◆第二章㉒ ハーディーの秘密

 推定時刻 15:00


 レイリア達の捜索に向かうハーディーとランバートは、浮遊岩が浮かぶ山間部の岩場を素早く移動していたが、ランバートは少しバテ始めていた。


「ハーディーさん、ハーディーさんってばぁ! ちょっと! ちょっと待って下さい!」


 ハーディーは振り向いて一度足を止め、浮遊岩ではない普通の岩場の崖の上をゆっくりと歩き始めた。ランバートはそこまで必死で追いつく。


「はぁ……はぁ……ハーディーさん速過ぎますよぉ……」


「……ほれ、ポーションゼリーやるよ」


 ハーディーは丸みのあるキューブ型の蒼いゼリーをランバートに投げ渡した。


「あ、ありがとうございます」


 ランバートが歩きながらポーションゼリーを一口で食べると、「ポゥッ」と、ほんのりと薄緑色の光に包まれた。洋梨のような自然な甘みの果実の味がしておいしい。これでしばらくの間は喉が潤う。ランバートは「ふぅ……」と一息ついた。


 2人は少しスピードを落として移動し始めた。


「そう言えばハーディーさん、どうして1人で飛んで行かなかったんですか?」


 ここで言う「飛んで行く」とは、急いで行くという意味だけではない。文字通り、ハーディーは空を飛んで行けるのだ。


「……そりゃあ、さすがに1人だとしくじる可能性が高まるだろ。飛んで行ってヘバったら終わりだし、十分急いでるつもりだぜ」


「すいません……僕が追い付けてなくて……」


 ハーディーは三日月遺跡の方を見ながら歩いている。本当は走りたいところだが、さすがにここにランバートを1人で置いていくわけにはいかない。

 先刻、山に住む魔獣にランバートが襲われそうになり、助けたばかりだ。彼のレベルなら十分倒せる相手だったが、ランバートは少し臆病な所があるのだ。まだまだ一人旅ができる若者ではない。


「飛行について、改めて詳しく説明するぜ。俺の飛行時間はチャージタイムが必要なのは知っているな? その上、最高2分程度しか飛行できない」


 ランバートは「ふんふん」と頷きながら聞いている。


「戦闘でも、普段から俺の『魔神器アーティファクト:有翼のアンクレット』のフル起動はトータルで10秒も使ってないぜ」


「……確かに、ハーディーさんが本気出すと一瞬で勝負がついてしまいますもんね……」


「そうだ。普段の戦闘では、15秒未満のチャージで、コンマ何秒、長くて数秒の飛行時間しか必要ないんだ。逆に言えば、戦闘中に15秒静止するのは結構な命取りだぜ」


 確かにその通りだ。強者ほど高速で戦うため、最悪1~2秒の静止でも命取りになる。


「だから、お前らのサポートにはめちゃくちゃ助かってるんだ」


「てへへ」


 ランバートは少し嬉しくなった。


「ここからが重要だ。耳の穴かっぽじって聞けよ。俺の魔神器アーティファクトの飛行速度は、最高で時速400キロ程出る。だが、その速度だと30秒も持たないんだ」


「なるほど……」


「巡航速度は時速180キロ程度。2分で最大6キロ程度進める。でもそれだとハイマー湖を超えられない。最短でフルチャージするためには霊薬か、回復師ヒーラーが必要だ。自然回復だと半日以上かかっちまう。三日月遺跡で動けなくなったら元も子もない」


「確かに……」


「霊薬はジョナスさんから〈ラスイチ〉を貰ったが……、これは本当に必要な時のために取っておきたい……。嫌な予感がするんだ。それに、限界を超えた魔神器アーティファクトの連続使用は、肉体と魂に不可逆的なダメージを与えると言われてる。……だから、これを使う」


 ハーディーはジャラッと5つの細いチェーン付きのチャームを取り出した。それぞれ10cm程度のチェーンの先に魔霊石が取り付けられていて個性的なデザインをしているが、魔霊石の色は全て蒼い。全てのチャームの先端は矢じりのように尖っている。


「そ、それって『魔霊魂波守コンパス』じゃないですか! そ、それも5つも……」


 ランバートは戦慄した。何故なら、それは5人もの女性から渡された〈可能性が有る〉からだ。自身の居場所を教える『魔霊魂波守コンパス』を渡すという事は、かなりの関係性でないと成立しない。


「……何だよその顔?」


「……ハーディーさん。それ、レイリアちゃんに見せてないですよね?」


「ん? 見せたけど?」


 ランバートは「ハァ~……」と溜息をつき、首を振った。


「……何なんだよ? ……いいか? これがレイリアのコンパスだ。見ろ。まだ蒼い。レイリアの無事を示している」


 どのコンパスの魔霊石も蒼く、わずかながら蒼い光を発しているようにも見える。 


「コンパスよ、レイリアの居場所を指し示せ。ディレクティオ!」


 ハーディーはレイリアの魔霊魂波守コンパスに対して、方角を指し示す呪文を唱えた。コンパスの先端は三日月遺跡を指し、チェーンがしなって細かく振動するように動き続けている。


「見ろ。この振動は、移動しているという事だ。一時倒れたのは事実かも知れないが、今はレイリアは無事で動いている」


「良かったぁ‼ レイリアちゃん無事なんですね! 早く教えて下さいよ~‼」


「いや、かと言って危険がある事に変わりはないと思うぜ」


「確かに……。そのコンパスの存在、アインさんとスプレ姐さんは知ってたんですか?」


「あ~、そう言えば、知らないのお前だけかもな」


「酷い」


 ランバートは少し悲しい顔をした。


「スプレンディッドがレイリアの魔力をある程度感知できるのは知ってるな? 離れ過ぎたら無理だが、ハイマー湖から離れ過ぎなければ、すれ違っても感知できるはずだ」


「なるほど……」


「向こうで見つけたら、エトワルーチェの花火で知らせるように言ってある」


 星屑魔法『エトワルーチェ』は、花火を出す幻影イリュージョン魔法である。花火は熱を持たず、攻撃等に使えるものではないが、視覚効果と爆発音で連絡手段として使える。祭の見世物として大活躍する魔法で、スプレンディッドは『オヴム祭』で披露する気満々だった。


「こっちが先に見つけたら、お前の鏑矢とか爆矢とか煙幕の矢で知らせる事にしてる。何でも良いけどよ……。まぁ、とにかくわかったな? そろそろ回復したろ。急ぐぞ‼」


「はい!」


 ハーディーとランバートは再び素早く移動し始めた。渓谷の岩場の浮遊岩を素早く飛び跳ねて通り抜けて行く。その途中、レイリア達が立ち寄った空の水溜まり=『空溜まり』の側を通過して行った。

 

 

 

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