◆第二章⑦ 肉体の記憶

 松明の灯が揺れている。俺とブラダ、アルルは暗い遺跡内を慎重に進んでいた。


 岩が崩れて狭くなった通路を歩きながら、ブラダから、魔力と魔法、魔法の詠唱について教わり、進みながら魔法の練習をしていた。発動しない限りは魔力消費はないらしいので、上手くいかないうちは練習し放題というわけだ。


 魔法は本来は契約する事で使用できるようになるらしい。契約の条件はまちまちで、ハイマー村であれば教会で儀式を行う事で、その本人の肉体と魂に刻印されるんだとか……。


 『魂に刻印される』というのは、どういった理屈なのかよくわからない。肉体にもそんな刻印は見当たらなかったが、見えない刻印が刻まれているって話だ。


 魔法に大事なのは想像イメージ力と創造クリエイティブ力だと云う。この世界には思い描いた『物』を魔法で作り出す事ができる魔法使いもいるんだとか。


 高レベルになると、火の鳥や龍の形を模した火炎魔法を使えたり、地中の鉱物から武器を作り出せる魔法使いもいるそうだ。


 基本的にはレベル=魔力と考えて良いらしい。この世界は見えない『魔霊素子エレメント』で満たされていて、生物には魔力が備わっていて当たり前なんだとか。


 魔力の強さ=レベルは、魔道具の魔力測定器で測定できるとの事だ。


 俺はとりあえず、「そうなんだぁ」と全てを素直に受け入れる事にした。


 


「それで、ボクのレベルって幾つくらいなの? 15くらい?」


「15って……それ、小さい子のレベルだよ……。せっかくレイリアはレベル・ハンドレッド超えて喜んでたのに……。そういう基準も覚えていないのねぇ……」


 ブラダは肩を落としていたが、構わず俺は質問を続ける。


「レベル……ハンドレッド? え~? MAX99じゃないんだ?」


「……そりゃそうよ。3日前に測ったら、レイリアのレベルは127だったよ」


「えっ⁉ えぇ~っ⁉ ちょっとボク、凄くない⁉」


 俺は嬉しくなって顔を手で押さえた。


「そうよ! レイリアは凄いんだから‼ ……だから、自信持ってね」


「う、うん……ちなみに、ブラダはいくつくらいなの?」


「え、私? ……私は……、75……くらい」


 ブラダは恥ずかしそうに言った。


「な、75だって十分凄いって‼ 普通ならラスボス倒せるよ‼」


「ラスボス? 何それ?」


 また俺はこの世界では理解されない事を口にしてしまった。


 その後、魔法とレベル以外の事も教わった。


 ワクワクしたのは、『魔神器アーティファクト』という呪いのアイテムの存在だ。一般にも魔法で造られた魔道具という道具が広く普及しているようだが、魔神器アーティファクトはこの世界に16個しかないらしい。いつか見てみたいものだ。


 他にもハイマー村の事、ブラダの親で、レイリア=俺の義父のジョナスさんの事、お店の事、ハーディーという幼馴染の事、この世界についての話を少し聞いた。そして、どうして三日月遺跡に向かったのかという事も……。


 しかし、ブラダも別の山を目指していると思っていたので、以前のレイリアの『真意』はわからなかったようだ。ただ、思い当たるのは、レイリアが赤ん坊の時に、母親に連れられて三日月遺跡を訪れた事がある……との事だった。


 


 俺とブラダとアルルは、少し狭いが安全そうな空間に出た。元々泉があったようだが、すっかり枯れ果てており、その奥には石像がある。そして、不思議と青白く光る古代文字のような文字が刻まれた、石碑のような岩がある。ここには魔物はいないようだ。


「これは魔除けの魔霊石が埋め込まれた〈結界石〉だね。ちょっと休憩しよっか」


 ブラダは松明を遺跡の壁に張られていた木の根に括り付けて固定した。


「賛成~‼ あ~、喉乾いたぁ……」


 ブラダは小さな水筒を出した。


「……。冒険するにしては、少なくない?」


「これは魔法の水筒。中身は2日分くらいあるから十分な量だよ」


「え~?」


「ほら、じゃあ、ここにちょびっと……」


 ブラダがポーチから取り出した取っ手のある金属製のカップに水を数滴垂らすと、水は一瞬輝き、コップの半分程の量になった。


「うわっ。スゲー……。便利だねぇ」


「……。ポーションゼリーもあるよ」


 ブラダはポーチから、ポーションという回復薬を固めた『ポーションゼリー』を取り出した。丸みのあるキューブ型の蒼いゼリーだ。


「レイリアには回復魔法をかけたけど、念のためにもう少し回復しとくと良いよ。それに、これを食べるとしばらく喉の潤いが続くんだ」


「へぇ~」


 ポーションゼリーを口にすると、洋梨のような、自然な甘みの果実の味がして、「ポゥッ」と、ほんのりと薄緑色の光に包まれた。


「おいし~。これ好き」


「良かった」


 ブラダはニッコリと笑った。ブラダの笑顔を見て、「かわいい」なんて思っていると、お腹が「ぐ~っ」となって、俺はちょっと恥ずかしくなった。


「……お腹空かない?」


「あ~、レイリアのポーチに圧縮パンがまだ入ってたはずだよ」


「え~? 圧縮パン? どれの事~?」


「これこれ。これが圧縮パン」


 ブラダの手には3cm程のミニチュアのような丸いパンが乗っていた。


「ちっさ」


「でしょ? 見ててね。レドーモ!」


 ブラダが呪文を唱えるとパンが4倍の12cm程のサイズに戻った。


(おぉっ! スッゲ……そんな事までできるのか! 魔法楽しい~!)


 俺は再び目を輝かせるほどの感動を覚えたが、冷静を装った。


「思ったより大きいね」


「えへへ、良いでしょ?」


 ブラダは得意気な表情を見せた。


「あれ? どうしたの?」


 ブラダが質問してきた。


「え? 何が?」


「だってレイリア、泣いてるよ……」


 あれ? 俺は何で泣いているんだろう……わからなかった。だけど、何故か見覚えがある光景に思えた。俺はわけがわからなくて、笑って誤魔化した。


「アルルも食べる?」


 俺はアルルに聞いてみたが、アルルは興味を示さず、眠そうにゴロゴロしている。


「アルルって、よくわからないけど、あんまり食欲ないんだよね。というか食べてるところ見た事ないかも?」


「へぇ……そうなんだ……何か不思議な子だよね」


「そうだね」


 俺はアルルを見ていたら何故か安心した。ブラダも同じ気持ちのようだ。アルルには癒しの力があるのかな?


「そう言えば、魔法ってどれくらい使い続けられるもんなの? ブラダはまだ余裕がありそうだけど、魔力が尽きたらどうなるの?」


「ん~と、魔力は持久力スタミナみたいなもんかな。ずーっと走ってると疲れるけど、休憩するとまた走れるようになるでしょ? そんな感じ」


「へぇ~」


「……ほら、この空気中も見えない『魔霊素子エレメント』で満たされているから、呼吸で自然と少しずつ魔力は回復していくよ」


 ブラダは「スゥ~、ハァ~」と深呼吸した。合わせて俺も深呼吸した。


「ただ限界まで使い続けると、一気に意識が飛ぶ事があるから気を付けてね」


「なるほどぉ……。魔力の回復薬はないの?」


「それなら、魔霊薬っていうのが存在はしてるけど、今は持ってないよ。でも、ポーションゼリーでも魔力は回復してると思うよ!」


「へぇ~! そうなんだ‼ 便利~」


 俺は感動して笑みがこぼれた。ゲームだと基本的に体力回復と魔力回復が別だけど、どうやらこの世界では一緒にできるらしい。呼吸で回復できるだけある。


「でもやっぱり一番は霊薬エリクサーかな……。霊薬なら一定量で全回復できるけど、貴重だから高いし、うちの店も在庫切れ直前だったから持って来れなかったよ」


「あ、わかるよエリクサー。ボク、『エリクサー症候群』でさぁ……」


「あはっ。また変な事言い出した。何それぇ~?」


 ブラダはクスクス笑った。俺は「ハッ」として、明後日の方向を見て口を噤んだ。


 


 その時、「グォオオオオオォォォ‼」と身の毛がよだつ叫び声が聴こえてきた。


「グオォオオウゥゥ‼」


「グアァアアアアアァア‼」


 複数の声が、俺達が来た方向から聴こえてきた。俺が最初に目覚めた『祭壇の間』で死んでいた例のトロールの仲間達が、死骸を見つけたのかも知れない。


「ね、ねぇ……やっぱりさっさと脱出しよう!」


「そ、そうだね!」


 俺とブラダは怖気付いて蒼褪めた。急いで片付けて、再び移動を始めた。

 

 

 

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