◆第0章② 雷道神社

 この頃の俺は、何もかも上手く行かず、自暴自棄になって、心身共に弱っていた。


 後になって弁護士に相談したら、『2か月分』は少な過ぎたと言われた。少なくとも、半年分は請求できたはずだと……くそったれ!


 


 これでも俺は、昔は活発な子供で、勉強も運動もできて、神童と呼ばれていたんだ。


 父親は古武道の師範で、子供の頃はよく鍛えられた。


 中学ではサッカー部に入り、ゴールキーパーのレギュラーを勝ち取った。


 家で剣道も習っていたので、球技をしたかったのだ。


 


 だが、高校一年の頃に脊髄に腫瘍ができて、手術する事になった。


 まだ若かったのに、右足の一部に麻痺が残り、腰痛が辛かった。


 気圧や体調によって足腰に痛みも出るし、上手く歩けなくなる事だってあった。


 そこからの高校生活は地獄……とまではいかなくても、楽しくはなかった。


 やる気が起きず、ゲームをするか、趣味のイラストをひたすら描く毎日。


 成績はどんどん落ちて、学年ワースト10にまで落ちてしまった。


 


 とはいえ、その成果もあってゲーム会社のデザイナーになる事はできたんだ。


 しかし結局、無職に戻ってしまった……。


 


 さらに追い打ちをかけるように、数か月前にせっかくできた彼女に振られた。


 居酒屋で、彼女……今では元カノの彩美に詰め寄られた。


「あんたって本当に子供じみてる。どうして我慢できなかったの?」


「あ、彩美だって俺の愚痴に賛同してくれてたじゃん……」


「そりゃ彼氏の愚痴くらい聞いてあげるわよ。でも、それで仕事まで失ってさ……バッカじゃないの? ほんとあんたにはイライラする……もう、無理。別れよ」


 彩美はまくし立てるように別れを切り出してきた。


「最後だから、ここはあたしが払ってあげる。あんた無職だもの」


 俺はプライドをズタズタにされた。しかもめちゃくちゃダサいけど、背に腹は代えられず、そのまま奢って貰った。自分でも情けないのはわかってる。 


 


 この頃は金もなかった。というか自分が悪いんだが、何かに依存するかのように散財していた。一時期ヤバいくらい趣味のゲームや好きなキャラクターのフィギュアを買い漁ってしまったせいで、貯金も底を尽きかけていた。


 家の中は箱詰めのまま積み重なったフィギュアで溢れていた。そんな自分に嫌気が差して、後悔した。何かに依存するのは、直した方が良さそうだ。


 


 自分が悪い部分もたくさんあるのはわかってはいたが、職も彼女も失った。


 母が自殺のニュースを見る度に、「自殺は卑怯。この世から逃げているだけ」なんて言っていたものだから、俺は自殺だけはしまいと決めていた。


 俺がアグレッシブに活動できるタイプの人間なら、悪い方向に行動を移していたかも知れないから、無気力でやる気がないのも、ある意味『長所』に違いない。


 これは前向きな解釈だ。


 


 そんな俺でもアグレッシブに動ける時があった。


 大好きなキャラクター=『剛力タケル』のフィギュアの発売日だ。こんな名前だが、鬼神の血が流れている、強くて美しい女性のキャラクターだ。


 そう、俺は懲りない奴だった。ネットの予約争奪戦で負けてしまったが、発売日に並べば買えると聞いて、その日は秋葉原のショッピングビルに向かった。


 ワイヤレスイヤホンで大好きな歌手『哀慟あいどうシテ』の曲を聴きながら、テンションを上げて向かった。彼女は謎に包まれた10代のアーティストだ。名前に反して明るい曲も多い。


 ……結局、買えなかった。


 


 確かこのビルは、母に子供の頃に連れられて来た事があるショッピングビルで、屋上には小さな神社があったはずだ。


 神頼みした方が良いな……そう思い、屋上に向かった。


 運気の上昇と、再就職できるように願掛けしようかと。


 


 空を急激に雨雲が覆い始め、雷が鳴り始めた。


 気圧が変化したせいか、腰から右足にかけてズキズキ・ビリビリと痛みと痺れが出て、少し足を引きずるような歩き方になった。痛みが出ると気持ちも落ちて辛くなる。


 


 屋上に着くと、蒼碧色に輝く美しいアゲハ蝶が舞っていた。


 


 屋上の柵は意外と登り易そうに見えた。俺の脳裏には良くない考えが浮かんでしまった。足に痛みはあるが、動かないわけじゃない。俺は登り易そうな場所を見つけ、そこから街の風景を見下ろした。高い所は苦手だ。足がすくんで、アレが縮み上がった。


 その時だった。まだ登ったわけではなかったが、俺の様子が気になったのか、突然、少女が近付いて来て、話しかけてきた。


 


