◆第三章② 外の世界へ

 眩しい。この世界で初めて見た外の光は、随分強く感じた。


 ザアァアアァァァァァ……


 激しく流れる滝の音が響く。ようやく三日月遺跡から脱出できる。ここはどうやら滝の裏側の隠し通路のようだ。いや、もしかしたら元々は滝がなかった場所なのかも知れないと俺は感じた。何故なら、通路から繋がっていたはずの橋が崩落していたからだ。後からできた滝の勢いで崩れたように見えた。何せ、大昔の古代遺跡だ。


 遺跡内部は薄暗く限られた広さの空間だったのでわからなかったが、俺の視力はかなり良いみたいだ。しかし滝の裏側から見えるのは、山間部の谷間と川、崖、岩場、森だ。


 俺とブラダ、アルル、ビトは、跳び移れそうな場所を探した。苔が生え、水飛沫によって湿った岩場は、下手したら滑って転落しかねない。左手に見える岩場には蔓植物が張り巡り、掴めそうだ。まだ俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の効力も残っていて身軽な俺達は、跳び移る事にした。


「う……高い……お、ボク、高所恐怖症なんだよなぁ……」


「え? レイリアは高い所、得意だったじゃない……? 記憶喪失になると、感覚も変わってしまうのかな……?」


 ブラダが訝しげな表情を見せた。


(あ……前のレイリアはそうだったのか……マズった)


「あ、いや、全然! 全然平気‼ なんだけど、ブラダが覚えてないくらい昔はそうだったの! ブラダが生まれる前の話だよ⁉」


「……そ……そっか」


 俺はブラダとの実年齢の差を理由に言い逃れした。肉体的には14歳だが、ハーフエルフだと云うこの肉体=レイリアの実年齢は28歳だ。17歳のブラダが知らない事だってたくさんあるはずだ。しかし、恐怖心は克服できるだろうか……。


「ワシが先に行こう」


 身軽なビトが先にジャンプして、余裕で蔓を掴んで岩場に着地したが、少し足下が滑るようだ。


「ぬっ。やはり苔で湿って滑り易いな……。先にそのアルルというペットを渡しなさい」


 アルルを抱きかかえていたブラダが、アルルに問う。


「アルル、行けそう?」


「ン~!」


 アルルは状況を理解して、崩れた通路に降りた。アルルは勢いをつけて「ピョーン」と跳んだ。アルルよりは大きいが、身身長が1メートル程しかない小柄な白兎の獣人であるビトが、右手で蔓を掴んだまま、左手でアルルをキャッチしようとした。しかし、「ポンッ」とアルルはビトの頭を踏み台にして、さらに奥の岩まで跳躍して着地した。


「ぬ……ワシを踏み台にするとは、やりおる……」


 丸々としたアルルだが、思った以上に身軽だ。奥の安定した岩場で飛び跳ねている。


「じゃあ、次はボクが跳んで、あっちでブラダを支えるよ」


 俺がブラダに提案し、ブラダはコクッと頷いた。俺は正直、かっこつけた。一応これでも、〈精神は男〉だ。かっこつけたくもなる。


(とはいえ、やっぱり高い所こえぇ……)


 俺は脚がすくみそうになったが、元々のレイリアは高所が得意だったようだから、目を閉じて深呼吸して、心を落ち着かせようと試みた。


(落ち着け……落ち着け……俺は武見和親じゃねぇ……今は……レイリアだ)


 自分に言い聞かせ、目を開けて下を見ると、不思議と高所に対する恐怖心が抜けたように感じた。


(……何だか行けそうな気がする~……。よし、行くぞッ‼)


「ハッ!」


 おっと! 勢い余ってビトを超えるほど跳躍してしまった。そして蔓を掴んだ。着地したら足下がズルッと滑った。


「うわっ……危ねっ……」


「何じゃ……ワシの支えはいらんかったの。中々の跳躍力じゃ。ヴァロア・ソーマの効力も切れとるというのに」


「えっ⁉」


 自分では気付いていなかったが、迷っている間に俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の効力はとっくに切れていたようだ。


(俊敏魔法の効果なしでこの身軽さか……この肉体は凄いな……‼)


 改めて、今の自分の肉体のスペックに感動を覚えた。


「へへ……じゃあ次はブラダ! ボクが支えるから、ジャンプして! その前にぃ……ヴァロア・ソーマ‼」


 俺は無意識的に詠唱破棄してブラダに再びヴァロア・ソーマをかけた。ブラダの身体がポゥッと朧げな光に包まれ、成功した。ブラダは俊敏さと身軽さが向上し、受け止める俺にとっても重さの負担が軽減される。俺の魔力はまだまだ切れなさそうだ。


