◆第三章⑤ 対人戦(前編)

「アミナ・エスクード‼」


 初手で、俺は防御シールド魔法を展開した。空中に小さな粒が浮かび、1つ1つが30センチ程度の六角形の光り輝く板になり、ガキィン! と音を立てて六角形が組み合わさって、〈ハニカム構造で全体が湾曲した、青紫色に光り輝く魔法の盾〉を形成した。


「おいおい、白髪のかわい子ちゃん、魔法使えるのかよ!」


 モヒカン頭は意外そうに言った。


「何言ってんだよダナキの兄貴~。見りゃわかるだろ! どう見ても魔法使いだ!」


「うるせぇ! じゃあ何で剣を構えてんだよ、ホツ! コノ野郎‼」


「オォオオッ!」


 ブンッ


 大男のフーが、棘付き鉄球型メイス=『モーニング・スター』を振り回してきた。


 ガキイィンッ‼


 俺の防御シールド魔法『アミナ・エスクード』がそれを防ぐ。フーは回り込んで、シールドが展開されていない方から打ち込んできた。


「アミナ・エスクード‼」


 俺は予測してシールドを展開しようとしたが、まだそれほど発動が速いわけではない。空中に小さな粒が浮かんだ瞬間、それを吹き飛ばすようにフーのモーニング・スターが振り下ろされ、かき消してしまった。魔法のシールドの完成前に攻撃されると、上手く形成されず、吹き飛ばされてしまうようだ。


「あっ!」


 俺は仕方なく、『彗星の剣』で受けた。


 ギキィィッ‼


 金属の剣と、金属の鉄球がぶつかり合い、高音の摩擦音が生じる。俺は5メートルほど弾き飛ばされ、「くっ!」と声が出た。何とか空中でクルッと身体を捻り、着地した。さすがこの肉体だ。運動神経が良く、反応速度が素晴らしく速い。だがしかし……。


(クソッ……何だよ! やっぱり『重さ』は受け止めきれないじゃないか!)


 結局、重さ=質量=パワーなのだ。しかし、『彗星の剣』には刃こぼれ1つもないし、集中して目を凝らすと、俺の魔力が『彗星の剣』に行き届いている事がわかった。


(これが、『魔霊気』ってやつか……? 確かに強度は高いのかも知れない……)


 重さや圧力を防ぎ切る事はできない。物理法則通りに弾き飛ばされる。しかし、確かに『強度』は魔力のレベルが高い方が上回るようだ。フーのモーニング・スターの棘は、数本折れたり曲がったりしたようだ。


(かと言って、あれの直撃まで魔霊気で防げるのか……?)


 俺には肉体に受けてみる勇気はなかったが、どうなるのか、好奇心が湧き上がった。


「フンッ!」


 再びフーが真上にモーニング・スターを振りかぶって振り下ろす。しかし、ヴァロア・ソーマで身軽な俺は、簡単に回避する事ができた。防御魔法で受けようと思わない方が良さそうだ。ここからは、回避して、隙を突いて、側面から斬りつける事にした。


「フンッ! フンッ! フンガーッ‼」


「おいおい、白髪の姉ちゃんすばしっこ過ぎだろ! このままじゃ埒が明かねぇ」


 シュンシュンッと俺は素早くステップを踏み、素早くフーの太腿を斬りつけた。「ブシュッ」と血飛沫が飛んだが、浅い。俺が本気で深く斬りこめなかったのだ。


「グアァッ!」


 しかしそれでも、フーは膝を突いた。この状態なら身長差があっても首を狙える。俺はフーの首に『彗星の剣』を突き立てる〈そぶり〉を見せた。


「し、死にたくなかったら降参してよ」


「レイリア! 油断するな‼」


「ハッ⁉」


 その時、側方からナイフが飛んできて、俺の頬をかすめた。


「いっ! ……痛くない。あれっ?」


 頬を触っても傷はついてない。ナイフは確実に俺に当たったように感じたが、魔力も籠められていないようなタダのナイフは、俺の『魔霊気』を貫けず、まるで滑るようにかすって後方の地面に落ちた。しかし、少しパラパラと髪の毛が落ちた。


「あ~! よくもボクの髪を……‼」


 俺は自分の髪の毛が切られて「イラッ」とした。髪の毛のような細い部位までは魔霊気で強化し切れないようだ。


(ダメージは受けなくても、禿げになるのは嫌だな)


「ありゃっ⁉ マジかよこのガキ……」


 モヒカン男のダナキが投げたナイフのようだ。ダナキは目を丸くして驚いた。


「フンッ!」


 俺がナイフに注意を向けた瞬間、膝を突いていたフーが俺の『腹部』目掛けて、モーニング・スターを打ち込んできた。


 ドスッ……ガンッ! 油断して喰らってしまった。


「ぐふっ」


 俺は強烈なボディーブローを受けたように吹っ飛ばされ、「ゴロゴロゴロ……」と、地面を転がった。


「レイリア⁉」


 ブラダとアルルが俺に駆け寄ってきた。


「うっ……」


 あれ……? 思ったより平気だ。まるで厚みのある防具越しにボディーブローを受けた程度の衝撃。剣道の胴ほど硬いものではなく、格闘技の練習用の防具の上から受けたような衝撃だ。重さはあるので吹っ飛ばされたが、ダメージはそれほどでもない。


(これが魔霊気の効果か……‼)


 俺は口角が緩み、ニヤリと笑みがこぼれた。


「レイリア、大丈夫?」


「ン~! ン~!」


「うん。何か平気みたい」


「で、でも、お腹から血が出てるよ。エレメ・ピセラ!」


「へっ⁉」


 確かに、モーニング・スタ―は棘付きの鉄球……棘の先端の一部は魔霊気を貫通して浅く刺さったようだ。それほど深い傷じゃない。それに、戦いの高揚感なのか、さほどの痛みを感じなかった。ブラダの掌と俺の腹部が薄緑色の光に包まれ、傷は綺麗に治った。


「レイリアは昔っから痛みに強いけど……、無理しないで」


(そうなのか……)


「だ、大丈夫……さっきは物凄く恐かったけど……、今は勝てる気しかしないよ」


 俺はニコリと笑い、ブラダはホッとしたような表情を見せてくれた。


(もしかして、パンチ力も強いんじゃないか……今の俺……。試してみるか)


 直感的にだが、魔霊気を拳に集めるイメージをしてみた。人間は殺したくない。KOできるならその方が良い。俺は『彗星の剣』を鞘に納めた。


 シュンッ


 自分が思ってた以上の脚力と速度。


 ガンッ‼


 俺は一気にフーに詰め寄り、顔面を思いっ切りぶん殴った。


「いでっ」


「あれっ?」


 俺は顔が引き攣った。あまり効いてない。


「レイリア! ヴァロア・ソーマで軽くなっておるんじゃ! 攻撃の重さは低下しておるぞ!」


 ビトが大きな声でアドバイスしてくれた。


(あ……、そっか‼)


 確かに拳はフーより強力な『魔霊気』によって硬く強化されている。かと言って、重さがあるわけではないどころか、俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の効果で身軽になっている=軽量化しているという事だ。三日月遺跡脱出時の岩場でブラダの身体を受け止めた時に、かなり軽かった事を思い出した。


 グッと、俺は右腕をフーに掴まれ、持ち上げられた。


「うわわわわわわ……」


(ヤバい! やっぱり恐い‼)


 俺は恐怖で顔が引き攣った。ゴリラみたいな力だ。


(クソッ……! 腕が引き千切られそうだ……‼)


「パイネ・アールト‼」


 パンッ!


 思わず、掴まれていない左手で魔法を使ってしまった。無意識の詠唱破棄。


 衝撃魔法『パイネ・アールト』は距離による減衰率が高い魔法だが、至近距離での衝撃波の威力は、中級火炎魔法『エルド・ヴラム』の威力をも超える。


 大男のフーも、至近距離の強烈な衝撃波を喰らって、白目を剥いて倒れた。


「やってしもうたか……」


 ビトの方を見る。少し怒った顔をしている。


「ご……ごめんなさい……」


「……まぁ、今のは仕方なかろう。パイネ・アールトは減衰率が高いから、遠くまで魔力が伝播せんかも知れんしの……次は剣だけで倒してみせよ。あのモヒカン頭の武器はサーベルじゃから、丁度良かろう」


「はい、先生‼」


「せ、先生……?」


 ビトは『先生』と言われて、少し顔がほころんだ。


 俺はモヒカン頭のダナキと向き合い、再び『彗星の剣』を構えた。


 その時、角付き兜のホツは岩場に寄りかかって鼻をほじっていた。間抜けにも武器の大斧を投げ飛ばし、その方向にはビトがいるので、取りにも行ってない。とりあえず、あいつは今は無視していても平気そうだ。


 モーニング・スター相手では日本の剣術の強みは中々活かせなかったが、同じ刀剣相手ならば違う。今度こそ『雷道武現流剣術』を見せてやる。


「何だァ? このクソガキ……ナメやがって。魔法が使えるくせに剣で勝負しようってのか⁉」


「うるさいな。黙って斬りかかってきなよ!」


 俺には一度試したい技があった。日本の剣道の技が、この世界の剣術に通じるか。以前の肉体ではできなかった技も、この肉体の動体視力と反応速度ならできる気がする。


 俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の効力が消え始めた。むしろ都合が良い。自分の元々の身体能力と重さで勝負だ。


「キイィイイィィエアァアアアアア‼」


 ダナキは奇声を上げて突進してきた。

 

 

 

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