◆第三章⑧ 事件(前編)

 ガイウスの飛竜に捕らえられた俺とブラダは、サー盗賊団ペントの『洞窟アジト』の入口前の広場に連れて来られた。まだ夕焼けは残っているが、日没は近い。


 明かりが灯された洞窟の入口が見え、警備兵のような盗賊団員が数人いる。


 飛竜がホバリングして、着陸する前にガイウスが降り、まずはブラダが降ろされ、周囲にいた盗賊団員に後ろ手にされて縛られた。続いて俺も同じように降ろされて、後ろ手にされて縛られた。


「この縄は魔力を封じる力がある。魔法で逃げられると思うなよ」


 ガイウスはそう言った。最悪だ……。逮捕された気分ってこんな感じなのかな?


「おい、俺は飛竜ヴィフルを休ませてくるから、別々に牢屋に入れておけ。特に、白い髪の少女はザハールさんが探し求めている少女だ。丁重に扱えよ」


「了解しました!」


 盗賊団員がガイウスに敬礼し、ガイウスは再び飛竜に乗って飛び去った。


 


 俺とブラダは洞窟の中に連行された。


 入口の大きさはトロール1体が入れそうな大きさではあったが、洞窟内は、それ以上に空間が拡がっている。昔、訪れた事がある〈鍾乳洞〉のような広さだ。


 洞窟内は至る所に燈火があり、程良い明るさが確保されている。


 普段、雑魚寝をしたり休憩する事もあるのか、この空間には茣蓙やカーペットのような物が敷かれ、救護用なのか複数のベッドもあり、ソファーや椅子にテーブルも置かれている。盗賊の拠点らしく、色々な木箱や宝箱、壺等の様々な容器もある。


 さらに奥、地下に続く自然の横穴があり、途中で分岐して、人工的な通路がある。柱は自然な岩の柱もあれば、レンガで覆われた人工的な柱もある。壁面には〈武具掛け〉があり、剣や斧、槍、弓矢、防具等、様々な武器防具が掛けられていた。


「本当に白髪のガキなんだな~」


(白髪じゃねぇし……うざ)


「でも白髪って言うには、綺麗過ぎるぜ。こんな綺麗な髪は初めて見たぜ」


「何でザハールさんはこの白髪のガキを探してたんだ?」


(……ザハール? そいつが黒幕か……?)


 腕力で無理矢理縄をブチ切ってやろうかと思ったが、無理そうだ。


「はっはっは。無駄無駄。無駄だよ姉ちゃん」


 俺の後ろを歩く盗賊団のおっさんが言い放った。


 さらに奥に連行される。まばらに牢屋が存在し、曲がり角もあるため、どれほどの広さがあるのか把握できない。


「おい、早く進めよ」


 先に歩かされているブラダのお尻を、俺の前を行く盗賊団の男が膝で蹴った。


「いたっ」


 ブラダはよろけて、振り向いてそいつを睨みつけた。


「何だぁ? その目は……」


 男は振りかぶって殴るような動きをした。


「てめっ! この野郎ッ‼」


 俺は瞬間沸騰的に怒りが爆発し、その盗賊団員の男の背中に、思い切り頭突き気味の体当たりを喰らわせた。男は「ドターンッ!」と勢い良く倒れ込み、頭を強打した。


 そいつが起き上がると、頭から血を流していた。


(ざまぁみろ。歯抜け野郎め)


「て、てめぇ……丁重に扱えって命令されたが、ナメんじゃねぇぞ!」


 パンッ


 歯抜け男に思いっ切り平手打ちされた。


「レイリアッ!」


 ブラダが叫んだ。


 ガクンッ


(あれ?)


 力が抜ける。俺は思わず膝を突いた。脳震盪を起こしたのだ。


 視界がぼやけ、聴こえも悪くなる。


(おかしい。この程度の打撃で……何で……魔霊気は? ……あぁ、そうか。この縄にはそれも封じる効果が付与されてるのか……。クッソ……厄介だな)


 魔力と魔霊気が封じられると、この肉体はその辺の〈14歳の少女〉と何ら変わりないどころか、むしろ華奢で弱い肉体かも知れない。


「おい、起きろ」


 無理矢理起こされ、両脇を抱えられて歩かされる。足下がフラつく。


 そして、俺は牢屋に入れられ、倒れた。


(あれ? ブラダ……ブラダは……?)