 ビトはアルルのいる岩場まで下がった。ブラダは下を見て、不安そうにしている。


「……ちょ、ちょっと待って……心の準備が……!」


 その時、「ゾクッ」と背筋が凍るような感覚を覚えた。


「お主も感じたか⁉」


 ビトも感じたようだ。俺達が出て来た通路の奥から、何か不気味な気配を感じた。


「ブラダッ! 通路の奥から何か来る‼ 急いで‼」


「えっ⁉ えっ? 何もいないけど……」


 ブラダは通路の奥を見て否定した。でも俺達2人とも感じたんだ。ただならぬ気配。


「早くっ! ボクを信じて‼」


「わ、わかったわよ……! 絶対に落とさないでよ~……やっ‼」


 ブラダが跳躍し、俺を掴んだ。俺もしっかり受け止める事に成功した。ヴァロア・ソーマの効力でブラダの体重は思っていたよりもかなり軽く感じる。


 ズルッ


「きゃっ‼」


 ブラダが足を滑らせた。


「あぶっ‼」


 だが、俺は彼女の身体をしっかりと支える事ができた。レイリアの肉体は、細腕の華奢な肉体の割に、思ったよりも力があるようだ。


「ごめ~ん……ありがと……」


 ブラダは泣きそうな顔でお礼を言った。うむ。たまらなく可愛いぞ。そして密着してるから、〈ふくよかなソレ〉が当たって……俺は「うっ」となったが、あぁ、大丈夫だ。こんな時に〈付いてない〉のは、興奮がバレなくて良いかも知れないな⁉


「大丈夫? レイリア。顔が真っ赤……踏ん張り過ぎてない? 何だか鼻息も荒いよ?」


「あっ、えっ⁉ 大丈夫大丈夫! そんな事ないから‼ 余裕だよ! あはは……」


「おい! 何しておる! 急げ‼」


 ビトに急かされ、俺達はその先の安定した岩場に跳び移った。


(やった‼ 遂に俺は外の世界に出たんだ!)


 俺達は岩場から即座に離れ、生い茂った森に入り、警戒しながら歩み始めた。


         ◇         ◇         ◇


 レイリアとビトが感じた、ただならぬ気配……それはザハールのドス黒く禍々しい妖気のような魔力だった。首に蛇のズミーヤを巻いたザハールが滝裏の通路に現れた。


「……ひぇっひぇっ……滝の裏に通路があったとはのぉ……後で調べさせるか……」


 ザハールは滝裏で崩れた通路の上から、レイリア達が居た岩場を見た。既に彼女達はいなかったが、「む……?」と、ザハールが何かに気付いた。


「これは……‼」


 それはレイリアの白い一本の髪の毛。


「ここから逃げたか……まぁ良い……行き先はわかっておる……ひぇっひぇっ……」


 ザハールは不気味な笑みを浮かべ、通路の奥に戻って行った。


         ◇         ◇         ◇


 森の中を歩くと、虫の鳴き声がよく聴こえる。いや、様々な音が〈よく聴こえ過ぎる〉気がした。遺跡内は遮蔽物があり、反響音がよく響く空間だった。外に出ると感覚が違う。どうやら視力だけではなく、聴力も良いみたいだ。耳も少し尖って大きいしな。とはいえ、さすがに〈兎の獣人〉のビトほどではないだろうし、音をかき消す静寂魔法というのもあるようだから、油断は禁物だ。


 森の中を歩きながら空を見上げ、月が複数ある事に俺はようやく気付いた。滝の側の岩場では、必死過ぎて空を見上げて感動する余裕がなかった。


「えっ⁉ 月が……、イチ、ニィ、サン……普通に白いのと……赤と緑……⁉」


 地球の月と同程度の月と、より大きな緋色と蒼碧色の月が、それぞれ半月となって空に浮かんでいる。思わず、有名なインスタントそば・うどんのシリーズを思い出した。


「あっ! 何かあそこ、岩が空に浮いてないっ⁉」


(うぉおおおおお! マジかよ⁉ この世界は、『浮遊岩』がある世界なのか!)


 俺は感動で目がウルウル・キラキラとしていたに違いない。


「……そっか……そういう事も忘れちゃってるか……」


 ブラダはきょとんとした表情で俺の顔を見て、苦笑し、空を見上げた。


「月はねぇ、6つもあるんだ」


「え⁉ む、6つも……⁉」


 俺は驚いて声を張り上げてしまった。


(しまった……心配かけないために、あまり驚かないように心がけてきたのに……)


 ブラダが話を続ける。


「森の中からは3つしか見えないけど、高台に行けば、残り3つの内、2つは見えると思うよ」


「……あ、あぁ~。そ、そうだったかも⁉ な、何となく、思い出してきたよぉ~」


 俺は精一杯誤魔化したが、顔は引き攣っていたかも知れない。


「そう? ……それなら良かったけど……」


 ブラダはニコリと笑ってくれた。護りたい、この笑顔。


 世界の広がりを感じ、俺の目はきっと輝いていた事だろう。爽やかな気分で満たされていた。フワッと爽やかな風が頬を撫でてくれたような気がした。

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

良かったらフォローといいねをお願いします☆

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る