◆第二章⑪ 学者と村長

 推定時刻 13:30


 ハイマー村上空では天候が好転し始めていた。


 ハイマー村上層の森の中にある、学者のキーガンの研究所前にハーディー達が助けた行商の馬車があり、行商の2人が馬車に戻るところだ。


 研究室の中はそこそこ広く、ランバート、スプレンディッド、アインハードが、魔物研究専用の大きな解剖台上に置かれた魔狼の死骸を取り囲んでいる。魔狼の死骸には圧縮魔法がかけられていたが、元のサイズに戻っている。肝心のキーガンがいない。


 ハーディーが遅れて研究室に入ってきた。ランバートが振り向いて声をかける。


「あ、ハーディーさん。さっきの何だったんですか?」


「あぁ、悪いなお前ら。またすぐに発たないといけなくなった」


「え~‼ せっかくゆっくり温泉に浸かれると思ったのに……」


 スプレンディッドは非常にガッカリして、肩を落とした。


「さっき行商さんから回復薬貰って元気いっぱいだろ」


「そういう事じゃないのよ‼」


 無神経なハーディーにスプレンディッドは言い返した。


「まぁまぁ……ハーディーさんがこう決めたんだから、よほどの事があったんじゃないですか?」


 アインハードがスプレンディッドをたしなめつつ、ハーディーに質問した。


「あぁ……それが――」


 ハーディーが話し始めようとした時、バンッとドアが開き、学者のキーガンが入って来た。


「あ! これはハーディーさん」


 学者のキーガンは30代前半の男性だ。細身で高身長。眼鏡をかけていて、少しゲッソリした頬で疲れた顔をしている。白い研究用のローブを身に纏っている。


「あぁ、悪い。遅くなって」


「今、丁度、サンプルを探していたところでしてね……」


「サンプル?」


「えぇ。この魔狼の血や肉片と似たようなサンプルがあったのを思い出しましてね。この薬液の中に入れて、似たような反応が出るか試そうと思ってたところなんですよ」


「それ、時間かかるの?」


「そうですねぇ……3~4時間あればってところですかね!」


「すまん、そんなに待ってられないんだ」


「あら、そうでしたか……それなら、のちほど、結果をお知らせしますよ」


「悪いな。実験、よろしく頼む。お前ら、行くぞ」


 ハーディー達が出て行こうとすると、キーガンのアシスタントの14歳の少年・ペーテルとすれ違った。


「あ、ハーディーさん! もうお帰りですか?」


「あぁ、ちょっと急ぎの用事ができてな。また今度な」


「はいっ! お疲れ様です! また今度冒険の話を聞かせて下さい! お気をつけて!」


「おぅ」


 ハーディーはニッと笑って応え、4人は研究所を出て行った。


 


 一方その頃、ジョナスはハイマー村の村長、トクシャル・スペリオの邸宅を訪れた。邸宅は西洋風の立派な洋館である。隣接して、ハイマー村自警団本部がある。規模は小さいが、中世ヨーロッパの古城を思わせる石造りの建築だ。


 ジョナスは応接室に招かれている。メイドのメアリーがお辞儀をして出て行く。


 村長のトクシャルは重厚な造りの椅子に座り、ソファーにジョナスを座らせた。トクシャルの斜め後方に執事のジェラルドが立ち、待機している。


 トクシャルはエルフなどの他の種族の血が混じっているわけではなかったが、110歳という高齢で現役の村長である。すっかり頭は禿げ上がっているが、立派な口髭と顎髭を蓄えている。ヨボヨボでしわくちゃの老体で、瞼も力なく開き切らない。


 執事のジェラルドは元聖騎士という、60歳近くの屈強な男だ。銀髪のオールバックに、黒々とした渋い口髭を生やしている。


「……で、何があったんじゃ? ジョナス」


「あぁ、それが……」


 ジョナスは娘のブラダとレイリアについて話そうとしたが、「いや、それよりトクさんに報告すべきは……」と、村長に先に報告すべき事ではないと感じ、話を切り替える。


「……魔狼が出た」


「……何ぃぃ? ま、魔狼じゃと?」


「あぁ。魔狼だ。ハーディーが退治してくれたよ……」


 トクシャルは戦々恐々とした顔で蒼褪めている。


 執事のジェラルドも驚愕している様子だ。


「ハーディーか……さすがじゃ……。それなら一安心ではあるが、魔狼は魔界の狼……この地域に出て良い存在ではない……何故じゃ?」


「それが、『蛇』の連中がこの地域に侵入してきたらしいんだ」


「蛇じゃとっ⁉ またそれは厄介な連中が来てしもうたな……狙いはレイリアか?」


「……あぁ、可能性はある。それで言い難いんだが……ブラダとレイリアが三日月遺跡に行っちまったらしんだ」


「何ィッ⁉ お主は何をしておる!」


 トクシャルは立ち上がって激昂する。ジョナスは怒られるのがわかっていたのか、頭を下げている。


「あぁ、すまない……言い訳はしない……」


 トクシャルはその様子を見て席に着く。


「……しかし、親であるお主が一番心配じゃろうて……許すわけじゃないが、事情の理解に努めよう。話を続けなさい」


「レイリアが、倒れたらしいんだ」


「何じゃと……?」


 トクシャルは再び激昂しそうになり、腰を上げ〈かけた〉が、腰を落ち着ける。


「これから、ハーディー達を捜索に向かわせる」


「そうか……それならば……」


 ハーディーの実力は折り紙付きだ。トクシャルも「それなら」と納得せざるを得ない。ハーディーとレイリアの関係性的にも最も信頼のおける人物だからだ。


 ジョナスは続ける。


「レイリアは、最近レベル・ハンドレッドに到達していたんだ。それで甘く考えてしまったのかも知れない……」


「……ぬぅ、確かにあの子は少し調子に乗る悪癖があった……」


「……それはそうと、『蛇』の連中だが、この村にはもう1つ魔神器アーティファクトが封印されているだろ?」


「……勘付かれたか……しかし何故じゃ。その事を知っておる者は我々を含めた一部の人間しかおらんはずじゃ……」


「もしや……『魔神器アーティファクト:ハリの水晶』の使い手が……」


「ぬぅ……それなら考え得る……。ならば、捜索に傭兵達を回さねばならぬな」


「いや、それなんだが、私はハーディーを信じている。それよりも……」


 トクシャルは直感的にジョナスの言いたい事を理解した。確かによそ者が三日月遺跡に捜索に向かうのは無謀過ぎるからだ。何よりも、ハーディーをこの国最強の男だと信じている。そして、魔狼にサー盗賊団ペント。村の危機である事は間違いない。


「あいわかった! 幸い、『オヴム祭』開催前で、近隣の町から警備兵も集まっておったところじゃ……祭の中止も検討して、村の防備を固めよう‼」


「あぁ! よろしく頼みます……」


 ジョナスは深々と頭を下げる。


「……それにしても、魔狼が相手なら、ハーディーにやる報奨金は倍にしてやるか……」


 トクシャルはそう呟いた。

 

 

 

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