◆第三章⑥ 追いかけて

 推定時刻 16:30


 ハーディーとランバートが向かう先で、飛竜の甲高い鳴き声が聴こえた。


「な、何ですか? 今の動物の鳴き声……」


 ランバートが少し恐れおののき、ハーディーに問う。


「あれは、飛竜だ! レイリア達が襲われてなきゃいいが……、急げ‼」


 シュンッ! シュンシュンッ! と、ハーディーとランバートは『浮遊岩』のある渓谷で次々と浮遊岩を跳び移り、最短ルートでレイリアのいるはずの方角に向かった。


「ぎっ、ぎやぁああああああ‼」


 向かう先で、聴き覚えのある声の悲鳴が聴こえてきた。


「レイリアか⁉」


 ハーディーはさらに高い位置の『浮遊岩』に跳び移り、辺りを見回す。日が落ち始め、黄昏時に近付き始めていた。ハーディーが〈レイリアの探知機〉である『魔霊魂波守コンパス』を取り出し、探知を始めようとした、その時だった。


「放せっ! 放せぇっ‼」


 レイリアの声だ。声のする方角を見ると、空を飛ぶ飛竜に2人の少女が掴まっている。


「レ、レイリアとブラダか⁉ クソッ! 追うぞっ‼」


 ハーディーは思わずランバートを気にせず、全力で跳躍して離れた浮遊岩に跳び移り、さらに崖の上に跳び移り、全力で走り出した。


「ちょっ‼ ハーディーさん! 置いて行かないでぇっ‼」


 ランバートは必死で付いて行くが、どんどん引き離されていく。


「あ、そうだ!」


 ランバートは思い出したかのように、『鏑矢』をハイマー湖側に向けて放った。


         ◇         ◇         ◇


 ハイマー湖の東側で、スパイの疑いがある冒険者3人組の『ノーマッズ』を追っていたスプレンディッドとアインハードが、ランバートの『鏑矢』に反応した。


 ランバートの鏑矢は魔力伝播を利用していて、特定の個人に良く聴こえるように設定されている。仲間以外には良く聴こえないのだ。


 スプレンディッドとアインハードは静寂魔法で足音を消し、迷彩魔法で他人から見れば周囲の自然に馴染んで見える。迷彩魔法は仲間同士でも見えにくくなると困るので、スプレンディッドはお互いの姿は良く見えるように調整した。