「あのぉ~……、どうかされましたか?」


 黒髪で顔を包み込む程度のショートボブの高校生くらいの女の子だ。


 平均的な身長だが手足が長く、細くてスタイルが良い。色白、小顔で目がパッチリとして、めちゃくちゃかわいかった。


 俺はそんな美少女に突然話しかけられ、気が動転した。


「あ、あはははは、いや、ただ眺めが! 眺めが良いなって!」


 声が上ずる。俺はイヤホンを外した。


「そ、そうですね! お天気崩れてきてしまったけど……。あっちの方は晴れてるのに、ここだけ曇ってきちゃいましたよね。……あっ! 天使の梯子が出てますよ!」


 少女がそう言って、遠くの空を指差した。


「て、天使の……お迎えかな……」


 俺は変な事を口走ってしまった。


「え……、もしかして……」


 少女は訝しげな顔をして、上目遣いで覗き込むように見てきた。


 よく見ると日本人にしては目の色素が薄く、碧がかって見えた。


「いや、そ、そんな事は考えてないです! はい……」


「……そんな事って? あの、勘違いかも知れませんが、考え直して頂けませんか?」


「いや、そんな事は……。あ、いや……。……あっ、神社にお祈りしようかなって」


「あぁ、そうですね! 良いじゃないですか。神様はきっとお悩みも聞いてくれますよ」


 少女は俺の手を両手で握って、神社側に引っ張った。


(あ……、若い女の子の手って、こんなに柔らかいんだなぁ……。何か、今日はついてるな……。人生捨てたもんじゃないかも知れない……)


 俺はそう思いつつ、足を痛めていたので引っかかるような歩き方になってしまった。


「あ……、脚、大丈夫ですか? そう言えば、さっきちょっと……」


「あ、これは……ははは……、昔からちょっと悪くて」


「あ、ごめんなさい! お気遣いできなくて……」


 少女は心配そうに見つめてきた。同情されるとそれはそれで辛い気持ちが芽生えるが、かと言って俺の場合は常に足が痛むわけじゃないので、普段はあまり心配される事がなかった。理解されないのも中々キツい。少女の優しさが身に染みた。


「い、いえ、全然! これくらい平気ですよ! あ、じゃあ、お祈りしたら帰ります!」


 俺がそう言うと、少女はニコリと微笑み、俺はその笑顔にドキッとして目が泳いだ。


 おそらく顔が紅くなって少し汗ばんでいたかも知れない。


「私もお願い事しようかなって来たんです。……あの、良かったら参拝後に少し『お話』しませんか? 下の階に、昔ながらでレトロな、珈琲がおいしい喫茶店があるんです」


 少女はおそらく気遣って言ってくれたのだろう。俺はお言葉に甘えようと考えた。


「あ……はい。お、ボクで良ければ……」


 俺は、『俺』と言わず、良い子ぶって『ボク』と言った。


 歩きながら、少女が質問してきた。


「あ、あの、音楽……、音楽は、何を聴かれてたんですか?」


「……あ、哀慟あいどうシテ……です」


「あっ、あぁ~! い、良いですよねぇ~! わ、私も好きですよぉ~」


 よほど好きだったのだろう。少女の顔は若干紅潮して、満面の笑顔を見せてくれた。


 その可憐さに再びドキッとして、顔が熱くなった。


 そうこうして、俺と少女は鳥居の前に立つ。


 鳥居には【雷道神社】と書かれていた。雷神を祀っているようだ。


「あ、願い事を考えるので、お先にどうぞ…」


 俺は少女を先に行かせた。レディーファーストってやつだな。


「じゃあ、お先に失礼しますね」


 少女が一礼して神社の鳥居をくぐった。俺は鳥居の前で神に感謝をした。


(神様……。こんな可愛い子との出会いを感謝します。正直言うと自殺も考えていましたが、人生捨てたもんじゃないなと改めて気付けました。明日からもう少し粘って生きて行こうと思います)


 俺にとっては神に感謝するほどの一大イベントだった。


 少女が祈り終えて振り向いた。


 その刹那、ドーン‼ という轟音と共に光に包まれ、俺は後ろに吹き飛ばされた。雷が落ちたのだ。あまりにも突然の事で認識が追い付かなかった。


 気付くと少女が倒れていて、俺はすぐさま駆け寄った。不思議と少女は無傷に見えたが、気絶していた。俺は懸命に声をかけた。今思えば、その時に静電気がバリバリと帯電しているような感覚があった。


「助けを呼びに行かないと……!」


 そう思って立ち上がった矢先に、再び光に包まれた。もう一発の雷が落ちてきたようだった。


 俺は一瞬にして自分の身体がフワッと浮き上がるような感覚を覚え、数メートル下には倒れた少女と自分の姿が見えた。


「……え? まさか俺、死んだのか?」


 そう思った刹那、上空数千メートルに飛ばされて雲の上の世界へ行くような感覚を覚えた。あくまで感覚だ。定かではないが……。


 そして光に包まれた。

 

 

 

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この物語はフィクションです。

実在の人物・団体とは一切関係ありません。 

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