◆第三章⑩ 人間の魂(後編)

 スプレンディッドは魔導師と魔法の撃ち合いをしている。魔導師の魔法を回避し、地面に片手を突き、側転しながら撃ち返した。魔導師はニヤニヤと余裕をかましている。


「そんな余裕ないでしょっ⁉」


 スプレンディッドは星屑魔法『エトワルーチェ』を放ったが、これはただの花火の幻想魔法だ。攻撃効果は皆無である。魔導師は嘲笑うが、意識は一瞬、空中の花火に向いた。


「ククッ! 何のつもりだ!」


 スプレンディッドは心の中で「ペトラ・エクリクシ‼」と唱えた。つまり無詠唱だ。


「喰らえ! モルケ・バリス‼」


 魔導師が杖を向け、闇の攻撃魔法を放つ構えを見せた。


 しかし一瞬、スプレンディッドの噴石魔法『ペトラ・エクリクシ』が速かった。


 ドガァンッ‼ 


 弾丸が撃ち込まれたガラスのようなヒビが地面に入り、下から押し上げられるように、噴石と、石碑のような岩塊が勢いよく噴出した。


 ズゴゴゴゴゴゴ‼


 魔導師は何発もの噴石と岩塊の直撃を受け、上空に跳ね上がり、そのまま落下して地面に激突した。


「……残念だったわね。土の魔法は、質量のある物理攻撃に近い。アミナ・バリエラでもそう簡単に防ぎ切れないわ……」


 噴石魔法『ペトラ・エクリクシ』は、本来は発動が速い魔法ではない。発動準備魔法『ペトラ・ファル』で事前に攻撃ポイントを決定し、タイミングを見計らって呪文を唱えて発動させるという、罠・地雷のような攻撃魔法だ。スプレンディッドは、回避しているように見せながら、何度か地面に手を突いて罠を仕掛け、その場所に動くように誘導したのだった。魔導師は、ピクリとも動かない。


「あら……やり過ぎたかしら……」


 スプレンディッドは頭を抱えた。


 バリバリバリバリ……‼


 魔導師が倒れ、ミノタウロスの防御結界魔法『アミナ・バリエラ』が効果を失い、魔物を防ぐ結界石が再び力を取り戻した。


「グモアァアアァ‼」


 ミノタウロスは電撃の網で覆われ、さらに青紫色の炎で焼かれ始めた。しかし、まだ歩みを止めない。アインハードは驚愕した。


「な……⁉ この状態でまだ動けるのか……」


「ククッ……クックックック……」


 最初にノーマンが倒した左側にいた魔導師が意識を取り戻し、嘲笑った。


「クックック……こいつに入っているのは、『人間の魂』だ……。ある程度は動ける……けひひっ」


「な……何だと? 何を言っている……」


 ミノタウロスは青紫色の炎で焼かれながらも、巨大な槌を振りかぶった。


「しまった‼」


 アインハードは間に合わず、ミノタウロスは結界石に最後の一撃を加えた。


 ガゴォンッ‼ ボロ……ボロボロボロ……ゴシャッ……


 結界石は破壊されてしまった。しかし、ミノタウロスは膝を突き、動きを止めた。


 結界石の効果で、ミノタウロスの魔霊気は乱れ、防御力は半減していた。


「エルド・ヴラム・スフェイラ‼」


 スプレンディッドがダメ押しの火炎弾で、ミノタウロスの胸骨より上から頭部を吹き飛ばし、ミノタウロスを倒した。ドス黒い血が少し流れたが、意外にも出血は少ない。


 肉体を破壊されたからか、『人間の魂』が離れたからか、青紫色の炎が勢いを増し、残ったミノタウロスの肉体を焼き尽くした。黒焦げの灰になり、ボロボロッと崩れ落ちた。


「アイン。あたしはノーマッズの3人を治療するから、あなたは魔導師の2人をこの縄で縛って。魔力を封じる縄よ」


「わかりました」


 


 スプレンディッドがノーマッズの3人を治療した。


「助かったぜ……あんた、回復魔法も使えるなんて凄いな」


 ノーマンが礼を言った。


「魔女だからよ」


「なるほど……魔導師と回復師両方の魔法が使えるってのが、女魔導師との違いか?」


「そうかもね……」


 アインハードが左側にいた魔導師を縛り上げて連れて来た。フードが外され、茶金髪の30歳前後の男だ。


 魔導師の腹部からは出血が続いている。


「このままじゃ死んじゃうから、治療してあげる。エレメ・ピセラ!」


 魔導師の腹部が薄緑色の光に包まれ、傷が回復した。


「感謝しなさい……」


「…………」


 魔導師が唾を吐こうとした時、ノーマンが布で口を塞ぎ、「バコッ」と頭を殴った。


「アイン、もう1人は……?」


「あぁ、残念ながら彼はもう手遅れでした」


「……そう……やり過ぎちゃったわね……」


「仕方ないですよ……。スプレンディッドさんは優しいですね……」


「……は、はぁ⁉ あたしは魔女よ‼ あはっ! ざまぁみろだわ‼」


 スプレンディッドはそう言って先に進んだ。彼女は少し悔やむ顔をして涙目になっていたが、その事には誰も気付かなかった。


 一行はハイマー村に向かって歩き始めた。


 


 アインハードが魔導師の口に巻かれた布を下ろした。


「おい、さっき言ってた、『人間の魂』が入ってるって、どういう事だ? あそこにいるスプレンディッドさんは魔女だ。お前の眼球を繰り抜く事も厭わないぞ……」


 もちろん、スプレンディッドにそんな趣味はないが、スプレンディッドは「恐れられたい」という願望があるので、そう言われる事は許容している。


 ゴクッ……と、魔導師は唾を飲み込んだ。


「ご、拷問する気か……?」


「殺されるのとどっちが良い?」


「わ、わかった……。さっきのミノタウロス、あれは、『造骸』だ。結界に魔物と認識されるのは『魂魄』の半分だけだ。我々が防御結界を発動しなくても、人間の魂が入れられた『造骸』なら、ある程度は動けるって事だ……クックック」


「何? 何だそれは……?」


「魔物の死骸を利用した、ゾンビみてぇなもんさ。アレには人間の魂を宿らせてあった」


「何だって? どうやってそんな事が……」


「…………ザハールの禁呪ね……」


 スプレンディッドが呟き、魔導師が「ピクッ」と反応した。


「何か知ってるんですか?」


「秘術師ザハール……禁呪を使うネクロマンサーよ」


「さすが、魔女……」


 ノーマンがボソッと言った。


「チッ……魔女か……裏の世界の事もある程度知っているようだな……」


「……フンッ。魔導の世界にいれば、そんな話は耳に入って来るわ。それより、あなた方の目的を教えなさい」


 スプレンディッドは『紅玉の魔杖』の先端を魔導師の目の前に向け、極小の電撃魔法を「バチッ」と発動させて脅した。


「ひっ……」

 

 

 

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