◆第二章⑭ 水を得た魚

 俺達は相変わらず遺跡内の回廊を彷徨っていた。所々で崩れていたり、木の根で覆われて、本来の通路が潰れているのだ。だが、確実に外に近付いている感覚はある。間違いなく下層に進んでいたからだ。


 少し進むと、石像が並ぶ通路に出た。薄暗く、ハッキリと形状がわかるような明るさではなかった。突然、「カサカサ……ガサガサガサガサ……」と音が聴こえてきた。


(え、この石像、動いた?)


 一瞬そう思ったが、石像の周囲からワラワラと巨大ムカデのスコロペンドラが何十匹も現れた‼ 巨大ムカデが石像に纏わり付いていたのだ。


「うわぁあっ‼」


 よく見ると、さっき倒した巨大ムカデよりは小さく、1メートル程度だ。一瞬ビビったが、さっきの奴と比べたら、どって事ない。そろそろ魔物にも驚かなくなってきた。


「パイネ・アールト!」


 数が多かったからか、ブラダは先手を打って、衝撃魔法『パイネ・アールト』でムカデどもを吹き飛ばして蹴散らしてくれた。しかし、衝撃波では倒し切るまでには至らず、ムカデどもは再び向かってきた。


 しかし、このくらいの大きさだったら、早速、『彗星の剣』で戦えそうだ!


「行くぞぉっ!」


 俺は野太い声で気合を入れて発したつもりだったが、やっぱり女の子の声だった。


 遂に俺が高校一年まで実家で習っていた古武術と剣道の経験が活かされる事になった。


 ザシュッ! ブシュッ! ザシュッ!


 思った以上にこの肉体は反応が良く、イメージした以上に身体が動く。俺はテンポ良く、まるでダンスをするように、調子に乗って巨大ムカデどもをどんどん斬り伏せていった。


 逆に思った以上に動き過ぎてバランスを崩す事もあったが、中学時代にゴールキーパーのレギュラーを勝ち取った俺の運動神経は、この肉体の反応速度に徐々に慣れ始めた。


(凄い! 俺の身体、動く! 高校の時に病気で動けなくなった以来、こんなに飛び跳ねたりできた事はなかった! 身体が動くのって楽しい! この身体、最高だ!)


 俺は心の中で叫んだ。久しぶりに自由に身体を動かせる喜びで、高揚感で満ち溢れ、どんどんテンションが上がっていくのを実感した。


 思わず、「オラァッ!」と叫びたくなったが、それは我慢した。


 しかし心の中では「ヒャッハー」していた。


 ザシュッ! ブシュッ! ザシュッ! スコロペンドラの体液が飛び散った。


 戦うのって楽しい! まるでゲームじゃん!


         *         *         *


 ブラダは相手が魔物とはいえ、『殺戮』を楽しむレイリアの姿を見て、少し引いた表情で心配そうに見ていた。


(レイリア……どうしちゃったの……? レイリアは襲われない限りは、魔物さえ殺すのを躊躇してたのに……まるで別人になったみたい……)


 そう考えていた。


『だからよ』


 その時、まるでブラダの精神に語りかけるように、大人の女性の声が聴こえた。しかし、ブラダにはレイリアの声が変な風に聴こえた気がして、それが何なのかわからなかった。


         *         *         *


「え? 今何か言った?」


 ブラダは茫然と俺を見ていた。


 その時、1匹のスコロペンドラがブラダの背後から近付いて飛び掛かろうとしていた。


「危ないッ!」


 ザシュッ!


 俺はブラダに襲いかかったスコロペンドラを斬り伏せた。


 ザシュッ! ブシュッ! ザシュッ!


