◆第三章⑤ 対人戦(後編)

 ダナキは奇声を上げて突進してきた。


(まるで剣道部みたいだな……)


 俺は実家の古武道の道場での『剣道の訓練』を思い出し、集中する。


 これは文字通りの『真剣』勝負だ。


 相手が振りかぶり、振り下ろしたタイミングを見計らって『後の先』を取る。「ガッ」と剣がぶつかる瞬時、剣先を巻き込むように小さく回し、梃子の原理で振り上げる。


 キィン‼


 金属がぶつかり合う音が響いた瞬間、フワッとダナキのサーベルが彼の手を離れ、空中に飛んだ。一瞬で勝負は決した。日本の剣道の技『巻き上げ』だ。以前の肉体では成功率が低かった技も使いこなせるようだ。


「凄い……いつの間にあんな剣術を……⁉」


「あのような無駄のない最小限の動き……、美しい剣術は、180年以上生きたワシも見た事がない……‼」


 ブラダとビトは、俺の剣術の腕前に驚愕したようだ。


(ちょっとマズかったかな? 『記憶喪失』で説明がつかない事をやっちまったか……)


 俺は少し気まずい気持ちになって目が泳いだ。


(まぁいいや。今は深く気にしない気にしない……あはは)


「さぁ、降参しなさい」


 俺はダナキの首に『彗星の剣』を突き立て、かっこよく命令した。


 ダナキは武器を失い、ガクッと膝を突いた。


「……クソォオォォ……こんな強ぇなんて聞いてねぇぞ……おい! ホツ‼ 何、ボーッと見てやがる! やっちまえ‼」


「兄貴~。マジでそんなかわい子ちゃんに負けちまったのかよォ~」


「うるせぇ! お前の力を見せてやれ‼」


「アイアイサー」


 ホツが掌をビトのいる方に向けた。


(何だ? 魔法使えるのか?)


 しかし、何も発せられる事はなかった。その時、ホツが投げ飛ばした大斧がピクリと動いた。「ズズッ……パラパラパラ……」と、砕かれた岩から小石が落ちる。


 ズッ……ブンッ! ヒュンヒュンヒュンッ!


 大斧が砕かれた岩から外れ、独りでに空中を飛んだ。大斧はホツの掌に吸い込まれるように戻って行った。ビトはとっくに気付いていたらしく、サッと避けた。


「な……あいつ、あんなナリで魔法使えるんだ……⁉」


 俺とブラダは驚いていたが、ビトは「なるほど……」とニヤリとした。


(ビトは精神的に余裕があるなぁ……)


「あ、あれ、何の魔法?」


「あれは、操作魔法の一種じゃな。操作魔法と拘束魔法を複合して、投げた武器が自分の手元に戻って来るようにしてあったようじゃ。油断させるためなのか、あえて今まで戻さずにいたようじゃがの。彼奴きゃつは中々にクレバーじゃぞ……」


「ウェ~イ。どんなもんじゃ~い」


 ホツは誇らしく言った。


「驚いた! 凄いね!」 


 俺は素直に褒めた。


「おっ……おっ……デュッ、デュフフフッ……おい、かわい子ちゃん。あっしに惚れたぁ? 惚れちゃったぁ?」


「……は? んなわけないじゃん……キモ……」


 俺はふと気付いた。自分自身がもはや〈美少女の態度〉そのものになっている事に。


「キ……キモ……? 俺は『ホツ』だ‼」


 あぁ、良かった。『気持ち悪い』って意味だと思ってないようだ。無駄に刺激するところだった。とはいえ……。


「お前なんかに惚れるわけないだろ! ぶっ飛ばしてやるから‼ べ~!」


 思わず俺は舌を出して煽ってしまった。


憤怒ふんぬ~‼ ゆ、許さんッ‼ うおぉおおおおおおお!」


 ホツは滝汗を流して、沸騰するように蒸気を発した。何なんだコイツは⁉


「おりゃああああああああ‼」


 ホツはまたも、とんでもないパワーで大斧を投げ飛ばしてきた。さすがにこの大質量を剣で受けるのは危ない。俺は横っ飛びして回避し、丸腰になった相手に一気に詰め寄る。


「レイリア! 油断するな‼」


 ヒュンヒュンヒュンヒュン……


 その時、大斧はブーメランのように戻って来ていた。ホツの掌に吸い寄せられるように、ブーメランよりよっぽど高速で。俺は、相手の馬鹿っぽさにすっかり油断していた。


 ガンッ


 背後からの直撃。


「レイリアーッ!」


 ブラダが絶叫した。


 ――この時、三日月遺跡での出来事がブラダの脳裏をよぎった。


 だが、ビトの掛け声のおかげで、俺は直撃の直前に気付く事ができた。そして直感的に、魔法を応用的に発動する事に成功した。直撃の瞬間、背後にコンマ数秒だけの防御シールド魔法の展開。


 これまでの防御シールド魔法『アミナ・エスクード』は、約10~15秒の持続時間かつ、30センチ程度の六角形の〈小さな盾〉が複数組み合わさり、〈大きな魔法の盾〉を形成していた。しかし、護る部位がわかっていれば、最小限の大きさ、最小限の時間で良いという事に気付いたのだ。俺は直感的に、30センチほどの一片だけの『アミナ・エスクード』を、持続性なく、わずかコンマ数秒だけ〈急速展開〉する事に成功した。