「聴こえた?」


 スプレンディッドがアインハードに問う。


「はい、もちろん」


「レイリアさん、見つけたみたいね……あたし達は、こっちの〈結界石〉の件を調べ次第、撤退しましょう」


「……心配ですね。ハーディーさんとランバート君……」


「あら? 向こうに行く?」


「いえ、行き違いが発生したら困りますから、まずはこちらの調査だけ済ませましょう」


「そうね。ほら、早速お出ましよ」


 2人は先回りして、結界石の近くを張り込んでいた。そこに『ノーマッズ』が現れた。彼らは結界石を調べるように見て、何もせずにさらに北に向かった。


「え? どういう事かしら……」


「我々が張っているのバレましたかね……」


「いえ、そうは見えなかったわ……」


 スプレンディッドとアインハードは再びノーマッズを追跡し始める。


         ◇         ◇         ◇


 同時刻、渓谷の谷間を、ビトとテオ、アルルが、飛竜の向かう先に必死で走っている。


「おい、体力は持ちそうか⁉」


「ハァ……ハァッ……大丈夫ッス! ハァ……ハァッ……」


「お主、ガキのくせに体力あるのぉっ!」


「ハァ……ハァッ。んぐっ。これでも走るのは得意なんだ! ハァ……ハァッ……で、でも、ちょっと息切れしてきたっ……ハァ……ハァッ……」


 ビトは少し先に進み、一度立ち止まって振り向き、歩き出した。アルルはビトにピッタリと付いて行く。アルルは全く息切れしていない。


「ハァ……ハァッ……ご、ごめん、師匠!」


「ん? 師匠? ワシはお主の師匠になる気はないぞ」


「ハァ……ハァッ……まぁ、そんな硬い事言わず……師匠!」


「む……まぁ、今は好きに呼べ……」


 ビトはポーチをゴソゴソと漁り、オレンジ色のポーションゼリーを取り出した。この世界の冒険者なら必需品で、誰もが持ち歩いていると言っても過言ではない。


「ほれ、食え」


 ビトがポーションゼリーをテオに渡し、テオは「もぐもぐ」と口にした。「ポゥッ」と、ほんのりと薄緑色の光に包まれた。


「ぷはっ……うめぇ~。これは人参ジュース味? ありがとうございます! 師匠」


「ワシは人参に目がないんじゃ。何だかむず痒いのお、その呼び方……」


 テオは気にせずに続ける。


「ところでさっきのドラゴンライダーなんスけど、サー盗賊団ペントのドラゴンライダーのガイウスって奴です。さっきも話したけど、向かう先はあの方角なら、ここから北にある洞窟アジトで間違いないッス。このルートで行った事はないけど……」


 2人とアルルは渓谷の谷間の底を歩いている。


「うむ。北の洞窟については最近よからぬ連中が出入りしているという事を動物達に聞いておったぞ」


「さすが師匠! 獣人だけあって動物の声も聴こえるんですね」


「まぁな」


「ちなみにアジトは幾つもあって、洞窟アジトは一時的に滞在するようなアジトです。ところで師匠。ちょっと薄暗くなってきたけど、この渓谷、魔物は出ないんですか?」


「あぁ、ここはたくさん魔物が棲息しておるぞ。だが、事前に察知して避けるルートを選んでおる」


「さすが師匠! オイラも師匠が選ばなかった方向は全部嫌な気配を感じてたんだ」


「ふむ。お主は察しが良いと感じておった。見込みがある」


「ほんと⁉」


 テオはビトに褒められて満面の笑顔を見せる。ビトとテオ、この2人はどちらも感知能力が高く、魔物の気配を事前に察知し、最も安全かつ最短のルートを選択できていた。


「とりあえず、向こうの道は魔物の気配を感じるから、こっちに進むぞ」


「オイラも向こう側には嫌な気配を感じてました」


「そろそろポーションの効果も出てきた頃じゃろう。行けそうか?」


「はい!」


「よし、急ぐぞ! ヴァロア・ソーマ!」


 ビトは、先程までかけていたが効力を失っていた俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』をかけ直した。2人とアルルは、「ポゥッ」と朧げな光に包まれた。


 その時、ビトの大きな耳がピクッと動いた。


「ぎゃああああああ!」


 男の叫び声が聴こえた。ビトとテオが向かおうとした方角からだ。


「何じゃと? 急に魔物の気配を感じる。接近が速い! しかもかなり強力な奴じゃ‼ お主もおるし、あまり面倒事には巻き込まれたくない。あっちに向かうぞ」


「……師匠! 回り込んで、遠目に様子を見てみましょう」


「どうしてじゃ? レイリアとブラダを救いに行かなくては……」


「し、知ってる臭いを感じるんです。臭いって言っても感覚的な臭いですけど……」


「ぬぅ……そうか。お主がそう言うのであれば、何かあるかも知れん……仕方ない。あくまで遠目に見るだけじゃぞ」


「わかりました!」


 テオがアルルを抱っこした。ビトとアルルを抱えたテオは、直線的には進まず、少し回り込むように進行方向に向かう事にした。


         ◇         ◇         ◇


 ランバートは渓谷の崖の上を涙目になって必死で走っていた。


(う~‼ 酷いよハーディーさん、先に行っちゃうなんて! レイリアちゃんの事になると〈猪突猛進〉過ぎるんだよなぁ! 足跡魔法使ってくれてるから追えるけど! それにしたってさ……!)


 ハーディーは、〈仲間だけが見える〉足跡魔法『フート・スポール』を使って移動しているため、ランバートには、足跡可視魔法『スポール・ベル』によってハーディーの足跡が光って見えていた。


「ぎゃああああああ!」


 その時、ランバートも男の叫び声を聴いた。渓谷の崖の下からだ。


「何だ?」


 この時ランバートは、心の中で「レイリアちゃんとブラダちゃんはハーディーさんに任せておけば大丈夫だろう……」と考えた。


「普段から人助けはしろって言われてるしな……! 無理そうなら即退散すればいいさ」


 ランバートは渓谷の下に向かう事にした。

 

 

 

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