◆第二章⑯ ダンケル 

 ダンケル率いるサー盗賊団ペントが『柱と階段の間』の最下層に到着した。最下層は人工物というよりは自然の岩場そのものだが、平たい地面が広がっている。


 グレースが水晶を使って透視をしながら、前に進んで行く。ザハールの放った蛇のズミーヤを常に向かう先に先行させている。


「あともう少しよ……」


 進む先には、洞窟のような横穴がある。


 グレースがダンケルに向かって言う。グレースはかなり疲れているようで、汗をかき、顔色も悪い。


「あの横穴だな。ご苦労だったな、グレース。一度透視を休め」


 


 ドゴォンッ‼


 突然、後ろの方で轟音が鳴り響いた。トロールがサー盗賊団ペントの最後尾に襲いかかっている。レイリア達が出会った4~5メートルのトロールより、一回り大きい個体だ。


 ダンケルはいつもなら殺気を察知できるのだが、この空間では感覚が鈍っているのを感じていた。


「トロールか……。この壁一面に埋まっている魔霊石……感覚を鈍らせる」


 ダンケルは気怠そうに最後尾側に向かう。


「おいコールソン、トーマス。2人でグレースを護れ」


「はっ」


 コールソンとトーマスがグレースの前後を固める。元々2人はグレース専属の護衛だ。


 


 最後尾側では盗賊団員がトロールに防戦一方だ。トロールは力任せに棍棒を振り回している。既に最初の不意打ちで1人は潰されて殺されたが、残り6人の団員達はトロールに立ち向かい、必死で棍棒を躱している。


「うわぁああああ‼」


「クソッ! デカい割に攻撃速度が速い‼」


「ちくしょう! よくもダハイヤを‼」


 団員のダフシーが、殺されたダハイヤの敵討ちでトロールに突っ込む。


 バゴッ‼


 トロールの棍棒を振り回す速度が速く、ダフシーは装備している鉈で受けるも、吹っ飛ばされて壁に激突した。ダフシーは首の骨が折れてしまった。虚ろに目を見開き、体中から血を流している。


「ダフシー‼ クソォッ‼ 頭領の元まで走れっ‼」


 団員のパストラが叫び、残った5人は前方に猛ダッシュする。


 ドゴッ‼


 団員のナラズが追いつかれ、棍棒の一撃を喰らい、胴体が折れ曲がった。


「と、頭領ォーッッ‼ た、助けてくだ――」


 パストラが叫んだ。その時、吹き抜け構造の『柱と階段の間』の数階上の横穴から、同程度の大きさの別のトロールが現れ、飛び降りてきた。


 グチャッ


 新たに現れたトロールBは、助けを呼び叫んでいたパストラを踏み潰した。トロールの足下で血溜まりが拡がる。


「チッ! 情けない野郎どもだ……。なるほど、あぁやって突然現れたか」


 ダンケルが上を見上げる。『柱と階段の間』は複雑に入り組み、横穴も多い。どこから敵が湧いて出てくるのかわからない。


 ダンケルが2体目のトロールBに立ち向かう。最初のトロールAもどんどん近付いて来る。生き残った3人の団員がダンケルの下へ集まり、役に立ちそうにないが、再び武器を構える。


