◆第三章⑦ 暗躍する者(後編)
「セボさん!」
テオが思わず飛び出そうとしたが、ビトが腕を掴んで止めた。
「馬鹿者! 何をしておるっ!」
「えっ⁉ 子供っ⁉」
ランバートは目を見開いて驚く。
「あ? お前、テオじゃないか? どうしてこんなところに? 危ねぇ……隠れてろ!」
セボが弱々しく声を発した時、魔狼が倒れたセボに襲いかかる。
その刹那、〈三日月型の光る斬撃〉が飛んで来て、魔狼を真っ二つに切断した。
ブシュウゥゥゥゥ……‼
魔界の狼である魔狼の血は濃い紫色をしている。セボはもろに浴び、傷口に魔狼の血が入ってしまった。セボは沁みるような痛みを感じ、気分が悪くなり、意識を失った。
テオも血飛沫を少し浴びてしまった。アルルは不思議と汚れていない。
「魔狼の血は危険じゃ! ピュリフィカトル!」
ビトは掌をテオに向け、浄化魔法を発する。魔狼の血は光の粒となり蒸発した。セボにも浄化魔法を使う。しかし、傷口に入った血までは吹き飛ばせない。
「しかし……誰が?」
(飛んで来る斬撃……しかもあの威力……只者ではない……)
ビトが畏れを抱いた時、現れたのは、ダンケルの指示で洞窟アジトに帰還していたはずのグライフ、ブレン、フォルカー、ロルフだ。
「グライフさん‼」
テオは満面の笑顔を見せ、叫んだ。
「お~い、無事かぁ?」
その声は、
「無事……ではないようだな」
グライフ達は殺された3人の盗賊団員の死体を発見した。
「ありゃあ……手遅れだったか……」
ブレンは困り顔を見せ、頬を掻いた。
「ご遺体、どうします?」
フォルカーがグライフに尋ねた。
「仕方ない。フォルカー、ロルフ、圧縮して『魔布』に包めるか?」
「アイアイサー」
フォルカーとロルフは返事をして迅速に遺体の処理を始めた。元山賊で獣の解体を得意とする2人は、死体処理もお手の物だ。
「グライフさん、セボの野郎もダメかも……? 洞窟アジトにある解毒薬が必要そうだ」
ブレンがセボの容体を見て言った。倒れたセボの顔が真っ青だ。
「とりあえず連れ帰るぞ。君達は?」
グライフが問う。ビトとランバートが目を合わせ、ランバートが困り笑顔で応える。
「あ、あはは……実は初対面で……」
「そこの弓矢のお兄ちゃんが魔狼と戦ってくれたんだ! で、このビトさんはオイラのお師匠さ!」
テオが説明した。
「何? 師匠……? 初めて聞いたな」
「……いや、ワシは師匠になったつもりはないぞ」
ビトはそっけない。
「そんなぁ……。でも、師匠がいたから、オイラはここまで戻って来れたんだ!」
「そうか……世話になったな……」
グライフはビトに向けて微笑みを見せ、感謝した。テオが続ける。
「グライフさん、オイラ達、洞窟アジトに急いで行かなきゃいけないんだ! ガイウスの野郎がオイラの『友達』を攫って行っちゃったんだ!」
「何?」
「え? それってもしかして、レイリアちゃんとブラダちゃんの事?」
「何じゃ、お主もそうじゃったか!」
ビトとランバートは目を合わせた。そこでお互いの名前を教えた。
この時、グライフは心の中で「グレースが予知した洞窟アジトで『何かが起きる』ってのは、魔狼の脱走ではなく、そっちの事なのか……?」と、思い至った。
「マズいな……急いで戻るぞ。しかし、お前らは……」
グライフはランバートとビトを見て、「アジトに連れて行くのは、どうしたもんかな?」という困り顔をした。しかし、「どっちにしろ行くつもりか……」とも考えた。
「僕も行かせて下さい! うちのリーダーの『大切な女性』が攫われたんです」
グライフは一瞬考えるそぶりを見せた。
「大切な女性……か……。わかった。お前らも付いて来い。ヴァロア・ソーマは使えるか? 遺体の回収が済み次第、急ぐぞ」
(大切な女性って、レイリア姉ちゃん? ブラダ姉ちゃん? どっちだろ?)
テオはそう思っていた。そこにビトが小声で話しかけた。
「おい、テオ、さっきの『魔人』の事じゃが……」
「あぁ、お師匠、知ってますか? 魔人・ヴォ……なんちゃらと、確か、災厄……? の魔女って奴等の事……」
「⁉ 何じゃと……‼ 『魔人・ヴォルガン』と『災厄の魔女・カラミティ』……‼」
ビトの全身の毛が逆立った。獣人なのでわかりにくいが、蒼褪めたようだ。
「いや……しかし、あのような化け物どもは、この大陸には入って来れんはずじゃ……」
「師匠、知ってるんですか?」
「まぁな……ワシらにとっても災厄の魔女は『
話している内に、フォルカーとロルフが遺体の回収を済ませて魔布に包み、肩に持ち上げた。圧縮しているので、小さく見える。ロルフは2人分を肩に乗せた。出血も抑えられている。そして、ブレンがセボを肩に乗せた。生きているセボに圧縮魔法は使えない。
グライフは、テオが抱きかかえてるアルルが気になった。
「テオ、その抱きかかえてる生き物はなんだ?」
「あ、この子はアルルって言います」
「……まぁ、いい。しっかり掴まえておけ」
グライフは「変わった生き物だな」と思いつつ、アルルを抱っこしたままのテオを肩に乗せた。テオは何だか恥ずかしくなり、顔が紅潮した。
「では急ぎ、戻るぞ」
4人とも、何も唱えていないのに、「ポゥッ」と朧げな光に包まれた。各々が無詠唱で俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』を使ったのだ。
(全員無詠唱か、やるのぉ……)
ビトも自分自身には無詠唱で使えるが、他者にかける場合は呪文を唱える必要があり、ビトはランバートとテオに対してヴァロア・ソーマをかけた。
「行くぞ」
ビュンッ! と風を切る音がして、グライフがあっという間に数百メートル先まで先行してしまった。グライフの肩に乗せられたテオとアルルは目を回した。
「グライフさん~、ちょっと恐いよ~」
「我慢しろ」
グライフは一旦立ち止まって振り向き、「早く来い」と、首を「クイッ」と動かした。
「ま、また置いてかれちゃう……!」
ランバートは気持ち的に焦ったが、遺体を抱えたフォルカーとロルフ、セボを抱えたブレンの方が大変そうだったので、安心した。
ランバートは「凄い力持ちだなぁ」と感心した。
◇ ◇ ◇
ハーディーはランバートを置き去りにしてしまった事を申し訳なく思っていたが、ドラゴンライダーを見失うわけにはいかない。約10秒間、チャージ無しで空を飛ぶ事に決めた。空を飛べば、足跡魔法で追う事は難しくなる。ハーディーは、「ランバートには悪いが、レイリアとブラダのためだ」と自分に言い聞かせた。
ハーディーの両足それぞれの足下から螺旋を描くようにフワッとした柔らかい光が発生し、両膝下それぞれが光の旋風で包まれた。そして、ハーディーが空に浮き上がる。
このまま思いっ切り飛び立つ事もできたが、ハーディーはドラゴンライダーを警戒して、目立って見つからないように、岩山の間をそっと沿うように飛んで行く事にした。
ドラゴンライダーの飛竜が降りていく場所に、洞窟があるのが見えた。バレないように、少し遠い場所に着地して、森の中を静かに進み、隙を伺う。
(少し飛び過ぎたかも知れない。だが、この程度の時間なら、ほぼチャージ無しで行けるし、大した消耗はないな……。かと言って連続使用には注意すべきか……)
ハーディーはそのような事を考えつつ、洞窟アジトに向かった。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
良かったらフォローといいねをお願いします☆
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます