、ハッキリと聞き取れない。俺は木刀でその青年に斬りかかる。青年は腕を出して、モロに木刀の一撃を受けた。何故か、俺の木刀が弾かれ、空中に飛んだ。俺は驚いて木刀がクルクルと回転しながら落ちて来る様子を見ていた。
俺は近付いて、青年の腕をツンツンと触り、その後、強く握った。青年が「ははは」と満面の笑顔で笑った。キラキラとしたその笑顔に俺は「キュン」とした。
(え……? ちょっと待て。何で、「キュン」としたんだ俺は……? いやいやいや、確かに爽やかだったけど……。何だ? この気持ちは……)
気付くと、俺は懐かしさを覚える匂いがする背中に背負われ、もたれかかっていた。
「ン……あれ……?」
夢を見ていたようだ。
「お……気付いたか、レイリア」
俺を背負っていた男の人が振り向いた。夢で見た青年が大人になった姿だった。さっきの夢は、昔のレイリアの記憶だったのだろうか。
「……ん……」
俺は何だか恥ずかしくなって、顔をうずめた。良い匂いがする。子供の頃に父親におんぶしてもらった事を思い出した。大きな男性の背中は落ち着く。
「レイリア、俺の事、覚えているか?」
「え……と……」
ダメだ。当たり前だが、名前はわからない。
「はは……、さすがにショックだな~……。まさか、記憶喪失になっちまうとは……。俺の名前はハーディーだ。今度は忘れないでくれよ?」
「ハー……ディー……」
すっかり日は落ちていたが、上空に浮かぶ5つの月明かりのおかげで、ある程度の視界が確保されている。本来はもう1つ月があるようだが……。
ハッと、横にブラダがいる事に気付いた。ブラダは、ハーディーの装備なのか、手に交差した2本の剣の鞘付きのベルトを持っている。
「……はっ! ブラダ‼ 無事だったんだ! 良かったぁ~……」
俺はおんぶされたまま、安心して、泣き出しそうになった。
「私は大丈夫だよ。レイリア。無傷だから……」
「本当に、何にもされてない?」
「……大丈夫。何にもされてないよ……」
ブラダはニッコリと微笑んだ。癒される笑顔だ。少し安心して、周りを見渡した。
今は『
「お……、ボク、ブラダが心配で心配で……いつの間にか気を失ってた……一体、何が……? 何があったの?」
「…………それは……」
ブラダがハーディーと目を見合わせた。
「……レイリアはただ、恐くて気を失っただけさ。俺が敵のアジトに突入して助けた。ただそれだけだよ」
「…………そうなんだ……。あんなに大勢いたアジトに突入して助けてくれるなんて……ハーディーは物凄く強いんだね……」
「……そ、そうよ。ハーディーは本当にこの大陸で最強なんだから!」
ブラダがハーディーを褒め称えると、ハーディーは「はは……」と苦笑した。
(あ……、俺はいつまでおんぶされてるつもりだ)
「ハ、ハーディー? も、もう、自分で歩けるよっ」
俺はそう言って、地面に降り立った。
「ん? 本当にもう大丈夫か? フラフラしないか?」
ハーディーは俺の頭を撫で、目を見て優しい声で言った。俺は「ボンッ」と音が鳴ったんじゃないかというくらい、急に恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
(いやいやいや、ちょっと待て……ちょっと待て……‼ 俺はノンケだぞ。男に惚れるわけがないからな……⁉)
ハーディーが前を向いて再び歩き出した。鼻筋綺麗だな~。イケメンだ……。
(…………んん? いやいや、ちょっと待てよ……。俺は今、女の子になっている……。この肉体の恋愛対象は……やっぱり普通に男性って事になるのか? 心と肉体、どっちに支配されるんだ?)
俺は再びハーディーを見た。ハーディーが「どうした?」と言いたげにこちらを見た。
ダメだ。目を合わせるのが恥ずかしい。
(えええええ……? どっちなんだこれ……? 俺はブラダの事が大好きなんだぞ……)
ブラダの方を見た。目が合う。それはそれで恥ずかしい。でもブラダと目を合わせる方が、恥ずかしくない。むしろ、落ち着くし、安心する……。
「ブラダぁ……」
「どうしたの? レイリア」
あぁ、この声を聴くと安心する。ホッとする。
「……そうだ! あいつ! ボク達を攫った〈あいつ〉は、どうなったの?」
「あぁ、あのドラゴンライダーか。それなら……」
その時、月明りが大きな影に遮られた。
「おい、お前ら、伏せろ!」
ハーディーが急に跳び上がった。
ガキィイィン‼
あの時と同じように、上空から、ドラゴンライダーが音もなく飛来してきたのだ。
まさに、噂をすれば何とやらだ。言った矢先に……‼
「おっ? やるじゃねぇか!」
ガイウスが顔を出した。
「……ガイウス‼ あいつだ! あいつがボク達を攫ったんだ!」
「あぁ、わかっている。レイリア、ブラダ! お前らは茂みに隠れていろ‼」
ハーディーの指示を受け、俺とブラダは茂みに隠れる。
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