「と、頭領! も、申し訳ございません!」


 ドゴッ


 団員のシーショウがダンケルの裏拳で殴られ、吹っ飛び、倒れた。


 まだ意識はあり、「うあぁ……」とシーショウは悶絶し、鼻血を流した。


「逃げるとは情けない奴等だ。そいつを連れて前方のグレースを護りに行け」


「はっ!」


 団員のショビクとボリダンが殴られたシーショウを抱き上げ、連れて行く。


「レベルはおおよそ200程度ってところか……」


 トロールに歯が立たなかった団員の平均レベルは80程度で、サー盗賊団ペントの中でもあまり強いメンバーではなかった。しかし中にはブラダより高レベルの者もいたのだ。


 2体のトロールの巨大な影がダンケルに迫り、トロールBが、「ブンッ」と高速で棍棒を振り下ろした。


 バンッ‼


 ダンケルは素手でその棍棒を弾いてしまう。


 ダンケルは当たる瞬間に『エスクード』という、わずかコンマ数秒間発動する瞬間防御魔法を使った。こういった魔法を使った戦闘技術を『魔技』と呼ぶ。


「こんなものか」


 ダンケルはニヤリと笑う。ダンケルがビュンッと風を切る音を出して飛び上がると、既にトロールBの頭上に移動している。ダンケルはトロールBの頭を掴み、力任せに地面に叩きつけた。


 バゴォオン‼


 轟音が轟き、地面の岩が弾き跳ぶ。トロールBの頭蓋骨にはヒビが入り、頭部から大量に出血して動かなくなった。


 いくら人間の中では大柄なダンケルとはいえ、体重はわずか90キロ程度。数トンもの体重のトロールを素手でねじ伏せるのは物理法則に反する。ダンケルは魔力を肉体に籠めて、強力な力を生み出しているのだ。


 トロールBの頭を抑えつけた瞬間を狙って、トロールAが後ろからダンケルを狙って棍棒をスイングしてきた。


 ブンッ! ガキィイィン‼


 ダンケルは素早く『月下の剣』を抜き、トロールAの棍棒を背面で受けた。しかし、さすがに重さがある。ダンケルは弾き飛ばされた。


 しかし、クルンッと空中で回転し、難なく着地する。


「……あまり傷つけない方が良いんだったかな?」


 ダンケルは剣を鞘に納め、右腕を軽く回し、ビュンッ! と跳び上がって素手でトロールAの顔面を殴り飛ばす。


 バゴォン‼


 トロールAはもんどり打って倒れた。ヒュンッと風を切り、ダンケルが倒れたトロールAの胸を目掛けて、剣を突き立てた。


 ブシュッ!


 ダンケルの『月下の剣』はトロールAの心臓まで貫通した。


「フゥッ……」


 ダンケルが一息つき、剣を抜こうとしたところで、ザハールがフワッと降りてきた。


「ダンケル様!」


「ザハール。遅かったじゃねぇか? 見物でもしてたか?」


「ははぁ、滅相もございません……。急ぎ向かいましたが、たった今追いついたところにございます……」


「そうか。で、お前の言う通り、さほど傷をつけないように退治してやったが?」


「これはこれは……ひぇっひぇっ……誠にありがたきですじゃ……その剣を抜く前に、私めが出血を抑える魔法をかけましょう」


 ザハールが傷口に杖を向けると、ボワッと朧げに光り、ダンケルがスッと剣を引き抜いても出血量を抑えられた。魔物の返り血を大量に浴びるのは危険性があるからだ。


「返り血は俺の魔霊気で防げるがな……」


「ひぇっひぇっ! 流石でございます」


 ダンケルは『月下の剣』を振って血を飛ばし、同時に浄化魔法でトロールAの血を除去する。血が光の粒となり、消えていく。こうする事で武器が傷まずに済むのだ。


「では、ダンケル様はグレース様の下へお戻り下され……」


「じゃあ先に行ってるぜ。早くしろよ」


 ザハールは頭を下げ、ダンケルはその場を立ち去る。ザハールが振り向き、彼が持つ『蛇の杖』の目の赤い宝石がボゥッと光る。


「モーフ・コンプレッサオ‼」


 ザハールはトロールの死骸に蛇の杖を向け、変形圧縮魔法を使い、トロール2体を小さく丸めた。ウーフリの遺体と違って二回り程大きいサイズの球状に圧縮した死骸は、ザハールが持つ蛇の杖の口の部分に飲み込まれていった。


「さて、他の遺体も回収しておくか……」


 ザハールはボソッと呟き、死亡した団員の遺体に近付く。

 

 

 

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