 最後のスコロペンドラを斬り伏せ、時代劇で見た事があるように、「ビュッ」と『彗星の剣』を振るって、魔物の体液を飛ばした。


「ハァ、ハァ、ハァ……あ~、結構、汚れちゃったかも……?」


 俺はかなり息を切らしたが、何故か楽しくて高揚感に満ち溢れ、笑顔になっていた。


 しかし気付けば、スコロペンドラの体液をだいぶ浴びてしまった。顔にも浴びていた。


「うわ……レイリア、大丈夫⁉」


「あ、これは全部返り血……ノーダメだよ!」


 スコロペンドラの体液は人間の血と違って紫色をしていたが、薄暗かった上に、あまりにも汚れ過ぎていて、ブラダを心配させたようだ。


「良かった……」


 ブラダはそう言いつつ、あまりにも返り血を浴びて汚れた俺の姿に少し引いているように見えた。しかし彼女にはこういう時のために覚えた、とっておきの魔法があった。


「レイリア、こっち向いて……モーイ・モーイ・スクーン!」


 ブラダが螺旋を描くように『蒼玉のロッド』の先端を俺に向けてクルクル回した。


 『蒼玉のロッド』の先端から光のシャワーが出て、俺の身体と服、そして『彗星の剣』にこびり付いた汚れが、光の粒子となって消えていった。何て便利な魔法だ!


「この魔法はね、不浄な物質を洗い流して毒素も飛ばしてくれるんだ。武器のメンテナンスとかにも使えるよ。汚れを取るだけだけどね」


「うわぁ~! こんな便利な魔法もあるのか~! ファンタジー世界の住人って、お風呂どうしてるのかなー? っていっつも思ってたけど、こういう魔法があるのかぁ……‼」


 俺は感動して、この世界にない言葉を口走ったらしい。


「ファン……? 何それ?」


「あ……」


「こういう魔物の体液って毒を含んでいる事もあるからね……気を付けて」


 ブラダは今の俺より背が高い。少し腰を屈めて俺の両肩を触り、心配そうに見つめてきた。


「あ、ありがとう……」


 ブラダの方が背が高いから、少し目線が上を向く。俺の方が上目遣いをしていた。


 心配そうに見つめてきたブラダの瞳の美しさに、俺は再びドキッとして下に目を逸らした。そこには、ブラダの豊満なおっぱい……いや、胸があった。


(うわわわわ……ご、ご褒美?)


 ただでさえ高揚感MAXでテンションが上がって、心臓もドキドキしていた所だ。そのドキドキがブラダの思いやりと可憐さと重なり、まるで一目惚れした時のような気分を味わった。俺は口の奥が熱くなって思わず生唾を飲み込んだ。運動していた以上に、身体全体が熱くなるのを感じた。


 思わず身体を〈くの字〉にしかけたが、そう言えば、無かった……。俺、このまま女のままなのかなぁ……?


「……あれ? 顔、紅いよ? 動き過ぎじゃない? 大丈夫?」


 ブラダが心配そうに見つめる。


「あ、あ~! だ、だだ大丈夫だよ! うんっ」


 俺は照れ隠しでブラダに背を向けた。


「変なの……」


 しばらく変な空気が流れたが、ブラダが思い出したように話し始めた。


「あ、そう言えば、さっきお風呂って言ってたけど、私はやっぱりちゃんと水浴びしたり、湯船にゆっくり浸かる方が好きだな~。帰ったらハーブの湯にゆっくり浸かりたい! レイリアも好きでしょ? 覚えてる?」


 当然覚えているわけがない。が、俺は思わず、自分の体験を話してしまった。


「あ~、そう言えば長野で入ったハーブ温泉は気持ち良かったなぁ~……」


「ナガノ?」


(あ、しまった……)


「そんな場所、ハイマー村の近くにあったっけ? 記憶喪失というより頭が混乱してるのかな~?」


 ブラダは俺の頭をポンポンして、顔をジーッと見てきた。


 俺は日本の地名を出して「しまった」と思ったが、むしろブラダに見つめられた事によるドキドキの方が勝り、顔が火照った。

 

 

 

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