「あれは……! あれは、瞬間防御魔法! 魔技『エスクード』じゃ! レイリアめ、戦いの中でピコーンと閃いて、体得しおった!」


「す……凄いっ!」


 瞬間防御魔法で大斧を防いだ時、俺の魔力が大斧に流し込まれ、ホツの操作魔法のキャンセルに成功した。大斧は力を失って地面に転がった。


「あ、あれっ? あれれっ?」


 ホツは大斧を手元に戻せず、困惑している。


 俺はホツの首元に『彗星の剣』を突き立てた。


 そうこうしている時に、ダナキが起き上がり、全速力でダッシュして逃げて行く。


「情けないリーダーじゃの」


 ビトが背中の弓矢を取り出し、ダナキに矢を放った。ダナキのふくらはぎに直撃し、ダナキは倒れた。


「いでぇえええええええ‼」


 ビトは素早くダナキに追いつき、頭をぶん殴って気絶させた。小さなビトは想像以上に腕力もあり、ダナキを引きずって連れ戻した。


 俺はホツが動かないように剣を突き立てていた。


「よくやったぞ。レイリア」


「えへへ……。とりあえず、こいつらどうするの?」


「そうじゃな……とりあえず口を割らせるか……と思ったが……」


 ビトはテオが隠れている岩場をチラッと見て、「ガンッ」とホツの頭を蹴り飛ばし、一撃で気絶させた。ビトは兎の獣人なので、脚力はかなり強そうだ。


 そしてポーチの中から小さな紐を取り出し、圧縮解除魔法『レドーモ』で元の大きさに戻すと、強靭なロープになった。三馬鹿トリオを縛り上げ、布で目隠しをした。


「まぁ、テオがいれば此奴こやつらから話を聞く必要もない……という判断じゃ。ワシらの体格で此奴らを捕虜にするのは骨が折れる。ここに放置しておいても良かろう……。しばらく気絶しておるじゃろうから、もう安心じゃ」


 ビトはテオのいる岩場に向かい、手招きした。俺は『彗星の剣』を鞘に納めた。


「もう、大丈夫なの? チラチラ見てたけど、お姉ちゃん、すっごく強いんだね‼」


 テオが上半身を岩の上から出して、目をキラキラさせて言ってきた。


 俺は褒められて気持ち良くなり、顔がほころんで頭をポリポリと掻いた。


 


 その時だった。それは音もなく、静かに近付いて来ていた。


 


 突如、上空に発生していた小さな雲=霧の中から、ドラゴンライダーが飛来してきた。


 ガッ‼


 俺とブラダは、飛竜の巨大な鉤爪に掴まえられてしまった。


「ピイィイィィィエェェェェェェ‼」


 青緑色で腹部が白い『飛竜』が甲高い雄叫びを上げた。


「いっ⁉」


「きゃっ⁉ きゃああああああああ‼」


「なっ⁉ 何じゃと⁉ レイリア! ブラダ‼」


「お姉ちゃんっ‼」


「ン~! ン~‼」


 ビトとテオ、アルルが慌てて追って来たが、気付けば上空数十メートル……いや、下手したらもっと高い……‼ 俺は自然と叫び声を上げていた。


「ぎっ、ぎやぁああああああ‼」


 掴まれずに出ている腕は右腕だけ。左腕はガッチリ掴まれ、剣を抜けそうもない。ブラダは両腕ごと掴まれてしまったようだ。


(俺は高所が苦手なんだよぉおおおおお‼ 死ぬ死ぬ死ぬ……! だけど‼)


「エルド・ヴラム‼」


 俺は落下する事も考えず、中級火炎魔法『エルド・ヴラム』を発動しようとした。


 だが、掌が少し光りかけた時に、「プスンッ」と小さな煙が出ただけだった。


「こ、これは……無効化魔法『マギア・オーヴィルカ』だわ……‼ 私達の魔法は封じられている……!」


「む、無効化魔法⁉ この飛竜は魔法を使える……ってコト⁉ ……クソォッ! 放せっ! 放せぇっ‼」


「おいおいおいおい……こんな空で放したら、お嬢ちゃん達、地面に激突して死んじまうぜ?」


 そうだ。こいつはドラゴンライダー。飛竜の上にライダーがいる。


「俺はガイウスだ。お前ら、名前は?」


 やはりガイウスもサー盗賊団ペントの一員のようだ。刺青や衣服の柄でわかる。


「はっ、何であんたに教えなきゃいけないのよっ?」


 ブラダは思っていたより強気な少女みたいだ。


「あぁ? お前ら、自分の立場わかってんのか? 落としちまうぞ。おい、ヴィフル」


 飛竜が鉤爪の力を一瞬緩め、俺達を落としかけた。


「ひっ」


 地面が遥か下に見え、霧で白みがかっていた。下は渓谷で、『浮遊岩』がたくさん浮かんでいる。『ヴィフル』というのは、この飛竜の名前らしい。


 大空には山吹色が拡がり始め、黄昏時が迫る。


「わ、わかった! わかったよぉっ! ……ボ、ボクはレイリア、この子はブラダ……です……」


 ブラダは「何で言っちゃうのよ⁉」と言いたげだったが、この状況で反抗しても仕方がない。俺もブラダも涙目になっていた。


 俺はそう簡単に泣くタイプじゃなかったんだが、恐怖で漏らしそうだし、既に涙も溢れてる。やっぱりこの肉体の精神年齢に下がっている気がする。


「うわぁあああ……うわぁあああああん」


 チクショウ……。自分自身で、〈反応がマジで『少女』そのもの〉だと思った。

 

 

 

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