◆第二章㉓ 蛇の霊薬

 ダンケルは自らめくれた皮膚を戻し、自身で使用できる低級回復魔法『ピセラ』で応急処置をし、めくれた皮膚の破れた箇所を癒着させた。しかし、完全な治癒はできない。さらに、鎮痛魔法『レニーレ・ドロール』で若干痛みを和らげた。


 この一連の魔法は無詠唱でスムーズに実行されたが、ダンケルは高度な回復魔法を使えるほど、魔法の『契約条件』を満たしていない。 


 


「マクリア・エレメ・ピセラ‼」


 ザハールは最下層の横穴の入口辺りから動かず、蛇の杖をダンケルに向け、遠距離回復魔法を発した。蒼白い光の球がダンケルに向かって飛んで行き、ダンケルを回復させる。しかし、遠距離では効果が十分とは言い難い。通常、回復魔法は治癒が完了するまで近距離でかけ続けるものだ。


 直後。ダンケルにグリーントロールが近付き、斧を振りかぶった。


 ガキィイイィン‼


 ダンケルが『月下の剣』で攻撃を受けると、グリーントロールの斧が砕け散った。


 手持ちの武器には、自分自身を防護する魔霊気と同等の魔霊気を通して強化する事ができる。グリーントロールの一撃が『重過ぎた』ために、強烈な負荷が斧にかかり、斧の強度の限界を超えてしまったのだ。強過ぎる力が時として仇となる。

 逆にダンケルの『月下の剣』が全くの無傷だったのは、本人の魔霊気の強さによるものだ。


 シュンッ! とダンケルが飛び上がったのが見えた瞬間、「ザンッ‼」と、グリーントロールは頭上から股にかけ、真っ二つに切断された。ダンケルの『黒月斬』という斬撃技だ。斬撃の軌道は、まるで一直線の黒い稲妻のように目に焼き付く。


 ブシュウウウウウッ‼ と鮮血が舞ったが、ダンケルは魔霊気で血飛沫を防いだ。


 ダンケルの斬撃技は物理法則に反し、跳び上がり後に魔力を使う事で、重力による『自由落下運動』より圧倒的に速い速度で空中から斬りつけていた。つまり、ある程度は空中で軌道変更もできるという事だ。


「おっと……、しまった。思わずやり過ぎたぜ」


 ダンケルは「しくじった」と思った。ダンケルは魔物を派手に傷つけるつもりはなく、冷静に動いているつもりだったが、ダメージを受けて少々力んでしまったようだ。


 それを見ていたザハールも「やっちまった」と言いたげな顔をしている。


「グゥウォオオオオ‼」


 サイクロプスが怒り狂い、ダンケルに襲いかかってきた。ダンケルはニヤリと嗤う。


 


 一方で、その隙にレッドトロールがグレース側に走り、襲い掛かっていた。


 グレースの護衛のトーマスが、腰に装着していたメイスの圧縮を瞬時に解除した。通常サイズのメイスは、常人には扱えない巨大なメイスとなり、トーマスは構える。


「アミナ・ムルス‼」


 ザハールが防壁魔法『アミナ・ムルス』で自身とグレースを防壁で護る。ザハールの防壁魔法の厚みは20cm程もあり、かなりの強度を誇る。


 レッドトロールが大きく刀を振りかぶり、とてつもない速度で振り下ろしてきた。


 ガギィンッ‼


 強烈な一撃をトーマスが巨大なメイスで防いだ。


「ぐうぅっ‼」


 トーマスは耐えるが、足下が地面に沈み込んでいく。


 ザハールは連続して電撃魔法『イクレア』と闇の攻撃魔法『モルケ・バリス』でレッドトロールを攻撃した。『イクレア』の〈青白い電光〉と『モルケ・バリス』の〈紫の電光を放つ真っ黒な球体〉が、レッドトロールに直撃したかと思われた。


 しかし、レッドトロールの周囲を光る魔法の膜が覆っている。2種類の魔法は拡散され、レッドトロールの後方に飛散して消失した。


「なんと⁉ 強力な魔法防御の結界が張られておるじゃと⁉」


 サイクロプス、レッドトロールともに身体にペイントされた古代の紋様が防御結界魔法『アミナ・バリエラ』をフルオートで発動させているのだ。レッドトロールのペイントはわずかに「パラパラッ」と剥がれたが、まだ9割以上残っている。


 その刹那、コールソンが飛び上がってレッドトロールの肩に飛び乗り、首に『赫灼かくしゃくの剣』を突き立てた。


 ザシュッ‼


 しかし、レッドトロールの魔霊気によって深く突き刺さらない。


「ヴラム・ソード‼」


 ボボッ!


 コールソンは魔法剣士だ。剣に火炎魔法『ヴラム』をかけ、攻撃力を上げる。コールソンの『赫灼かくしゃくの剣』の刃に連続した炎の紋様が現れ、輝き燃える。直接突き刺した上で発動した魔法は、魔法防御の結界で防げない。


 コールソンは突き刺した『赫灼かくしゃくの剣』を、レッドトロールの首に「ズズッ」と押し込む。燃え盛る剣はトロールの首を焼きながら深く突き刺さっていく。


 ブシュッ!


