◆第二章⑬ 追跡者 その2

 三日月遺跡に侵入したサー盗賊団ペントが、回廊を進み、拓けた空間に出た。ここはザハールに使役されたコウモリの群れが上層に向けて飛んで行った場所だ。


 吹き抜け構造の中央には巨大な樹木のような柱が在り、幾つもの階段が複雑に折り重なったような空間である。

 ここは、ほのかに青白く光る石が所々にあり、松明なしで視界が開けるが、吹き抜けの底は真っ暗で何も見えない。階段には手すりがなく所々崩れているため、足を踏み外したら真っ逆様に落ちてしまいそうだ。


 ダンケルが目配せをした。ザハールがニヤリと笑い、他の者からはわからないように小さく手持ちの『蛇の杖』を回す。


 ゴトゴトッと上の方で崩れ落ちていた岩石が揺れ、不自然な軌道で落ちて来た。


 グシャッ


 後方にいた痩せ細った盗賊団員のウーフリの頭部に直撃して、頭を潰し、血飛沫と脳漿が飛び散った。


「ウーフリ!」


 後ろにいる団員が叫んだ。


「そ、そんな……」


 グレースは蒼褪めて口を押さえ、「うっ」と、軽く吐き気を催してしゃがみ込んだ。


「グ、グレースさん! 大丈夫ですか?」


 トーマスが駆け寄る。


「し、しかし……な、何てこった……」 


 グレースを抱きかかえながらトーマスは呟き、蒼褪めている。


 むしろほとんどの団員が蒼褪めていた。ダンケルとザハールを除いて。


 ザハールがウーフリの遺体に近付いて行く。


「おぉ~おぉ……何て事だ……かぁわいそうにぃぃ……。あぁぁ頭が潰れてしまっては、私めにも治療できませぬぅぅ……」


 ザハールは演技じみた物言いをして、ダンケルに小さな声で耳打ちする。


「ひぇっひぇっひぇっ……この遺体を使えば、より強力な魔物を使役する事ができましょう……」


「構わん……」


 他のメンバーにわからないように、ダンケルとザハールは企んでいる。


 ザハールが振り向き、ウーフリの遺体に蛇の杖を向ける。蛇の杖の目の赤い宝石がボゥッと光る。


「ご遺体は回収して連れ帰って差し上げましょうぞ……モーフ・コンプレッサオ‼」


 ザハールが珍しく呪文を唱えた。通常の圧縮魔法よりも強力な変形圧縮魔法だ。遺体は回転しながら胎児のように丸まり、圧縮されていく。

 真球ではないが、7~8cm程度の球状の塊にされてしまった。


「な……! 何て事を⁉」


 グレースの護衛のコールソンが驚きの声を上げた。


 ザハールの行為に対して、複数の団員が驚き、嘆き、抗議をする。


「ひぇっひぇっひぇっ……ご安心を……これは高度な変形圧縮魔法で、元に戻せますぞ。ご存じなかったですかな? 見てて下され……モーフ・レドーモ!」


 まるでふにゃふにゃになった風船に空気が入るように、ウーフリの遺体は元の形状に戻り、ザハールの目の前の空中で静止している。


「ご安心召されよ……このようにご遺体は元に戻せます故……、アジトに帰ったらきちんと埋葬してあげましょうぞ。むしろ、この状態で持ち運んだ方が、遺体が傷つくリスクを避けられましょう。私めにお任せ下され……」


「そ……それならば……」


 抗議していた団員も納得する。ザハールは再び「モーフ・コンプレッサオ‼」と唱え、ウーフリの遺体を変形圧縮させると、蛇の杖に飲み込ませた。小さく圧縮された遺体は、蛇の杖に飲み込ませると亜空間に隠す事ができる。

 

 蛇の杖にも飲み込ませられる限度があるため、このように小さく圧縮する必要があった。


 そうこうしていると、突然、ガサガサガサッと音を立て、階段の上の方から、2メートル程の巨大な蜘蛛の魔物、【ギガント・スピンデル】が現れた。「ビュビュビュッ‼」と糸を発射して3人の盗賊団員が縛り上げられてしまった。


 ダンケルとコールソンは放たれた糸を見切って回避し、トーマスは斧を振り回してグレースを護って糸を防いだ。しかし糸が武器に絡みついてしまった。


「うぐっ! う~! う~!」


 糸で巻かれた者達は苦しそうにしている。糸を回避したコールソンが『赫灼かくしゃくの剣』を抜き、素早く糸を切断して3人を助け上げた。


「ちっ。少しベタ付きやがる……」


 コールソンは無言で火炎魔法『ヴラム』で剣に付着した糸を焼く。


 巨大蜘蛛(ギガント・スピンデル)は大きさに見合わず、素早く動き回っている。


 ザハールがニヤリとほくそ笑み、杖を向け、巨大蜘蛛に無詠唱で電撃魔法『イクレア』を放った。「パキィイィン!」とガラスが割れるような音が鳴り響き、空気を切り裂く〈青白い電光〉が放たれた。


 バチバチバチッ‼


 巨大蜘蛛は「ガタガタッ」と音を立てて落下してきた。


 ザハールはそれを魔法で空中に静止させ、逆に拘束魔法で巨大蜘蛛を捕らえ、拘束した。バチバチとした〈電撃の網〉で巨大蜘蛛は囚われている。何とも皮肉なものだ。


 ザハールは無詠唱で拘束魔法『コンストレイン』に電撃魔法『イクレア』を重ねた。これは2つ以上の魔法を重ね合わせる〈複合魔法〉だ。


「ダンケル様。ここは私めにお任せを……。この場に留まっては危険がございます故、お先にお進み下され……」


 ザハールがダンケルに申し出る。


「構わん。お前ら、行くぞ」


 ダンケルが冷静に命令を下す。ダンケルの命令は絶対である。団員達は「はっ!」と気を引き締めて、ダンケルに続く。


 ザハールが放った蛇が先行し、サー盗賊団ペントは『柱と階段の間』の下層に進み始める。


 ザハールはダンケル達が立ち去るのを見届け、振り向いた。


「ひぇっひぇっひぇっ……さて……モーフ・レドーモ!」


 ザハールは再びウーフリの遺体を元の形に戻し、遺体に向けて杖を向ける。「ギュルルル……」と遺体の左腕が捻じれ、「ブチィッ‼」と捻じ切ってしまった。


 先刻、ザハールは「遺体が傷つくリスクを避けられる」という話をしていたが、そんな事は気にも留めなかった。


「……蜘蛛の魔物よ、こいつを喰わせてやる……。我が求めに応じよ。セルビミオ!」


 ザハールが捻じ切ったウーフリの手を巨大蜘蛛に喰わせると、巨大蜘蛛はザハールの拘束から解き放たれ、「ガサガサガサッ」と上層に向かって行った。

 

 

 

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