◆第三章⑦ 暗躍する者(前編)

 渓谷の下では、サー盗賊団ペントの3人の男が剣を構えて、巨大な『魔狼』と対峙していた。


 既に1人は餌食となって絶命していた。大きな顎で胴体が咥えられ、腹部が破れて内臓が飛び出て、おびただしい量の出血だ。


「グルルルルルルル……」


 魔狼は威嚇している。


「ぐぅ……くっそぉ……よくも仲間を……!」


「チクショウ……俺達にこんな化け物の世話を任せやがって! 何でこんな化け物を飼い馴らそうとしてるんだ? ザハールの野郎!」


「……おい、口に気を付けろコノ野郎! ザハール〈様〉だろうが!」


「……チッ……ザハール信者が……‼」


 


 遠目の岩陰から、ビトとテオ、テオに抱かれたアルルが様子を見ている。


「何じゃ……⁉ あの化け物は……あのドス黒い皮膚の色と雰囲気……まさか……」


「あれは……、魔狼です」


「魔狼じゃと⁉ 何故『魔界の狼』がこんな場所におる⁉ あぁ、思い出した。大昔に一度見た事があった。しかし、サー盗賊団ペントは何をしようとしておるのじゃ……⁉」


「オイラも詳しくはないけど、サー盗賊団ペントで飼い馴らそうとしてるみたいッス。あの魔狼は、『魔人』から提供されたって聞いてます……」


「何ィッ⁉ 魔人じゃと……⁉」


 ビトは興奮気味だが、声は抑えて会話している。


 その時、遂に魔狼が、サー盗賊団ペントの3人の男達に襲いかかり始めた。


「……ぬぅ……奴等は敵じゃが、みすみす見殺すというのは辛いものがあるのぉ……お主は見るな」


「……あ、あの奥にいる人……ま、前にオイラの世話をしてくれた、セボさんだ……!」


「何じゃと……⁉ ……しかし……!」


 ビトはテオが動かないように牽制している。アルルが「く~ん」と鳴いた。


 ザシュッ!


 魔狼が〈ザハール信者〉の男を爪で薙ぎ倒した。この男は判別不可能なほどに顔が吹き飛ばされ、死亡した。魔狼に咥えられていた団員の男は真っ二つに咬み千切られた。


 魔狼は再び牙を剥く。続いて魔狼は、〈ザハール信者に悪態をついていた男〉に「バクンッ」と咬みついた。この男は腹部から上が綺麗に無くなり、「ピュ、ピュ~」と、残った腹部から血が噴出して、倒れた。


「うっ」


 テオは吐き気を催した。幼いテオには刺激が強過ぎる光景だった。残るはセボ1人。


「だから見るなと言ったろう!」


「うぅ……セボさん……このままじゃ……」


 テオは口を押さえながら、涙目になっている。


 アルルがテオを慰めるように「く~ん」と鳴いて、テオにスリスリした。


 その時、ビトの大きな耳がピクッと動いた。


 ビュビュビュッ‼


 突如、上空から矢が降り注ぎ、「ブシュッ! グサッ! ブシュッ!」と、魔狼に3本の矢が突き刺さった。


「グオゥアァッ‼」


 魔狼は雄叫びを上げた。ランバートが崖の上から飛び降りて、「ザッ」と降り立った。


「大丈夫ですか⁉」


 ランバートはサー盗賊団ペントを敵として認識していなかった。


「あ! あぁ! すまない‼」


 セボはランバートに礼を言って、剣を構えた。ランバートも弓矢を構える。


(こいつは……こないだの魔狼よりデカいじゃないか……形態も少し違う……。ちょっと良い矢を使ったから刺さったけど、僕にこいつが倒せるだろうか……こんな所で死にたくはないな……ハーディーさんもいないのに、無謀だったか……)


 ランバートは冷や汗をかき、緊張で顔が引き攣っている。


 


「あ、彼奴あやつは、ハイマー村に滞在中の冒険者じゃ! 仕方ない、ワシも……」


 ビトは一瞬、自分も加勢に出ようとした。しかし、「……ハッ」と気付き、自分がこの場を離れ、テオを1人にするのは危険と判断した。


「テオ、ワシらには目的がある。隙を見て、崖の上に登るぞ!」


「うぅ……わ、わかりました……!」


 ビトはポーチから圧縮して小さくなった〈フック付きのロープ〉を取り出した。


 


「グォウアァアァッ‼」


 ランバートとセボは明らかに劣勢だった。


「ラピッド・ファイア!」


 ランバートは高速で6本の矢を連射した。魔力によって数本の矢が前腕にくっつき、いちいち背中の矢筒から取らなくても即座にリロードできるのだ。


 ブシュッ! ブシュブシュブシュ‼


 ランバートの矢は魔狼の魔霊気を貫通して刺さりはするが、それほど深く突き刺さらず、致命傷とはならなかった。2本は外してしまった。


「クソッ」


 ランバートの矢筒は全て射尽くすと、圧縮して小さくしていた矢が自動的に圧縮解除されてリロードされる『魔法の矢筒』だ。この機能によって最大72本収納できるが、連射技や同時に複数本射る技を使っていると、あっという間に使い切ってしまう。


 ランバートは元々後衛。他人を護りながら戦うのは向いていない。仕方なく距離を取るために、後退した。セボが狙われ、襲われそうになる。


「集中しろ……トレース・ヴェリ……」


 ランバートは同時に3本の矢を射る構えを見せ、出来得る限りの魔力を籠めた。


 バシュッ‼


 ランバートが放った3本の矢は、上と左右、それぞれ別々の方向に向かって行く。


「コレスモス‼」


 ランバートが叫ぶと、放たれた矢は放物線を描き、全て魔狼に向かって行く。1本は上空から落下して頭部を捉え、残り2本は左右両側面から挟み込むように肩に命中した。


「グオゥアァッ‼」


 直撃したが、まだ致命傷にはなっていない。頭部に刺さった矢も、魔狼の魔霊気によって深く刺さらず、頭蓋骨で止められたようだ。


「クソッ! 何でだよっ⁉」


「グォウアァアァッ‼」


 魔狼は咆哮し、衝撃波が出て、セボを「バンッ」と吹き飛ばした。セボは、こっそり崖を登ろうとしていたビトとテオの近くに落下した。脳震盪を起こして立ち上がれない。

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

良かったらフォローといいねをお願いします☆

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る