 レッドトロールの首から鮮血が舞う。


「グオォッ‼」


 レッドトロールは唸り声を上げ、コールソンを掴んで投げ飛ばし、岩に叩きつけた。


「ぐぁっ‼」


 コールソンの『赫灼かくしゃくの剣』が首に突き刺さったまま、レッドトロールが刀を振るう。コールソンは瞬間防御魔法『エスクード』でガードしたが、弾かれ、刀の一撃が直撃した。


 ザンッ‼


 コールソンの皮膚は切り裂かれ、吹っ飛ばされた。胴体表面が斬られ、大出血している。しかし、それはつまり、骨格は強化魔法で強化されて守られた事を意味している。


「コールソン!」


 トーマスが叫んだ。


「クソがぁッ‼」


 レッドトロールがコールソンに攻撃を仕掛けた隙を突いて、トーマスがレッドトロールの膝を狙い、横から巨大なメイスを思い切り打ちつけた。


 メキメキメキッ‼


 レッドトロールの脚はあらぬ方向に曲がり、倒れた。


 コールソンはふらつきながらも起き上がり、「シュンッ」と飛び上がった。


 ザクッ!


 コールソンはレッドトロールの心臓に『赫灼かくしゃくの剣』を突き立て、倒した。


 ブシュウゥウゥゥ……‼


 コールソンが『赫灼かくしゃくの剣』を抜くと、大量に血飛沫が舞った。コールソンは力尽き、そのままもろにレッドトロールの血飛沫を浴びて倒れてしまう。


「コールソン‼」


 トーマスがコールソンを抱えて後退し、ザハールの魔法の防壁の中に引いた。


「コールソン‼ ……魔物の血は危険だわ! ピュリフィカトル‼」


 グレースが即座に浄化魔法『ピュリフィカトル』を使い、光のシャワーによってレッドトロールの血は少しずつ光の粒となって除去されていく。浄化魔法『ピュリフィカトル』は、浄化魔法『モーイ・モーイ・スクーン』の真魔法と呼ばれる上位互換魔法だ。


 続け様に中級回復魔法『エレメ・ピセラ』をかける。薄緑色の光に包まれ、傷がジワジワと治癒していくが、少し治りが鈍い。グレースは疲弊し、魔力が低下している。グレースの鼻から、「ツーッ」と一筋の鼻血が流れる。


「うぅ、回復魔力が落ちている……その上、この傷……解毒しないと……‼」


 レッドトロールの刀傷はきれいな切り口ではない。まるで鋸で斬られたように切り口が粗く、グチャグチャになっている。錆び付いた刀は毒素を含んでいた。さらに魔物の血飛沫をもろに浴びて、傷口にも入ってしまった。未知の毒素や病原菌が体内に混入する可能性もある。


 通常の回復魔法でも多少の解毒効果があるが、グレースはより強力な解毒魔法『デトキシカル』も併用する事にした。両手別々で魔法を発動する。


「デトキシカル‼」


 右手からは薄緑色、左手からは青い光が「ボゥッ」と漏れる。紫色の光の粒子が空気中に漏れ出し、解毒され始めた。しかし、グレースは再び血の涙を流し始め、急激にガクッと脱力し、「うぅっ……‼」と呻く。


「グレースさん!」


 トーマスが心配して駆け寄った。ザハールは横目に見るも、防壁魔法の維持に注力しつつ、ダンケルの戦いの方が気になり、歯を食いしばりながら見ている。


「ザ、ザハール様‼ 回復魔法もお願いできませんか⁉」


 トーマスがザハールに懇願した。ザハールは少し嫌そうに小鼻を「ヒクッ」とさせた。


「……仕方あるまい」


 ザハールは右手で蛇の杖を前方に構え防壁魔法を維持しつつ、左手で全体回復魔法『エレメ・ピセラ・アレアゾーナ』を発動し、グレース、コールソン、トーマス、ザハールは明るい緑色の光に包まれた。コールソンの傷口の治癒が早まり、トーマスはホッとする。


 しかしグレースの出血の理由は傷を負ったわけではないため、気休めでしかなかった。グレースは血を拭い、再び魔力を抑えながら回復と解毒魔法を発動する。


 一拍置き、3人はダンケルの方に目を向けた。


 


 ダンケルはサイクロプスの猛攻を凌いでいるものの、頭から血を流し、劣勢に見えた。


「ザハール! 『蛇の霊薬』を出せ‼」


 ザハールの蛇の杖が「ウェッ」と小瓶を吐き出す。ザハールは操作魔法で『蛇の霊薬』の小瓶をダンケルに向けて飛ばし、ダンケルはそれをキャッチした。


 ダンケルはサイクロプスから距離を取って、小瓶の中身を一気に飲み干す。


「クハァアアアア……コレコレ……鎮静魔法解除だ……」


 ダンケルは、鎮静魔法『ルグナ・ロア』をしばらく前から使用し、心を鎮めていた。人差し指で自身のこめかみに触れ、心の中で「アンバインド!」と唱えた。


 頭から魔法の光の円が発せられて、極小のブロックに分解されるように消えていく。


 解除魔法『アンバインド』で鎮静魔法『ルグナ・ロア』は解除された。


 鎮静魔法を解除してダンケルは本来の力を取り戻しつつ、蛇の霊薬を飲み干した事で、それ以上のパワーを得た。


 ギュインッ! ギュウウウウイイイィィンン‼


 ダンケルの身体に力が漲り、頭部の傷も完治してしまった。蛇の霊薬には回復効果があり、さらに狂暴性と凶悪性が増す。魔力も全開だ。

 

 

 

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