◆第二章⑲ 封印
推定時刻 14:30
ザハールがトロールに殺された盗賊団員の遺体を回収していると、ザハールが放ったうちの1羽のコウモリが戻って来た。
「白い髪の少女を見つけたか」
ザハールはニヤリとほくそ笑む。
時間差で、上層で使役した巨大蜘蛛の『ギガント・スピンデル』が、白い髪の少女を蜘蛛の糸でグルグル巻きにして捕縛したのを感じ取っていた。
使役した魔物が「白い髪の少女を見つけた」という情報は、静まった水面の池で波紋が広がるように、空間を魔力の波動が伝播し、ザハールに送られる仕組みとなっていた。
これを『魔力伝達』と呼ぶ。
魔力伝達の波動の強さは、使役された魔物の魔力次第。ギガント・スピンデルは特別強い魔力の波動を発する事ができるわけではないため、かなりの時間差があった。
コウモリに至っては、それ自体ができず、直接戻って来た。
この時、既にギガント・スピンデルはビトによって倒され、レイリア達は移動を始めていた。おそらく最速で上層に向かっても間に合わなかっただろう。
ザハールが全ての遺体を回収し終えて、ダンケル達が入っていった最下層の横穴に向かう。横穴に入ろうとした時、ギガント・スピンデルの反応が消失した事を、時間差で感じ取った。
最下層から上層を見上げる。
「……あの状況から倒されたじゃと?」
ザハールは迷ったが、最下層の横穴の奥にいる愛蛇のズミーヤからの魔力伝達の波動を受け、ダンケルのいる場所へ向かう事にした。
ダンケル達は最下層の横穴の奥の小部屋にいた。グレースの護衛のコールソンとトーマス、トロールに敗れて逃げ回った団員のショビク、ボリダン、シーショウもいる。
この場には、青白く光る古代文字のような文字が刻まれた石碑=結界石があり、グレースが透視で見たのと同じ形状の石造りの直方体の棺がある。
「この棺で間違いありません」
グレースが断言した。
この空間は古代の魔法によって魔物を寄せ付けない『結界』が張られていたが、ザハールの蛇・ズミーヤはその空間に入り込んでいる。ズミーヤは、高い知性と魔力操作能力を持つ珍しい個体で、結界には魔物として認識されなかったのだ。
一般的に魔物や動物は、人間のように魔力を操作できない個体がほとんどである。人間には高い知性があるため、人体表面から漏出する魔力は凪の水面のように落ち着いている。
それに比べて、魔物や動物も魔力を持ってはいるが、知性が低いために漏出魔力に落ち着きがなく、バチバチ・ギザギザとした形をしている場合がほとんどだ。結界はそういった反応を感じ取り、魔物の侵入を防いでいた。
ダンケルの命令を受けてトーマスが力づくで棺の蓋をこじ開けようとしたが、できない。ダンケルも確認する。ダンケルは棺に触れた事で、どの程度の魔力が籠められているのかわかった。
「やはり封印が施されているな。グレース、この封印を解く事はできそうか?」
「……無理よ。私は封印解除の魔法は使えないもの……透視能力とは全く別……」
ダンケルは「まぁそうだよな……」という顔をした。
「……そうか。おい、ズミーヤ」
ダンケルは蛇のズミーヤに話しかける。ズミーヤが首を伸ばす。
「ザハールに封印を解かせる。早く来るように伝えろ」
蛇のズミーヤは舌を出して「シャ~ッ」と鳴いた。「了解」という返事だ。ズミーヤがクルクルと首を回す。使役された魔物と同じく、魔力で伝達をしているようだ。
「ひぇっひぇっ……棺の封印が解けぬのですな?」
丁度、ザハールが小部屋に入って来た。蛇のズミーヤは、ダンケルの命令を受ける前から、魔力伝達の波動をザハールに送っていたのだ。有能な蛇である。
ザハールが棺を調べる。
「……ふむ……この棺、そこの逆三角形の窪みに納める、特殊な『魔法の鍵』が必要なようですな……。私めの封印解除で封印を解く事もできるかも知れませぬが……、少々時間を要しますぞ……」
「どの程度だ?」
「……数日かかる可能性もございます……保証はできかねますぞ……」
ダンケルは眉間に皺を寄せ、不服そうにしている。
「……ちっ。魔法の鍵だと……? この遺跡内になかったら『詰み』だな。しかし俺にはグレースがいる。探し出すのは容易な事……。グレース。魔法の鍵の位置を掴んでくれ」
「わかりました」
グレースはコクッと頷き、水晶を両手で掲げて祈りを捧げる。
「ハリの水晶よ……我が眼と成り代わりて、求めに応じなさい……」
水晶が青白い光を放ち、グレースの周囲に吹き上がるような風が巻き起こり、グレースのローブがはためく。
グレースの視界では、遺跡の壁面が透過したように青白く見え、強い光が浮かび上がった。その光が移動し、むしろ近付いて来るのを感じ取った。
それが何なのか、グレースには明瞭に見え始めた。それは、この遺跡の魔物の親玉で1つ目の魔物、【サイクロプス】。そしてその首飾りだ。首飾りには魔法の鍵が取り付けられている。
サイクロプスは頭頂部まで8メートル以上。この遺跡の魔物の中でも、ずば抜けて巨大だ。遺跡の大半は天井が高く、この巨躯でも歩く事ができるが、背伸びしたら届きそうな高さだ。
サイクロプスの大きさでは狭い通路には入って来れなそうだが、『柱と階段の間』のような吹き抜け構造の空間や、『祭壇の間』のような広い空間なら、この魔物も暴れられるだろう。
グレースが見ている映像は、水晶に朧げに映し出されている。
「なるほど、そいつが鍵を持っているというわけか。ツイてたな、ザハール。ここ一帯の地域から離れていたら、数日、ここで封印解除させるところだったぜ……」
ザハールは目を見開いた後、冷や汗をかき、ホッとしたような表情を見せる。
サイクロプスの動き方を見ると、どんどんこちらに近付いて来る。最下層でトロールを殺したダンケルを襲撃するつもりだろう。魔物の親玉、自らお出ましだ。
「クックック……都合が良い……グレース。そいつの魔力を測れるか?」
グレースはさらに集中力を高める。
「……‼ サイクロプスの魔力はとてつもなく強い……レベルは……400以上……?」
グレースは目を開いた。表情は蒼褪めている。
「けひっ……なんと! 私めの魔力を超えておりますぞ……欲しい……」
ザハールとダンケルは目を見開き、歯を見せてニヤリと笑う。
「400⁉ そんな怪物を相手にするんですか? 逃げた方が良いんじゃあないですか?」
コールソンが進言した。トーマスや他の団員3人も蒼褪めている。
「おいおい、コールソン。何ビビってんだよ?」
ダンケルがズイッとコールソンを睨みつける。その時、グレースからツーッと鼻血が流れ、膝を突いた。目も充血し、血の涙がジワッと出る。
「グレースさん!」
トーマスとコールソンがグレースを労わる。
「……大丈夫か? 少し休め」
ダンケルは一応の気遣いを見せた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
良かったらフォローといいねをお願いします☆
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます