◆第二章⑱ 獣人
「レイリア! 大丈夫⁉」
私は後悔した。私はレイリアに無理強いをしてしまったらしい……。
ヴラムはあくまで低級火炎魔法。威力が低いから、防火魔法『エルド・ヴォルン』で完璧に防火して、ダメージもないはずだったし、以前のレイリアはこれくらいの炎なら自身の魔力による魔法防御で耐えられるはずだった。
だけど、記憶喪失のレイリアにはその『魔技』が使えなくて当然か……。でも、こうしなきゃ2人とも食べられていたかも知れない。
巨大蜘蛛は再び向かってきて、気絶したレイリアに襲いかかろうとしてきた。
「エルド・ヴラム‼」
私は咄嗟に詠唱破棄で中級火炎魔法『エルド・ヴラム』を放った。何故かできる気がして、成功した。失敗していたら、衝撃魔法『パイネ・アールト』を使うつもりだった。
ボゥッ‼
私のエルド・ヴラムは直撃したが、巨大蜘蛛にはあまり効かなかった。一定のレベルを超えると、自身の魔力で身体を覆う魔力のオーラ=『魔霊気』でダメージを抑えてしまうのだ。要するに、レベル上位の者に対してはレベル下位の攻撃は非常に通りにくい。
(この魔物は私のレベルより上だ……! どうすれば……レイリアを目覚めさせないと、勝てない! でも、隙がない!)
私はエルド・ヴラムやパイネ・アールト、電撃魔法『イクレア』で攻撃や牽制を仕掛けたが、どれもダメージが通り切らない!
(マズい……このままでは行き詰まりだ……打つ手がない……)
私は防戦一方で倒す手立てが立てられず、光明を見出せなかった。違和感。巨大蜘蛛は執拗にレイリアを狙ってきている。私やアルルにはまるで興味がないかのように……。
(まさかこれは、使役魔法⁉ 誰かがレイリアを狙っている⁉)
そう思っているとゾクッと寒気がして、この空間の下層に〈不気味な魔力〉を感じた。
その時だった。
ドゴッ!
白い塊が、巨大蜘蛛に体当たりをしたように見えた。
「大丈夫か⁉」
それは、身長が1メートル程の小人……いや、白兎の獣人だった。
獣人には、完全に獣の頭部と特徴を備えた『真獣人』と、顔が人間と混じったような見た目で、より人間に近い『亜獣人』が存在するが、白兎の獣人は『真獣人』だ。
頭にゴーグルを装着し、サバイバルに適したような冒険者の服を着ている。腰回りには複数のポーチを装着し、色々な道具を持っていそうな出で立ちだ。小さな盾と、身長の半分程のナイフを装備し、背中には弓矢も装着されている。
「こいつは『ギガント・スピンデル』じゃな! レベルは90程度……君には手強い相手じゃろう」
「あ、あなたは⁉」
白兎の獣人は、巨大蜘蛛に立ち向かいながら答えてくれた。
「ワシの名は『ビト』! 君達の事が気になって、先程から追いかけておった! 途中、気になる物を見つけて寄り道して遅れた! すまなかったな! ここはワシに任せろ‼」
ワシに任せろって、私は心の中で「こんな小さな身体で大丈夫なの?」と思った。
「危ないっ‼」
巨大蜘蛛は狙いをビトに向けて数発の糸を発射したが、ビトはわかっていたかのように素早く回避して、階段の上に手を伸ばし、ぶら下がった。
「兎の素早さを舐めるなよ」
ビュンビュンッ! と風を切る音を立てながら、ビトは立体的な階段のある空間を縦横無尽に飛び跳ね回る。残像が一瞬残るような素早さだ。
「凄い……!」
でも、「速いだけで倒せるの?」と、私はビトの実力を疑った。だが、それは杞憂でしかなかった。ビトは「ヒュンヒュンヒュンヒュンッ」と素早く立体空間を飛び回り、巨大蜘蛛の一瞬の隙を見逃さなかった。
ドッ! ブシュッ!
ビトのナイフは魔力を帯びて巨大蜘蛛の『魔霊気』を貫通し、頭部に突き刺さった。
「す、凄い……!」
私はこの小さな白兎の獣人、ビトさんを舐めていたようだ。しつこかった巨大蜘蛛は、真っ逆様に落ちて行ったが、折り重なった階段に引っかかった。巨大蜘蛛の肉体はボロボロボロッと崩れ、光る粒子となり、粒子が集まって1つの結晶のようになった。
「あれは……?」
「あれはトドメを刺した時に、
「そんな事もできるんだ……学校で教わった事なかったな……」
後日、知った事だが、魔物を魔結晶化する魔法は非常に高度な魔法で、誰にでもできる事ではないらしい。そして、人間社会では成人した上級魔術師にしか伝授されないんだとか。
そんな魔法・魔技を知ったら、興味本位や金儲けでいたずらに魔物に挑んでしまう可能性があるからだろうか。
ビトさんは素早く階段の下に降りて行き、迅速に魔結晶を回収した。
私はその間にレイリアに念のため回復魔法をかけ、目覚めの魔法『クシープナ・スーリジット』で起こした。
「う……う~ん……あれ……? ブラダ? お……ボク、もしかして気絶してた?」
「うん、ごめんね……レイリア」
私はレイリアをギュッと抱き締めた。アルルも安心して「ン~ン~」鳴いていた。
レイリアは少しボーッとしていたが、ビトさんを見て目を見開いた。
「……えっ⁉ 何そいつ⁉」
「そいつって……失礼な子じゃな……」
ビトさんは溜息をつく。
「ごめんなさい! レイリア、この人が助けてくれたんだよ」
「……あ、そうなんだ……ご、ごめん……なさい。え、てか、人? 兎じゃないの?」
「ワシは獣人じゃ」
「獣人……そんなのもいるのか……」
「ちょっと、レイリア! 命の恩人に失礼だってば‼」
「良い良い。獣人はこの地域では珍しいからの。しかしお主も純粋な人間ではないな? 耳も少し尖っているし、何よりもその髪の色……ん? その髪の色は……」
ビトさんの目が見開いたような気がした。
「レイリアはハーフエルフなんです」
「ハーフ……エルフ?」
この時、ビトは疑問を感じていた。
(エルフ……? エルフなんぞもう百年も見ていないし、確かほぼ全て金髪のはず……。ただの白髪でもない……。このような美しい雪白色の髪はありえん……。ハーフとはいえ、耳はもっと横に広がるはずじゃ……。ワシの知るエルフとは特徴が違い過ぎる……白い髪……まさか――。いや、だとしても、どっちのじゃ……?)
ビトさんは少し冷や汗をかいてレイリアを見つめていた。
「そう言えばさっき追いかけてきたっておっしゃってましたけど、いつから?」
「う~む……確か……、君達がムカデの魔物に遭遇する前辺りじゃったかのぉ……」
「あら、結構前ですね。でもどうして?」
「そりゃあ、こんな危険な遺跡に
「それは――」
ドゴォンッ‼ その時、再び下層から轟音が響いてきた。
「そうじゃった! 早くこの場を立ち去った方が良いな……。ここには『
「
「盗賊かぁ……『盗む』スキル高そう……」
レイリアはあまり深刻に考えていないみたいだ。まだ頭がボーッとしてるのかな?
「ヤバいなんてもんじゃない! さっきの蜘蛛の百倍危険じゃ。ワシのレベルは250以上あるが、それでも下手したら殺されるぞ‼」
私はゴクッと唾を飲み込んだ。きっと蒼褪めていたに違いない。それにしてもビトさん、レベルが高くてビックリした。
「動ける? レイリア」
「ごめん、もう動けるよ」
「さぁ、こっちだ。付いて来なさい」
ビトさんが手招きした。私はレイリアを起こして、急ぎ付いて行く事にした。
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