 


「おい、どうするこいつら」


「めちゃくちゃ上玉だぜ。というか、こんな美人はグレースさん以外に見た事なかったぜぇ……それも2人も……」


「はっはっは。お前、ロリコンかよ~? 白髪の方はまだガキじゃねぇか」


「あぁ、たまんねぇな。俺がこっち貰って良いか? お前にあっちやるよ」


「そうだな~! 別に、生かしときゃ問題ねぇだろ。あっちの金髪の姉ちゃんの胸見たか? さぞ揉み心地良いだろうなぁ~。たまんねぇぜ」


「なぁ、ガイウスさんが戻って来る前に頂いちまうかぁ?」


 そんな会話が聞こえてきた。


(……は? ふざけんなよ⁉ どういうつもりだ。ブラダに手ぇ出したらタダじゃおかねぇからな‼)


 俺は意識が朦朧としながら、そう考えていた。


(あぁ……クソッ! 捕虜は丁重に扱うんじゃなかったのかよ⁉ あ~、でもこんな世界に『ジュネーヴ条約』みたいな捕虜の人権を守る条約や法律なんて存在してないか……マジで詰んだ? 俺の事より、ブラダだ。ブラダが無事か気になる。絶対にブラダは護りたい。どうにか縄を外して魔力を取り戻さないと……)


 少しずつ意識が明瞭になっていった俺は上半身を起こし、縄を切れないか周囲を見渡した。鉄格子の牢屋。中の壁面は粗い素材だ。これで縄を擦り切れるかも知れない……。


 俺は後ろ手に縛られている縄を壁面に押し付け、ゴリゴリし始めた。


「きゃっ! いやっ! ちょっと、やめてよぉっ‼」


 ブラダの悲鳴が聴こえた。俺はその声ですっかり目が覚め、起き上がって「ガンッ、ガンッ‼」と、鉄格子に体当たりした。


「おいっ‼ 何してんだお前らッ⁉ マジでブラダに手ぇ出したら、タダじゃおかねぇからなっ⁉」


 さっき俺に平手打ちした、歯抜けの盗賊団員の男がやって来た。


「お前、さっきから本当に口が悪ぃなぁ。こんな綺麗な顔してんのによ……」


 ガシャッ


 牢屋を開き、中に入って来た。さらに後ろに2人の男がいる。


「な……何だよ?」


 俺はビビって後ずさりした。


 バンッ


 所謂『壁ドン』ってやつを喰らった。俺は今、華奢な女の子の体格。子供の頃に見た大人のように、目の前の男は圧倒的な体格で大きい。恐怖を感じ、目を瞑ってしまった。


「くっくっく……お前、本っ当に、かわいいなぁ……」


 ここで金的を喰らわせて逃げようかと思ったが、そんな事をして逆上される方が恐かった。護身においても、金的は相手を逆上させるから〈お勧めしない〉と聞いた事がある。特に股下が深いパンツを履いた相手だとクリーンヒットし難い。盗賊団員の履いているパンツは、忍者の衣装やサルエルパンツのように股下が深く、生地も厚そうだ。


 歯抜けの男に目隠しを着けられた。恐怖で声が出ない。


「この目隠しにも魔力を封じる力がある。縄の方は外してやるよ。ゲヒヒッ……」


 目隠しをされ、代わりに縄が外されたが、男達に両側からガッチリと腕を抑えられた。


 ガシャ……


「当然、この手枷・足枷も魔力を封じる力がある」


 俺は壁に取り付けられた足枷を付けられ、次に腕を斜め上に広げられて、手枷を付けられた。魔力が使えないと、この肉体は腕力が弱過ぎる。されるがままだった。


 目隠しを外された。


 俺の目の前には、強面かつ如何にも変態そうな3人の男がいて、囲まれている。ちょっと腕の位置が高い『大の字』のような状態で完全に身動きが取れなくなっている。


 ヤバい……恐怖で漏らしそうだ。脚が震える。声も出せない。


「ギャハハッ! コイツ、震えてるぜぇ~。さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ?」


 俺は血の気が引いて、意識が飛びそうになっている。


「いやっ! いや! やめて‼ レイリア! レイリア―ッ‼」


 ブラダの声が聴こえてきた。


「ブラダ⁉ ブラダーっ‼」


 まさしく手も足も出ない状況……‼


(このまま二人とも……⁉ い、いや! ダメだ! 諦めちゃダメだ‼)


 俺は何もできないこの状況で「キッ!」と目の前の盗賊団員の男を睨みつけた。


「ゲヒヒッ……たまんねぇなこの顔……」


 俺は顎を掴まれた。


(ま……まさか……? 何をしようってんだ……? ちょ、ちょっと待って。マジで無理無理無理無理……‼ 気持ち悪いぃ……)


「ゲヒッ! ゲヒヒヒヒ……‼」


(うぇっ! 息が臭ぇ‼ この歯抜け野郎!)


 俺は恐怖で声が出せなかった。衣服の上からだが、胸を触られる。衣服を緩められ、脱がされそうになった。


「ひっ……」


(え……ちょっと待って‼ 俺、この世界に来たばかりなんだぞ⁉ その上、いきなり女の子になってて……、ま、まさか、いきなりこんな奴に……⁉ お、犯――)


 これだけ嫌がっているのに、男達はニヤニヤしながらまさぐってきた。最っ低っだ‼


「い、いやっ! イヤッ‼ イヤだぁああああああああああッ‼」


 そして下半身に手が伸びた。


「いぃいぃぃ……、イヤァアアアアアアアアアアァッ‼」




 プツンッ


 


 レイリアの蒼碧色の瞳が〈青白く〉光り輝き、虹彩の内側に赤みを帯びる光輪が浮かんだ。風が吹くように、真っ白な髪が光を帯びて舞い上がる。

 

 

 

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