◆第二章⑧ 矢文鳥
推定時刻 13:00
その頃、村の入口にブラダが放った矢文鳥が到着していた。
「ジョナス! ジョナス!」
矢文鳥は村の入口の木製の関所の見晴らしの良い場所に留まり、ジョナスの名前を連呼している。矢文鳥には、レイリア達の足跡が光って見えている。矢文鳥は再びレイリア達の足跡を確認し、ジョナスの酒場まで飛び立った。
丁度そこへ、魔狼を退治して戻ってきたハーディー一行が到着した。
ハイマー村の谷間の断崖のエリアには幾層にも折り重なったように建物が建てられ、下層には堅固な防壁も築かれているため、容易に敵の侵入を許さない造りだ。村の入口には関所もある。
関所の下はカーブした山道で、土の道ではあるが、馬車がすれ違える程度には広く舗装されている。村の入口から中心部まで、断崖絶壁をぐるっと回るように馬車道が整備され、馬車で上層の村の中心部まで行く事が可能だ。
上層の台地のエリアには商店が集まる区画がある。ジョナスの酒場はそこにある。
また、上層の台地の生い茂る森の中には、研究所や訓練施設、村長の邸宅がある。
ハーディーとアインハードは行商の馬車を側面から護るように横を歩き、スプレンディッドは馬車の屋根の上に座って前方を見張り、ランバートは馬車の荷台に乗って後方を見張っていた。
荷台には布で包まれた魔狼の遺体が置かれている。荷台の奥には色々と物が置かれているが、どれも圧縮されているため、実際の荷物量より少なく見える。
圧縮すれば多少は軽くなるが、体積の縮小に比べて重量は減らない。そのため、荷台の底は頑丈な『魔鉄鋼』で補強されているが、一目ではわからない造りになっている。
馬車馬は魔法の力で強化され、通常の馬よりも重い荷物を運ぶ事ができていた。その強化のおかげで魔狼の攻撃に耐えられたのだろう。
スプレンディッドが矢文鳥に気付いた。
「ちょっと、あの鳥! 矢文鳥じゃない?」
スプレンディッドがハーディーに伝える。
「ジョナス! ジョナス!」
矢文鳥はジョナスの名前を呼びながら飛んで行く。
ハーディーは、何となく嫌な予感がした。
「気になるな。先に学者のキーガンの所に行って、魔狼を受け渡しといてくれ。俺はちょっとジョナスさんの酒場に行ってくる!」
ハーディーは飛び出して、急いでジョナスの酒場に向かった。断崖絶壁をいとも簡単に跳び登って行き、途中、建物の屋根や崖に造られた木製の通路を飛び跳ねてあっという間に上層まで駆け上がってしまった。
◇ ◇ ◇
ジョナスの酒場に矢文鳥が飛んできて、店の入口の看板の上に留まった。
「ジョナス! ジョナス!」
その声を聴いて、ジョナスがドアを開ける。カランカランとドアのベルが鳴る。
「はいはいはい……と。誰からの矢文鳥だ?」
「ブラダ! ブラダ!」
そこに、ハーディーが到着した。
「ジョナスさん!」
「おっ、ハーディーか。パトロールは終わったのか?」
「あぁ、でっかい獲物が獲れましたよ。それよりその矢文鳥、俺にも聞かせて下さい。何か、嫌な予感がします」
「嫌な予感……あぁ、それなら私もだ……ブラダからの連絡だ。一緒に聞いてみようじゃないか。鳥さん。こっちにおいで」
矢文鳥は送り主と受け取り主の言う事を素直に聞くようにできている。ジョナスが腕を出すと、矢文鳥は素直に腕に留まった。
ジョナスがハーディーを店内に招き入れると、酒場の客の視線がハーディーに集まる。ハーディーの事を快く思っていない者もいるのだ。それは彼へのやっかみである。
傭兵団『シルバー・ウルヴス』で最年長のロンバルトがハーディーを睨みつける。髭を生やした屈強な戦士で、こめかみに目立つ傷がある。
「これはこれは『ファルコン・ハーツ』のハーディーさんじゃねぇか」
『ファルコン・ハーツ』とは、ハーディー一行のクラン名として登録されている名称だ。彼はハーディーの事が気に入らないようだ。彼の仲間の女魔法使いのメリッサもハーディーを見ているが、全く違う感情が籠められた熱視線。そういう事もあり、気に入らないらしい。
「チッ」
ロンバルトは舌打ちをした。
ハーディーはそういった視線は気にも留めなかったが、銀色の鎧兜で身を包んだヴィルヘルムの事は気になり、チラッと見た。ヴィルヘルムもハーディーを気にしていた。
ジョナスがハーディーを店の奥にある事務室に通し、矢文鳥を止まり木の上に乗せる。矢文鳥は指示があるまで静かにできるのだ。
「どうぞ話して」
ジョナスがそう言うと、矢文鳥からブラダの声が響き渡る。
「パパ! 三日月遺跡でレイリアが倒れたの! 助けて!」
「な、何だと……⁉ 何で三日月遺跡なんかに……こうしちゃおれん……!」
ジョナスが立ち上がるも、ハーディーが手を出して止めた。
「待って。ジョナスさん。これは危険な任務になる」
「そ、そんな事はわかっている! だが……」
「さっき倒した獲物は魔狼です」
「な⁉ ま、魔狼だと……どうしてそんなヤバい魔物が……」
会話中、矢文鳥が再び叫ぶ。
「パパ! 三日月遺跡でレイリアが倒れたの! 助けて!」
「鳥さん、メッセージは届いたよ。お帰り」
ジョナスがそう言うと、矢文鳥はただのリモンペリコに戻って、窓から飛び去って行った。それを見届け、ハーディーが緊張した面持ちでジョナスに語りかける。
「何かが起きてるんですよ……。行商から聞いた話ですが、最近、この辺りを悪名高い『蛇』の連中がうろついているらしい。そいつらが魔人……そして魔界との関わりがあったとしたら……」
「魔人に……魔界だと……」
ジョナスは怯えた顔で冷や汗をかき始めた。
「まさか……、ターゲットはレイリアか……?」
「あぁ、その可能性も否定はできないすね……」
「ど、どうして……」
「それがわかれば苦労はしないすよ。とにかく、今のジョナスさんのレベルじゃ無理ですから。ここは俺達でどうにかします」
ハーディーは生意気な事を言っているようだが、事実なので反論の余地はない。ハーディーの強さはハイマー村、いや、この大陸でも屈指の強さだ。それは疑いようがない。
「わ……わかった。今の私が出向いても、足手まといになるだけかも知れん……。それより、『蛇』の連中がうろついているなら、村の防備を固めないとな……私は村長に掛け合う事にするよ。早速新しい依頼書も作らなくては……」
「それがいい。俺は早速、捜索に出る事にしますよ」
「あ、あぁ。頼むぞ! 気を付けて行ってくれ‼」
ハーディーが事務室を出て行こうとしたが、振り返って戻って来る。
「どうした?」
「
「仕方ない。今回はタダでやるよ! ラスイチだ」
「あんがとっす!」
ハーディーはジョナスから霊薬を受け取り、駆け足で飛び出して行った。
「こうしちゃおれん!」
ジョナスは慌てて酒場に戻って、客に事情を説明した。
「おぃ、何であの野郎……ハーディーに任せっきりなんだ? 依頼書を出してくれよ」
傭兵団『シルバー・ウルヴス』の赤髪の女戦士、マイラが食い気味に言った。尖ってツンツンとしたボリュームのあるショートの赤髪だ。
「……しかしな、ブラダとレイリアの事を君達はよく知らんだろう?」
ジョナスは知っている。彼女達の実力がハーディーの足下にも及ばない事を。それに、街から派遣されて来た傭兵達には三日月遺跡までの険しい道程は厳し過ぎるのだ。そして何よりも、レイリア達の足跡魔法を追う事ができないから足手まといになるだけだった。そのため、捜索よりも村の防衛に回した方が良いと考えていた。
「あたしらだって少しは力になれると思うけどな……」
マイラだけでなく、客の傭兵達は不満そうだが、『ノーマッズ』の3人はあまり気にも留めていない。
ヴィルヘルムは壁にかけていた武器を持ち、金を置いて無言で店を出て行った。
「とにかくすまんが、今日はもう閉店だ!」
ジョナスは店の入口の看板を、この地域の文字で『閉店』を示す看板に変えて、村長の邸宅に急いで向かう事にした。
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